ダガ ワタシハ テイヒョウカニハ クッシナイ
「そーいえば。カレンちゃんたちはどうしてシトロンに行こうとしてるんです?」
「何かのご用事ですぅ?」
落ち葉をサクサクと踏みしめながらシトロンに向かう僕たちに、ルカとリカから質問が飛んできた。
そう言えば、僕たちが大魔王軍の魔物だとか、どんな目的があってシトロンまで行くのかとかを2匹には話してなかったな、と今更ながら気づく。仕方ない。会話がないのも退屈だし、一応、これからシトロンに着くまでの数日間を共にする魔物だ。説明してやるか。
「僕たちは大魔王……」
「草っ葉頭には聞いてねーですよ! カレンちゃんに聞いてるんです!」
「……おい、ちょっと待て、草っ葉頭って誰のことだよ」
僕が説明しようと口を開くと、ええと……そう、ルカの方が僕の言葉を遮って悪口を言ってきやがった。なんだその態度は。なんだ草っ葉頭って。初めて言われたぞそんな悪口。
「お前以外に誰が居るんですか草っ葉頭! レディに暴力を振るって気絶させて、その後に縄で縛るような野蛮なやろーの話なんて聞いてやらねーですよーだ!」
……おいおい、中々に自分を棚に上げた発言だな、それ。野蛮な野郎とか、山賊行為をしていた奴らのセリフじゃないぞ。
「ちょっと待て、先に暴力を振るおうとした奴のセリフじゃないぞそれは。私達は山賊だ、身包み全部置いていけって言ったのは誰だったっけ? どう考えたってそっちの方が野蛮じゃないか」
「うっ……それは……」
論破して追いつめてやろうと、話のおかしい部分を指摘すると、ルカはあからさまに動揺し出した。こっちの話を聞かずに騒いでこないから、もしかしてルカは普通に良い子なのかもしれない。
「あ、あのぉ……」
必死に打開策を考えるルカをニヤニヤしながら見ていると、僕たちの横からリカの方がちょっぴり涙目で割り込んできた。
「身包み全部置いてけって言ったのは私ですけどぉ……」
それを聞いた途端、ルカの顔がぱっと輝いた。あからさまに打開策思いつきました! って顔だ。いや、打開策が降ってきました、が正しいかもしれない。
「そーですよ! アタシは大山賊様のお出ましですって言っただけでした! じゃあ、全然野蛮じゃねーですね!」
「いや、山賊って時点で充分野蛮だから」
「「そーなんですか!?」」
2匹は心の底から驚いたような表情で、見事にハモった悲鳴を上げた。……この2匹、『暴力は野蛮な行為』としながらも、『山賊行為は野蛮』と言う考えがないのか。
「ルカちゃん、リカちゃん。その……2匹は、いつから山賊をやっているの?」
カレンは大変聞きづらそうに、2匹に言った。
「お母さんとお父さんがどっか行っちゃった時からですから……2000年くらい前からです。そーですよね、リカ?」
「う、うん。それくらいのときからだったと思うですぅ」
2匹は少し考えた後、あっさりとそう答えた。2匹の見た目は7000歳くらいだから、2000年前というと5000歳。そんなに幼い頃から2000年も山賊として生き続けているのか。その時の僕は、親に剣を教えて貰っていたとはいえど、その腕は未熟。そのまま親を失い、悪意のある魔物が渦巻く外に放り出されていたら、1000年も生きることは出来なかっただろう。
それを考えれば、この2匹は凄まじいと言えるだろう。多少馬鹿にしていたが、実力の方は認めざるを得ないかな。まだ戦うところを見てないから何とも言えないけど。
「2000年も……そうなんだ。……凄いんだね」
「そーです! アタシらはすげーんですよ! ねーリカ!」
「う、うん。私達はすごいんです。すごいのは良いんですけど、ルカ。カレンさんたちが何でシトロンに行こうとしてるのか聞かなくて良いんですぅ?」
「あー! 草っ葉頭のせいで忘れてましたー! カレンさんカレンさん、教えて欲しいのです!」
「教えて欲しいのですぅ!」
騒がしい2匹に纏わり付かれるカレンの顔は、どことなく寂しそうだった。しかしそれもすぐに笑顔に変わり、2匹に僕たちの旅の目的を伝える。
でも。たった一瞬だけ見せた寂しそうな顔が、僕は気になって仕方がなかった。
時間は経って、魔界の太陽は沈みかけていた。僕たちは門番の山を抜け、だだっ広い平原を歩いている。
「さて、そろそろ暗くなってきたことだし、ここらで休むことにしようか」
カミラさんはそう言って、カンテラを取り出した。これが夜の灯りになる。と言っても、そんなに長い間は点けないけれど。敵に位置を知らせるようなものだ。
「えー!? 野宿ですかぁ!?」
カミラさんの言葉を聞いたルカが騒ぎ出した。どうやら野宿がお気に召さないらしい。
「仕方ないだろ? ここまでに村がなかったんだから」
ちなみに、こういう時に、昔立ち寄ったことのある村をあてにして行動してはならない。たとえたったの数年前だろうと、その村が今も存在しているとは限らないからだ。滅ぼされているかもしれない。何かに襲撃されるのを嫌って、場所を変えているかもしれない。ある程度栄えていて防衛もしっかりしている街ならともかく、村や集落という物はあまり信用ならないのだ。
カミラさんが北西地区に居たのは数千年前だと言うが、やはりというか、彼女が知っている村のほとんどはその場になくなっていたらしい。翌日は村にたどり着けるが、今日は野宿するしかないと、魔王街を歩いているときに言っていた。
「君たちはいつも野宿ではないのか?」
「そんなわけねーじゃねーですか! アタシらは大山賊ですから、立派な秘密基地があるんです!」
「2匹で木を組み合わせて、さっきの山にちっちゃなお家を作ってるんですよ。そんなに立派な物じゃないですけど」
「立派! あれは立派な秘密基地だって言えって言ったじゃないですかリカ!」
「あー、そうでしたっけ。私達の秘密基地は立派なんですぅ」
「あ、ああ、そうか」
この2匹はあそこに家まで建ててたのか。いつも2匹で居るって事を考えても、すごいものだ。本当にたくましいんだなこの2匹は。
文句を言うルカをなんとかなだめ、僕たちはテントを張った。ご飯はカミラさんとカレンが用意してくれるというので、それに甘えて僕たちは休むことにした。
もちろん僕も手伝おうとした。したのだが、カレンから真剣な顔でカミラ様と2匹きりになりたいんですと言われれば、断ることは出来なかった。
「あーあー、本当だったら今頃アタシらは立派な秘密基地で温かい食事にありついてたはずなんだけどなー。どうしてくれるんですか? おめーら」
こうやって、ルカが騒ぎ出すのにももう慣れてしまった。まだこの2匹と会ってから1日も経っていないのに、なんだかずっとこいつらと居るような気分になってくる。それくらい、今日1日は長く感じられたということだ。
主にこいつらがうるさいせいなんだけどな。
「お前らが僕たちを襲わなければちゃんと家にも帰れてたわけで、自業自得だけどな」
あとご飯は温かいと思う。
「うっせーですよこの草っ葉頭!」
「ルカ、本当のことを言われて怒るのはやめるですよ」
「うっせーですよリカ!」
「3匹とも、カミラ様がご飯用意してくれましたよ……?」
あーあー、また騒がしくなってきたなと思っていると、カミラさんとカレンがご飯を用意している奥のテントからカレンが出て来ていた。
「「いただきますですぅ!」」
2匹はご飯と聞いて、我先にとカミラさんの方へ走っていった。現金な奴らだな、まったく。
「あの2匹と一緒にして欲しくなかったな、僕は」
僕はカレンに話しかけた。なんとなく、2匹で話をしたくなったのだ。
出発からずっとカミラさんと3匹でいたし、途中からはうるさい2匹組も加わって、カレンと2匹きりになるタイミングなんて、思えば1度もなかったかも知れない。
「えぇ? どうしてですか? あんなに2匹と仲良いじゃないですか。特にルカちゃんと」
「は?」
ルカと仲が良い? 僕が?
「何かの間違いじゃないのか? 僕とルカが仲良いなんて」
騒がしいし、口を開けば喧嘩になるし。到底仲が良いようには思えない。勘違いじゃないだろうか。
「なんの間違いでもないですよ。ルカちゃん、あなたと居ると楽しそうですよ。なんだかんだずーっとアランさんの所に居ましたし」
「そうかぁ……?」
そう考えてみれば、今日はルカとずっと憎まれ口を叩き合っていた気がする。
「それに、アランさんのこと好きじゃなきゃ、アランさんと待ってて、なんて嫌がりますよ。ルカちゃんもリカちゃんも、アランさんのこと大好きですよ。ちょっと羨ましいくらい」
「それはないだろ」
「ありますって」
「草っ葉頭! カレンちゃん! 早くご飯食べに来いって、おねーさん怒ってましたよ!」
「早く来るですぅ!」
奥のテントで、2匹が声を張り上げた。どうやら僕たちを呼んでいるようだ。少々話しすぎたか。
「呼ばれちゃいましたね。さ、行きましょうか」
「カレン」
奥のテントに行こうとするカレンを、僕は引き留めた。ふと思いだしたのだ。さっきの、カレンの寂しそうな顔を。それが気になって、つい呼び止めてしまった。
カレンは不思議そうな顔で振り返った。呼び止めてしまった以上、聞かなければならないだろう。何でもないで済ますのは失礼だ。
「朝。ルカとリカの2匹に山賊をいつからやってるのか聞いたとき、寂しそうな顔してたよね? どうしてあんな顔してたんだ?」
カレンはそれを聞いて、はっとした顔になった。
「見られちゃい、ましたか」
カレンは薄く笑った。無理をしているようだった。無理矢理に上げたであろう口角が、少し引きつっていたからだ。
「私、知ってるつもりでした。どんな魔物でも、いつ死ぬかはわからない。幼くして死ぬ魔物も、幼くして親を亡くす魔物も居るんだって。わかってる、つもりでした」
それは強者ならではの思考だろう。デーモンは強い魔物だ。4大都市を除いた弱肉強食の魔界の中で、狩る物と狩られる物を分けるとしたら、そのほとんどが狩る物に属するような、そんな魔物だ。そんなデーモンが、幼くして親を亡くすことが、どれほどあるだろうか? 親が死んで、子だけが取り残される事なんて、どれほどあるだろうか。
知っているつもりで、わかっていなかった。それは僕も同じかもしれない。
「だから、信じられませんでした。あんな小さい子が、山賊なんてして生きていることが。たった2匹で2000年も、ああして生きていたって事が。私、あの子たちくらいの歳で2000年も生きるの、無理です。心が折れて、きっとどこかで死んじゃいます。たった2000年でも、きっと無理だ」
そうだ。僕にだって、きっと出来ない。
「それで、自分が情けなくなって……少し寂しくなりました。あんな小さい子が、それが当たり前のように魔物から略奪して。それが当たり前のように、自分の力だけで身を守って、生きている。あの子たちにとってそれが当たり前なのが、寂しかった」
それを聞いたとき、僕は自分の中の言葉に出来ない感情に、名前を付けられた気がした。今まですごいとか、たくましいとかしか言えなかった、彼女たちに対する感情に。
僕たちは強い魔物だった。だからこそゆっくりと力を付け、たとえ1匹になっても生きていくことが出来た。
そして、僕たちに狩られて死んでいく魔物を。誰かに狩られて死んでいく魔物を見て、弱肉強食を知ったつもりになっていた。
ルカとリカはたくましい。他の魔物から略奪し、家を建て、たった2匹で2000年も生き続けた。僕たちが1匹になったときより、ずっと幼いのにだ。
これは。この感情は、尊敬だ。あの2匹は、僕よりもずっと弱い。だけど、ずっと強いのだ。僕よりも、カレンよりも。ずっと強い。
でも、何故だろう。尊敬こそすれ、僕は……それを情けないとも、寂しいとも思えなかった。
「ねえ、アランさん。私達がシトロンへ着いて、新しい法を徹底できたら、その時は……きっと、ルカちゃんとリカちゃんのような子は居なくなりますよね?」
「ああ。多分、そうだと思う」
「私、頑張ります。だから早く……平和、に、なると良いですね」
僕はそれに答えなかった。カレンは僕を残して、奥のテントに入っていった。
「平和になると良い、か」
その言葉に、僕はどこか引っかかりを感じていた。だけど、そのもやもやの答えは、今の僕には出せなかった。
用語解説のコーナー!
カミラ「早速始めていこう。今回は前回の続きだな」
アニタ「そうですねぇ。今回もヴァンパイアの話を聞きましょうか」
アラン「ヴァンパイアの自慢の間違いでしょう、これ」
カミラ「解説だよ。私は事実をありのままに伝えているだけだ」
アラン「本当にずるいですよねぇ……」
カミラ「……まあ、いい。話を進めていこう」
アニタ「残っている話は、確か吸血の話でしたね」
カミラ「そうでしたね。話をしていきましょう。まず私達の吸血には2つの種類がある。1つは、血を私達の力にする吸血。そしてもう1つは、眷属を作り出す吸血だ」
アニタ「カミラは眷属を作る方の吸血はしないんでしたっけ?」
カミラ「はい。眷属を作り出す吸血は、噛み砕いて言えば仲間を増やす吸血です。血を吸った対象をヴァンパイアにする。問答無用に種族を作り替える。その力たるや、人間でさえ魔物にしてしまうほど」
アニタ「え? そんなに凄いんですか?」
カミラ「ああ。そんなに凄いのが眷属を作り出す吸血です。私はあまり好きでは無いからやらない。目立つし」
アラン「血を力にする方はどんな吸血なんです?」
カミラ「主に自らの寿命を延ばす吸血だな。少量の血を吸うことで、私たちは寿命を延ばす。これによって永遠に生き続けることが出来ると言うわけだ。そして、多量の血。魔物が死に至るほどの血を吸うと……その魔物の魔力を私の物に出来る」
アラン「それが魔力を増やすってことですか」
カミラ「その通り。これも私はやらない。寿命を延ばすだけだ。目立つから。と、これでヴァンパイアについては解説しきったな」
アラン「本当に気持ち悪いくらい強いですねヴァンパイアって。学校でもさらりと触れられただけですし、初耳でした」
カミラ「……青年、なんか今日私への風当たりが強くないか?」
アラン「そんなこと無いですよ、カミラさん」
カミラ「ふむ……なら良いのだが」
アニタ「と言うわけで、今回はここまで。今回のお相手も、アニタと」
アラン「アランと」
カミラ「カミラだった」
アニタ「それではまた次回! バイバーイ!」