魔界に朝が来た。昨日、日が完全に落ちる前に北西の関所にたどり着いた僕たちは、そこの小屋で一夜を過ごすことになった。
もちろん、他のチームの魔物たちも一緒に。暗くなった後に移動するなんて馬鹿のすることだ。
簡単な朝食を済ませ、関所に勤めている魔王軍の魔物にお礼を言って、僕たちは北西地区へと進む。別の地区に進む魔物たちとはここでお別れだ。
「さて……2匹は、北西地区のことは知っているか?」
カミラさんの問いに、僕とカレンが頷く。
「山岳や草原が広がる、比較的涼しい土地ですよね。ただし、北に向かうほど寒くなる。で、シトロンは中央より少し南寄りにある、と」
「その通りだ。この辺りは山が多く、山間に作られた村も多い。魔界の中で一番山賊の多い土地でもある」
「少し前から、コボルトをリーダーとするとても大きい山賊団が一帯を荒らし回っているみたいですね。シトロンの自警団も手を焼いているとか。魔王様が頭を抱えていました」
関所からシトロンに向かう際、必ず通らなければならない山。通称、門番の山に足を踏み入れながら、僕たちは話を進めた。最近この山は山賊行為が多いらしく、そこそこの警戒をしながら歩を進める。
基本的に、自分の住む地方から他地方に向かう魔物は多くない。いたとしても、それは魔王軍に入るためとか、もしくは大魔王軍に入るためとか、そういった特殊な状況の強い魔物だ。それか、単純に何物かに襲われて魔王軍の兵士に助けを求めに来た弱い魔物とかだろう。
だから、門番の山は道が整備されていない。正真正銘、獣道だ。
まさしく、ここを越えて他地方へ行く資格があるかどうかを試す門番である。
「たしか、この門番の山に張っている山賊も居るらしいですよ?」
「なに? 本当か?」
なんと。こんな収穫の少なそうな山で山賊をやっている魔物が居るというのか。
さっきも言ったとおり、この山を通る物は少ない。通ってもそれは強い魔物であり、それを襲うのは至難の業だろう。そんなことをしても意味が無いと思うのだが……。
「ふむ……ここに張る魔物、か。余程の強者か、少人数のベテラン、と言う可能性はありそうかな?」
「えぇ? それはあり得ないでしょう。ベテランだったらこんなに不味いところ襲わないですって」
それだけは絶対に無いと思う。僕が山賊だったら流石にここは襲わない。その大きい山賊団とやらがどれ位の規模なのか知らないが、かち合っても数人なら倒せるわけだし。
「いや。ベテランの山賊なら敢えてここを狙うことも充分あり得る。そもそも、山賊というのはあまり派手に目立つわけにはいかない。集団でもないかぎり、派手に動けば確実に魔王軍にやられるからな。だからこそ、大きい山賊団と揉め事を起こすのはNGだ。目立ってしまうし、山賊団と勘違いされて捕まったら元も子もないからな」
「……ふむ」
「ここには滅多に魔物が来ない。もちろん稼ぎが少なくなるが、それは裏を返せば被害も少なくなるということだ。ほら、目立たない」
「うー……む。……悔しいけど、納得です」
まあ、うん。確かに、被害が少なければわざわざ討伐しに行く必要も無いわけだし。そう考えれば、ここで山賊行為をするのも無いわけじゃない……のか。
「でもカミラさん、やけに詳しいですね。山賊のこと」
「昔は目立たぬように人の血を吸って命を永らえていたからな。山賊とかち合いになることも少なくなかったし、自然とそう言うのも覚えたのだ」
「……納得です」
そう言えば、この魔物は大魔王様に見つかる前は誰にも見つかっていなかったんだったか。そりゃ、山賊染みた知識も手に入れるか。
「へぇー……! カミラ様、すごいです!」
……カレンはぶれないな。本当に。
「……でも、カミラ様が言ったとおりだとしたら、ここにいる山賊って強いんですよね? 私たち、山賊に襲われないでシトロンまでたどり着けますかね……? 私、ちょっと心配です」
「心配するほどのことでも無いでしょ。僕も居るしカミラさんも居る。山賊程度には負けないさ。むしろ治安維持のために倒せてラッキーくらいに考えればいいと思う」
「そんなものですか……」
カレンが妙な心配をしているが、正直その心配は必要ないと思う。僕とカミラさんが居る時点で、いくらベテランだろうと少人数じゃ恐るるに足りない。……それに。
さっきから感じる、明らかにこちらを見ている何かの気配。……正直、これが気配を隠せていないだけ、というのならば、この山賊は大したことがないと言わざるを得ない。
僕はカミラさんの方をチラリと見て、周りに聞こえない声で話しかけた。
「……このバレバレの気配。本当に、ベテランの山賊なんですか?」
「……ここに来るのはほとんどが強い魔物だ。敢えて気配を隠さずに、その気配に気づくかどうかでその魔物がどれだけ強いか確かめている、と言うこともあり得る」
「……なるほど」
うん。それは一理ある。とすると、やはりここの山賊はベテランの強い山賊なのか?
「ひゃっはー! 大山賊様の登場なのです!」
「み、身ぐるみ全部置いてけですぅ!」
ガサリ、と草を揺らす音と共に、2匹の幼いコボルトが僕たちの目の前に現れた。短剣を構えて、僕たちを脅すように立っている。……めちゃくちゃ目立ってる。
「カミラさん。ここにいる山賊はベテランで、目立つのを避けるためにここで山賊をやっているのでは?」
「明らかに子供で、すっごく目立ってますよ、カミラ様」
「……これは、だな」
「「これは?」」
「私が、間違っていた。すまない」
えー……? ここまで来てそれですか……?
今、僕とカレンは内心で全く同じ事を思っただろう。これだけは自信がある。僕とカレンはどちらともなく拳を作り、コツンと合わせた。ほら、全く同じ事を考えてた。
「ル、ルカ、この魔物たち、動かないですよ!」
「きっとアタシらにビビってるんですよリカ! これは久しぶりの獲物ゲットです!」
「や、やったぁ! 久しぶりのお肉ですぅ!」
動かない僕たちを見て、勝手に勝ちを確信する2匹。……これ、倒してもいいんだろうか?
カミラさんの方を見ると、カミラさんは静かに頷いた。
「解放」
カミラさんの了承を得たことだし、遠慮無く速度制御魔法を発動させる。
「ル、ル、ルカぁ! 無詠唱! 無詠唱魔法ですぅ! やばいですよぉ!」
「あ、あわ、慌てるんじゃ無いですよリカ! アタシらは大山賊のルカとリカなんです! こんなくそやろー共に後れなんてとらねーですよ!」
僕の無詠唱魔法を見て、2匹のコボルトは急に慌て出した。無詠唱魔法は見たことが無かったんだろう。完全にパニックになっている
「な、な、何が飛んでくるんですぅ!? 火球? 風? それとも土の塊ですかぁ!?」
「焼かれたくも飛ばされたくも潰されたくもねーですよぉ! 殺らなきゃ! 殺らなきゃ殺られるです! でも怖いですー!」
……なんというか、その、騒がしいなこいつら。これでよく生きてこられたもんだ。他の強い魔物とかに見つからなかったのだろうか。
……この騒がしさで、子供の身で山賊をやっている。実はこの2匹、そこそこ強いのかもしれない。
「あ、あれ? ルカ、一向に魔法が飛んでこないですよ?」
「あ! ホントです! ……って事は、無詠唱魔法は脅しだったって事ですよ! まったくぅ、ふてぇ野郎です!」
……何でこの隙に攻撃してこないんだ、こいつらは。
様子見のつもりでしばらく動かないで居たけど、やめだ。そんなの意味ない。大げさなため息をつきながら、僕はとりあえず2匹の後ろに移動した。
「「えぇ!? どこに行ったんですぅ!?」」
僕が後ろにいることには気づいていない様子。本当に、よくここまで生きて来れたもんだ。
さて、こいつらを気絶させるのにはチョップで充分だろうか? 僕はちょうどいい威力になるように調整しつつ、手に加速魔法をかけて軽いチョップを叩き込んだ。
「「痛いですぅ!?」」
と、見事に揃った悲鳴を上げて、2匹は地面に倒れ込む。山賊、ここに討ち取ったり。
ちなみに、それを見ていたカレンは困惑した表情をしていて、カミラさんは1匹で大笑いしていた。
「縄を解けですこの卑怯物! アタシらをどうするつもりですか! てめーら、ただじゃおかねぇですよ!」
「や、焼かれて食べられるのは嫌ですぅ! 解放して欲しいのですぅー!」
捕らえた山賊をシトロンまで連行するため、縄で縛った。のはいいのだが。
目を覚ました2匹は自分の状況を把握するやいなや、大暴れを始めたのだった。
もちろん2匹は拘束されているため、派手に暴れて僕たちを傷つける、なんてことはない。ないが、うるさい。ただただ騒がしい。
「焼いて食べる!? アタシら、焼かれて食べられちゃうんです!? なんて野蛮な奴らですか! そんなのはごめんです! こ、後悔しますよてめーら! はーなーすーでーすー!」
「は、離すですぅ!」
このように。警戒心全開で、自分達を解放しろと騒ぐのである。騒いだところで解放するつもりなどさらさら無いのだが。
「食べたりなどしないさ。君たちをシトロンまで連行して、引き渡す。それだけだよ」
「「それはそれで嫌ですぅ!」」
「はは、まぁ、そうだろうな。うん」
この2匹の騒がしさに、カミラさんも珍しく困っている様子。僕も子供の相手は得意では無い。
うーむ。どうしたものか。
「ねえ、2匹は、大山賊なの?」
2匹に話しかけたのはカレンだった。その声音は優しく、2匹の警戒が少し緩んだ気がした。
「そうですよ! アタシらはすごい山賊なのです! アタシらをもーっと恐れるがいいのですよ!」
「い、いっぱいいっぱい魔物も倒したんですぅ。私たち、強いんですよ!」
「へぇー! そうなんだ、すごいねぇ。あ、そうだ。2匹のお名前を聞かせて貰えないかな?」
「名前ですか? まったく、仕方ないですねぇ。アタシはルカです!」
「私はリカですぅ」
「アタシらは双子なんです。双子の山賊なんですよ」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。ルカちゃんと、リカちゃん」
「「どういたしまして! ですぅ!」」
2匹と話をするカレンは、心から楽しそうだった。2匹と話すカレンはまるで姉のようで、さっきまでただ騒がしかっただけの2匹も、今は警戒心を解いて楽しそうにカレンと話している。
カレンが子供と話すのが得意なんて、ちょっとびっくりだ。
「あ、カミラ様、アランさん。この2匹の縄、解いてもいいですか? 2匹とも、抵抗はしないそうですよ」
「暴れねーですよ!」
「暴れないですぅ」
「あ、ああ、そうか。構わないよ」
「やった! ね、ルカちゃん、リカちゃん!」
「やったです!」
「よ、よかったですぅー……」
カレンがルカとリカを縛る縄を解く。束縛から抜けて自由になったルカとリカは、大喜びでカレンとハイタッチした。
「では、改めて。北西都市シトロンに向けて、出発しましょー!」
「「おー!ですぅ!」」
「お、おー?」
「……はぁ。おー」
……結局、カレンが2匹を手なずけたのはいいけど、騒がしいのは変わらない。この遠征は大丈夫なのだろうかと、昨日の朝とは違う種類の心配をしてしまうのも、きっと仕方のないことだ。
用語解説コーナー
アニタ「どうも、こんにちは皆さん。アニタです!」
カミラ「皆、久しぶりだな。全てのうら若き乙女の味方。カミラだ」
アラン「なにをとち狂ったこと言ってるんですかカミラさん。どうも、アランです」
アニタ「今日は随分と冷静ですね、アラン。いつもは叫んで突っ込んでるのに」
アラン「なんか、カミラさんの『いつものこと』に体力使うのが勿体ないと思いまして。さぁ、先に進めてください」
アニタ「あ、ああ、はい。えーと、では! 今回解説するのはこちらです!」
ヴァンパイアについて!
アニタ「です!」
アラン「あれ? 解説してなかったんですか? ヴァンパイアのこと」
アニタ「確か無かったはずです。作中でカミラがちょっとずつ情報を出していましたが、まとめてしっかり解説するのは今回が初めてかと」
アラン「なるほど……。それで今回はカミラさんが居るんですね」
カミラ「ああ。早速解説していくぞ。ヴァンパイアとは、旧魔界暦に栄えた古種族であり、旧魔界暦で最強であった種族でもある。強靱な肉体、膨大な魔力。分身が出来る能力、コウモリとなって散ることによる異常なまでの耐久力に、月による強化。吸血による寿命の上昇と、魔力の増加、と。まさにチート級、といった感じだな」
アニタ「ぼくのかんがえたさいきょうのまものですね!」
カミラ「これを1つずつ解説していくか。まずは強靱な肉体からかな。私たちヴァンパイアは、第一線級の筋力を持っている。あのオーガをも凌ぐ、と言えばわかりやすいかな? だから、私たちは力比べでは滅多に負けない」
アラン「まずその時点からえげつないですね。もう」
カミラ「私もそう思う。次、膨大な魔力。これは説明などいらないだろう。旧魔界暦最大の暴力、魔法を最高火力でぶち込める」
アニタ「恐ろしいですよね、本当。あ、ちなみにヴァンパイアは、どれだけ魔力が高くても角が無いそうですよ。見た目から戦力が把握しづらいですね!」
カミラ「補足説明ありがとうございます、アニタ様。次、分身能力と、耐久力。これはいっぺんに解説してしまおうか。私たちの体は無数のコウモリが集まって出来ているのに近い。よって、私たちは体の一部をコウモリに変えることが出来る」
アラン「確か、コウモリを飛ばすことで索敵をすることも出来るんですよね」
カミラ「その通り。そして、ある程度体をコウモリに変えて、それを再構成させることで……」
幼カミラ「こういう風に、分身出来るというわけだ」
アニタ「……今ここで分身する意味は?」
カミラ・幼カミラ「無いな」
アニタ「あ、そうですか」
カミラ「続きだ。そして、この体をコウモリに変える、と言うのは防御にも変換できる」
幼カミラ「せぇ……のぉ!」
アラン「分身のカミラさんが本体のカミラさんをぶん殴った!?」
カミラ「……このように。殴られた部分をコウモリに変え、それを元の場所に戻すことで。無傷で攻撃をやり過ごすことが出来る」
アニタ「末恐ろしいですね本当に」
カミラ「アニタ様には言われたくない。次、月による強化。私達は月の見える夜、月によってその筋力と魔力を大幅に上げることができる。月の恩恵はその月が満月に近いほど強く、それが満月である場合その力は5倍にもなる」
アラン「5倍」
カミラ「次──」
アニタ「カミラ、続きは次にしましょう。私は疲れました」
カミラ「そうか? ではそうしようか。それではまた次回。お相手は、カミラと」
アラン「アランと」
アニタ「アニタでした! それではまた次回お会いしましょう。バイバイ!」