僕は自分のことを、とても不運な魔物だと思っている。
まず魔界に生まれたこと自体が不運だ。命の危険がそこら中に転がってる世界に生まれるなんて不運以外の何物でもない。
そんな中で死なないように魔法の訓練に明け暮れ、余程の事が無い限り死なないくらいに強くなったというのに。
次に、その強さを買われて大魔王軍にスカウトされる、と言う不運が僕を襲った。
強くなりすぎた。強くなりすぎて、やばい軍にスカウトされてしまった。
考えよう。大魔王軍は魔界最後の防衛ラインにして、最強の兵力。確かに、確かに滅多に駆り出されることのない兵力。見方によっては最も安全な場所かも知れない。
だけどね? そんな大魔王軍がもし駆り出されるとしたらね? それは魔界の最大勢力が出ざるを得ない凄まじい戦場と言うことで……。
つまりは、死刑宣告。
断ろうにも大魔王様怖いし。断ったらそれこそ死にそうだし。
結局、大魔王軍に所属してしまったわけで……。
不運だ。すっごく不運だ。
まあここまで長々と語ってきて、僕が何を言いたいかというと。
ついに大魔王軍として最初の任務を言い渡され、僕の一生はここで終わりを迎える、ということだ。
魔王街ギーグ、大衆向けの飯屋であるグルトン飯屋。今日僕はここに最後の晩餐……もとい、最後の昼餐をいただきに来ている。
ここは魔王街で話題になる程美味しい飯屋。僕も一度いただきに来たことがある。うん。すごく美味しいお店だ。特に甘味が気に入った。
と、いうことで。僕は最後の昼餐を共にいただく物として、唯一無二の友であるジェイドを連れてきた。
ああ、彼はこのくらいの任務で死ぬような奴じゃ無いんだろうな。僕がいなくなってからも頑張って欲しい。うん。
注文を終え、料理が来るのを待つのみになったその時。聞こえたのだ、背後から。非常に嫌な声が。
「ジェイドとリンドじゃないですか。奇遇ですね!」
ほんの少しの冷たさと気品を感じさせる女性の声。それでいて、近くに立っているだけで額に脂汗がにじむほどに放たれた圧力。
大魔王様だ。大魔王城に居るときとまったく変わらないドレスを身に纏った大魔王様がそこに居た。ついでに銀色の鎧姿の魔王様も一緒に居た。
「魔王、せっかくですし、お席一緒させていただきましょ! あ、店員さん、こちらの2匹、知り合いなので席ここで大丈夫です!」
そして大魔王様は流れるようにジェイドの隣に座った。魔王様も僕の隣に。めっちゃ怖い。席を案内していた店員は、緊張感漂う面持ちで厨房に下がっていく。
なぜ、どうして魔界のトップである2匹がこんな庶民の飯屋に来てるんだ!? さっきまで冗談めかして最後の昼餐とか言ってたけど、もしかしてそれを真実にしに来たのか!?
ちらりと大魔王様の様子を見る。それに気づいたのか、大魔王様は僕にニッコリと笑いかけた。
うん。不運だ。本当に不運だな、僕は。
「随分と、居心地が悪そうだな」
威厳ある低音の声が僕に向けられる。魔王様の声だ。しまった、露骨にしすぎたかも知れない、魔王様怒ってる……?取り、繕わ、なきゃ。
「……別に。そうでもないですよ」
素っ気ない返事をしてしまった。完全に逆効果だ。死んだ。僕死んだ。
「無理しなくてもいい。美味い飯屋でくつろいでいたところに、急に私と大魔王が訪れたんだ。そりゃあビビるさ。……すまんな」
「え……? あ、はい」
あれ。もしかして怒ってない?
「あの……失礼ですけど、お二方はどうしてこの飯屋に?」
「あ、それはですね!」
僕の声に鋭く反応し、大魔王様が元気よく声を上げる。
「大魔王が昼は魔王街のオススメの店に案内しろと言って聞かなかったんだ」
が、即座に割り込んだ魔王様によって、大魔王様のセリフが完全に奪われることになった。
「ちょっと魔王! 私のセリフ取らないでくださいよ! それに、それじゃ私が無理矢理お願いしたみたいじゃないですか!」
「みたいじゃない。正真正銘、無理矢理頼まれたんだよ」
魔王様はやれやれとばかりに息を吐く。単純に、仲がいいんだな、と思った。
4大都市遠征の開始を宣言したあの場では、話し合いの結果、利害が一致したただの協力関係みたいなイメージを持っていたのに。
大魔王様は生き生きとしているし、鉄の男みたいなイメージのあった魔王様は、今は……そう。大魔王様の兄みたいな、そんな風に見える。
ちょっと怖がりすぎてたのかな。大魔王様のこと。魔王様のことも。
「もう、2匹の前で私の悪評を流すのはやめてくださいよ! 私そんなにゆるふわじゃないんですからね! 本当に!」
「あー、はいはいわかった。とりあえず、天下の大魔王様が魔王街でそんなに見苦しい態度を取っていたら周りの魔物に示しが付かんからやめろ」
「む! 見苦しいとはなんですか見苦しいとは! 私そんな見苦しい態度を取った覚えありません! あと、たとえ今の私が見苦しいとしても、私基本的に皆さんの前に顔出さないんで私が大魔王だってバレることはないと思うんですけど!」
「俺があなたのことを大魔王と呼んでいるし、あなたも自分のことを大魔王と言ってるじゃないか」
「あ。あー! 図りましたね! 魔王!」
「図ってない。あと、あなたの今の態度は見苦しくないんじゃなかったのか?」
「あ! そ、そうでした! 見苦しくないんでした! あは、あはははは……」
……なんか、騒がしくなってきたな。魔界のトップ2匹にバレないように、僕はこっそりと耳を塞いだ。
うるさいのは嫌いだ。嫌なことを思い出す。
飯屋の喧噪くらいならなんとか我慢できるけど、こんな近くで騒がしくされると……。
「……うるさい、な」
うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
僕は、ただ、静かに………………!
「リンド?」
耳を塞いでいるはずなのに、その声はごく自然に耳の奥に浸透した。目を開けると、目の前には心配そうな顔をした大魔王様。
ありゃ。何時の間にか目も瞑っていたらしい。
「ごめんなさい。軽率でした」
あれ?な んで大魔王様が謝ってるんだ? 何に、謝ってるんだ?
「……いえ。こちらこそ」
そうぼそりと呟くと、大魔王様は優しい笑顔になった。
「料理、来てますよ。食べましょ」
ありゃ。全然気づかなかった。
「その……僕、どれくらい耳を塞いでました?」
「すまんがそれはわからない。気づいたのはついさっきだからな」
僕の問いには魔王様が答えた。魔王様はわからないと言ってるけど、テーブルに何もない状態から皆の料理が並んでる状態に至るまで、ということは、かなりの時間縮こまってたみたいだ。
「……ご迷惑、おかけしました」
それだけ、また呟くように言って、僕は料理に手を付ける。なぜだかあんまり美味しくなかった。なんでだろう。
最後の昼餐が、コレ。……ああ、本当に不運、だな。僕は。
食事を終えて、大魔王軍のリンド、ジェイドを含む俺たち4匹は、グルトン飯屋を出た。リンドとジェイドは大魔王城に帰るそうだ。食事中ずっと話さなかったジェイドの
『それではな』
という言葉は無機質だったが、何かしらの思いを孕んでいたのだと思う。そんな声だった。
「さて、せっかく魔王街まで来たことですし、もう少し街を見てまわりましょー!」
「大魔王」
気合いを入れて娯楽街の方に足を向ける大魔王を呼び止める。
「なんです? 行きましょーよ、娯楽街!」
「リンド。彼の様子を見るためにここまで来たのだろう?」
沈黙。
「何のことですか? 私はただお腹が空いていただけですよー」
「……そうか」
「そうなんです!」
彼女がそう言うならそうなのだろう。よく考えれば大魔王は、いざと言う時でなければそういう細かい計算をするような物じゃなかったな。今回はいざと言う時ではなかった、と。そういうことにしておこう。
「見ましたよね。リンドのあの反応。彼、あれを乗り越えなければ死にます。ほんのくだらないことで、簡単に」
「そうならない魔界を、あなたが作るんじゃないのか?」
「ふふ、そうでしたね」
なんだ。やっぱり色々考えてるんじゃないか。食えない奴。
「お話は終わりましたね? 今日は遊び倒しますよ! 魔王!」
シリアスムードから一転、いつものゆるふわに戻った大魔王は、娯楽街へ向けて元気に走って行った。
「……仕事もしっかりしてくれよ? 大魔王」
俺は一つ大きなため息をついて、大魔王のあとを追った。
時間が無いので今回の用語解説は後ほど載せたいと思います。