歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

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暴行犯、判明

「まったく、アランったら……」

 

 魔王と話をしてくる、と言って玉座の間を出て行ったアランは、思ったよりもすぐに戻ってきました。だけど、戻ってくるなり真剣な眼差しで

 

「訓練してきます」

 

って言って、返事も待たずにまた飛び出していったのです。まったく、普段は落ち着いてるくせに、変なところで落ち着きがない子なんですから。

 

「……魔王に何言われたんだろ」

 

 短い会話でもわかる、あの2人の絆とか、信頼感。アランにとって、魔王は大切な人なんだろうなぁ……

 

「……ところでご主人よぉ。そろそろ、門番に戻ってもいいかい?」

 

 ぼーっとしていると、横から急に声をかけられました。イグナシオです。完全に忘れていました。

 

「え? ああ、はい、どうぞ! 頑張って!」

 

 ……びっくりして、声が裏返っちゃいました。恥ずかしい。

 

「あいよ。ご主人も頑張れよぉ」

 

 そう言って、手を振りながらイグナシオは玉座の間を去って行きます。姿が見えなくなってもしばらく、どすどすと足音が響き続けていました。

 

「……1匹になっちゃった」

 

 気づけば玉座の間には私以外の魔物が一匹もいません。アランは訓練しに行きましたし、イグナシオは門番に戻って、お風呂に行ったキトンとキスカも、キトンの部屋を用意しに行ったカミラも戻ってきていません。

 

「……別に、寂しくなんてないですからね。私は孤高の大魔王なんですぅー」

 

「アニタ様1匹で何言ってんの?」

 

「うわぁっ!? キスカ!」

 

 いつの間にかキスカとキトンが帰ってきてる! 気づかなかった! 聞かれた? 私の恥ずかしい一人言聞かれた!?

 

「なぁんにも! なぁんにも言ってません! 寂しいとかぼやいてないし! 孤高とかかっこつけてないですぅ-!」

 

 ボロ出しまくりだ……終わった。私終わった。ほら、キスカは全てを悟ったような目で私を見ているし、キスカの斜め後ろで立っているキトンは変な物を見る目で私を見ていますし……。

 

「いやぁ? アニタ様の見た目なら可愛い魔物だなぁで済むことだからさ。ウチはあんまり気にしないよ?」

 

「ううううううううー……」

 

 キスカの慰めが私の心の傷をえぐってきます。

 

「まあ、35000歳って言う事実に目をつぶればだけど、さ?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 そして、今、キスカの憐れみが明確に私にとどめを刺しました。

 

「うるさい! うるさい! 私はまだ若いですよ! まだいけますよ! いけるんですからね! うわーん!」

 

「まだ若いとか言ってる時点でさぁ……」

 

「すぐです! すぐですよ! キスカが私のこと言えなくなるのなんてすぐですからね! 若いなんて余裕ぶっていられるのは今のうち……女の子は! すぐにおばさんになるんだからぁっ!」

 

 取り乱して叫ぶ私。余裕ぶって笑うキスカ。大魔王城メンバーにしてみればいつもの光景。大魔王を最強の存在として畏怖していたであろうキトンにしてみれば……異常の極みなんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

「ごほん! これから、まじめな話を、しますからね!」

 

 かなり広い玉座の間に響き渡るほどの大声で『真面目な話宣言』をする私。このまま話を続ければ、いつまでたっても魔王がここへ来た話が出来なさそうだから。仕方ないですね。

 

「ちぇー。アニタ様いじるの楽しいのになぁ」

 

 心底残念そうに、キスカは呟きました。むっとしたけど、これにいちいち反応してたら話は進まないので無視です。無視無視。

 

「……先程。この城に魔王が来ました」

 

 その一言で緩んでいたムードが一気に引き締まります。特にキトンの顔には恐怖が浮かんでいました。

 

「彼がここへ来た理由は、私が先日の暴行犯を匿っていないか、と言う件。それに、私は……」

 

 そこで言葉を切って、私はキトンを見ました。怯える彼女に、私は笑顔を作って次の言葉を言います。

 

「侵入者は見つかっていない、と。そう答えました」

 

「にゃあっ!?」

 

 予想外だったのか、キトンは素っ頓狂な声を上げました。キスカは私がそう言ったであろうと予想していたようで、静かに笑みを浮かべていました。

 

「私はあなたに何も聞いていない。あなたが暴行犯なのかもわからない。たとえ暴行犯だとして、あなたがなぜ魔王軍兵士に暴行を働いたのか、それもわからない。……魔王にあなたのことを伝えれば、必ず連行され、処罰されていたでしょう」

 

 彼の政治には、恐怖政治的なところがあります。魔物達に対しては確実で、有効な政策ではあるのですが……その政治には、いわゆる『みせしめ』と言う物が必要になります。そして、法を犯した際の処罰をみせしめてしまえば、以後も同じ罪には同じ処罰をするしかないのです。

 

 暴行物は牢へ入れられる。それが街の規律を守る魔王軍の兵士へのものならば……投獄は無期限のものとなる。これが、彼が課した暴行に対するルール。

 

「彼の設ける罪に情状酌量は無い。あなたのことを見ていると、どうしても、理由があっての暴行としか思えないんです。まあ、あなたが暴行犯ならですけど」

 

 私は彼女の顔をしっかりと見据えて、問いました。

 

「私を信じて、話してください。あなたは暴行犯ですか?そして暴行犯なら……その罪を犯した理由を、話してください」

 

 そして、玉座の間を沈黙が支配しました。私はキトンから目を離しません。キトンも、私から目を離しませんでした。そして、しばらくのにらめっこの後。

 

「はぁ……」

 

 最初に口を開いたのは、キトンでした。

 

「あんたには負けたにゃん。……わかった。話す。」

 

 キトンは寂しそうな笑みを浮かべて、告白します。

 

「アタシが、件の暴行犯にゃん。弱っちい魔王軍の兵士に怪我させたのは、アタシ。んで、アタシがやった理由なんだけどにゃ?」

 

 

 

 

 アタシには親友がいる。同じケットシーの女の子にゃんだけどにゃ?つい最近、一緒に住んでいた集落を抜けてギーグにやって来たにゃん。

 

 そこそこ普通に暮らせるようににゃって、やっと一息つけたのが、1週間くらい前。やっとゆっくり出来るーって言って、平和にゃ生活を謳歌してたんだけど……。その、親友がにゃ? 魔王軍にゆすられてたのを知ったんにゃ。

 アタシ達の秘密を、知られたみたい。結構前からゆすられてたらしいんだけど、アタシは気づかなかった。

 

 にゃんでゆすりを知ったかって言うと、現場を目撃したから。うん。怒ったにゃん。ぶち切れて殺す勢いで魔法ぶつけちゃった。我に返ったアタシは勢いよく逃げ出して、必死に必死に逃げて、いつの間にかここにいたって感じ。

 

 

「こんにゃところにゃん。面白くもにゃいでしょう?」

 

「話の途中にあった、あなたたちの秘密については、話せますか?」

 

「……それについては、勘弁してほしいにゃん……」

 

「……なるほど。あなたの事情はわかりました。そのお友達は、今どうなっているかわかりますか?」

 

「わからにゃい。当然にゃ」

 

 まぁ、当然ですね。しかし、なんなんですかこれは。これが本当だとしたら、完全に魔王側の落ち度じゃないですか……。

 

「キトン。私はあなたの罪を、出来る限り軽くしたいと思います。それでも、罰は受けるでしょうが……」

 

「……わかったにゃん。アタシにしてみれば、これ以上ない幸運だからにゃ」

 

 その時、玉座の間の扉が開かれました。

 

「いま戻った。……なにか、真面目な話をしていたようだな?」

 

 カミラが、部屋の用意から戻ってきたようです。

 

 

 

 

 

 

 さて。カミラにも事情の説明が終わりました。この後の方針を決めねばなりません。確かにキトンは罪を犯しました。ですが、その理由の一端は魔王軍にある可能性が出てきました。そのために、私は魔王ともう一度話さねばなりません。魔王に報せを送らなければ。……いや。

 

「明日、私が直々に魔王の元へ赴きます」

 

「はぁ!? 何言ってんのアニタ!」

 

 驚きのあまり、キスカは素で私のことを呼びました。……やっぱり、プライベートでも様付けを徹底すべきでしょうか……? っと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。

 

「今は様を付けなさい。……理由は2つ。1つは、キトンの受け渡しが容易だということ」

 

 キスカに軽く注意をして、話を続けます。どのみち、キトンは魔王へと受け渡すことになります。そう言う約束ですからね。それなら、相手の城の方が手っ取り早いです。

ついでに、魔界を平和にする計画のことも話してしまいましょうか。せっかく魔王と話せるのだから、これも話しておきたいですね。

 

「……そして、もう1つ。大魔王軍の戦力をなるべく見せないようにするため、です」

 

「……アニタ様は、魔王様と戦闘になると言うのですか?」

 

「ええ。その通り。流石キスカですね」

 

 あの一言だけでそこまで察してくれるとは、さすがとしか言いようがありません。しかも疑問として質問してくれましたから、他のみんなへの説明も楽になります。カミラ、100点です。 

 

「彼は、私が暴行犯を匿っているのではないかと疑っていました。その疑い、もとから私を疑っていなければ出てこないものです」

 

 彼は私に対して何か不信感を持っているはずです。何に対して不信感を抱いているのかは知りませんけれど、好戦的で、典型的な魔物の思考を持つ彼のこと。戦闘を仕掛けてきても不思議ではありません。

 

「彼が、私に対して何か不信感を持っているのは確かです。だからこの機会に、必ず私に戦闘を仕掛けるはず」

 

「だからこそ、見せる戦力はなるべく少なく……ですか」

 

「ええ。といっても護衛がいなければ格好がつきませんから、アランとキスカに同行して貰おうと思いますが」

 

「え? ウチ?」

 

 キスカは魔王との戦いにおいて、勝てる可能性のある魔物の中で最も『戦闘を見られても支障の無い』魔物です。キスカの戦い方は、ある一点を覗けば普通の剣士スタイル。その一点においても、ばれたところで特に問題があるようなものでもないですし。

 アランは魔王軍出身ですから、魔王ならその力を熟知しているでしょう。逆に魔王のこともよく知ってますから、戦力としては抜群です。

 

「キスカ、戦闘は任せます。あなたならあの魔王にも負けないから」

 

「むぅ……アニタ様が何考えてるのかわかんないけど、ウチはりょーかい」

 

「アランには、私が伝えておきます」

 

「はい。お願いしますね。出立は明日の午前10時とします。キスカ、キトンはその時間に玉座の間に来るように。これもアランに伝えておいてください。……では、解散」

 

 その一言で、今日の話は終了。3匹は玉座の間から出て行きました。

 

 

 

 

 

 

 しばらく時間がたって。私は1匹、玉座の間にいました。ちっちゃな侵入者事件が大きな話になってきたなぁ、とため息をつきます。

 

「ため息とは感心しないな。まあこの状況じゃ仕方ないかとも思うが」

 

 いつの間にか、隣にカミラがいました。

 

「あー……ごめんなさい、カミラ。いるの気づかなくって」

 

「いや、話すきっかけを作りたかっただけだから、謝ることはない。……しかし、アニタはキトンにやけに肩入れするのだな」

 

 2匹だけなので、いつもの『大魔王とその部下』という体裁をとりのぞいて話します。実は、カミラは大魔王軍の中でも唯一気兼ねをせずに話ができる魔物だったりします。

 

「うん。実はね、あの子を、夢で見たことがあるの」

 

「夢で?」

 

 あの子と似た子を、夢で見た。私がキトンを助けたい理由は、ただそれだけなんです。

 

「うん。よくは覚えていないんだけれど、あの子とそっくりだった。単純に、魔王の方針が気に入らないっていうのもあるけれどね」

 

「……まあ、な。厳罰主義の恐怖政治。私にとっては馴染みある制度だが、それはアニタの目指すところではないからな」

 

「うん。いつか、平和な魔界を築く。魔王にもわかってもらわなきゃね?」

 

 誰も戦いによって血を流さない。誰も戦いによって死ぬことのない、そんな世界を作る。そのためだけに、私は行動するのです。


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