大魔王との謁見が終わった。はぐらかされてしまったが、暴行犯は確実に大魔王城にいると思われる。なぜ、何のために暴行犯を隠しているのかはわからないが……今は引き下がるとしよう。この話の決着は次だ。
大魔王城を出て、再び拒絶の森へと入る。ある程度進んだところで、背後から俺を呼ぶ声がした。
「魔王様」
落ち着いた女性の声。アランを失った今、俺がもっとも信頼を置く側近。しかし、俺は彼女を見つけることが出来ない。自ら姿を現さない彼女を見つけることは、俺には不可能だ。
「オンブラか。なんだ?」
彼女は俺の影だ。目に見えることはない。だが、どこにでも存在する。俺の影に潜んでいるかのように、俺を護る。
だから影。我が軍の物達の中でも、彼女の存在を知るものは少ない。アランが彼女の存在にすぐに気づいたときには驚いたものだが。
「本当に、大魔王相手に内戦を仕掛けるのですか?」
その言葉には若干の恐怖が見受けられた。珍しいものだ。普段は感情を殺し、淡々と喋るのに。
「……ああ。次に大魔王城へ赴くときには軍を率いて行くだろう。……今の大魔王は、何をやっているかがわからなすぎる。もう充分戦争も出来る頃合いだというのに、一向に戦争を始める気配もない。……魔界はもう限界だ。魔物が争いを渇望している。このままでは大規模な反乱が起きるだろう」
俺は振り向き、うっそうと茂る木の葉の向こう、先程までいた大魔王城をにらむ。
「次の謁見で彼女の意思を確認する。場合によっては……あの城を、攻め落とす」
先程の謁見で感じたプレッシャー。それをみるに、彼女の実力は俺とさほど変わらない。ならば出来るはずだ。あの城を、落とすことが出来る。
「まあ、場合によっては、だ。そう心配することではない。……あの大戦時、歴代最強と呼ばれた彼女に、戦争の意志がないはずはないだろう」
殺された5眷属のためにも。彼女は戦争を起こすはずなのだ。
「まったく、あなたは本当にアランのことが好きなんですね」
オンブラはため息交じりに呟く。
「待て、なぜそうなる! 俺は、魔界のためを思ってだな……」
「はいはい。魔界のため魔界のため。それでは私も魔界のために、あなたの守護に戻りましょう。あなたに死なれては大事ですからね」
それだけ言って、かろうじて感じられていた彼女の気配が消えた。
「言い逃げか……まったく」
俺の部下というのはどいつもこいつも失礼なやつだ。
「だが、堅苦しすぎるよりはよほどいいか」
そう呟くと、木々の隙間からふふっと笑い声が聞こえた気がした。
右、右、真っ直ぐ、後ろへ、右、左、左、真っ直ぐ。
来たときと逆の道順で進み、森を抜ける。そのまましばらく行くと馴染み深い、我が魔王城の裏口へと辿り着く。
ふと気になって周りを見渡す。隠れられそうな場所はないが、相変わらずオンブラを見つけることは出来なかった。まったく、ふざけたステルス能力だ。
「なんですか魔王様、キョロキョロして。私を見つけられるとでも?」
「なんだ、今日はやけに饒舌じゃないか?オンブラ」
オンブラは普段はあまり喋らないのだが、今日はやけに話しかけてくる。どうしたというのだろう。
「……なぜでしょう。少し、あなたと話したい気分なんです」
姿は見せませんけどね。と、彼女は笑う。
「……そうか。ならば俺の部屋に行こう。そこならきっと、お前の存在もバレずにすむだろう」
「変なことはしませんよ? 夜の相手は、あなたを好く他の魔物に頼んでください」
「したくても出来ないさ。自分の部屋だって、お前を見つけることは出来ないだろうしな」
たわいない話をしながら、魔王城の中へと足を運ぶ。こんなに賑やかに自分の城へと帰るのは、随分と久しぶりだった。