歴代最強大魔王は平和を望んでいる   作:個人情報の流出

18 / 54
魔王、謁見

「拒絶の森……この程度か」

 

 大魔王城が侵入者を拒む壁。拒絶の森。それは深い森。自然で出来た迷路。力を持つだけでは足りない。知識も持たねば、大魔王城まではたどり着けない。

 その知識。要求される知識を、私は満たしている。簡単なパズルを解くようなものだ。

 

「ここが、大魔王城。歴代最強の根城か」

 

 立派なものだ、と、俺は嘆息する。外観だけでも、我が魔王城がおもちゃのように見えてしまう。目の前に立つのは漆黒の城門。そして、門の前には黒肌で……なんとまあ珍しい、角付きのオーガ。

 

「やあやあ、せっかく拒絶の森を越えてきたところご苦労だが、この先は大魔王城だ。許可なき物は通れない決まりなのだが……あなたは……」

 

 オーガは何かに気づいたかのように言葉を止める。ほう、さすが大魔王の配下だ。聡明である。

 

「ああ。私は魔王ユージーン。大魔王陛下に、謁見を求めたい」

 

 

 

 

 

 キスカさんとキトンの帰りを待っていると、今日の門番をやっているはずのイグナシオさんが玉座の間へとやって来た。

 

「イグナシオ? どうしました?」

 

 不思議そうな顔でそう聞く大魔王様に、イグナシオさんはとんでもない返事をした。

 

「魔王が、謁見を求めて参りました」

 

「魔王様がここに!?」

 

 僕は驚いて、つい叫んでしまった。まさか、彼がここに来るなんて……。暴行事件のことはすでに伝わっているから、その報告と言うことは無いだろう。そもそも、そんな報告にわざわざ魔王がやってくるなんてことはあり得ない。……いったい、何があったんだろうか。

 

「おう。なんでも、ご主人に話があるそうで」

 

 その言葉に、大魔王様はうつむいて、少しだけ悩むような仕草を見せる。

しかし、すぐに顔を上げ、

 

「わかりました。通しなさい」

 

と言った。

 

「イグナシオが門から離れている間の門番は、誰かに頼んでいますか?」

 

「ステラにやってもらっています」

 

「わかりました。イグナシオには謁見に同席してもらいます。アラン、あなたも一時的に私の側近として同席しなさい」

 

 大魔王様の指示が飛ぶ。僕の心情を察したのか、僕もこの場に留まることが許された。……久しぶりに魔王様に会える。何の用事でやって来たのかはわからないが、少しだけでも何か話せたらと、そう思った。

 

「入りなさい」

 

 大魔王様の声と共に、扉が開かれる。その瞬間。圧倒的なプレッシャーが、扉の向こうから放たれた。

 びりびりと来るプレッシャー。魔王軍所属当時は凄まじいものだったのだが、今は少々迫力に欠けると感じてしまう。

 そして、プレッシャーと共にその姿が現れる。

 漆黒の鎧。深紅のマント。紫の短髪と金色の眼。まさしく魔王。旧魔界暦より変わらない『スタンダードな魔王』の姿がそこにあった。

 

「お久しぶりです。大魔王」

 

「ええ。お久しぶりですね。私が大魔王になり、あなたが魔王となったあの日以来ですか」

 

 凄まじい緊張感が玉座の間を包む。魔王と大魔王。そのどちらにも、一切の油断もないように見える。

 

「さて……早速本題に入ってもらいましょう。今回は、どんなご用でこちらにいらっしゃったのですか?」

 

「なに、大した用ではありませんよ。昨夜、暴行事件があったのはご存じですね?」

 

 暴行犯。数時間前、カミラさんに聞いた話を思い出す。魔王軍兵士に暴行し、怪我をさせた魔物がいるということ。

 

「ええ。知っています」

 

「話が早い。我が軍の兵士達は昨夜、その暴行犯を追っていました。結局は見失ってしまったらしいのですが……暴行犯の向かった場所は魔王城の方向だった。そして、魔王城にも侵入の跡……我が城を通り抜けた跡が、残っていたのです」

 

「となると、その暴行犯が向かう先は魔王城を抜けた先にある建物……」

 

「ええ。大魔王城しかあり得ない」

 

 そもそも、こちらの方面に来た時点で逃走としては詰みである。進めば大魔王城、戻れば魔王城。大魔王城から先に進むことは叶わず、1度通り抜けた魔王城は笑顔で戻ってくるのを待っているだろう。

 拒絶の森に潜伏したところで、いずれ餓死するのみ。ならば犯人は、大魔王城にいる。と言うこと。

 

「故に。私たちは、あなたが暴行犯を匿っているのではないかと……そう結論づけたわけです」

 

「ちょっと……待ってください」

 

 そこで、僕は2匹の話を止める。少し、引っかかりを覚えたのだ。

 

「お前……アラン」

 

 僕がいることに気づいた魔王様は一瞬顔を緩めたが、すぐに緊迫した顔に戻った。

 

「久しぶりだな、アラン。しかし、何故私達の話を止める。なにか、理由があるのだろうな?」

 

「はい。理由……というか、疑問が。」

 

 ここまでの緊張感の中で魔王様と話すのは久しぶりだ。焦らず、噛まないように……僕は、慎重に疑問を口にする。

 

「暴行犯がここにいる可能性が高い、と言うのはわかります。ですが、大魔王様が匿っていると言うのは飛躍しすぎなのではないでしょうか。何を持って、その結論に至ったのですか?」

 

 僕の言葉を聞いて、魔王様は少しだけ黙った。数秒間の沈黙の後、魔王様はしっかりと僕の目を見て話し始めた。

 

「今のお前に、言う必要のないことだ。だが、俺はお前のことを想っている」

 

 これは、誤魔化しだ。後ろめたいことがあったり、まだ僕に言えないことがあったり……そんな時に僕に言う言葉。

 

「……相変わらず、ですね」

 

 それで僕は引きさがる。魔王様に何か考えがあるのは確かなのだ。僕は、それでが分かっただけで十分だった。

 

「いいんですか? アラン」

 

「いつものことですよ。話を中断させてすみませんでした。続けてください」

 

 僕の言葉に頷いて、大魔王様は話を続ける。

 

「それで。私達がその暴行犯を匿っていたとして、魔王はどうしたいのです?」

 

「速やかに身柄を引き渡していただきたい。今回の事件は私の管理する街で起こった事件。それ相応の処罰というものがあるものですから」

 

「……なるほど。残念ながら、今日この城に侵入物がいたという報告は届いていません。見つかり次第連絡の物を送りますので、今回はここまでと言うことでお願いできませんか?」

 

 嘘だ。侵入物は居た。金髪碧眼のケットシーであるキトンがその暴行犯かも知れない、というところまで、大魔王様は考えているはずだ。ならば、なぜ嘘をつくのか。……魔王様を信用していないからだろう。

 キトンの事情聴取は終わっていない。だが、魔王様はその状態での引き渡しを求めるだろう。大魔王様はそれを断ることが出来ない。魔王様も言ったとおり、これは魔王街で起きた事件である。キトンが暴行犯である可能性が高いならば、身柄の引き渡しを断る理由がないのだ。

 そして、魔王様にキトンを渡した場合、キトンがどうなるのかわからない。魔王様は冷酷な魔物だ。喋らなければ拷問をするし、最悪殺しもするだろう。

 

 そんなことはさせたくない、と言うことだろう。大魔王様はつくづく甘いと思う。

 

「……なるほど。まあいいでしょう。今回はこの辺りで失礼しましょう。……報告、お待ちしております」

 

 魔王様は一礼の後、玉座の魔を後にする。魔王様としてもここは引き下がるしかないため、妥当な判断だと言える。だが、魔王様の背中に異様な雰囲気を感じた僕は、彼を追いかけることにした。

 

「すみません、大魔王様。少し、魔王様とお話をしてきます」

 

「……わかりました。なるべく早めに済ませてください」

 

 大魔王様にお礼を言って、僕は魔王様を追いかける。魔王様はゆっくりと歩いていたので、以外と早く追いつくことが出来た。

 

「ユージーン!」

 

 僕は魔王様を呼ぶ。2匹の時だけ、魔王様のことを『ユージーン』と呼ぶことを許されている。

 

「アランか。どうした?」

 

 ユージーンが僕を見つけると、前と変わらない父のような笑顔で話しかけてきた。

 

「いや、大した用じゃないんだ。ただ、少し話しておこうと思って……。ユージーン。今日、あなたは明らかに雰囲気が違った。……何か起こそうとしているの?」

 

 僕の言葉を聞くと、ユージーンは真面目な顔に戻った。いつもよりもしっかりとした眼差しで僕を見つめる。

 

「……これも、言えない。すまない。お前に隠し事ばかりして。……だが、1つだけ。アラン。お前は今、大魔王軍の兵士だ。俺の部下じゃない。それだけは忘れるなよ」

 

と。そう言って、彼は門の方へと歩き出す。

 

「俺は、お前を想っている」

 

 曲がり角にさしかかったとき、ユージーンはそう言った。やれやれ、困った人だ、と思う。

 

 この問題はきっと、身柄の引き渡しだけでは終わらない。何が起きてもいいようにと、僕は今日、さらに訓練を重ねることに決めた。

 

 今の僕は、大魔王軍の兵士だから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。