2日目の案内は、驚くほどに早く終わった。
外から仕入れてくる簡単な加工食品の店とか、調味料だけが専門で売られている店とか、結構色々なお店があった。
だが、商店地区に存在した店の、その全てが『食料』に関係するお店だったのだ。娯楽なんかはどうするんですか? と聞いたところ、
「ギーグの魔王街まで行ってください!」
と笑顔で言われた。正直面倒くさい。
だが、良い茶葉を売っている紅茶の専門店があったのは正直嬉しかった。
お店巡りは昼前に終わり、僕は昼食をとってから訓練をすることにした。僕はカミラさんと大魔王様と別れ、訓練場へと向かった。
訓練場ではオークが3匹訓練をしていた。
初めて訓練場に来たときにイグナシオさんと訓練していた3体である。その3体は『オーク3連星』と呼ばれていて、3匹1組で大魔王軍に入団したらしい。連携したときの強さはそこら辺の魔物を大きく凌ぐものがあると言っていた。せっかくだから、と訓練に付き合ってもらったが、その強さは相当なものだった。
まず連携。僕は速度強化で立ち回ったが、そんなの関係ない、とばかりに敵の攻撃に引っかかる。
回避を誘導することで自分達の攻撃を当てていく。まさに連携。それ故にどうしても崩せなかった。
そしてタイマン。
3匹1組で連携前提の戦い方をするならば、1対1ではさほどでもないだろうと侮っていたが、相当に苦戦させられた。
訓練用の槍は鋭くひらめき、的確に僕の急所を狙ってくる。速度強化で無理矢理勝ったものの、戦闘の技術では惨敗だった。
やはり大魔王軍には、計り知れない強さを持つ物が多く居る。そのことを知ることができて、とても有意義な訓練だった。
時刻は夜の8時。自分の夕食と、紅茶専門店で買った新しい茶葉を持って自分の部屋に帰る。
鍵を開けようとすると、鍵はかかっていなかった。またカミラさんが上がり込んでいるのかなと思ったが、そこに居たのは大魔王様だった。
「お疲れ様です、アラン。訓練はどうでしたか?」
「大魔王様、どうしてここに?」
紅茶淹れますね、と言って、キッチンに入る。大魔王様はキッチンに居る僕に向かって話をする。
「ちょっと、お話があって」
「話、ですか?」
「ええ。人間界侵攻についての話」
「え?」
驚いた。大魔王様からそんな話をしてくるなんて。
「人間界との戦争はしないんじゃなかったんですか?」
大魔王様に紅茶を出しながら、僕は言う。
「ありがとうございます。……ええ、しませんよ。戦争」
大魔王様は紅茶を受けとり、1口飲んでから話を続ける。
「一昨日、あなたが『なぜ戦争をしないのですか』と聞いたとき、私はずるい返事をしました。あなたはどうして戦争したいんですか?と。私がなぜ戦争をしたくないのか、それを話していなかった……。だから話しましょう。私の話。私が平和を望む理由を」
私の耳には、人や魔物の悲鳴が染みついている。
私は若い頃から暴動の鎮圧をしたり、罪を犯した魔物を裁いたりと、生きている物を殺す経験はしていました。
殺すことには慣れたつもりでいました。来るべき人との戦争に備えて、魔王として人を殺すのも問題ないと、そう思っていました。
私は魔王となり、人との戦争が始まりました。
負ける気なんてしなかった。だって私は歴代最強。私に叶う人間なんて、1匹も居るはずはありませんでした。
ええ、その通り。この世界に私の敵などありません。
人の兵士を焼き殺しました。エルフの魔道師を切り刻みました。敵将を押しつぶしました。
それでも敵は止まりません。
人の城を破壊しました。人の村を沈めました。
悲鳴が、断末魔の悲鳴が耳に焼き付きます。
魔物も死にました。助けを求める声が聞こえました。
悲鳴は鳴り止まなくなりました。やがて勇者がやって来ました。
嫌だ。私は、もう戦いたくない。私は、私は……。
体が動かない。悲鳴がやまない。
罪の無い人を殺すことが、こんなに辛いだなんて知らなかった。罪の無い物を、私の大切な友達を殺されることが……こんなに、辛いだなんて。
「あんまり覚えていないんです。戦争の時のこと」
そう言って大魔王様は笑った。
「私は、私が思うより心が弱かった。ニコトエも、イグニールも、メロウも、アトラスも、ガルグイユも……皆、死んでしまった」
大魔王様は寂しげに言う。ニコトエ、イグニール、メロウ、アトラス、ガルグイユ……
魔王5属性の眷属。10000年前の戦争で死んだ、魔王の最強の手下だ。
大魔王様は大切な友達と言った。かつての大魔王様の眷属達は、大魔王様の友だったのか。
「……私にだって、大切な物はあったんですよ。昔の大切な物は、もう失ってしまったけれど。……今は、また大切な物が居るんです」
カミラ。イグナシオ。翁。大魔王様は1匹ずつ、この大魔王城の住人達をあげていく。
「……そして、アラン。あなたもです」
いつの間にか空になっていたティーカップを、大魔王様が片付けてしまう。「僕がやりますから」と言ったが、「いいんですよ」と断られてしまった。
そして僕の前まで戻ってきた大魔王様は、話を続ける。
「私は、もう嫌なんです。大切な物を失ってしまうのが、怖くて怖くて仕方がない。大切な物を失うのが嫌だから、平和を作ろうとしているんです。ここだけじゃない。いずれ魔界の全てを平和にして……誰も、悲しむ必要のない世界を作りたい。理不尽な死に怯えなくても、悲しまなくてもいい世界を。私が作るんです」
その、願いは。僕には理解できなかった。どうして? 悔しさはないのか? 憎しみはないのか、と。
今更なんだ、と思った。もう魔物は死んでいる。今更平和にしたところで、戦争で散った命が無駄になるだけなのではないかと。
でも。大魔王様の願いに、思いに、なぜか僕は口出しできなかったんだ。どうしてだろう。僕は、その心の叫びを聞いたことがある気がした。そのせいだろうか。
「私は最強なんかじゃない。とっても、とっても弱いから。あなたの力も、貸して欲しいな」
僕は目を瞑り考える。この2日間のこと。模擬戦闘や訓練、イグナシオさんの話、
「僕は。今はあなたに従います。ここに居て、僕は自分の力不足を思い知りました。……こんなんじゃ、とても人間に復讐なんて出来やしない。だから、もう少しここに居たい。訓練して、強くなるまでここに居たい。……でも、ただでここに居るのも、それは違うでしょう。ここに居る限り、僕はあなたに従うし……あなたの力にもなりますよ」
感化されたわけじゃない。僕の復讐心は変わらない。僕はいつか、必ず人に復讐するけれど……。
今の主は、大魔王様だ。確かに勧誘はされたけど、最後には僕が選んだ。大魔王様は、僕が選んだ主なんだ。
歴代最強大魔王は、平和を望んでいる。
なら。少しくらいは、その夢物語を一緒に見てやってもいいかな、と。そう思っただけである。
ここは魔界中枢都市、ギーグの果てにある大魔王城。
僕たちの物語は、ここから始まる。
次回からは新章のスタートです。