玉座の間。ここで私は彼らの帰りを待っている。
はて、どこからの、なにからの帰りを待っているのか。それがどうしようもなく思い出せない。
ふと傍らを見ると、金髪の、ケットシーの女の子がそこに居た。
「また、帰ってこないのかにゃあ?」
その言葉に、なぜか悲しくなった。泣きたくて、泣きたくて、しかたなくなった。
涙を必死にこらえていると、ケットシーがおもむろに立ち上がり、私の目元を舐めてきた。ざらざらとした舌の感触を感じながら、私はやっと、自分が泣いているのだと言うことを自覚した。
なんだ、こらえられてないじゃないですか。
涙を舐めとってくれるなんて、犬みたいですね? なんて言おうとしましたが、声が出ない。
私は確かにここに居るのに、体は私のものではないみたい。
「……大丈夫。アタシはどこへもいかないにゃん。アタシじゃあいつらの代わりにはなれないかもしれないけど……アタシは、あんたと一緒に居るにゃん」
そう言って彼女は笑う。よく見ると、彼女の目にも泣いた跡が付いている。それを見て、私は。いっそう悲しい気持ちになるのです……。
はっと目を覚ましました。首だけを横に向けて時計を見ると、針は5時を指していました。
私はのろのろと起き上がり、朝の支度をします。その途中、ごく自然に目元を手でぬぐって、自分が涙を流していたことに気づきました。
そういえば、なにかとても悲しい夢を見ていた気がします。でも、思い出そうとしてみても、もうほとんど思い出せません。覚えていないなら、気にする必要もないでしょう。
だけど、悲しい夢って何だろう?ニコトエ達の夢は最近見なくなったけど、それ以外に何かあるのかな……。
と。夢のことを考えてしまってました。気にする必要がないと切り捨てたばかりなのに。
「んー……今朝はぼーっとしてるなぁ」
いけないいけない。こんなんじゃ、皆の前でいつも通りに振る舞えない。頬をパチンと叩き、気合いを入れ直します。
皆の前では、明るく笑う昔みたいなアニタじゃないと。
「おはようございます。アニタ様」
食堂に行くと、翁がにこやかに迎えてくれました。
「おはようございます、翁。今日も早起きですね」
「アニタ様こそ」
余談ですが、私は彼、キースを翁と呼んでいます。
この大魔王城での一番の古株。2代前の大魔王の頃からここに仕えているとあっては、親しみをこめて翁と呼びたくなるというものでしょう。
翁の方は、2匹でいるときだけ、私をアニタ様と呼んでくれます。
他の方が居るときもアニタと呼んでいいのに。と以前彼にいったけど、『他の物に示しが付きませんから』と言って断られました。
よういされた席に着きます。私はいつも朝早くにここに来るのに、翁はいつもそれより早くいて、文句の一つも言わずに朝食を作ってくれます。
流石大魔王軍の執事長! と言いたいところですが、私が起きてくる時間はばらばら。早いときもあれば遅いときもあるのに、いつも私より先にここにいるのは流石におかしいです。彼、いつも何時に起きているんでしょう? ちょっとだけ心配。
「さて、今日の朝食に何か注文はございますか?」
「んー、そうですね。今日はなかなか目が覚めないので、濃いコーヒーを淹れていただけると助かります」
「承りました」
綺麗なお辞儀をして、翁は去っていきました。
あれでお仕事が適当とか、言ってますけど、嘘ばっかり。ほんとは人一倍城のために働いてくれているの、私は知ってます。
「アニタ様。朝食が出来上がりました」
体を揺すられて、私はゆっくりとまぶたを開きます。
「ん……翁……?」
目の前にはいつも通りに笑う翁がいました。どうやらいつのまにか眠ってしまったみたいです。
「ごめんなさい! 私寝ちゃった……」
「いえ。いいんですよ。大魔王様もお疲れでしょう。こちら、コーヒーです」
……翁だって疲れてるでしょうに、翁は本当に優しいです。私は翁に差し出されたカップを、ありがとうと言って受けとりました。1口飲んで強烈な苦みとカフェインで無理矢理頭のギアを上げます。
「うん。おいしい。流石翁です」
「ありがたき幸せ」
翁は柔らかい笑みを浮かべて、朝食を運んで来てくれました。とりあえず、朝食を平らげちゃいましょう。
翁にお礼を言って食堂を後にしました。私はあぱーとに向かいながら、魔法を使います。
「水の元素、指定。位置演算……指定。範囲演算……指定」
今からやろうとしているのは、離れた位置からの位置指定による魔法発動、というものです。
これは、できる魔物が非常に少ないものです。演算が必要になるのが難しさの要員であって、そもそも基本的に対面の戦闘でしか魔法を行使しない私達魔物にとっては使用する必要もないものでもあります。
でも、使えたら使えたで便利だと、私は思います。いつもは畑まで行って水魔法を使うのだけど、こうすることで時間が短縮できますし。
ああ、いつか魔法のことを教える学校も作ろう、と私は密かに思いました。
今日は最初からアランの城案内についていこうと思っています。今日は商店を回るだけだろうけど、それでも少しは見回りの足しになるでしょう。
それと、アランは見ていて本当に危なっかしいんです。じつは彼、まだちゃんと魔法を使いこなせていないのです。それが、精神の不安定さに表れている感じでしょうか。
ちゃんと見ておかなきゃですね。
「でも、私は嫌われてるっぽいなぁ」
と苦笑い。まあ、自分の目的である復讐を止められて、戦争なんてしないよ、なんて言われたら……私が彼だったらこの城を出て行きますね。嫌われて当然。
だけど、誰を恨んで憎んだところで起きたことは変えられないのだから、そこからどう未来を変えるかが1番大事だと、私はそう思ってしまうのです。
数時間後。ようやくあぱーとへとたどり着きました。よくよく考えてみれば、風魔法で移動速度を上げればもう少し早く着けたのでは?……速度制御はあまり得意ではないのだけど、次は試してみようかしら。
階段を上がり、アランにあてがった部屋に入ります。そして、そこで見たのは衝撃映像。
「青年……」
「カミラ、さん……」
アラン が カミラ を おしたおして いる
「な……何をやっているの!2匹共ぉー!」
これは……大事件の、予感です。