2杯目の紅茶を口に付け、カミラさんはまたふっと笑う。
「そうだな。あれは……いつだったか。忘れてしまったが、戦争が終わって、あまり時は経っていなかったな」
目線は遠くを向き、まるで遙か昔のことであるかのように、懐かしそうに彼女は語り始める。
私は、何年も、何千年も、何万年も……何百万年も。この世界で生きてきた。ヴァンパイアは、血を吸うことにより寿命を延ばせると言うことは知っているな?
……私は、自分のことがあまり噂にならないように魔物の血を吸い、生き長らえてきたのだ。生きることに執着して、意地汚く生きてきた。
まあ、魔物を襲うわけだからやり過ぎてしまえば噂になる。戦争が終わってすぐ、私はすごく気が立っていてな。目撃証言がなければ噂にもなるまい、と集落一つを潰したりしていた。まあ派手に動いていたさ。
そのせいで、一時期『ヴァンパイアが蘇った』とか言う噂が出てきてしまってな?
まあその時は私を止められるヤツなんていないと思っていたし、すぐにここを離れれば良いか、なんて考えでいたのだが。
アニタ様と出会ったのはそんなある日だ。
丁度今日のように、満月の綺麗な夜だった。
ヴァンパイアは月に恩恵を受ける。月光を浴びれば魔力も上がるし肉体のスペックも向上する。そうなった私を止められる魔物はそう居まい。
今夜は警戒の必要もないと、私はいつもより深い眠りに落ちようとしていた。しかし。私を、身体を叩く物凄いプレッシャーで起こした物が居た。
月の光を浴びて鈍く光を放つダーククリムゾンの長い髪。それを彩るように生える二本の角が膨大な魔力を象徴している。髪と同じくダーククリムゾンの目には鋭い眼光が宿り、私をたたき起こした程のプレッシャーは、驚くべき事にまだ余裕があるように感じた。
動きづらそうな黒のドレスを着ていたが、そんな物は関係なさそうだった。そこには一撃で私を刈り取る気迫が宿っている。これはやばいと私もプレッシャーを放つ。
「失礼ながら、私に何か用か? 人型」
「ええ、あなたを探していました。ヴァンパイア」
驚くべき事に、彼女は私のことをヴァンパイアと呼んだのだ。
「何のことやら? 私はただの身寄りがない人型さ。勘違いだし、私を襲うのは辞めて欲しい物だがね」
「魔力。いくら人型だからと言って、角もないのに大きすぎるでしょう」
その時私は月によって増大した魔力を隠していなかった。正確に魔力を感じ取れる魔物などこの辺に居るまいという、油断だな。
「……それを言うならお前もだ、人型。凄まじい魔力をお持ちのようで。二本角とか正気じゃない。もしかして、有名な歴代最強の魔王様……とか?」
「ええ。私は現魔王、アニタ・アウジェニオ・シルヴァ」
冗談で魔王かと聞いたら、彼女は自信満々に魔王と宣言してきた。
「……おいおい、時期大魔王候補様がどうしてこんな所にいる? 何のつもりだ?」
「ヴァンパイア。あなたの名前を聞かせなさい」
あくまでこちらに主導権を握らせないように話し続ける魔王。正直ごまかし続けるのは無理だろう、と悟った。そして戦いたくも無かった。全属性持ちとか死ぬ。普通に死ぬ。
私は生きなければならなかった。生にしがみついていた。今はそこまで生に執着してはいないのだが、あの時はすさまじかった。私は生きるために神経を張りつめて、プレッシャーも最大まで振り絞った。
「……カミラ。カミラ・ヴァンプ」
「そう。カミラ。あなたの名前、聞き届けました」
だが、その時。なにか、もうどうでも良くなってしまった。生きる事への執着も、目の前の相手に気骨を張ることも。
ギリギリまでプレッシャーを出しても私の数倍は強いプレッシャーに、正直気絶寸前だったし。心が折れた。
「……私を殺すのでしょう? なら、早く殺して。……もう、どうでもいい」
私は投げやりになってそう言った。ところが、だ。なぜかいきなり、相手のプレッシャーが引っ込んだ。
「殺しませんよ。私は、あなたをスカウトしに来たんですから」
「……は?」
何を言っているのかわからなかった。スカウト、と言うと、魔王軍か? だが、わざわざこんなところに来てまで、なぜ私を?
「私はこの魔界を平和なところにしたい。そのための第一歩として……あなたの力を借りたいのです」
「……正気か?」
本当に頭を疑った。私の常識では、魔界に平和を、なんてそれほどに無理な話だった。そんなことを考える魔物すら見たことが無かった。ましてや、そんな夢物語を堂々と口にするなど、ふざけているとしか思えなかった。
「ええ。正気です。私は、正気で、本気で、この魔界を平和にしたいと考えています」
だが、呆れたことにこの魔王様は、自分は正気で、本気で平和を目指していると、そう言い切ったのだ。
「協力していただけるなら、私はあなたを魔王城の一室に匿いましょう。カミラ・ヴァンプ。どうやらあなたは自分のことがうわさにならないよう、隠れて暮らしているようですから。そのかわり自由は無くなりますが、食事はきちんと出しましょう。……もちろん、血液も」
そして条件が魅力的だった。この魔王は、私の求めることを正確に貫いてきたのだ。しかし、だ。その条件では、私が彼女に協力するにはちと足りなかった。
「……女子だ」
「はい?」
「支給される血がうら若き女子の物であれば、その条件を飲む」
「あの……正気ですか?」
今度は彼女が、私の正気を疑う番だった。
「ふ、ふふ。ふははははは! なんだその大層な計画は!」
それからいくらか時間が経って。
2匹で体育座りをしながら、私はアニタから魔界平和化計画の一端を聞いた。城の増築やら、城の中で統制の取れた生活を送るとか……夢物語のような物。
「……やはり、私はおかしいのでしょうか?」
自信なさげに私に問う彼女。その姿は、さっきまでのすさまじいプレッシャーが嘘みたいにか弱かった。
「おかしくないさ。ただ、ぶっ飛びすぎていて笑ってしまう」
そして私は立ち上がる。
「決めた。私はあなたに協力しよう。くだらない私の余生も、少しは面白くなりそうだ。……よろしく。アニタ」
私が彼女にそう告げたときの顔を、しっかりと覚えている。
まるで自分が、ようやく世界から認められたかのような、安堵。そして、感動。そんな物がぐちゃぐちゃに入り交じって、泣いていた。
その姿に、私は苦笑いする。泣きたいのは私の方なのに、そんなに泣かれてしまっては泣けないな……。
「まあ、それから紆余曲折ありここへ至ると言うわけだ。あえて名付けるなら……そうだな。『月夜に笑う吸血鬼の話』だな」
成る程、仲が良いわけだと納得する。昔から一緒に居るならば、これは当然だろう。
……だが、話に聞く2人は、今の2人とは大きく違うように思えた。
でも、きっと。2人は良い方向に変わったんだろうなぁと、そう思った。
「というかカミラさん、なんかさっきとんでも発言があった気がしたんですが」
「青年……女の子、っていいよな!」
「なんかもうそれで全部台無しですよ……」
こうして、大魔王城で過ごす2回目の夜は更けていく。
話を聞いて、少しは大魔王様、という人のことを知った。でも、僕はまだ彼女を認められていない。……僕にもいつか、大魔王様に賛同できる日が来るのだろうか。