なんかよく分からないなぁ、と思ったら読み飛ばして下さい。
人魔大戦、その一幕
新魔界暦5274000年に始まった、魔界と人界の戦い。
それは今までに無いほどに激しい戦いとなった。
人が死んでいく。魔物が死んでいく。土地が死んでいく。
戦いは序盤から総力戦の様相を呈し、序盤から中盤、中盤から終盤へと移り変わるのに、そう時間はかからなかった。
これは、終戦間際のある時の話である。
家が燃えている。
魔物が燃えている。
まるで世界が丸ごと炎に包まれたかのように燃え盛る村を見回しながら、俺は歩いている。
「……赤いな」
そんな感想しか浮かばなかった。燃える村なんて、もう何度も見てきている。
炎は綺麗だ。そこにあるものを穢れとして、その全てを浄化してくれる。罪も、証も、そこにかざせば等しく灰になる。
そのあり方が、俺は好きだ。
この村に住む魔物の悲鳴が、あちこちから聞こえる。俺はその悲鳴を無理矢理意識から閉め出した。耳障りなだけだから。
「シリウス!」
道の向こうから1人の男がこちらへ向かってくる。それは俺の仲間である、ベガだ。
俺が人界に戻る際に、俺と共に魔界と戦う『勇者付き』に選ばれた、戦士の男。紺色の髪を逆立てて、赤い鎧を身に纏う、国で1番の槍の使い手。
少々頭に血が上りやすいところが欠点であると俺は思う。
「ベガか。火の眷属はいたか?」
「居なかった。あいつら、ガセネタ掴ませやがって……!」
「落ち着けよ。俺たちの襲撃を察知して逃げたのかも知れない」
俺は燃え盛る村を、その出口に向けて歩き始める。
情報は間違いだった。目的である火の眷属が居ないんじゃ、ここにいる理由がない。
「帰るぞベガ。もうここにいる意味もないからな」
「シリウス……! ……ああ。わかった」
背後から、ベガの気まずそうな声が聞こえる。最近、彼はいつもそうだ。俺が何か言う度に、彼もなにかを言おうとして、何も言わず。そして俺に従うのだ。
たしか、アニタにアルタイルが殺された辺りからこんな感じだったろうか。どうしたというのだろう?
かつて家だったものの残骸を、かつて魔物だった物の残骸を、俺は踏みつぶしながら進んでいく。燃える家も、燃える魔物も知ったことじゃない。だってこれは戦争だ。火の眷属を匿ってるなんて疑惑が立つ方が悪い。
「っ……シリウス!」
ようやく村の出口が見えてきた頃、俺の向かう先、まさしくその出口から、若い女の声が聞こえた。
その声には憎しみと、ほんの少しの悲しみが混ざっているように聞こえた。
「……アニタ」
魔王アニタ。現魔王にして、魔王軍を率いて人間と戦う、魔界トップクラスの実力を持つ魔物。
その彼女が、部隊も、側近も引き連れずここにいる。珍しい。確か彼女にはいつも眷属の魔物がついていたはずだが。
……ああ、忘れていた。確か火の眷属以外、皆死んだんだったか。俺が殺した。ならば納得だ。
「いったい何をしに来たんだ、アニタ。君がこんな所にいる理由はないだろ?」
吐き捨てるようにそう言うと、彼女は俺を強く睨みつけた。
怖いな。アニタのそんな表情、俺は初めて見る。
「こんな所にいる理由はない? それはあなたが決めることじゃない。私が決めることです。人が……勇者が魔物の村を焼く現場に、魔王が駆けつけないわけがないでしょう!」
彼女からは凄まじい『プレッシャー』が放たれている。5割って所か。相当に怒っているようだな。
「そうか。君がそう言うならそうなんだろうな。それで? 駆けつけて何をするんだ? ……俺たちと、戦うのか?」
俺はその言葉と共に剣を抜く。それを見たベガも槍を構え、アニタのプレッシャーもその濃さを増した。
アニタのプレッシャーに充てられたベガは尋常じゃないほどに汗を掻き、心なしか体も震えているようだった。
それも当たり前だろう。アニタは全力ではないにしろ、いつになく本気だ。死ぬ。この戦いが始まれば、きっと誰かが死ぬ。これはそういう戦いだ。
「1つ、聞いてもいいですか?」
「何?」
「シリウス。なぜあなたはそんなにも、平気そうな顔をしている。……あなたは、そう言う人間じゃなかったはずだ」
「……さあ。何でだろうね?」
その問いに対する答えを僕は持っていない。ああ、強いて言うならば、そうだな……。
──もう、止まれないからだ。例えば、覆水が盆に返らないように。賽が投げられた今、もうそれが元に戻ることはない。先に進むしかない。
だから俺は止まらない。止まれない。だから……
「俺は。もうあの時の俺じゃない」
空気は張りつめ、殺気とプレッシャーは高まっていくばかり。戦いの火蓋は、切っておとされるその時を今か今かと待っていた。
しかし、その戦いが始まることはなかった。俺の後ろでバタリ、と何かが倒れる音がしたのだ。
振り返ればそれは、魔物の子供。見ればまだ息があるようだった。
俺はそれを見て、剣を納めた。
「そこの魔物、まだ息がある。助けてあげたら? 心優しい魔王様」
アニタは即座にプレッシャーを消して、その子供に駆け寄った。俺はそれを見届けて、阻む物の居なくなった出口へと向かう。
唐突に、自分の腕が引っ張られる感じがした。振り返って見ると、ベガが居た。彼は眉間に皺を寄せ、俺の腕を引っ張っていた。
「なんだよ。ベガ」
「……シリウス! お前、このまま帰るのかよ!? あいつ、今隙だらけだ。アルタイルの仇を討つチャンスだぞ!」
「……あれが隙だらけに見えるなら、まだまだだな」
俺はベガを振りほどき、さっさと村から出た。途中でベガの気配を感じなくなったので後ろを振り向くと、直後、凄まじい火柱が上がる。
それが村の火が起こした火柱なのか、アニタが起こした火柱なのかはわからなかった。
その時を境に、ベガの姿を見ることは無かった。
「ごめん。ごめんね……」
私はすすで真っ黒に汚れた少年の手を取る。
「こんなはずじゃなかった……」
水魔法を使い、煙を吸い込んだことによって低下した身体機能を回復させる。
「……痛い。痛いの。人の悲鳴も、魔物の悲鳴も」
若草色の髪を持つその少年を、私は抱き上げる。
「もう、私……戦いたくないよ……」
その子をぎゅっと抱き締め、私は燃え盛る村を出る。
私にこの子は救えない。
私はこの子を連れて行くことは出来ない。
ならばなるべく、死の危険を減らして。
誰か心優しい物に救われることを願おう。
……ごめんなさい。ごめんなさい。
彼を村から遠い草むらへと横たえ、私が持っていた剣と、幾ばくかの食料をその近くに置いた。
彼がこの過酷な世界を、生き抜けることを祈って。
しばらくして。人と魔物の過去最大の戦いは終わった。
結果は引き分け。人も、魔物も、得るものなどなかった。
私たちの戦いは無意味だった。
その、事実だけが。私の胸に重くのしかかった。
終戦より10000年後。若草色の髪を持つ青年が、大魔王城を訪れる。
その青年が胸に抱く思いとは、一体何なのか。その青年が大魔王城に訪れることで、魔界は何か変わるのだろうか?
それは、誰にもわからない。
物語は、これより始まる。
『歴代最強大魔王様は平和を望んでいる』
次話からスタートです。最強魔王、お楽しみください!