14時59分30秒、玉田は隊長室のドアをノックした。
「入れ」
先ほどとは逆に、今度は西が玉田を部屋に招き入れ、着席を促した。
「失礼します」
「・・・」
玉田はいつもと変わらずこちらに視線を真っ直ぐに向けている。
その表情からはいつもと違うものを感じ取ることは出来ない。
「先日の大洗との練習試合ではいろいろとご苦労であったな」
「いえ、こちらこそ隊長のお話には感銘致しました」
玉田の返答に多少のぎこちなさはあるものの、あの日の夜のことについては悪い印象は持っていなさそうだ。
「ところで話というのはなんだ?」
「・・・実は・・・しばらくお暇を頂きたいと思っております」
「・・・」
不意の申出に西の動きも止まるが、なんとか平静を装って尋ねた。
「なんだ?? 藪から棒に・・・認容出来るものではないが、一先ず訳を聞こうか」
「はい・・・私自身もこれまでやってきた戦車道に全く自信が持てない状況であります・・・このまま知波単で戦車道をしていていいものかと・・・」
「大学選抜との試合で2両パーシングを撃破した人間が言う台詞とは思えないな」
「確かに大学選抜との試合では2両を撃破することが出来ましたが、あくまで福田の策と、大洗チームの策によるものです。その場面がたまたま私にめぐってきただけで、私自身の実力ではありません」
「その証拠に、先の大洗との試合では為すすべもなく撃破されてしまいました・・・そして先の親善試合と大学選抜との試合で、私は何度も隊長の指示に従わない行動をとってしまっています」
「・・・」
西にもその時の様子が浮かんだのだろう。別にそれを咎めるつもりもなかったのだが、問題がある行動であったのは間違いない。
「私も・・・西隊長を支えたい気持ちは人一倍ありますが・・・ただそれは福田とかもっと適任者がいるように思えまして・・・私自身がやってきたことが、これから先の知波単で生きるとは思えないのです・・・」
「・・・」
「細見や池田には相談したのか?」
沈黙を置いてなんとか西が尋ねた。
「はい、あの後隊長と福田が大洗の方と歩いている時に話をしました」
「なんと?」
「言い出した時には少しびっくりしていた感じですが、話をするうちに”お前がそう思うならひとまず隊長に言ってみたらどうだ?”という話になりました」
「なんだ、友達甲斐のない奴らだな!」
このあたりを躊躇なくずけずけと言うのは西の性格による。
わがままとは違うが、自分が思ったことをそのまま隠さず言ってしまうところが西にはあった。
「で、言いたいことはそれだけか?」
「・・・」
玉田の話をまるで聞いていないような感じで西は返した。
玉田も予想外の反応に戸惑い沈黙する。
「それなら答えは ”否” だ。到底認めるわけにはいかない。だいたいあの夜、お前は私を支えてくれると言ってくれただろ? 私はそれを聞いてどれだけ嬉しかったか・・・」
「大洗の連中を見てお前も思っただろ? 我々が勝つには全員の力が必要だ」
「しかし、隊長・・・」
「しかしもへちまもない! お前なしで知波単の戦車道が変わることはないんだ! 私はお前を必要としている。それ以外の理由が何か必要か?」
「隊長・・・」
「もっとも、お前をそこまで追い込んでしまったのは私の責任でもある。本当に申し訳ない」
西はスッと立ち上がり頭を下げた。
「隊長、頭をお上げ下さい!」
「いや! お前が ”分かりました。私は知波単のために全力を尽くします!” と言うまで頭を上げない!」
「・・・分かりました・・・及ばずながら今後の知波単のために、不肖玉田全力を尽くす所存です・・・」
「聞こえないな!」
「不肖玉田! 全力を以て西隊長を支える所存であります!」
「そっか!良かった!」
先ほどの深刻さが嘘のような笑顔を浮かべ、西は頭を上げた。
「お前の見識の高さには、大洗の連中も感嘆していた。そんなお前を私が手放すはずないだろ! これから知波単の戦車道は変わらないといけないんだ!西住さんも言っていた。これから私達の歩む道が、そのまま私達の戦車道なんだと」
「一緒に、知波単の戦車道を作ろうではないか!」
「・・・分かりました! もう迷いません!」
玉田も力強く答えた。
「今日の全体教練は知波単の歴史を変える、歴史上に残るものになるかもしれないぞ!」
心底楽しみなように西は言った。
”西隊長は変わった・・・” 辻と同じく玉田もそう思わざるを得なかった。これほど強い、意志が伝わる言葉を発する人だったか?
あの大洗との一戦、あの日の夜の出来事が西を大きく変えたのは間違いないだろうが、いったい何がどう変わったのか・・・
今後西がどう変わり、知波単の戦車道がどう変わるか・・・玉田もそれを見たいと素直に思った。
そして、知波単の戦車道が変わった時、当然玉田自身も変わっているはずだと。
知波単が変わる・・・もちろん良い方向にだが、その流れに自分が関わることが出来るならこんなに嬉しいことはない。
不謹慎な話だが・・・と玉田自身も自嘲しつつ、”これは今までやってきた突撃よりも全然楽しいんじゃないか?” との気持ちが沸々と湧き上がってきた。
そんな玉田を、迷いが消え決意がみなぎるような様子を満足気に見ていた西だが、ちょっとそれをからかいたく・・・というよりさらに玉田の気分を高揚させたくなった。
「玉田。もう一つお前に言っておくことがある」
「はい」
「私は・・・突撃を捨てるつもり・・・は一切ない!」
「はい!!」
玉田も満面の笑みになった。それを見た西も
「あはは!」
声を挙げて笑わずにはいられなかった。
「よし、全体教練だ!いくぞ玉田!」
「はい!」
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人は明るい未来を実現することは難しいが、明るい未来を思い描くことは出来る。
まさに西は知波単の明るい未来を思い描こうとしていた。
そして、とある人がおればこの格言を持ち出していたことだろう。
”That people imagine, it is sure people can be realized.
(人間が想像できることは、人間が必ず実現できる)” -ジュール・ヴェルヌ
西の言う ”知波単の歴史を変える、歴史上に残る全体教練” が始まった。