惨敗後の知波単の野営陣地は重たい空気に包まれていたが、4人の来訪者が少しその淀みを流してくれた。
「カエサルだ。改めてよろしく」
「エルヴィンだ。車長と通信手をしている」
「私は砲手をしている左衛門佐だ」
「おりょうぜよ」
カエサルは長袖Tシャツにオーバーオール、エルヴィンは七分丈のデニムにミリタリージャケット、左衛門佐はスウェットにパーカー、おりょうは作務衣の上にカーディガンを羽織ってと、戦車道をしている時とはまた違う4人のリラックスした服装が、さらに空気を軽くしてくれた。
「お越し頂き有難うございます!隊長を務めております西であります。改めて宜しくお願い致します!」
「新チハの車長をしている玉田であります!本日は有難うございました」
「旧チハの車長をしている細見であります!」
「同じく旧チハの車長をしている池田であります!」
「九五式車長の福田であります!」
知波単のメンバーも挨拶を返す。
「ちょうど鍋が煮えたところであります。よろしければお召し上がり下さい」
西が4人に鍋をすすめる。
普段は白菜、大根、人参、長葱、舞茸、水菜といった野菜鍋がほとんどなのだが、少し前にプラウダ高校から鱈が届いたため遠征先に持ってきており、知波単にしては珍しく見栄えのする中身になっていた。
「うん、頂くとしよう」
カエサルが答え、ちょうど歴女チームと知波単の面々が向き合うような形で席についた。
「みんな、本日はおつかれだった。非常に残念な結果ではあったが、それでも我々は前を向いていくしかない! ささやかではあるが英気を養ってくれ。なおこの鱈は先日プラウダ高校から頂いたものだ。心して食すように!」
「では合掌! いただきます!」
「いただきます!」
西の言葉の後、玉田の掛け声で夕食が始まった。
普段は野菜が大半の献立だが、久々に魚が加わったことで惨敗の後であったが自然と明るい声があがっている。
「なかなかいい味だ。体に染み込んでいく感じがいい」
エルヴィンがその美味さに素直に感心する。
「大学選抜との試合の後、他の高校とも交流があるんだな」
「ええ。他校にも認められたような感じで非常にうれしいのですが、それだけに本日の試合は不甲斐ないものでした。大洗の皆さんには申し訳なかったです」
「何も謝るようなことじゃないよ。それに知波単のみんなは大洗女子学園の廃校の危機を救ってくれた恩人だ。こちらとしては感謝こそすれ、謝罪されるいわれは何もないよ」
「うむ」
「その通りだ」
「ぜよ」
カエサルの言葉に同意を連ねた歴女チームの反応は、西はじめ知波単の面々には思いもよらぬことだった。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「・・・!」
それまで突撃して美しく散ることが全て・・・いわば自己で完結していた知波単の戦車隊にとっては、他校にこのような形で感謝の意を表されることはほとんどなかったであろう。
「正直、私達にとってもあの試合は夢のようで・・・なぜあのようなことが出来たのかが今以て分からないのであります」
そう答えた玉田以外の知波単の面々も同じ思いであった。チハで3輌を撃破した大学選抜との試合。それが知波単に備わっていたものであれば、今回の練習試合で1輌も撃破出来ずに全滅したということはなかっただろう。なんであのように撃破出来たのかが分からない故に今日の憂き目である。
しかし、カエサルはそれを否定するかのようにあっさりと言った。
「腕と技術と胆力がなきゃ何も成し得ていないよ。それだけの実力があったということだ」
「努力の前に成功が来るのは、辞書の中だけである」
「戦車道にまぐれなし!あるのは実力のみ!ぜよ」
「「「それだ!」」」
歴女チームの言葉に、知波単の面々は高揚を隠せない。
これまでの自己完結型の戦車道では決して味わえなかった、そして自分達が弱いことを自嘲していたものの忸怩たる思いがあったが、そうではなく実力を認められた感動を、皆噛みしめているようだった。
「ありがとうございます!今日、大洗の方たちとお話をして確信しました!隊員全員がそれぞれ個性を発揮し、そして他の隊員のことを思えるからこそ強いのだと!」
そう答えた西以外の知波単の面々も同じ気持ちなのだろう。皆力強く頷いていた。
「まあ隊長殿がそういう人だからな」
「みんなで勝つのが西住さんの西住流だから」
「うむ」
「突撃しかなかった我が校の批判は聞こえてきていましたし、皆さんと一緒に戦ったことで、突撃だけではダメなのではないかと迷っていました。しかし、我々の突撃はまだまだ革新の余地があると確信しています!」
すべきことが何か具体的に定まったわけではないのだろうが、西の表情や言葉はそれまでとは明らかに違っていた。
カエサルはバレー部チームから福田の様子を見てくるよう頼まれていたが、福田もその表情には活気が戻っている。どうやら悪い報告をせずに済みそうである。
「革新を確信しているか・・・いいことだ」
「龍馬も ”世の人は我を何とも言わば言え、我が成すべきことは我のみぞ知る” と言っているぜよ」
「次の試合が楽しみだな・・・ところで・・・」
「偶然なんだろうが(偶然です!)、そちらのチームには帝国陸軍の戦車隊の歴戦の勇者達が揃っているな」
「確かにそうだな・・・」
エルヴィンが変えた話題にカエサルが乗った。
「西隊長殿は日本人で唯一の馬術金メダリスト、西竹一大佐」
「池田殿は占守島の防衛戦で活躍した池田末男大佐」
「細見殿は軍神・西住小次郎の上官だった細見惟雄中将」
「玉田殿は世界史上初の戦車部隊による夜撃を決行した玉田美郎中将」
「福田殿・・・は特にないか・・・」
「たわけ!福田殿は『竜馬がゆく』の生みの親、司馬遼太郎先生であるぞ!」
おりょうとしては、ここはツッコミを入れないわけにはいかない。
「よし、ここからは伝説となった先人の話で盛り上がろうじゃないか!」
「こっからが本題だな!」
左衛門佐も乗ってきた。
夕食の鍋も一段落し、知波単の隊員は各々のテントに入る者も多くなってきたが、9人が座るテーブルは話が終わるのはまだまだ先になりそうである。