7月中旬:隊長が辻→西に交代
8月中旬:この小説の始まり&大洗での親善試合
8月下旬:大洗女子学園と大学選抜との試合
9月下旬:大洗女子学園との練習試合(4話)
11月初旬:大洗女子学園との再戦(20、21話)
11月下旬:新戦車導入(24話)
12月上旬:サンダースとの練習試合(30~32話)
年末年始:銚子でアンツィオとコラボイベント(35話)
1月上旬:アンツィオとの練習試合(36~37話)
1月中旬 ←←今ここ
なお、今回ネタに出てきたY談は自分の周りにいる某じいさんの言葉です^^
「遅いわよ! 集散はもっと早く!」
「回避は出来るだけ最低限で! 次の行動をもっと意識しないとダメ!」
「OK! Good Job!」
来たるべき大洗連合との試合に備え、知波単・サンダース・アンツィオ・プラウダ(KV2)連合は、2泊3日の合宿を行っている。
知波単の隊員も練習量ではどこにも負けない自信はあったが、今日のサンダース等を交えた練習でその認識は一掃された。なによりケイの指示が矢継ぎ早に飛び、まったく息つく暇がない。
「ほらほら、アップルちゃん。次の試合ではあなた達のはたらきがカギなんだからね。大変だけど装填もっと急いで!」
アップルちゃんと呼ばれたのは、プラウダのKV2の面々。
練習前に各車の呼称をつけようとなったのだが、ニーナを見た瞬間にケイが「こんなのアップル以外に有り得ないじゃない!」とほぼ独断で決定したのだった。もっとも青森弁を喋る可憐で色白で赤いほっぺの少女。誰もが「りんごで異議なし!」状態だったのだが。
試合会場の通知はまだのため、最終的な作戦は決定していないものの、大筋の作戦としては、KV2が遠距離から大口径の榴弾を打ち込み、それに乗じて知波単とアンツィオの面々が敵を攪乱、その隙に中距離でナオミのファイアフライと玉田の四式中戦車が狙いすまして撃破する。そのままシャーマンの潜むキルゾーンに誘導するもよし、もしくはタイミングを計ってシャーマンが一斉攻撃に転じるというもの。その作戦は「203高地奪取」と名付けられた。どこかで聞いたことのある、そして決して縁起がいいとは思えない作戦名であったが、二十八糎榴弾砲で活路を開いた史実からしてこれまた「203高地奪取で異議なし!」状態であった。
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サンダースが手配した合宿地。
朝9時過ぎに到着すると、荷物の整理もそこそこに基礎トレーニングが始まる。
参加している面々のほとんどが「合同練習」の認識で参加していたが、その量と密度は想像を超えていた。基礎トレーニングの段階でアンツィオの面々はほぼ脱落している。練習量には自信のある知波単の隊員も青色吐息という状況だ。
なにより想像とは違っていたのが、少しでも油断すればとぶケイの叱咤。今まで見ていた、笑顔で何をしても許されそうな感じの彼女はどこにもなかった。
その様子は午後からの練習も変わらない。前半は、地味な行進練習と射撃練習。サンダースが用意した合宿場所だけに、広々と使用し心おきなく砲弾も使用できる環境は満足できるものではあるが、これだけ延々と繰り返すとさすがに嫌気が差してくる。しかしそんな中でもケイの叱咤は油断を許してくれない。
そして、後半は203高地奪取作戦を延々と演習形式で行う。もっとも相手はサンダースのシャーマンであり、模擬弾を使用しているものの演習というより試合そのものだ。午前から続く基礎練習で体力・精神とも削られた面々は、次々と相手役のシャーマンに撃破されていく。
「ケイも・・・いくらなんでもやり過ぎじゃない? 普段うちもこれだけの練習はしないでしょ?」
さすがに疲れを隠せないアリサが、ぼやくように無線の相手であるナオミに言った。
「ホント・・・お前は何も分かっていないんだな」
決して同意を求めたわけではなかったが、予想もしていなかったナオミの返答にアリサもたじろぐ。
「多分ケイは・・・ここまで厳しくしないと大洗には勝てないというのを分かってほしい思ってるんだろ。で、それはアリサに見せようとしているものでもあると思うぞ」
「あとは・・・たぶんケイ自身が本当にこの試合に勝ちたいんだろうな。アリサや、そして西さんの気持ちも分かっているだけに・・・もちろんケイにとっても大洗は負かされた相手だ。期するものがあって当然だろ」
「ふーん・・・ そういうものかね!」
言葉はぶっきらぼうだが、アリサもその意図が理解できたようであり、そして ”その程度の理解も出来なかったのか” との自嘲が、思わぬ大きな声となって表れた。
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西もケイから直接 ”今回の試合・・・私は本気で大洗に勝ちたいから・・・だからこの合宿は私が指揮させてもらうわ。お互い気を遣いながらとかいう暇はないんだし。もちろん当日の試合の指揮や作戦は、絹代が決めることだけど” とは聞いていた。今回のことが、今後の西のとっても必ずプラスになるからとも。だから西は、当初こそ ”ケイの言葉や振舞いを参考にしよう” と何かを盗むべく観察していたのだが、すぐにそんな余裕もなく、自身が遅れぬよう考え動くことで必死にならざるを得なくなった。
それ以上に、知波単の面々が練習についていけない。
体力的についていけないわけでも、操縦・射撃の精度において差があるわけでもない。いや、厳密に言えば知波単の車輌単体でのそれは他校に勝るとも劣らない。しかし他校と混ざっての合同となるとまるでダメ。他校の戦車との連携がまるでとれない。基礎トレーニングで脱落していたアンツィオの面々が、合同練習では水を得た魚のように伸び伸びと駆け回るのとは対象的に、知波単の戦車はまごまごしつつ右往左往しているのが目立った。
もっともかつての知波単であれば、他校の作戦や思慮とは無関係に猪突猛進で突撃していたのかもしれないが・・・なんにせよ、考えれば考えるほど判断が遅れる、こうじゃないかと思って行動すると逆の目が出る・・・そんな状態が続いた。
精彩を欠く知波単の戦車を見るに、西のフラストレーションも高まる一方だが、かくいう西自身も他校の動きにまるでついていけない。まごつき隙を見せると、すかさず敵役であるサンダースのシャーマンに撃破される。先の練習試合で少しはサンダースのレベルに近づけたとの思いはあったが、その自負は即座に吹き飛ばされ、レベルの差を認識させられることになった。
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1日の練習を終えての夕食。
帯同しているサンダースの食事サポートチームに加え、助っ人でアンツィオの面々が加わり、その食事は高校生が作ったものとは思えない、豪華で華やかなものとなった。
しかし、知波単の面々は練習の疲れとそこでの不甲斐なさから、豪勢な食事を目の前にしてもなかなか箸が進まず、活力が戻らない。そんな状況を見かねたように・・・一人の金髪の少女が西に声を掛けた。
「ハーイ! 絹代」
「あなたは・・・サンダースの?・・・」
パンツァージャケットを見ればサンダースの生徒と分かるが、その顔には記憶がない。
「私はサンダースのセレナ(注:オリキャラ)。3年でもう卒業だけど、ケイが出るというんで私も参加させてもらったわ。実は前の練習試合でも私はあなた達と対戦してるのよ」
「そうでありましたか・・・本日はおつかれさまでした」
「おつかれさま・・・が社交辞令じゃないくらい疲れてる感じね。まあ今日みたいなのは慣れが必要だからね。あまり気にしなくてもいいと思うわよ」
「・・・セレナさん。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なに?」
「サンダースはいつもこれだけの練習をしているのですか?」
「さすがにこれだけの練習をすることは滅多にないわね。というより、うちは1軍だけでも150人いるからね。基本は中隊単位で練習しているし、そのメニューも中隊長に任されてる部分も多い。試合に出るためには1軍にいるというのはもちろんだけど、自分が所属する中隊が選ばれないといけない。だから試合では中隊の一人のミスが他の中隊のメンバーにも大きなマイナスになる。そういう意味ではうちの生存競争というか、試合でのプレッシャーというのは他の高校にはないかもしれないわね」
サンダース大付属の戦車道チームは、1軍150人、2軍250人、3軍100人を基本としている。2軍の人員が厚いのはそれだけ1軍への道の生存競争が厳しい現れだ。だから2軍の中隊は他校と積極的に練習試合を組む。どこそこに勝った、何連勝しているというのは1軍への切符の大きな分かりやすいアピールになる。2軍における生存競争についてセレナの話が及んだとき、そういえば以前にサンダースの2軍から練習試合の申込があったのを西は思い出した。もっともサンダースにとっての知波単は ”シャーマンでチハを倒したところで何の箔も付かない” というのがセレナの ”申し訳ないけど・・・” ということわりの上での説明であったが・・・
ただ、先の練習試合以降は、サンダースの知波単を見る目も少しずつは変わってきている。それ故、今日の合宿においても敵役であったサンダースの戦車は容赦無くこちらを襲ってきた。知波単にとっては合同練習における単なる敵役の戦車であったが、サンダースにおいてはそれは生存競争における明日を賭けた戦いだったのだ。それを思うと、今日の知波単の不甲斐なさを西はますます恥じ入る思いで一杯になった。
「セレナさん、もう一つお聞きしたいのですが・・・ これは以前から不思議だったのですが、なぜ皆さんはそこまでの生存競争をしてまでサンダースで戦車道をしているのでしょうか? 知波単も含め、他校に行けばいくらでも試合に出れる方々のはずなのに・・・」
「それはもう打算だわね」
「打算!!??」
想像もしていない言葉が即座に返ってきたことに西はたじろぐ。
「サンダース大付属の戦車隊に所属する。それだけで大きな目的の一つが達成されたということ」
「日本中・・・いや世界中でサンダースの卒業生が重要な役職に就き、大企業に所属し、いわば世界を動かしている。卒業後の進路やその先を考えれば、サンダースで戦車道をしていたというのはそれだけで大きな役に立つの。ましてや1軍で試合に出ていた、そしてサンダース大でも戦車道をしていたというなら尚更。1軍昇格への生存競争や、1軍におけるそれも、同じ理由。そりゃ試合をする以上、当然他の高校には勝ちたいけど、目的はそれだけじゃない。大げさに言うと、他校は眼中にないということかもね」
「考えてもごらんなさい。街を壊し、これだけお金がかかる戦車道が、なぜ今もって盛んなのか。それはそれだけのお金がかかっても戦車道をやる必要がある。きたない言い方をすれば、戦車道に関わることで利権を得られる人間が多いということよ。そしてそういう人間の界隈にサンダースの卒業生が跋扈している」
純粋な疑問ゆえ発したことが、想像の及ばない世界の回答となって返ってきたことに西は言葉も出ない。
「でも・・・だからこそ、ケイはあなた達を好きなのかもしれない。もっとも直接聞いたわけじゃないから、想像の話でしかないけど」
「は?」
「ケイとは中学の時からの付き合いだからね。さっき言ったみたいな、いわばサンダースの悪しき伝統を嫌ってるのはひしひしと伝わってくる。立場上ケイはそのことを決して口には出さないけど。そして必要悪としてのそういう伝統についても理解している」
「でも、やっぱりあの子は戦車道が好きなのよ。勝ち負けや優劣を抜きにしてね。黒森峰に突撃をした知波単を見て、他の子達は ”黒森峰の偵察に来たのに何の役にも立たん” とか ”もうバカを通り越してるだろ” とか言ってたけど、あの子だけは ”いやー、あんなクレイジーな戦いしてみたいわ!” って言ってたからね」
決して褒められたわけではない言葉を聞いて、西としては自嘲せざるを得ない。
「そんなあなた達が、純粋に今を変えたい、勝ちたいと、もがき苦しみ正面から乗り越えようとしている。そりゃケイとしては応援もしたくなるわね。あとケイが変えて少しはマシになったけど、それまでのサンダースは他の中隊への嫌がらせ、メンバーの引き抜き、裏切り・・・ホント酷かった。そんな打算まみれの、情欲まみれのサンダースの中で生きて来たら、純粋に戦車道に向き合っている、そしてチーム一丸となって戦ってるあなた達や、あと全国大会で戦った大洗とかを見たら、 ”私の本当にやりたい戦車道はこれなんだ” とあの子が思っても不思議じゃない。実際、大洗と一緒に大学選抜と戦った前後は、あの子本当に嬉しそうだったからね」
「ついでにアリサの話をしておくと・・・あの子もサンダースにはそんなにいないタイプではあるね。あの子も純粋に戦車道が好きだし、それ以上にケイのことが好きって感じかな。正直ケイに比べたら隊長としての能力は一枚は落ちるけど、それでも苦しい時でも前を向ける、叩かれてもへこたれない芯の強さがある。実際のところ、サンダースで隊長をやるってのは面倒なことが多いのよね。さっき言ったみたいなチームの中でのごちゃごちゃが凄いし。戦車乗りとしての資質や、洞察力・判断力とかはナオミの方があるんだろうけど、清濁一切を飲み込んでチームのために汗をかける人間ってのはそうはいない。ましてやサンダースにおいては」
セレナの話を聞いている西の心は、さらに沈んだようでもある。
「それに比べて私達の不甲斐なさと言ったら・・・」
「そういうことは言ってほしくないな!」
ふと漏らした西の弱音に、思わぬ強い言葉が返ってきたことに西はびっくりする。
「かくいう私もね。もう知波単のファンなのよ。そりゃこの前の練習試合で、あれだけの中身の濃い試合をして何も感じないようならおかしい。ファンが頑張ってほしいと思ってるのに、当の本人がそんな弱気になってると、こっちも悲しくなる」
「申し訳ありません。ただ・・・私も日々頑張ってはいるつもりなのですが、大洗という大きな敵を前にしてしまうと何をしていいか分からなくなってしまうのです・・・」
「そりゃ当り前。相手は軍神とか言われている人よ」
「そうですよね・・・でも本当にどうしたらいいのか・・・サンダースもアンツィオもプラウダも、なぜあんなに伸び伸び動けるのか分からないのです」
「倒れるときは前のめり」
「坂本龍馬の言葉・・・ですか?」
「なにどっかの紅茶の学校みたいなことしてるのよ!」
西は後ろからの衝撃と共に、ケイが真後ろに来たのを知った。両腕でセレナと西を抱え込むような形でケイは立っている。
「ホントいつもいきなり出てくんのねアンタは。おまけに近い。おっぱいが当たってんのよ」
「あら? セレナ、アンタ前に言ってたじゃない。男と女の相性なんて、乳首同士が触れ合わないと分からないって」
「わーわー」
いきなりケイの口から飛び出したY談を、セレナは慌てて打ち消そうとする。一方の西は何が起きたのかまるで分からないという状況できょとんとしている。
「まあ何事もある程度まで進まないと、というか、終わり間際でないと正しいとか間違ってるとか分かんないのよ。やる前に何が正しいとか考えてても仕方がない。やりながら、 ”これひょっとして間違えたかな・・・” と思っても正しくなるように修正していく。アンツィオの子達見てたら分かるでしょ」
確かに今日の練習においてもアンツィオの戦車は、突出し過ぎると思ったらすぐに引っ込み、出てないと思ったらすぐに飛び出てきた。初めから、こうではないかと考えている動きではない。
「今日の朝の基礎連なんかでもアンツィオの子らは、少しは悪びれろよと思うくらい堂々とサボってたからね。でも、自分が活躍出来るターンになったら十二分にそれを発揮する。片や知波単は ”基礎練習についていけなくて申し訳ございません” とそのまま固まってしまうような感じね。もっともその生真面目さは知波単の武器でもあるんだけど・・・ただ、大洗のような大きな敵に対峙する時には、いい意味でいい加減にやらないと自分自身が潰れちゃうのよ。そして、そんな相手に自分の構想通りに事が運ぶことなんてまあない。場面場面で修正・変更しながらやっていくしかない。今回絹代に言いたかったのはそこかな。」
「成功する確率が1/100しかなかった作戦だったとしても、それが成功して勝利したならば正しい選択だったことになる。勝ち方、戦い方に拘る必要はない。もちろん手段を選ばずとは違うけど、何をしても最終的に勝てばいいのよ。ただそれを実現するには常に考えて、行動してないとダメ。でないと、判断すべき時にそれが出来ない」
おそらくセレナが言った ”倒れるときは前のめり” も同じようなことを言おうとしていたのだろう。ケイの言葉に納得するようにセレナも頷いている。
「で、あとは何を話してたの?」
「ケイは知波単のことを好きなんだろうなって話」
「何今さら分かりきったこと言ってんのよ」
憧れとも尊敬とも違う、いわば畏敬ともいうような感情をケイに対して持っている西にとって、そのケイが即座に自分達を肯定する言葉を発したことは、西にとってはある意味信じられず、嬉しさを隠すことが出来ず、そして自分がやってきたことが間違いではないことを信じるに、遮る疑念を吹き飛ばすものであった。
そもそも西は ”このままでいいのだろうか・・・いや良くない・・・いやいい!” というような優柔不断な人間である。今日の合同練習も含め、不甲斐なさに打ちひしがれ、悔し泣きし、迷路にはまり込みながらやってきた。自問しながら浮き沈みする姿は、去年夏の大洗での親善試合の時から基本的には変わっていない。しかし、そんな自分自身を、自分が畏れ敬うような人物が好きだと即答してくれる。これほど自分の信念に響くことはない。
そして、ケイが言う ”何をしても最終的に勝てばいい” は、来たるべき大洗戦における作戦について、大きなヒントに繋がることになる。それが勝てる作戦かどうかは当然知る由もないが。