とことん真面目に知波単学園   作:玉ねぎ島

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29.邂逅(終わりとはじまり)

「あー、テステス。只今マイクのテスト中!」

マイクテストの段階で、試合の実況を務める秋山優花里は既に高ぶりを隠せない。

 

「西住殿! やはり戦車の性能で見るとサンダースが有利なのは間違いないと思うんですが。この試合、どこがポイントになるんでしょうね!」

 

「秋山さん・・・ちょっとまだその話は早いんじゃないかな・・・」

 

解説を務める西住みほが窘めたが、一方の観客席の雰囲気は、試合開始までまだ1時間ほどあるというのに、この日設けられた巨大な観覧スペースの既に7割は埋まっており、戦車道の試合らしからぬ異様な雰囲気になっている。

 

その雰囲気に煽られたわけではないだろうが、サンダースの準備エリアではアリサがいつも以上に気負っているのを隠せないでいた。

 

「一軍も二軍も関係ないからね! アタシらはここで負けるわけにはいかないんだから!」

 

この試合は20輌対20輌の殲滅戦。ケイは西の提案を受入れ、ケイやアリサ、ナオミなどの主力メンバーは揃っているものの、残りの10輌については二軍をはじめとするリザーブメンバーで編成されている。もっとも二軍といえど元は中学戦車道でならしたメンバーが大半で、決して技量が大きくレギュラーメンバーに劣るというわけでもないのだが、今回メンバーからは外れた一軍の選手、そしてメンバーに選ばれなかった二軍の選手は複雑な感情を持たざるを得ない。そして選ばれた当の二軍の選手も、ここで活躍すれば一軍昇格のチャンス、逆にしくじれば当分浮上の目はない。

 

そうしたやっかみやひがみ、気負いや不安が綯交ぜになって混沌とした空気になっており、どうにも一体感を欠いているというのがアリサの苛立ちをさらに大きなものにしている。

 

「まずいな、どうにも・・・まさか西さんはここまで見越して提案してきたのか?」

これまで遠すぎず近すぎずでアリサを見守ってきたナオミも不安を隠せない。

 

「絹代がそこまで小細工をする人間だとは思わないけどね。単純にタカ子が今知波単の特攻隊長としてバリバリ活躍してるように、うちのリザーブメンバーにもそうした活躍の場を与えてくれようとしただけだと思う。もっともアリサにとっても隊長をやっている限りこうした状況からは逃れられないから。今さらあの子が、そして私らがジタバタしたところで仕方がないことよ」

 

大洗のような経験者は西住みほしかいないという学校ではなく、ここは選手の大半が中学戦車道でならしてきたメンバーであり、500人の隊員を抱えるサンダースである。ケイにしてみれば、試合の勝敗は始まる前にほぼ決まるという信念があった。

 

「(さて、一方の絹代はどうしてるかね・・・)」

 

~~~~~~~~

 

「いいな! 練習通りやればいい。この試合は時間制限のない殲滅戦だ。焦った方が負けだ。臆病なくらいでちょうどいい。相手はシャーマンだ。1対1で戦おうとするな。常に味方との距離を把握しろ」

 

リザーブメンバーが出場するのは知波単も同じである。不慣れなメンバーに対し、西はまず周囲と連携し突出しないことを厳命した。

 

「しかしすごい盛り上がりだね」

 

「心臓がバクバクするであります」

 

「大丈夫だ福田。この雰囲気だ、緊張しない方がおかしい。つまり今お前は平静を保てているということだ」

そういう西であったが、傍目に見て西自身が緊張している様子はほとんど窺えない。

 

「隊長はこの雰囲気でも大丈夫なのですか?」

四式中戦車に乗っての初めての試合ということで緊張を隠せない玉田が、不思議に思い西に質問をした。

 

「いや、もちろん緊張してるさ。ただな、我々がやれることは練習通りのことを行うということしかないんだ。と言っても今日の会場の雰囲気は普通じゃない。だから緊張して当然なんだが、いつもと変わらないのは知波単の皆がいるということだ。つまり緊張しているのは自分だけじゃないと考えたら、実はこの状況もいつもとあまり変わらないんじゃないかということだ」

 

「赤信号もみんなで渡れば怖くない、ということだ」

 

「なるほど! そういう考え方がありましたか」

 

赤信号の例えは必ずしも適切ではないだろうが、西の言わんとするところは、自分1人の気持ちだけで考えると追い込まれてしまうが、周りの人間も同じと考えればそれほど不安も怖さも感じることはないということだろう。

 

~~~~~~~~

 

一方、サンダースの準備エリアではいよいよあとは戦車に乗るだけという状況、各隊員が集合し、アリサがその前で話をしている。異様に緊張が高まり、ピリピリし、しかしどこか心あらずの者がいる様子は、いつもの明るいポジティブなサンダースのイメージとはかけ離れていた。

 

「(さすがにちょっと言っておいた方がいいかもね・・・)」

 

「アリサ、一言言ってもいいかしら!?」

アリサの話が終わる頃を見計らってケイが声をかける。ケイは皆の前に出て話をし始めた。

 

「みんな、スマイルスマイル! しかめっ面してても良いパフォーマンスは出来ないよ! フレッシュ、ファイト、フォア・ザ・チーム! いつだってWeはチャレンジャーよ! ちっぽけなプライドこそ、その人の成長を妨げるの。勝敗は試合が始まる前に既に決まっているのよ。この期に及んで心がくすぶっている子がもしいたら、これまでやってきたことに自信がないのを自ら証明しているようなものよ。試合に出る出ない関係なくね。そんな子はサンダースには必要ないわ! 今すぐ出て行きなさい!」

 

ケイの思わぬ強い口調に空気が一瞬にして締まる。当然出て行く者は誰一人としていない。そして観客席に映し出されているモニターには、音声こそないものの二元放送のような形で観客席にも、特別席に座っている他校の生徒、実況席に座っている優花里やみほにも伝わっている。自然その空気は見ている者にも伝わった。

 

「凄い・・・」

 

「部隊をまとめる隊長ということでは、お姉ちゃん以上かもしれない。ケイさん・・・だけじゃないんだろうけど、単純に戦力としてじゃなくて、本当の意味でこの人達がいなければ私達は大学選抜に勝つことは出来なかったと思う」

 

「そんな人達が集まったのも、ケイさんを中隊長に指名したのも西住殿が優れた戦車乗りだからですよ!」

 

大洗女子学園においても、当然大学選抜との試合の振り返りは行っている。そして見れば見るほどその勝利は奇跡的なものとしか思えず、30輌対30輌で残存車両が1輌のみというスコアが示しているように、誰かが抜けていればおそらくこの結果にはならなかったであろうとしか感じ得なかった。

 

それは、二元放送で繋がっているもう一つの先においても。

 

「ケイさんは言っていた。試合の勝敗は戦う前にほぼ決まっていると。これまでの皆がどうであったか、私が一番知っているつもりだ。多くは言わん。これまでやってきたこと、今日この日のために準備してきたことを徹底的にやろう。それで負ければ隊長である私の責任だ」

 

当然知波単の面々も ”そんなことになってたまるものか!” との気概に満ちている。

 

「西さん・・・達もですよね」

 

「うん。でも西さんはあの時とはまるで別人になってる。練習試合で2回戦った時ともまた違う。揺るぎないというか。なんかお姉ちゃんに近い感じ。」

 

「隊長達は双方互角。となると、勝敗を決するのは・・・」

 

「うん。戦車の性能・・・というより、それぞれの乗員がどれだけ作戦を遂行するために戦車を活かした戦いが出来るかだと思う。西さんもそこに勝機を見出していると思う」

 

「つまり・・・我々大洗がやってきたことと同じですね!」

 

「そうだね・・・全国大会でも、大学選抜との試合でも・・・みんながいなければ私達は勝つことが出来なかった」

 

「ホント、皆さんには感謝感謝ですね!」

 

 ”あのー、間違って音声入っちゃってるんですけど、いい話っぽかったのでそのまま流しました。そのまま続けちゃって下さい” とサンダースの運営スタッフから声がかかり、みほも優花里も顔を真っ赤にしながら髪をワシャワシャしたのはその後の話である。

 

「ちゃんと感謝はしてくれてるようね。安心したわ」

 

「礼状とお礼の品も届いたじゃないですか」

機嫌が良くなったのかツンデレなのかよく分からないカチューシャをノンナが宥める。

 

「でも実況の子が言うように、みほさんがいなければ私達はあの時も、そして今日もこうして集まってなかったかもしれないわね。You can tell more about a person by what he says about others than you can by what others say about him.(人の評価は、他の人たちの意見よりも、その人が他の人たちについてどのように言っているのかでより分かるものである)」

 

「オードリ・ヘップバーンの言葉ですね」

 

「そしてそれはカチューシャ、あなたもそうだし私も、そして画面に映っている2人もそう。他の人を信頼することなしに自らが信頼を得ることはないわ」

 

「戦車でも同じね。隊員を信頼しないでいい戦いは出来ないわ。どういう戦いになるか楽しみね」

 

小さな暴君と称されるカチューシャだが、その小さい体に隊長としてのプレッシャーも責任も、そして隊員達の思いも受け止めている。暴君の面だけでは隊員を指示通りには動かせないことは十二分に承知している。

 

「でもおそらく勝つのは・・・」

 

先ほどいつものようにダージリンの格言を拾ったオレンジペコが、自分の持っている答えが当たっているかを確認したいかのように切り出した。

 

「普通にやればサンダースだわ。ただ、あの新しい隊長・・・アリサだっけ? 彼女も先を見てると思うわ。もしここで相手がチハだからとシャーマンをゴリ押しするような戦い方をしてくるなら、申し訳ないけど我がプラウダの敵じゃない。ただそうは言っても隊長としての経験値が絶対的に不足してるわ。ましてやこの雰囲気、サンダースとしては絶対に負けるわけにはいかない。慣れない環境で、慣れない隊長が、慣れない戦い方をするならそこに突け入る隙はあると思うわ。そして絹代は間違いなくそこを突いてくる」

 

「ペコ、あなたの答えは合っていたかしら?」

 

「いえ・・・私にも経験値が足りないようです」

 

「フフフ。気にすることはないわ。あなたにはまだまだこれから成長する余地があるということ。そしてもう一つこの試合について付け足すなら・・・ドーザー3輌、そしてあの迷彩・・・西さんは間違いなく持久戦を取ってくるわね。アリサさん、自分のところで精一杯で、気付いてないということがなければいいけど」

 

「もう! 私が言おうと思っていたのに!」

あとで的中した予想を自慢しようと思っていたのか、カチューシャが残念そうに言った。

 

「フフフ。私も聖グロリアーナの隊長をしていた人間よ。なんにしてもこの戦いは、私達の高校での戦車道の1つの帰着点ね。そしてサンダースや知波単、ペコにとっては新しい何かが生まれるであろう一戦かもしれないわね」

 

「心して観ておきます・・・」

 

3年生であるダージリン、カチューシャ、ノンナにとっては高校戦車道は終着点を迎えようとしている。ただその末期、大洗女子学園の登場でそれぞれの戦車道の歩みは、それまでの延長線上にあるものとは大きく違うものとなった。そして大洗が撒いた種が萌芽となり、その萌え出たものの象徴が今目の前で戦おうとしているサンダースと知波単でもある。

ただの一練習試合ではない、それ以上の意義があるものとして、皆この試合を捉えていた。




◆西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
 ⇒車長:西、装填手:倉橋/2年(オリ)、通信手:半田/2年(オリ)、
  操縦手:戸室/2年(オリ)

 ※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
  オリキャラはちばあきお氏の漫画、キャプテン、プレーボールから名前を頂いてます

◆玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
 ⇒車長:玉田、砲手:松川/2年(オリ)

◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
 ⇒車長:浜田

◆寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ

◆池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー

◆名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ

◆谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
 ⇒車長:谷口/2年、操縦手:丸井/1年(留年)、砲手:五十嵐/1年、
  装填手:久保/1年、通信手:小室/1年
  ※全てオリキャラ
  ※谷口は2年時にサンダース大付属から編入

◆山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
 ⇒車長:山口/2年、操縦手:太田/2年、砲手:中山/2年、
  装填手:山本/2年、通信手:鈴木/2年
  ※全てオリキャラ

◆細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
 ⇒車長:細見、操縦手:加藤/2年(オリ)、砲手:島田/2年(オリ)

◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
 ⇒車長:横井/2年(オリ)

◆福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車

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