「まさかお前が来るとはな・・・」
総務局長室の椅子に座っている辻が、後任で来た倉橋を見て思わず口にした。
「ええ。私もまさかこういう展開は予想しておらず・・・」
当の倉橋も、そもそも戦車隊に復帰するつもりもなかったのに、復帰して2ヶ月少しでこの状況である。隊長である西が局長の後任には適任でないというのを抜きにしても、辻や倉橋も含め、誰も予想出来ていなかったことであろう。
しかも倉橋が3日で除隊することになったのは当時の隊の運営方針や根付く古い伝統等を批判してのものであったが、当時実質的に隊を仕切っていたのが副隊長の辻である。倉橋が除隊した時点で、この2人が再び交わる可能性はほぼゼロであったはずだ。
それが今こうして2人は、何か運命的な引合せのように局長室の中にいる。
「こちらとしても当時のことを一々蒸し返すつもりはないが、お前自身は大丈夫なのか? しかも戦車隊の教練の参加にも支障は出るぞ」
辻当人の個人的な感情は抜きにして、後任者がよくない感情を持ち続けているのであれば円滑な引継ぎが進まないし、戦車道で名を売って自信家でもある倉橋が、戦車道を半ば捨ててまで後任に就くことには不安な面も当然大きい。
「大丈夫ですよ。逆に今の知波単の戦車隊に私以上の適任がいなかったということですし。私自身も西隊長や知波単のためを思って後任に名乗り出たのであって、辻殿のためではありません。なんとでもやっていきますよ」
「ヘン! 相変わらず口の減らない奴だ」
もっとも辻も当時のことを全て許したわけでもないし、このくらいの関係の方がむしろ上手くいくのかもしれない。
「まあいい。ところで貴様の初仕事は新しい戦車の受入手続きだ。お前には立会いと現物確認、支払関係の処理をやってもらう。こちらに来るのは11/23だ。祝日だが宜しく頼む」
「承知しました。宜しくお願いします」
併せて辻は、必要書類、検収期限、支払金額・方法、減価償却に関する説明などを行った。
「いやー、一度は他の局の反対にあって頓挫した話だったんだけどな。粘り強くやっててきた私の作戦勝ちだ! これでお前らの戦力にも多少厚みが出るだろ」
おそらく倉橋自身は初めて見るであろう、辻の満面の笑顔であった。
「(先ほどはああ言いましたが、辻殿が当時のままなら私も後任を受けてはいませんよ)」
新型戦車の受入れの件も、おそらく後任として局長の任に就く自分のためを思ってその時期を合わせてくれたのだろう。辻の配慮に感謝しつつ、倉橋は知波単のために身を粉にしてはたらく決意を新たにした。確かに戦車乗りとしての活躍の場面は減るかもしれないが、それ以上に知波単の今後を背負うことになるであろうことは、倉橋にとっても悪い気持ちではなかった。
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新戦車の導入日が決まっての車長会議。取り決め通り車長ではない倉橋も会議に参加し、受入日を報告していた。
「ついては、隊からも検収に立ち会う人間を選出頂きたいと思います」
なんといっても知波単どころか、全国の戦車道チームを見ても一式中戦車、四式中戦車を導入しているチームはほぼないだろう。その性能確認は入念に行う必要がある。
「承知した。ついでにこの機会にそれぞれの戦車の性能を確認しておこう」
そう答えた西は、倉橋の立会い依頼に ”頼まれずとも私は行くぞ” という空気を出している。
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◆一式中戦車
全長:5.73m、全幅:2.33m、全高:2.38m、
重量:17.2t
速度:44km/h
主砲:一式48口径47mm戦車砲(主砲弾121発)
副武装:7.7mm九七式車載重機関銃×2
最大装甲:20~50mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)
乗員:5名
◆四式中戦車
全長:6.34m、全幅:2.86m、全高:2.77m、
重量:30.0t
速度:45km/h
主砲:五式56口径75mm戦車砲(主砲弾65発)
副武装:九七式7.7mm車載重機関銃×2
最大装甲:35~75mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)
乗員:5名
◆チハ
全長:5.55m、全幅:2.33m、全高:2.23m、
重量:15t(新砲塔15.8t)
速度:38km/h
主砲:旧砲塔=九七式18.4口径57mm戦車砲(主砲弾114発)
新砲塔=一式48口径47mm戦車砲(主砲弾100発)
副武装:7.7mm九七式車載重機関銃×2
最大装甲:20~25mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)/防盾50mm(一部のみ)
乗員:4名
◆Ⅳ号戦車H型(D型改)
全長:7.02m、車体長:5.92m、全幅:2.88m、全高:2.68m、
重量:25t
速度:38km/h
主砲:48口径75mmKwK40(主砲弾87発)
副武装:7.92mmMG34×2
最大装甲:25~80mm(砲塔全周囲及び車体前面・側面・後面)
乗員:5名
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「一式中戦車は新砲塔チハの強化版と考えればよいか?」
「そうですね。溶接構造になって防御力が若干と、あと機動力が強化されてますね。ただ搭載している主砲は同じです」
「四式中戦車でも、他国の戦車とそこそこ戦えるという状況で、大きく上回るという感じではないのだな」
「まあそれに関しては致し方ないですね。ただ知波単の戦車の中では火力は突出していますので、用法が重要になるかと。あとチハドーザー用のドーザーブレードも同じ日に1つ入ってくる予定です」
西の質問に倉橋が端的に答えていく。そして倉橋の言うように、1輌だけ突出しているということは、それだけ相手にも標的にされやすくなるということでもある。西自身が四式中戦車を隊長車、並びにフラッグ車としたい気持ちは大いにあったが、それだけでは片付かない課題が横たわっていた。もっともどう活用するかを議論するための今回の車長会議ではある。
「まず一式中戦車をどう割り振りするかだな。普通に考えれば敵の撹乱を担う谷口と山口にあてがうのが適当だと思うが、2人はどうだ?」
「一式の平地機動力は魅力ですが、チハに乗りなれてますし、肩当照準の方が使い勝手がいい感じはしていますね」
西の質問に谷口がそう答えたのだが、谷口が一式中戦車を使用しないとみるや否や、横から細見が口を挟んできた。
「じゃあ一式はうちがもらっていいですよね!?」
「ちょっと待て、細見。決めるのは一通り聞いてからだ。山口はどうだ?」
「うちもチハの方がいいですね。正直前回の練習試合の前に嫌になるほどチハで練習して、もうそれに慣れ切ってしまいましたんで。ただうちも谷口と同じ新砲塔にしてくれればというのと、専用の装填手が欲しいところですね。うちらの役目からしたら装填速度を可能な限り早くしたいところです」
「それは私も同感ですね」
谷口も山口の意見に同意した。
「分かった。それでは谷口と山口はそれぞれ新砲塔チハにするとしよう。一式の1輌は細見にあてがうとする」
「やったー!!」
西の決定に細見は万歳して喜んだ。もっとも大学選抜との試合や先の練習試合においても細見の活躍は際立っており、戦車を一式中戦車とすることで更なるパフォーマンスの向上は見込める。
「1輌は細見で決まりですね。もう1輌はどうしましょう?」
玉田が西に尋ねた。
「そうだな・・・実はもう1輌は私がもらおうかと思っている」
「隊長は四式じゃないのですか!? 倉橋を装填手にという話もありましたし、てっきりそうかと・・・」
誰もが思っていたことを代表するかのように、玉田が西に聞き返した。
「私も四式中戦車を是非とも使いたいところだが・・・ただそうなると敵から目一杯標的にされるのは明らかだ。四式の火力を最大限活かすには、隊長車として逃げ回るようなことがあってはいけない」
「それであれば、四式は誰が・・・」
「それは・・・玉田、お前に託そうかと思っている」
「えええ!!??」
玉田はどっからそんな声が出るのかというほど驚いたのだが、西は構わず続けた。
「なんといっても玉田は大学選抜との試合でパーシング2輌を撃破し、我が隊屈指の戦果を誇っている。それと先日の乱入者の一件。以前の玉田なら血気に逸って飛びかかっていっただろうが、グッと抑えて私のところまで連れてきた。四式を運用する上では、そうやって我慢が必要な場面も必ずある。そして副隊長として就任以降、陰に日向に隊長として到らぬ私を本当によく支えてくれている。四式を誰かに託すとなれば・・・私の中ではまずお前だ」
「西隊長・・・」
玉田は感極まったような、それでいて困惑しているようななんともいえない表情のまま固まっている。
「くっそー、うらやましいぞ玉田!」
「いや、細見、そういう問題では・・・」
玉田はなおも戸惑いを隠せない。
「玉田が嫌なら、他の者に頼むようにするんだけどなー」
時たま顔をのぞかせる人をからかうような西の物言いを見て、玉田はその言葉とは裏腹に、西はどうしても自分に四式に乗ってもらいたいのであろう気持ちを読み取った。そうとあれば、副隊長として戦車乗りとして断るわけにはいかない。
「承知しました! 全身全霊をかけて責任を果たします」
「うん! 宜しく頼むぞ」
西の決定に他の車長も異存はない。それぞれに玉田に励ましの声をかけた。
「それでは隊の編成はおおよそ以下の通りとする」
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◇西車(隊長車/フラッグ車)・・・一式中戦車
⇒車長:西、装填手:倉橋(オリ)、通信手:半田(オリ)、操縦手:戸室(オリ)
※(オリ)は作者のオリジナル設定。以下同じ。
◇玉田車(割り下小隊)・・・四式中戦車
⇒車長:玉田、砲手:松川(オリ)
◇玉田僚車(割り下ご飯)・・・新チハ
⇒車長:浜田
◇寺本車(たまご小隊)・・・新チハ
◇寺本僚車(たまごご飯)・・・旧チハ
◇池田車(陣地構築隊/豆腐小隊)・・・チハドーザー
◇池田僚車(陣地構築隊/豆腐ご飯)・・・チハドーザー
◇名倉車(陣地構築隊/長葱小隊)・・・チハドーザー
◇名倉僚車(陣地構築隊/長葱ご飯)・・・旧チハ
◇谷口車(突撃隊/バント)・・・新チハ
⇒車長:谷口、操縦手:丸井、砲手:五十嵐、装填手:久保、通信手:小室
※全て(オリ)
◇山口車(突撃隊/牽制)・・・新チハ
⇒車長:山口、操縦手:太田、砲手:中山、装填手:山本、通信手:鈴木
※全て(オリ)
◇細見車(突撃隊/牛肉小隊)・・・一式中戦車
⇒車長:細見、操縦手:加藤(オリ)、砲手:島田(オリ)
◇細見僚車(突撃隊/牛肉ご飯)・・・旧チハ
⇒車長:横井(オリ)
◇福田車(偵察隊/みかん)・・・九五式軽戦車
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あとは参加車輌数や試合会場によって編成は変えていくことになるだろう。
なお知られざるところだが、先の大洗女子学園と大学選抜との試合において、知波単は22輌のチハで駆けつけたのだが、知波単の戦車隊として制定された車輌は全国大会決勝の参加車輌数でもある20輌である。その中には整備中の車輌もいくつかあった。つまり予備車輌も含め22輌を大至急で整備し、それに必要な砲弾、燃料を四方八方からかき集めたのだった。また22輌を動かすとなれば、隊員においても対外試合にも出たことがない、いわば予備兵のような隊員も含めて全ての予定をキャンセルし、総動員で駆けつけている。
ダージリンを切れさせた場面として有名なあのシーンの裏には、結果的には西の完全な勘違いであり、また成果として得られたものはそれほど多くなかったものの、こうした知波単の隊員の侠気が隠れていたのである。