学園長の直轄組織として、人事局、総務局、経理局、医務局、教育局、調度局、船務曲、艦政局といった局が連なる形が取られており、運営の意思決定は各局長の局長会議を以て行われます。
その中で総務局は伝統的に戦車隊の代表者が局長を務めており、辻が局長の任に就いています。
総務局の所掌事務は「庶務・制規」が主で、他戦車道に関わるところの大半を担っています。
あじさい会。伝統ある知波単戦車隊のOG会である。
比較的資金面では恵まれていると言われる知波単戦車隊だが、学園自体はご多分に漏れず少子化のあおりを受け、学生数は年々減少しつつある。そのため費用の負担の大きい戦車隊は、学園内においてもかつてのような優遇されたものではなくなっている。加えて近年の成績不振がそれに拍車をかけていた。
既に学園内で戦車道履修者は ”特権階級” ではなくなっているのだが、以前の特権意識のままにOGが在校生に口を出すという、あまり良くない流れにはなっていた。
それでも辻はOGに取り入るのが上手く、関係を持ち直したところはあったが、隊長が西になって以降、その繋がりはほぼ無くなり、西自身あじさい会に対しては新隊長就任の挨拶状を出したのみである。
そして、あじさい会と在校生との会合はだいたい季節に一度、3ヶ月に1回のペースで行われていたが、会合の内容としては在校生による簡単な活動報告と形だけの決意表明、その後はOGの面々による ”私らの頃は・・・” とか ”今の学生は恵まれすぎて精神力が足りない” といった懐古話や聞きたくもないお小言を散々聞かされるというものだった。
なんにせよ、言うなれば錆び付いた伝統と特権意識を持ったままのOGからすれば、伝統を覆そうとする、そして礼を失する西の振舞いに対して好印象を持つはずはなく、会合はのっけから不穏な空気となっていた。
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「以上が活動報告であります!」
式次第に従って西が報告を行ったが、OG達は終始興味無さそうに聞いていた。
「ところで西殿。貴様は ”これから新しい知波単戦車道を切り開く” と言っていたが、それはどういう考えがあってのものなんだ?」
言葉は質問の体であったが、その端々に ”そんなことが許されると思っているのか?” との否定が滲み出ていた。
質問をしたのは、会の副会長を務める牟田口である。
「我々は決してこれまでの先輩方が築いてこられた伝統を蔑ろにするつもりはありません。先人や諸先輩方から受け継いだものを活かしつつ、さらなる高みを・・・」
「そんなことを聞いているのではないわ!!」
牟田口の怒鳴り声が西の言葉をぶった切った。
「だいたい貴様は新隊長に就任してからはがき一枚寄こしてそれきりだ! それで何が伝統を受け継いでだ! 馬鹿にするのもたいがいにしろ!!」
「・・・礼を欠いていたことは誠に申し訳ございません。以降、失礼のないよう・・・」
「そんな上辺の言葉は聞きたくないわ! そんなたるんだ精神だから黒森峰や大洗に捻り潰されるんだ!」
なんとか返そうとした西の言葉を、再度牟田口の怒りが遮る。
そして、牟田口の言葉に自然と西の視線も鋭いものとなった。
「なんだ?その眼は! 事実を言ったまでだろうが! 聞いているぞ。なんでも煙幕やチハドーザーを使って攪乱しようとしてるらしいじゃないか。そんな腑抜けたことを考えてるから敵を突破出来んのだ。恥をしれ、恥を!!」
「・・・」
さすがに西も言葉を返すことが出来ない。
正座をしながら聞いている他の車長も、憤りと悔しさを隠すように膝の上の手をグッと握りしめながら下を向いていた。
「西殿。なんでも一式中戦車や、さらには四式中戦車まで導入しようとしているらしいじゃないか。貴様は我々が築いてきたチハの戦車道を蔑ろにするつもりなのか?」
「・・・いえ??・・・そのような計画はないのですが・・・」
尋ねたのはあじさい会の会長である寺内であったが、思いもよらぬ質問に西はうろたえるばかりであった。
「ええい! 我々が何も知らないとでも思っているのか? ちゃんと情報は来ているんだ。突撃を捨てるだけじゃなく、チハの魂までも亡きものにしようとするとは不忠にもほどがある! 貴様が隊長をやる資格なぞないわ! さっさと辞表を提出しろ!」
「・・・いえ・・・決してそのようなことは・・・」
牟田口に怒号を浴びせられたことよりも、聞いたこともない導入計画と的外れの言いがかりのような罵りに対して、西は困惑を隠せないでいた。
「待って下さい!」
声をあげて立ち上がったのは谷口であった。
「新チハの車長を務めている谷口であります!」
「貴様の発言など求めてないわ!」
牟田口がすかさず悪態をついたが、会の理事を務める宮崎と今村が ”在校生の勇気ある発言に耳を貸さないとは貴様こそ立場をわきまえるべきでないか” とたしなめ、谷口の発言が許可された。
「私はこの4月に知波単学園に編入してきました。それまではサンダース大付属で戦車道をやっておりました。サンダースでは二軍の補欠だった私にとっては、戦車は乗るものというよりかは整備するものでした。乗員に託すことしか出来ない。しかし、だからこそ戦車への愛着は強いものとなりました」
「戦車に乗って戦っている隊員よりもその戦車の活躍を願う気持ちは強かったかもしれません。それだけに戦車がトラブルで動けなくなったり、為す術なく撃破された時は悔しい気持ちで一杯になりました」
「そして知波単にやってきて幸いにも私は試合に出ることが出来るようになりました。しかし全国大会で黒森峰にまるで為す術なく敗退しました。その時私はチハを汚しまったように思いました」
「そんな時に西隊長は仰いました。 ”チハは受け継がれてきたものの象徴のようなものだ。それを踏みにじることは許されない” と。この言葉を聞いた時に私は何があっても西隊長についていくことを決心しました」
「谷口だけではありません!!」
立ち上がったのは玉田だった。
「私は隊長と1年半以上一緒にいます。隊長がチハの魂を蔑ろにしていた時など一度もありません!!」
「あなた方が何と言おうと、我々の隊長は西隊長以外に有り得ません!!」
細見もそれに続いた。
そして、細見の言葉をきっかけに各車長が皆立ち上がって声をあげた。 ”何があっても西隊長についていく”、”西殿が隊長を辞めるなら私も戦車道を辞める” と。
「ええい、うるさい!! 貴様ら全員クビだ!!」
「いいかげんにして頂けませんか、牟田口殿!」
牟田口をたしなめたのは、それまで言葉を発していなかった辻であった。
「先の全国大会で、そして大学選抜がどのような戦車を使用したか、あなたはご存知ですか? パンターやティーガーにとどまらず、ヤークトやエレファント、マウスまで登場しているのです。大学選抜はセンチュリオンまで投入しています。スチュアートやⅢ号Ⅳ号と戦っていたあなた方の時とはまるで違うのです」
「西は私に ”チハは防波堤たらんと最後まで諦めずに戦っていた” と言いました。銃後が勝利を信じ、一縷の望みを託していたとも。そんな西に、戦車に向かって竹槍で立ち向かうような絶望的な戦いをさせるわけにはいきません」
「一式中戦車2輌と四式中戦車1輌は、私が総務局長の権限で導入を決定したものです。あなた方に迷惑はかけていませんし、そして誰にも導入に関して口を挟ませるつもりはありません!」
「ぐぐぐ・・・」
辻の思いがたぎった発言に、牟田口も返す言葉がないようである。
そして、そのタイミングを見計らって、今村が会長の寺内に進言した。
「寺内会長。あくまで戦車道は学生である彼女らのものです。そして彼女らのチハを思う気持ちに嘘偽りはありません。彼女達を信じてあげて下さい!」
「・・・ううむ・・・分かった」
元よりプライドだけは高いが優柔不断な寺内である。その場の空気で簡単になびいた。
その後は微妙な沈黙が会合を支配した。
OG達もいつものように話をするわけにもいかず、そのまま流れ解散のようになった。牟田口だけが思い立ったようにプリプリ文句を言っていたようだが。
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「「「隊長!!」」」
各車長が西を取り囲んだ。
「私は・・・やはりまだまだだな・・・隊長としての無力さを思い知るばかりだ」
「そんなことはない」
否定したのはそばにいた今村だった。
「牟田口のあなた方への非礼、誠に申し訳ない。OGを代表してお詫び申し上げる」
「もったいないお言葉です。頭をお上げ下さい!」
「本当にすまなかった・・・しかし良い仲間をお持ちだな。窮地に立たされた時に頼れるのは伝統ではなく、一緒に戦う仲間だ。その仲間に恵まれたあなたが悪い隊長であるはずがない。あなた方の作る知波単の新しい戦車道。楽しみにしています」
「「「有難うございます!!」」」
今村が絶妙のタイミングで進言してくれていなければ、会合はさらに紛糾していたかもしれない。
一同が深々と頭を下げた。
「西、ご苦労だったな」
「辻隊長・・・」
西の目に一気に涙が滲んだ。
「なんと申し上げてよいか・・・私には言葉が見つかりません」
「本当の敵は、強い相手ではなく無能な身内だ。私はただ無能な身内にはなりたくないだけだ」
「導入は1ヶ月程先になる。本当は一式と四式をいきなり見せてびっくりさせたかったんだがな。まあ3輌を導入するにあたってはだいぶ力技を使ったからな。それを苦々しく思っていた、おそらく船務局とかを通じてOG達に情報が流れたんだろ。予想外のところで責められることになって申し訳なかったな」
「辻隊長・・・ありがとうございます・・・」
他の局の局長が軒並み代替わりする中で、3年生の辻がそのまま局長に残っているのは、変革期の戦車隊のメンバーに負担を掛けたくなかったのが1つ。そして、この3輌を導入するために、さらに言えば他の局長が2年生に代替わりし、辣腕を振るい易い状況になる時期まで待ってというのもあったのだろう。様々な批判や悪口を浴びるのはどうせ卒業までのこと。置き土産とばかりに新戦車導入のために悪役になってくれた辻のことを思うと、西は涙を止めることが出来なかった。
「礼を言うのはまだ早い」
「私はお前に託したのだ! 私の戦車道を。私はもう引退したが、お前が為すべきことを成し遂げた時に私の戦車道も成就する。その日が来るのを待っているぞ!」
「はい!」
辻が差し出した右手を、西は両手で力強く握りしめた。
「さあ! 明後日は大洗との試合です。みんなで声をあげましょう!」
「「「えい、えい、おー!!!」」」
細見の言葉の後にみんなが・・・辻も一緒になって続いた。
いい試合をするのではない。勝つのだ! 我々の、知波単の新しい戦車道で!
他の高校からしたら世迷い事を言っているようにしか見えないかもしれない。しかし、この声をあげている瞬間、西には勝つ確信があるように思えた。