◇小隊名
玉田車=割り下、細見車=牛肉、池田車=豆腐、名倉車=長葱、寺本車=卵
◇別働車
谷口車=バント、山口車=牽制、福田車=みかん、西車=隊長車
「バント! 虎へ! 割り下を支援!」
「牽制! 蛇に反転! 敵の頭を抑えて下さい!」
「長葱! 猿へ! 卵を支援!」
「豆腐ご飯! 接地するぐらいに低く射撃して下さい!」
訓練の成果として、谷口車・山口車が小隊の支援に回るだけでなく、1つの小隊が別の小隊の支援に回るところまで及ぶようになった。また提案により、判別しやすいように方向は十二支で指示、小隊の僚車は小隊名+ご飯で呼ぶようにした。もっともこれには名倉が ”長葱ご飯ですか・・・” と小さな反抗を示したのだが。
さらには、もとより接近して履帯狙いが主のため俯角をほぼ取る必要がなく、加えて肩当により主砲の微調整が可能なため、最悪跳弾を利用するイメージでとにかく低く射撃することが徹底された。
最大速度に近いところで機動するため、当然自車が命中させるのも難しいが、それ以上に敵側が高速でいろんな方向から接近離脱するチハに命中させるのは難しいだろう。
さらにはチハは肩当で微調整しつつ砲撃でき、搭載砲弾数も旧チハが114発、新チハが100発である。それに対し、機動しながら砲撃する機会はそうないとはいえ、ヘッツァーは搭載砲弾数が36発、Ⅲ突も44発しかない。他の大洗の戦車(八九式を除く)も70~80発程度である。装填速度においても、鍛えられた知波単の面々が大洗よりも小さい砲弾を扱うわけで、その早さは大洗の戦車の比ではない。
”速く動いて早く撃つ” という点だけ見れば、豆戦車を除けば、高校戦車道において知波単に肩を並べる高校があるとは到底思えず、敵味方が入り乱れる状況になれば相手を攪乱するところまでは十分いけるであろう手応えを皆感じていた。
あとは、いかに射撃の精度を高めるか。そしていかに相手に接近するかである。
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会議室では、すき焼き作戦が決定後初めての、週1度の車長会議が行われている。
「西隊長! チハドーザーですが、さすがに現物は残ってないものの、建機課の方でメーカーに同様のものが作成が可能か問合せたところ、ブレード2つならすぐに作ってもらえるとのことです!」
「西隊長! 特甲弾は認可済みです。但し入手するとなると少し費用がかかります!」
「西隊長! 連盟公認の煙幕装置の確認が取れました! 各校10輌までは導入可能なようです。購入の起案は既に提出しておりますが、一先ず大洗から2つ貸してもらうことが出来ました!」
細見、池田、福田がそれぞれの調査について回答を行った。
「よし・・・それでは頃合いだな」
答えを聞いて西が決意を込めて言った。
「みんな! 昨日に大洗女子学園に連絡し、再来週の日曜日に再戦することが決まった! 試合会場は1週間後には決まるだろう」
「先日は完膚なきまでに叩きのめされた相手だ。その差がすぐに埋まるとは思えない。しかし我々も以前の我々ではない! 最後の最後まで諦めずに戦おう!」
「「「おお!!!」」」
皆が一斉に声をあげた。
とあるプロレスラーが言った ”1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍” とまではさすがにいかないが、2輌小隊で襲いかかる新知波単戦法は、単純に ”1+1=2” ではない手応えを皆感じていた。
これにチハドーザーで効果的に野戦陣地を構築する、煙幕を利用して接近戦に持ち込む、地形を活かしてキルゾーンに誘き寄せる。
これらがうまく重なればあるいは・・・との思いがあった。
他、擬装工作をどのように行うか、誰が担当するか、隊長車をどのように活用するか等を議論し、会議は終了した。
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会議の翌日以降、教練は文字通り月月火水木金金となった。
そして会議の3日後にはチハドーザー用のブレードが2つ到着。ひとまず池田と名倉にチハドーザーをあてがい、それぞれの小隊が陣地構築担当となった。
また、西と寺本が擬装工作を担当、玉田と細見の小隊が本体の護衛を主として、陣地構築と擬装工作を手助けすることとなった。
谷口車と山口車はひたすら一対一での模擬戦を繰り返していた。
この2輌は相手を一通り攪乱した上で、別の小隊の攻撃をフォローすることになるのだが、数的優位の場面を作った上での攻撃となるため、この2輌がいかに敵の攻撃を回避し、一方でいかに敵車輌を撃破、少なくとも足止めできるかに作成の成否がかかっている。
「丸井! スピードに変化をつけることをもっと意識しろ!」
「五十嵐! 一発で仕留めようとしすぎるな!」
「中山さん! 集中力を切らさないで下さい! この作戦は相手より先に音を上げたら負けです!」
「太田さん! 中山さんと射撃するタイミングをもう少し合わせて下さい! いくらなんでも最高速で走りながら動く敵に命中させるのは無理です!」
谷口の指示もより一層厳しくなった。
体力もさることながら、集中力を持続する気持ちの方がかなり疲弊していた。
しかし口数は明らかに少なくなったが、2輌の乗員とも研ぎ澄まされたような感覚を維持しており、他の知波単の隊員も近づき難い雰囲気を醸し出していた。
「最近のお前らには鬼気迫るものがあるな」
「隊長殿! おつかれさまです!」
教練を終え雑談をしながら整備中の山口車であったが、西の存在に気づき、乗員がキビキビと礼を返す。
「チハの能力を最大限に発揮している感じだな。谷口のもそうだったけど、エンジン回りがほれぼれするいい色に焼けている。まだ私らのは煤けていたりするからな。戦車乗りとしても裏野巣に乗っている者としても嫉妬したくなる色だ」
「ありがとうございます。まあただ谷口があんなドSだと思いませんでしたわ」
「どえ・・・?」
「ああ、サディスティックということです。正直私らからしたら、この教練が終わるなら早く試合が来いという感じですね・・・」
山口が疲れ切ったような感じで西に答えた。
「・・・まああいつはサンダースの連中を見てきてるしな。それに負けないようにというのはあるんだろうな」
「サンダースの奴らって、うちら以上に練習してるんですか?」
軍手を外しながら一旦小休止という感じの山本が西に尋ねた。
「いや、単純な練習量でお前らに勝てるところがあるとは思えん。ただあそこは三軍まで入れて履修者が500人もいるところだ。その中で生存競争を勝ち抜くのは並大抵のことじゃないだろう」
知波単においても30輌ほどの戦車を有し、当然1回戦の10輌に選ばれるには競争がある。それが50輌とか100輌とかになると・・・その競争の激しさは知波単の隊員からしたら想像し得ないところであった。
「なるほど。サンダースにいた時は二軍の補欠だった谷口からしたら、今は試合に勝つことに邁進できる環境にあるということですね。まあ今の谷口がサンダースのレギュラーに劣るとも思えないですけど。なんにせよ試合に出れる我々はまだ幸せということなんですね」
「試合に出れなければ不幸せというわけでもないがな。ただ選ばれなければ試合に出れないし、選ばれるために厳しい練習を積んでいる。サンダースの連中は選ばれるための基盤がそれだけ強大で堅固だということだろう」
あくまで第三者的な感じで西は言ったが、西自身が隊長として出場選手を選ぶ立場にある。今まではそれほど感じなかったが、これだけ戦車道に邁進している連中をいずれは篩にかけないといけないのかと、話をしながらもその責任を感じていた。
「まあ私にとってもお前らのような者を従えて戦えるというのは隊長冥利に尽きる。そして作戦の成否は正にお前らにかかっている。苦しいとは思うがなんとか頑張ってくれ!」
「ありがとうございます! もとよりその所存です!」
一瞬西によぎった不安を打ち消すように、4人はきりっと敬礼をした。
そうだ。これだけの面々をさらに選りすぐられた精鋭にするというのも隊長冥利の1つではないか。西は心を奮い立たせた。
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会議から1週間後、試合会場の斡旋並びに練習試合の運営を依頼していた戦車道連盟から、試合会場決定の通知が来た。
会場は草地の丘陵地帯を林が囲んでおり、イメージとしては大洗女子学園がサンダース大付属と戦ったものに近い。戦車道の試合が行われる会場としてはオーソドックスな感じだが、一つ特徴的なのは、真ん中あたりで細くくびれ、そのくびれを角に直角に曲がっている。イメージとしてはドッグレッグした巨大なゴルフコースという感じだが、そのくびれた部分が戦いの要地になることは容易に想像できた。
「本隊は前日に試合会場に向かう。残念ながら車長クラスはそうせざるを得ん。玉田、陣地構築部隊と擬装部隊の隊員を主に先遣隊を構成してくれ!」
「かしこまりました!」
「(まずったな・・・やはり・・・)」
玉田の返事を聞きながら、西は改めて後悔していた。
そう。練習試合の前々日の夜に、知波単戦車隊のOG会である ”あじさい会” との会合があるのをすっかり失念して練習試合の日程を決定してしまったのである。
隊長である西はもちろん、各車長もそちらに参加せざるを得ない。
しかも、西自身意に介するものではないと思っていたが、OGの面々が改革を遂げようとしている直近の知波単戦車道に対して、怒りを露わにしているとの不穏な情報もあった。
「(まあ私自身より、隊員が不安にならないようしないとな・・・)」
出来れば辻と前もって打ち合わせもしたかったが、お互いにその時間もない。
OGとの折衝も隊長冥利の1つ・・・とはさすがにならない。
そして、その日の夜がやってきた。