8月15日。
多くの日本人にとっては鎮魂・慰霊の日であり、1年のうちでも特別な日とされている。
それはとある学園艦においても同じ。
いや、チハ乗りの彼女達にすれば、より一層重みを持つ日であることは間違いないだろう。
正午。
「英霊に感謝と哀悼の意を捧げる。一同黙祷」
西隊長の言葉を合図として鎮魂のラッパが吹奏され、整然と並んだ隊員たちが皆首を垂れる。
「なおれ」
続いて玉田が英霊に謝辞を奉じる。
「先の大戦において、祖国の平和と発展、家族安泰を念じながら、戦場に散り、戦火に倒れ、あるいは戦後、異郷の地において還らぬ人となられたご英霊のご無念、苦しみを思うとき、尽きることのない悲痛な思いが胸にこみ上げてまいります」
「戦後、わが国は国民の皆さんの叡智とたゆまぬ努力により、荒廃の中から立ち上がり、平和で豊かな社会を築き上げて参りました。 しかし、現在私たちが享受しております平和と繁栄は、戦争によって図らずも命を落とされた方々の尊い犠牲に築かれていることを忘れてはなりません」
「ここに、新たに、過去の悲惨な戦争から学んだ教訓と平和の尊さを次の世代にしっかり伝え、この悲しい歴史を二度と繰り返さないことをお誓い申し上げます」
最後に細見が献花をし、知波単学園の追悼式は終了した。
毎年8月15日に知波単学園で行われている戦没者追悼式。
戦車道に関わる者としては大きな意味を持つ儀式であるが、第63回戦車道全国高校生大会の終了後に新たに隊長に就任した西絹代にとっては、殊今回の追悼式はいつもとは違う意味合いも持っていた。
~~~~~~~~
時は少し前にさかのぼる。
学園で行われた隊長交代式。
その数日前に、知波単学園は第63回戦車道全国高校生大会の1回戦で黒森峰女学園を相手に、惨敗という言葉も眩むような目の当てられない大敗を喫していた。
「なんとかの一つ覚えというか・・・」
「何も考えずに突撃とかバカなんじゃないの」
「無能ここに極まれみだよね」
数々の侮蔑の陰口がささやかれていた。
そうした言葉は知波単の隊員にも自然と耳に入る。当然気に障るものではあったが、かといってそれはいわば美意識の違いのようなもので、ほとんどの知波単の隊員にとってはそれほど心をかき乱すほどのものではなかった。
「辻隊長! 1年に渡る隊長のお務め、誠におつかれさまでございました!」
式後の歓談の席で、隊長に就任した西が前隊長である辻に声をかけていた。
「西もこれから大変だろうが宜しく頼む」
「はい!知波単伝統の突撃魂をより一層磨いていく所存であります!」
「・・・」
「突撃か・・・」
「はい!」
「・・・」
「・・・?」
「なあ、西・・・」
少しの沈黙の後、辻が言葉を繋ぐ。
「私はお前達に何を残せたのだろう・・・」
「はい!私は隊長が勇猛に突撃し散りゆく様を心に刻んでおります!」
西が即答する。
「それは隊長として正しい姿なのか?」
「???」
「私も隊長として知波単の伝統を継承する、磨いていくことが一番大事なことだと考えていた。他校から”つじーんの無能さ、無責任さにも程がある”と陰口をたたかれながらもな」
「そして知波単が突撃しないといけない理由も、背負っているものも理解しているつもりだ」
「しかし、黒森峰に惨敗を喫したあの戦いは私の・・・知波単が求める戦車道だったのか?」
「隊長は勇猛果敢に突撃し、立派に散っていったではありませんか!」
思わず西が大きな声をあげる。
その声に一旦座は静まるが、辻と西が沈黙を保っているうちに、またにぎやかな声が戻り始めた。
「貴様にも聞こえていただろう。あの戦いの後、我らの突撃を揶揄する言葉が飛び交っていたことを。戦車道の解説者もしたり顔で ”今の時代で突撃なんか時代錯誤も甚だしい。もっともそれが知波単名物の芸でもあるんですけどね” とか言ってたしな」
「Googleで”知波単”を検索すると、”無能” とか ”バカ” とか関連キーワードで出てくるくらいだ」
「グーグー?・・・というのはよく分かりませんが、しかし我々のやっている突撃はそんな軽いものではないというのが隊長の教えであったではありませんか。勝ったや負けたで語れるものではないはずです」
西の声がまた少し大きくなる。
「少し席を外そう」
辻は西を連れ立って外に出た。
「私自身への批判や誹りはいくらでも受けよう。しかし、結果的に私がやってきたことは知波単の名前を貶めるだけであった気がしてならない・・・」
その言葉の重さに西は言葉を継げないでいた。
「そして、それを後に続く貴様らに背負わせてしまった・・・」
「もちろん私は信念と誇りを持って自らの戦車道を邁進し、知波単の名を高めるべく努力してきたつもりだ。その思いは今以て一片の曇りもない。しかし、今現実で起きていることを考えたならば・・・」
「正直私には分からない・・・自分の歩んできた道が正しかったのか・・・」
それを聞いた西が、困惑の表情を大いに浮かべながら答えた。
「私は知波単魂とは勇猛果敢に突撃し立派に散っていくことだと教えられ、理解し、実践してきました。今になってその道が正しいのか分からないと言われても・・・私にはどうしてよいか分かりません」
「それはそうだな」
辻も自嘲気味に答える。
「ただ、貴様が隊長の任を引き継ぐ時に、私のように”何も後に残せなかったのではないか?”と後悔するようなことにはなってほしくないんだ」
「隊長がどう言われようと、私の中では辻隊長は尊敬すべき立派な隊長であることには変わりありません!」
「ありがとう・・・ おかげで少し救われた気がするよ」
「そろそろ席に戻ろう。皆が心配してもいけない」
辻が屋内に入ろうと歩き始める。
西は動けないでいた。
副隊長として辻を支えられなかったことを、その苦悩を分かろうとしなかったことを。
そして後悔と自責の念にかられたまま、辻の高校戦車道の道を終わらせてしまったことを。
正直なところ、西にとっては ”戦車に乗っておれば楽しい” という戦車道であった。
しかし、これから隊長としての任務を務めるにあたり、もちろんある程度の予想と覚悟はしていたが、これから来るであろう苦悩に恐れを感じた。
「隊長・・・申し訳ございません・・・」
西は嗚咽を止めることが出来なかった。
その後ろ姿を、執拗な後輩イジリに耐えかねて外に出てきた福田が見ていた。