昔、角の生えた少年にあった事がある。少年のご主人様は私に良くしてくれた。酷い怪我をしていた私の怪我の治療をしてくれた。少年は少年の生まれ故郷の話をしてくれた。私は自らのやるべき事が終わったら助けてくれた彼らの為に力になりたいと思った。私に何もしてくれなかった人間の味方をするくらいなら、一年もの間私の面倒を見てくれた彼らの為に何かをする方がよっぽど恩に報いてる。そう、私は思っていた。だから、私は地球に帰ってきた。如月有紀を返す為に。地球には、私の居場所はない。私には帰る場所はなかった。
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この3週間、カ○リーメイトゼリータイプリンゴ味やソイ○ョイで何とか耐え忍んでいたが流石に体が色々な栄養を求めている。
「お好み焼き…、美味しかったなぁ。」
思い出しただけでお腹が鳴りそうだ。
「……私、餌付けされた?」
そう思うと何か悔しい。地球から出て行く前にもう一回だけ食べに行ってもいいかもしれない。海鮮玉、と言うのを食べてみたい。
「うぅ、止めよう。お腹空いて来た…。」
私はお腹を抱えて寝転んだ。私は唸りながら床の上をごろごろした。
ダメだ。
私は立ちあがった。
「我慢できない。」
さて、何を食べようか。お好み焼きだ。お好み焼きを食べよう!
私は家を出た。しかし、さすがに彼の家で食い逃げは気がひける。何処かでお金を調達しなくてはいけない。
「はぁ、止めよう。普通にコンビニに行こう。」
久しぶりの風はとても心地よかった。大きく深呼吸をすると新鮮な空気を肺一杯にため、吐き出した。私は初めて三門市を訪れた時と同じ真っ白なワンピースを着ている。もう直ぐ11月だ。流石にワンピースだけでは肌寒い。私は適当な洋服店に入り、こげ茶色のジャケットを羽織った。そのジャケットを羽織って私は町の中を歩いた。この街にいるのはもう最後だ。私がここにいる理由はない。
自分の能力を理解してしまえば、誰も私に気が付かない。
私はコンビニに入って適当なおにぎりと飲み物をとってコンビニを出た。私は人目の多い公園のベンチでおにぎりを頬張った。筋子と昆布、それから鮭とおにぎりを口にした。
「ふむ、美味しい。」
私は真っ青な空を見上げた。何処の世界の空も大抵は同じ色をしている。青い、青い、空。あの空はいつ、私を迎えに来てくれるんだろうか?
私はベンチから立ち上がりまた街中をブラブラと歩き出した。何か思い出がある訳では無い。それでもここを去るのが寂しいと思うのはここが故郷だという意識があるからだろうか。故郷だと思ってしまっている要らない感情が芽を出しているからだろうか。
「目的は果たした、完遂した。もうやる事は無い。はあ、また傭兵生活でもするか。」
私には地球で生活していくという考えはなかった。確かに平和に過ごしていたいとは思っている。しかし、それは別に日本でなくてもいい話だ。それに、日本は学歴社会だ。小学校は通った事が無く、真面に漢字が読めない私には生きて行くにはとても難しい国だ。それなら私は自分が得意な事を求められている国に行く。
トリオン兵が出て来るタイミングで門に飛び込む。出る国がどんな国か分からない。問題はいつどこで門が開くかだ。下手をするとボーダー隊員と鉢合わせする。別にあってもいいのだが、彼らに負ける気はない。彼らもブラックトリガーを所持しているかもしれない。それでも私は負ける気はしなかった。それはあちらにいた10年間ずっと戦争をして勝ち続けてきたという結果からくる自信。
兎も角、警戒区域内で辺りを付けて張っておく必要がある。
「ねぇ、君。」
誰かが後ろから私に話しかけた。どうして私だとわかったか?そこには私以外いなかったからだ。一歩先は警戒区域。振り返るとそこには高校生が立っていた。高校の制服を着た茶色の髪に蒼い瞳の少年。
「そっから先は警戒区域だよ。」
「そう、教えてくれてありがとう。」
私はそう言って彼から離れようと少年に背を向けた。
「ねぇ。」
「まだ、何かあるの?」
「君、如月結城ちゃんだよね?」
「いいえ、違うわ。私は
少年は数回瞬きをした後、笑みを浮かべた。
「じゃあ、君はなんて名前なんだい?」
「名前は名乗ってから尋ねるものよ。」
「俺は実力派エリートの迅悠一。」
「そう、で?ボーダーの迅悠一君は私に何の用?」
「俺がボーダーだって知ってたの?」
「知らないわ。鎌をかけただけ。こんなに簡単に引っかかるなんて…。ボーダーって本当に心配になる組織だわ。」
私は溜息を付いて頭を左右に振った。
「それで、君の名前は?」
「そうね、取り敢えずnamelessって呼んでよ。」
「ねーむ、れす…。」
「名前のない者って意味よ。」
「君の名前は神崎蓮奈じゃないのか?」
「誰、それ?それが仮に私の名前だったとしても、生まれた時から私は名前を呼ばれてないから。知らなくてもてもしかたないでしょ。」
私は小首をかしげて可愛らしくそう言った。
「仕方ない、か。まぁいいや。君に良い事教えてあげるよ。あそこに鉄塔が見えるだろ?今日、あそこに門が開く。」
私の表情は一気に険しいものへと変わった。私は迅悠一を観察する様に彼を見詰めた。私に嘘を見抜く能力も観察眼も無い。それでも経験からある程度嘘を付きそうなやつかどうかは分かる。目の前の男は飄々としている嘘をつきそう、と言うより真実を全て話すことはなさそうと言った感じだ。
「迅悠一、それが真実だとして貴方が得る利益が分からない。」
「利益?そんなのはないよ。これは唯の親切心だ。」
「その言葉でさらに怪しくなった。この世で親切心だけの言葉なんて言うのは絶対にない。人助けをして優越感に浸るタイプの人間か?」
「信じてくれないか?」
「お前は行き成り親切にしてくる人間を信じられるか?タダより高いものはないんだ。見返りにどんなものを求められるか分かったもんじゃない。」
私は迅悠一を睨みつけながらそう言った。それでも迅悠一が表情を崩す事は無かった。
「君の為なんだ。」
「私の何を知っていて為になると思ってるのか、理解できない。」
「君は大切なモノを失うよ。」
「お生憎様だな。大切なモノは7年前になくしたよ。私の手の中には何一つ大切なんてものはない。」
そう言うと漸く迅悠一の顔が表情が動いた。どこか納得いかないと言った表情だ。
「まぁ、後は蓮奈ちゃん次第だ。」
「私は、namelessだ。」
迅悠一はそこから去って行った。私は後ろ姿が見えなくなるまで彼を見ていた。そして私はもう一度鉄塔のある方を向いた。そして眉間に皺を寄せる。
「はぁ、踊らされている感が嫌だな。」
私はそう呟いて鉄塔の方へ歩いて行った。私には興味があった。迅悠一が門の出現位置を知っていた事では無い。彼が一体どんな情報からそう思ったか分からないが、自分に大切なモノがあると思ったモノに興味があった。もし、本当に自分の中でそれを大切だと思っているのならそれをここで断ち切る事でもう日本には本当に未練はなくなる。
今の私には重要な事だった。余計な思考は自らの死を齎す。一度、死にかけた私は死を怖いものだとは思わなかった。寧ろ、私は早く死にたいと思っていた。
今までの不幸に見合った幸運は望まない。その代わり、早く友人のもとに行きたい。私にとって唯一の友人の元へ。それでも私が死ねない理由があった。私の思考はとても単純で『善意には善意を、好意には好意を、悪意には悪意を、害意には害意を。』向けられた感情をそのまま相手にも向ける。私は昔、助けられた。その人達にまだ報いていないのだ。彼らの好意に自分は好意を返さなくてはいけない。それが私の信条だ。そこまで考えて、私は気付いた。
影浦雅人が私にくれた好意を返していないと。影浦雅人は恐らく食事を怠っていた私を心配してお好み焼きを奢ってくれたのだろう。これが私の独りよがりだとどれ程恥ずかしい事だろうか。それでも私が影浦雅人の行為を好意だと感じたなら私も好意を返さなくてはいけない。それが私の信条だ。
「あぁ…せっかく日本から出られると思ったのに(不安だけど)、心残りが出来た…。せめて影浦君には何かしてから行かないと。」
「あ、でも待って。そうなると鉄塔に行く意味ないんじゃ…。」
「くっそぅ…、迅悠一め。最後の最後で何と言う奴に会ってしまったんだ。」
私は路地の真ん中でしゃがみこんだ。誰かに見られたら心配されてしまうだろう。
私は大きく深呼吸をして空を見上げた。そしてけたたましいサイレンの音が鳴った。鉄塔の方を見れば、本当にゲートが開いている。
「きゃああああ!!」
そして聞こえてきたのは少女の声。
「大切な、モノ…?」
私は舌打ちをして走り出した。どうして走っているんだろう。今から走ったって門が閉じてしまって間に合わないのに。と言うか、迅悠一め。ボーダーならどうして自分で助けないんだよ。
そう愚痴をこぼしながら私は鉄塔に向かった。
「あれは、バムスター!」
誰かがあそこにいる。連れていかれてしまってトリオン器官を取り出して殺されるならそれは幸せな事だろう。天国に行けるのだ。でも、そうじゃないなら。悲鳴を上げた少女に待っているのは地獄だ。私の味わった地獄を誰かに味わってほしいなんて思わない。思えない。思えるわけがない。地獄を知っている。正真正銘の救いのない地獄を。
「刈谷さん!?」
「き、如月さん!」
バムスターの向かった先にいたのは刈谷裕子だった。刈谷裕子は地面に転んだようでこちらを見上げている。私は急いで彼女に近付いた。
「立てる?走るわよ!」
「駄目!待って!影浦君が、影浦君が食べられちゃう!」
刈谷裕子は必死に訴えてきた。バムスターの方を見ると確かに足元に影浦雅人が倒れていた。バムスターは影浦真斗を体内にいれようと口らしきものを近づけていた。
「私を、見なさい!バムスター!」
私は叫んだ。私の視覚的情報を私自身が操作できるのなら、私以外の存在に目が向かない様にだって出来る筈だ。私と言う存在以外には目を向けさせない。バムスターは足元の影浦雅人から私に視線を映した。私はチョーカーについている逆十字に触れた。
「行こうか、ゆうき。」
私はトリガーを発動させた。サイドエフェクトと言う物を知った今、改めて有紀を守れなかったことを申し訳なく思う。そして私は二度同じ過ちを犯してはいけないと。
「もう、二度と…誰も殺させない。」
それは、自らに掛けてしまった呪いの様なものと言ってもいいかもしれない。
「剣、一本で十分か。」
私の右手から黒い剣を取り出した。バムスター一体なら数秒あれば倒すのに事足りた。私は急いで影浦雅人に近付いた。首元に手を当てた。脈はある。息もしてる。血も出てない。
「生きてる…。良かった。」
安堵のため息が漏れた。ふと、仮面の左側に白い影が見えた。それは人の形をしていて今はまだ小さいが確実いこちらに向かって来ている。私は影浦雅人を小脇に抱えた。
「刈谷さん、少しの間大人しくしててね。ボーダーが来た。」
「如月さんと仲間じゃないの?」
「私は兎も角、ボーダー関係者以外がトリオン兵に襲われると混乱を避けるために記憶を消す処置が施されるの。嫌でしょ、消されるの。」
「う、うん。でも、何処に行くの?」
「今私が住んでる家。」
刈谷裕子も抱えると私は家の陰に隠れるように進んだ。そしていつもの真新しいマンションの中に入った。私は大きな溜息を吐くとトリガーを解いた。
「それで?」
「え?」
「どうして二人は警戒区域内にいたの?」
「如月さんを、探して…。」
刈谷裕子の言葉に私は眉を寄せた。
「私を?どうして?」
「だって、如月さんの家の住所嘘だって。皆如月さんの事よく思い出せなくて。それで、如月さんが幽霊なんじゃないかって。そんなうわさが流れ始めて…。」
「それで、影浦君と一緒になって私を探してたって?馬鹿じゃないの。」
「ば、馬鹿って何よ!」
「貴女は知らないかもしれないけど、あっちに連れてかれたらもう終わりなのよ。まず帰ってこられない。私は運が良かっただけよ。」
刈谷裕子は目を大きく見開いた。
「如月さんって、近界民に攫われた事あるの!?」
「あ…、あぁ、まぁ。10年前に。」
私は余計な事を口走ってしまったと後悔した。
「いつ帰ってきたの?」
「一ヶ月くらい前。」
「どうやって帰ってきたの?」
「……あんまり知らない方がいいと思うけど。下手に色んな事知っていてボーダーにばれると面倒だって事が分かった。あんまり話聞かない方が良いよ。一般市民は知らない方が幸せって事だよ。」
そう言うと刈谷裕子は黙ってしまった。私は床の上に無造作に置かれている影浦雅人の方へ目をやった。
「刈谷さん、貴方だけでも帰った方がいわ。影浦君がいつ目を覚ますか分からないし。」
「如月さんは、もう学校には来ないの?」
「……わからないわ。別に地球に何か思い入れがある訳じゃないし。ここにいる理由も無いし。」
「如月さんのお母さんとかって、どうしてるの?」
「さぁ、10年も前の事だから。忘れてしまったわ。」
「探さないの?寂しくないの?」
私は自分の手を見詰めた。そして呟く様に言った。
「…失いたくないものは、必ず失われる。手に入れた瞬間、失わる事が約束されている。そんな生に何の意味があるの?苦痛しかない生を引き延ばした先に何があるの?失ってしまう事が、壊れてしまう事が避けられないのなら、初めから大切なモノなんて作らない。私はもう一生、大切なモノは作らないって決めたの。だから、親はいらない。友達はいらない。仲間はいらない。私はずっと一人が良いの。私はもう誰かの死に耐えられるほど、強い心は持ち合わせてない。」
私は服の上から心臓の辺りを強く握った。
「私の心はきっと、如月有紀が死んだあの時から壊れてしまった。私には心が無いから、演じる事しかできない。人間の振りをする事しかできない。私はnameless。名前のない怪物よ。」
「如月結城が、死んだ時?」
「元々如月結城っていう名前は貰い物なの。一緒に誘拐された子の名前。その子が死ぬときに名前のなかった私にくれると言ってくれたのが『きさらぎゆうき』と言う名前。それも、あの子に還したから私は『nameless』。名前のない者。それに如月有紀は元々綺麗な黒い髪に黒い瞳の子に付けられた名前よ。私とは似ても似つかないわ。」
皆、忘れてしまっている事だろう。
「送って行くわ。此処からじゃ、どう帰っていいか分からないでしょ?ボーダーに見つかっても面倒だし。」
「う、うん。影浦君、どうしよう。」
「そうね、日が暮れるまで起きないようだったら叩き起こすわ。」
「お、お手柔らかにね。影浦君も如月さん、じゃなかった。namelessさんの事すっごく心配してたから。」
「善処するわ。」
「それ、絶対にやらない人の返事よ。」
「そうね。」
お疲れ様です。
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