nameless   作:兎一号

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随分遅くなってすみません。


如月結城は世界一美味しいものを食べました。

連れていかれた国は決して良い国ではなかった。戦争中でしかも負けかけていた。私達はそれぞれ武器を与えられた。あの子は近接戦闘のための剣を。私は銃を。 私達はそれぞれに戦った。サイトなんて便利なものはなかった。視界で捉えた物に当たるように銃を撃つ。

 

あの子は何時も何処かを斬られて帰ってきた。それでもあの子は私の所に生きて帰ってきた。何時も幸薄そうな笑顔を浮かべていた。寝るときは私に抱きついて寝ていた。

 

私には暑いのは苦手だった。それでも、私はあの子を抱いて寝た。

 

 

 

 

 

 

「貴方も暇ね。」

 

少女は鉄格子に体を預けながら少年、影浦雅人に言った。影浦雅人は少女に首を絞められてから毎日屋上に上がってきている。

 

「…お前、いつメシ食ってんだよ。」

「お昼ご飯の事?食べてないわよ。ご飯は夜だけで十分よ。」

「…朝は?」

「食べてないって。」

 

影浦雅人は眉を顰めた。少女は影浦雅人の表情の意味を理解出来ず、首を傾げる。

 

「夜は何食ってんだよ。」

「夜?日によるわ。」

「昨日は?」

「昨日?そうね…。なんだったかしら。まぁ、でも人間水だけで一週間は生きられるらしいし。問題ないわ。」

「大ありだよ。親は何を…、いやいい。何も言うな。いいか、放課後自分の教室で待ってろ。美味いもん食わせてやる。」

「美味しいもの?」

 

美味しいもの。少女は今まで食べた美味しいものを思い浮かべた。

東さんが奢ってくれるオムライス。

チョコ。日持ちするしカロリーを提供してくれる甘い食べ物。

カロリーメイト。カロリーを提供してくれるパサパサの食べ物。

あれ、最初以外料理じゃないかな…。まぁ、美味しい食べ物である事に変わりはない。

 

「ダメよ、私にはやる事があるもの。」

「やる事?」

「そう、やる事。」

 

少女は日課として毎日300体のトリオン兵を射殺す事を目標としている。

そして私は思うのだ。仮想訓練モードは甘えだ、と。無限のトリオンなど実戦であるわけではない。なら、あのモードは一体何のためにあるのか。あのモードはトリオン器官の発達の邪魔でしかない。負荷をかければかける程トリオン器官は発達する。元の大きさは違えどある程度は努力でどうにかなるのだ。それをあのモードは邪魔している。手っ取り早く強くなりたいのなら毎日倒れるくらいトリオンを使えばいい。そうすればスタミナ切れを起こす事が少なくなるはずだ。

 

「いいから、この世で一番美味いの食わせてやるから。」

 

影浦雅人は引き下がらなかった。

 

「…一番?」

「ああ、一番だ。」

「私、お金ないわよ。」

「俺が奢ってやる。」

 

少女は口元に手を当てた。そして頷いた。少女は影浦雅人の言った一番美味しい物を食べたくなった。少女が頷くと影浦雅人は満足げな表情をした。

 

「そういえば、お前のやる事ってなんだ?」

「私、ボーダーに仮入隊してるの。」

「ボーダーって、あのデカブツか?」

 

影浦雅人はボーダーの基地が見えん方を見た。少女は頷いた。

 

「ボーダーに入ると金もらえんじゃなかったか?」

「仮入隊じゃ貰えないわ。隊員になれば貰えるけど。」

「じゃあ、隊員を目指してるのか?」

「違うわ。仮入隊はただの事故よ。」

「事故?」

 

少女はその事故を話す気がないらしい。その事が分かった影浦雅人はそれ以上少女に聞こうとしなかった。

 

「さてと、そろそろ行こうかしら。貴方も早く戻らないと授業に遅れるわよ。」

「あ?良いんだよ、俺は。」

「良いわけないでしょ。貴方のせいでここにカメラでも付けられたらたまったもんじゃないわ。ほら、行きましょう。」

 

少女は立ち上がり、隣にいた影浦雅人に手を差し出した。影浦雅人はその手を少し見つめた後舌打ちをして立ち上がった。二人は階段を降り、それぞれの教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

放課後の前のホームルーム。少女は影浦雅人を待とうかどうか悩んでいた。やらなければならないことがあるのは本当だ。しかし、何故だか待っていなければならない気がする。

 

「如月さん、帰らないの?」

 

ホームルームが終わり、机の上で難しい表情をしていた少女に刈谷裕子は話しかけた。

 

「うん。まあ。待ち人をね。」

「待ち人?」

「そう、待ち人。ほら、来たみたい。」

「彼、隣のクラスの影浦君?如月さん、知り合いなの?」

 

刈谷裕子は怪訝そうな表情で私を見つめた。

 

「そうね、顔見知りかしら。」

「影浦君、あんまり良い噂聞かないよ。」

「そうなの。どんな噂か知らないけど、彼は良い人よ。」

「良い人?」

「そう。彼、見た目が少し…あれだけど、お人好しな人よ。」

 

刈谷裕子は教室の外に立っている彼をもう一度見た。

 

「信じられない。」

「刈谷さんも彼と話してみたら?」

 

 

 

「で?誰だよ、その女。」

 

影浦雅人は刈谷裕子を見て少女に尋ねた。

 

「私のクラスメイトの刈谷裕子さん。君が信用できないからついてくるそうよ。」

 

影浦雅人は顔を歪めた。刈谷裕子は私の後ろから影浦雅人を観察している。

 

「チッ、テメェの分はねぇからな。」

「いらないわよ。」

「可愛くねぇ女。」

「貴方に女なんて思われたくないわ。」

 

二人はどうやら性格的に合わないらしい。二人とも良い人ではあるのだが…。

少女は二人のいがみ合いを見ながら呑気に考えていた。教室を出てからも二人はずっと言い合いをしていた。

 

「もうそろそろやめたらどう?目立ってるわよ。」

「「何(だ)よ!?」」

「貴方達実はとっても仲いいんじゃない?ほら、世界で一番美味しいもの食べさせてくれるんでしょ?」

 

影浦雅人は舌打ちをすると歩き始めた。猫背気味な影浦雅人の後ろを少女達はついて歩く。少女達が歩くのは商店街。学校から出てバスに数十分。ついたのは『お好み焼き屋 かげうら』。

 

「美味しいものってお好み焼きのこと!?」

「あ!?勝手に着いて来て文句いうじゃねぇよ。うめぇだろ、お好み焼き。」

「刈谷さん、オコノミヤキってどんな料理なの?」

「お好み焼きは、小麦粉を水や出汁で溶いた生地に色々な具材を入れて焼くの。お好みの具材を入れて焼くからお好み焼き、って私は思ってる。」

「お好みの、具材…。チョコレートとか?」

 

少女が自分の食べたことのある(好きな)物の中で無難だと思うものをあげると二人はあり得ないといった表情を見せた。

この子達、本当は仲いいんじゃないか?

 

「甘えモンは入れねぇよ。気持ち悪いだろ。」

「きもち、わるい…。」

 

ショック…。気持ち悪いと言われたのは初めてだ。

明らかに落ち込んでいる様子の少女。それを見て慌てる影浦雅人。影浦雅人を煽る刈谷裕子。

 

「ああ、もう!いいから、とっとと入れ!」

 

中は香ばしい匂いが漂っていた。中途半端な時間帯だったのか中にはあまり人がいなかった。

 

「おや、おかえり雅人君。両手に花だね。」

「そんなんじゃねぇよ。」

「ははは、照れなくていいじゃないか!」

 

そう言って初老の男性は影浦雅人の背中をバンバンと大袈裟に叩いた。同じ席に座る男性達も同じ様に大きな声で笑っている。

 

「おい、取り敢えずそこの席に座っとけ。」

「はーい。」

 

影浦雅人はボックス席を指差した。少女達はおとなしくその席に着いた。刈谷裕子と少女は向かい合って座った。テーブルには備え付けの鉄板が付いている。

 

「その鉄板で焼くんだよ。」

「へぇ…。」

「お嬢さんはどこの国の産まれなんだい?」

 

少女達の会話に入って来たのは先ほどの男性だった。男性の顔はほのかに赤い。恐らくお酒が入っているのだろう。

 

「私は日本生まれですよ。両親も日本人のはずです。」

「おや?じゃあ、隔世遺伝か何かかい?」

「さあ…。すみません。あまり詳しくなくて。」

 

少女は申し訳なさそうに男性に謝った。

 

「いやいや、良いんだよ。こっちこそすまないね。ははは。」

「ははは、じゃねぇよ。すまねぇな、嬢ちゃん。こいつ今、奥さんが出てかれてんだよ。」

「はぁ、それで…。」

 

それから奥さんに出て行かれた男性の愚痴大会が始まった。そして最後は泣き始めた。奥から大きめの金属のボールを持った影浦雅人が出てきた。そして少女に絡んでいた泥酔した男を見て溜息を付いた。

 

「おじさん、泣くんなら家帰れ。」

「雅人君…。どうしてそんな辛辣な事言うんだよ!」

「うるせぇ、女子中学生に絡むなよ。困ってんだろ。」

「そうだぞ、いい加減に開放してやれよ。」

 

と、一緒に来ていた男性陣が言い始めた。

 

「ほら、もういいだけ飲んだだろう。帰ってどうやったら奥さんが帰ってきてくれるか考えようぜ、な?」

「あぁ…。悪かったな、お嬢ちゃん。」

「いえいえ、奥さんと仲直り出来ると良いですね。」

「ありがとう、お嬢ちゃん。頑張ってみるよ。」

 

男性たちは会計を済ませ、店から出て行った。

 

「たく。」

「ありがとう、影浦君。」

「あぁ?別にいいんだよ。それより、これを焼くとお好み焼きになる。」

 

影浦雅人は手に持っていたボールをズイッと彼女に近付けた。中には何やら葉物の野菜が千切りにしてあった。

 

「これを焼くの?」

「あぁ、焼いてやるからちょっと待ってろ。」

 

少女はじっと影浦雅人のやる事を見ていた。やっている事は中に入っていた具材を焼いているだけなのだが。

 

「よし、ひっくり返すぞ。」

「おお!」

 

少女は影浦雅人がお好み焼きを綺麗にひっくり返したことに感嘆の声を上げた。

 

「ほら、出来たぞ。」

 

香ばしい匂いが漂う。

 

「これが、お好み焼きだ。」

「なんか、影浦君。随分とて慣れてるわね。」

「ここ、俺んちだからな。時々手伝わされるんだよ。」

「俺んち…。ここが君の家なの?」

「あぁ。」

 

少女はもう一度店の中を見渡した。

 

「いいから、早く食えよ。」

「うん、では。いただきます。」

 

少女は渡された箸で一口サイズに分け、口に入れた。

 

「…美味しい。」

「如月さん、美味しそうに食べるね。」

 

そう言うと影浦雅人は得意げな顔をして「そうだろ?」と言ってきた。少女は次々にお好み焼きを口の中にいれていった。あっという間にお好み焼きを食べてしまった。

 

「美味しい、本当に美味しいわ。」

「次からは金払えよ。」

「わかってるわよ。お好み焼き、これ以外の味もあるの?」

「まぁ、そうだな。チーズとか入ってるのもあるぞ。」

 

へぇと少女はいった。そして頼むわけでもないのにメニューをじっと見ている。

 

「なんでメニュー見てるの?」

「次来た時、何を頼もうか考えてるの。」

「気が早いなぁ、如月さんは。」

 

 

 

 

 

 

 

 

スコープを覗き敵の弱点である目玉の様な場所を撃ち抜く。次々にトリオン兵が倒されていく。

ズドン、と重い音が響く。少女の隣には同じ様にイーグレットを構える東春秋がいる。二人は互いに話す事なく目標を撃ち続ける。

 

「ふう。」

 

少女は小さくため息をついた。

集中力が切れてしまった。

それでも目標としていた300体は倒せているし、ノルマは達成している。これからギリギリまでトリオン器官に負担をかけてトリオン能力を伸ばす。300体とは現在少女がノーマルトリガーで息切れをしだす数だ。昨日はそこから20体倒せた。これから一週間は320体を倒すことに専念する。次の週は330体。そうやって数を増やしていくことで戦闘中のトリオン切れを起こしにくくする。

 

「あと、20。」

 

少女は改めて目標数を呟くともう一度イーグレットを構えた。

19、18、17、16…3、2、1、0

 

少女は大きなため息をついた。少女はスコープから離し、先ほどまで撃っていた的を見つめた。

 

「今日も綺麗に真ん中だな。」

「東さん…。お疲れ様です。東さんも真ん中に当ててるじゃないですか。」

「如月みたいに全部真ん中には当たってないよ。」

「経験の差です。」

 

少女は自信ありげに言うと東春秋は苦笑いを浮かべた。

 

「そういえば、如月はサイドエフェクトって知ってるか?」

「さいど、えふぇくと?副作用、でしたっけ?なんの副作用ですか?」

「トリオン能力が高い人にはサイドエフェクトって言う特殊能力が備わっている場合があるみたいなんだ。あくまでも身体能力の延長線上らしいんだけどな。」

「はあ…?」

 

少女は東春秋の話の意図が見えず、首を傾げながら相槌を打った。

 

「如月、一度検診を受けて見ないか?あくまで俺の予想だが如月にはサイドエフェクトがあると思うんだ。」

「どうして、そう思うんですか?」

「如月の姿が時々見え辛くなるんだ。と、思ったら如月の存在を強く感じたりする。だから、如月は無意識にサイドエフェクトを使ってるんじゃないかなって思ったんだ。強制はしないし、正規隊員になれば定期健診があるからその時にわかるだろうけど。」

「わかりました。受けてみます。」

 

少し先の少女はこの時「受けてみる」といったことを後悔したのだった。




お疲れ様でした。

私、初めて骨折しました。

皆さんもテーブルの角に足の小指をぶつけないよう気を付けてください。

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