nameless   作:兎一号

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もう直ぐゴールデンウィークですね。


きさらぎゆうきのやくそく

少女はライトニングと呼ばれるスナイパー型のトリガーを持っていた。目の前にはトリオン兵に似せた的がある。

昔、あちらにいた頃誰かがこう言った。

 

目標がセンターに入ったらスイッチ。

 

つまりスナイパーは簡単。目標が真ん中に来たら引き金を引けばいい。そうすれば狙った場所に当たる。

 

少女はトリガーを引いた。

 

ほら、簡単だ。

 

少女の狙っていた的には真ん中に穴が空いていた。

 

「やっぱり良い腕してるな。」

 

少女に話しかけたのは10歳程年の差がある様に見える青年だ。

 

「俺は東春秋。如月だよね?」

「東、さん。はい、如月です。」

「如月は仮入隊だったか?すごいな、さっきから外してないだろう。」

「別に、簡単ですよ。」

 

そう言って少女はライトニングを持った。

 

「的がスコープの真ん中に入ったら引き金を引く。」

 

すると弾はきちんと的の真ん中に当たった。

 

「ほら、これだけです。」

「普通はそれが出来ないんだよ。あの的だって止まってないだろう?」

 

確かに少女が撃っていた的はプカプカと浮いている。

 

「そうですけど、これ弾速があるので置き撃ちをしなくてもドラッグショットでどうにかなります。これより弾速が遅くなると、さすがに私でももう少し時間をかけないと撃ち抜けないです。」

「……随分詳しいんだな。普通の女子中学生は知らないだろう。置き撃ちとかドラッグショットなんて。」

「そういう、ゲームが好きなので。武器とか詳しい訳ではありませんけど、用語位なら知ってます。」

 

少女はとっさに適当な嘘をついた。ゲームなんてものはやった事が無い。それでもそう言えば怪しまれない。最近の日本のゲームは多種多様でやってみたいと思うのだが、如何せん電気が通ってない部屋ではそれは叶わない事だ。

 

「如月はこのままボーダーに入隊するのか?」

「それは、わかりません。元々大した動機なんてありませんから。それに…。」

「それに?」

「もう少しの間は静かに暮らしたいんです。今までバタバタしてたので。」

 

少女は多少言い辛そうに言った。東春秋はそんな少女を見下ろしていた。

 

「まぁ、そうだな。大規模侵攻からそんなに時間が立ったわけじゃないし。良いんじゃないかな。」

「はぁ…?」

「ずっと撃ち続けてるだろう?夕食食べに行かないか?」

「ありがたいお誘いですが、私お金持って来てないので…。」

「夕食くらい驕るよ。」

 

少女は少し悩んだ後、頷いた。目の前の東春秋は何故か安心した様に息を吐いた。少女は目の前の東春秋がどうして自分に構うのか分からなかった。それは東春秋なりの気遣いだったのかもしれない。しかし、少女は素直に人が信じられるほど良い環境で育ってきたわけではなかった。

 

食堂に案内され少女はオムライスを頼んだ。先に頼んでくると良い、と言った東春秋は席を確保しに行ったはずだ。少女は彼の姿を探した。東春秋はボックス席に座っていた。東春秋の前には少女と同じ白いボーダーの隊服を着ている少年がいた。その少年は少女が仮入隊の時に面接前の待機室で横に座っていた少年だった。

 

「お、来たな。如月、彼は三輪秀次。如月と同じ仮入隊だ。」

「如月結城です。」

「三輪秀次です。」

「それじゃあ、俺も夕食買ってくるから。」

 

そう言って東春秋は席を外した。少女は東春秋が帰ってくるまで食事には手が付けられない。少女は若干律儀なところがあった。少女は東春秋が座っていた横に座った。少女は東春秋が帰ってきてもこの気まずい雰囲気は変わらないのだろうな、と思いながら水を口にした。少女には目の前の三輪秀次が何を考えているのか分からなかった。彼は何を思って仮入隊なんてしたんだろうか。彼の暗さから察するに誰か死んだのだろう。

 

少女自身、誰かを失った時の悲しみは重々承知している。それはもう、血反吐を吐きそうなくらい知っている。しかし、少女はそれをもう克服していると言っていい。少女にとってあの子は自分なのだから。両人はしゃべろうとしない。お互い無口な方だったという事だ。

 

「如月は…。」

 

三輪秀次は遠慮気味に話しかけてきた。

 

「ん?」

「如月はどうしてボーダーに?」

「友人が勝手に仮入隊の申し込みを送ったんです。それで、受かってしまっただけです。崇高な理由があってここにいる訳ではありません。」

「でも、毎日ここに来て練習しているんだろ?」

「良く知ってますね。まぁ、そうですね。友人を一人亡くしまして…。無力な自分が許せないだけです。唯の憂さ晴らしみたいなものです。」

「そう、か。」

 

少女は居心地の悪さから水を飲んだ。こんな事、言うべきではなかった。同族意識なんて面倒なものを持たれるのは勘弁願いたい。

 

「遅くなった。…食べてても良かったんだぞ?」

「そう言うわけにもいきませんよ。」

「いただきます。」

「いただきます。」

 

少女はオムライスに手を付けた。

ふむ、美味しい。

 

少女は満足げにオムライスを食べていた。

 

「如月は第二中だったか?」

「はい、第二中の二年生です。」

「三輪は、一年生か。」

「一年生、という事は三輪君が最年少でしょうか?」

「まぁ、今のところはそうだな。」

 

流石に小学生にやらせられるような物では無いか。少女はそんな事を考えながらオムライスを食べていた。それから少し会話をして食事を済ませた。少女は久しぶりに誰かと一緒に食事をしたと思っていた。あの子が死んで以来誰かと一緒に食事をしていない。

こういうのもたまには良いな、

と思ってから少女は苦い顔をした。こんな事をあの子が思う筈はない。

 

「フゥ…。」

「如月はこの後、どうするんだ?」

「帰ります。流石にもう練習する時間じゃないので。」

「三輪はどうする?」

「俺も帰ります。」

「なら、二人とも送ってくぞ。」

「私は結構です。帰りに寄りたいところがあるんです。私はこれで失礼します。」

 

少女はそう言って席を立った。東春秋は少女の後ろ姿をじっと見つめていた。そして東春秋は少女の後ろ姿に違和感を感じた。少女の周りにブレがあるのだ。ノイズのある画面で少女を見ている、そんなような感じだった。東春秋は目を細めた。それでも少女の周りはぶれた儘だった。少女を視界から隠す様に視界が揺れる。視界から少女が消えればそのぶれは無くなり、いつも通りの平穏な食堂に戻った。

 

「あれは、一体…。」

「東さん?」

「いや、何でもないよ。三輪はどうする?」

「そう、ですね。お言葉に甘えさせて貰います。」

「そうか。」

 

そして三輪秀次と東春秋は食堂から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女はこの数日で仕入れた情報を精査していた。

まず、夜の見回りはきちんと行われていた事。

本部の他に支部が一つ存在する事。

その支部と本部は仲が良くない事。

現在のボーダー職員は200名程度。

そしてトリガーを扱える人間は30名もいないとの事。

そのうち、責任者などで実働部隊から離れてしまっている人もいる様なので実際にはもっと少ないだろう。

 

現在、仮入隊と言う形をとってはいるがやらされている事は現隊員とほぼ変わらない。違う事はトリガーを本部から持ち出ししてはいけないという事。訓練の内容などにはほぼ変わりないようだ。仮入隊とはある意味、優秀な人材の囲い込みに用いられているようだ。今は何より人材が欲しい。トリガーを扱える人材が。それを集めるために仮入隊なんて言っているが実際は訓練生をいち早く終わらせるためのポイント稼ぎ。実際入隊までに何回か仮入隊を行っているようだ。回数を稼ぐことで人材を集めているようだ。

 

「ここを左に曲がるのか。」

 

少女は持っている紙を見ながらそう呟いた。街灯は壊されていて月明かりを頼りに道を進んでいく。少女が探している幼稚園へは実際何か目印になる様なものはないらしい。それでも遊具や運動会が出来る程度の園庭があるらしい。少女は仮入隊の日から毎日違う場所を彷徨っていた。

 

「あ、ここだ。」

 

少女は漸くお目当ての物件を探し当てた。門の前には『東三門幼稚園』と書かれている。思っていたよりも早くに見つけられた。少女は安堵の息を吐いた。少女はその幼稚園の中に入って行った。半壊と言った所だ。

 

情報が残っていればいいんだけど…。

 

少女はそう思いながら夜空が見える廊下を歩いた。やはり、少女にはこの場所の記憶はなかった。昔の事をよく覚えている訳では無いが、この廊下を歩いた記憶はない。少女は鞄からネームプレートを取り出した。

 

「貴女が帰るべき場所はここかな?ここだと良いね。」

 

そうネームプレートに話しかけた。少女は職員室と書かれた教室を部屋を見つけた。その部屋は辛うじて中が形を保っている。

天井が歪んでいて引き戸が動かない。だからといってドアを蹴破って天井が崩れるのは困る。

少女は小さく溜息を付いて割れている窓から入ることにした。建物のを外に出て回り込んだ。厄介なのは中途半端に残ってしまっているガラス片だ。少女は鞄の中からハンカチを取り出して綺麗にガラス片を取り除いた。そして足をかけ中に入った。荒れ果てたその場所から少女は『きさらぎゆうき』がこの幼稚園に通っていたという事実を探し始めた。

 

頑丈そうなロッカー。扉は開いたまま歪んでいる。そこを開けると沢山の資料が入っている。少女はその中から十年前の資料を取り出した。何ページか開き少女は嬉しさから笑みを零した。そしてその瞳からは幾筋もの涙を流した。

 

「おかえり…。おかえり、ゆうき。貴女が帰るべき場所に帰ってきたのよ。」

 

少女の持っていた書類の中には『如月有紀』と名前が書かれている。その隣には元気がありそうな幼い黒髪に黒い瞳の少女

写真が貼られている。

 

「そう、『きさらぎゆうき』は本当はこう書くんだ。昔の私達は漢字、書けなかったもんね。」

 

少女はその書類の一ページを千切った。少女が本当に知りたかった事は彼女の名前では無い。少女にとってどんな字をしていても『きさらぎゆうき』は一人だけ。自分の命を救ってくれたあの勇敢だったあの子一人だけだった。

 

「貴女の親、漸く見つけられた。後はこの人たちの居場所を探すだけね。そうすれば、貴女を両親のもとに返してあげられる。もう少し待っててね。貴女を両親に会わせてあげる。そう、約束したでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

次の日。少女はいつも通り学校に通っていた。

 

「あ、如月さん。おはよう。」

「おはようございます。刈谷さん。」

 

刈谷裕子は結局『才能』が無いと言う理由で仮入隊が出来なかった。それでも彼女は諦める事が出来てないみたいだ。

 

「勉強してたの?」

「うん、防衛隊員はダメだったけどオペレーターとか技術者とかそっちを目指そうと思ってて。」

「どうしてそこまでボーダーに拘るの?」

「え、っと。あんまり恥ずかしいから言いたくないんだけど…。」

 

刈谷裕子のボーダーへの執着はどうやら家を壊されたところから来ているらしい。家のローンが残っている中で家を壊される。それはとても辛い事だ。そのローンの為にも刈谷裕子は親の手伝いがしたかった様だ。

他人を巻き込まなければただの美談で終わらせられていたのに。

少女は心の中でそうぼやいた。




お疲れ様でした。

東さんと三輪くんが出て来ましたね。
最初のうちはあまり原作キャラが出て来ないかもしれません。

感想などお待ちしています。

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