「ん?」
私は今、不思議な光景を見た。覚束ない足取りで食事を運ぶ5歳児の姿。食事は先ほど皆で取った。その食事を目の前の五歳児も取った。確かに迅がいなかったが、彼に態々食事を運ぶだろうか。私はそっと彼の後ろを付いて歩いた。ふと、カピバラがこちらを振り向いて来た。
「陽太郎ちゃん。」
「うわぁ!お、おどろかすなよ。れな。おれになにかようか?」
「特に用事があった訳じゃないんだけど、その食事何処に運ぶの?迅じゃないでしょう?」
「おう、ヒュースの所にな。」
私は彼の言葉を聞いて首を傾げた。
「ヒュース?」
「あふとくらとるのほりょだ。」
「捕虜…。そう言えば、居るんだっけ。捕虜。」
ヒュース、か。
「私も一緒に行っていいかしら?」
「おう、いいぜ。いっしょにいこう。」
私より小さかった彼がいる。11年も前の事だ。あの子も男の子だし、身長が大きくなるのは当たり前か。
「それ、私が持つわよ。零したら大変でしょう?」
「むむ、だいじょうぶだ。」
「はぁ、なら陽太郎ちゃんにお任せするわ。」
「まかせろ。」
私は彼の後ろを付いて歩いた。ヒュース、白いツノに明るい色の髪の少年。身長が110センチ程の頃しか知らないから私の中では未だに可愛いショタだ。そんな子が私より大きくなっているんだから何だか年月の残酷さを目の当たりにしそうだ。
「そういえば、もうだいじょうなのか?」
「何が?」
「れながぽんこうになっただろう?」
「ああ、まだ自分の中であまり整理がついてないけど一応解決したかな。」
「このまえのれなは、めにもあてられなかったからな。」
「ご心配をお掛けしました。」
「まったくだ!しのうとするなんて、つぎそんなことをするならしばらくれなのおやつはぬきだからな!」
プンプンと怒ったように頬を膨らませる陽太郎。私は笑顔でごめんね、と言った。そうすると反省の色が見えないと怒られてしまった。
「ほら、そんなカリカリしてると食事溢しちゃうよ?」
「む、あぶないところだった。」
陽太郎はまた慎重に食事を運んだ。
「ヒュース、しょくじをもってきたぞ!」
彼はそう言って部屋の中に入っていった。私もそのあとに続いた。そこには暗い色のパーカーを着ていて帽子を被っている少年。ベットに座っている彼は、こちらを向いている。日本人には見えない、外国人のような顔立ちの少年。
「ヒュース。」
私が名前を呼ぶとヒュースは驚いた表情をしてこちらを見上げてきた。
「姉さん…。」
そう呼ばれるのは本当に久しぶりだ。
「ねえさん?れなはヒュースのおねえちゃんなのか?」
「まぁ、そうね。血の繋がりは無いけど弟みたいに思ってるわ。」
「ほう、ではいきわかれのおとうとなのだな!」
「えっと、そんな感じかな?」
食事をテーブルに置いた陽太郎はとても嬉しそうな声で私に言った。
「ならきょうだいみずいらずだな。じゃまものはたいさんしよう。」
そう言って彼らは出て行った。
「別に、良いのに。」
私は出て行った彼を見送ってそう呟いた。
「姉さん、久しぶりだね。」
「えぇ、お師匠様から聞いたけど。本当に私より大きく成ってるなんて。昔はこんなに小さかったのに。」
「もう、10年以上も前の話だ。」
私は机の近くに在った4つ足の椅子を引いて彼の前に座った。
「どうぞ?と言っても私が作った訳じゃないんだけどね。今日は小南ちゃんが初挑戦したハヤシライスって言う食べ物よ。美味しかったわ。」
「ああ。」
彼は小南が作ったハヤシライスを食べた。スプーンでハヤシライスを食べるヒュースは可愛かった。笑みを浮かべて食べているのを見ていると視線を逸らされた。
「あまり見られると恥ずかしいな。」
「ふふ、ごめんなさい。可愛くって。」
私は頬に手を当ててそう言った。あまりいい気はしなかったみたいでヒュースは眉を寄せた。
「そんな顔しなくてもいいじゃない。」
「あまり嬉しくはない。」
「褒め言葉なんだけどね。」
私は手持ち沙汰になってしまった。私は微笑むとヒュースはハヤシライスに視線を向け、また食べ始めた。
「姉さんは、どうして玄界に?」
「ここがこの子の故郷だから。」
私はチョーカーに触れてそう言った。そう言うとヒュースはとても驚いた顔をした。数回瞬きをした後、そうかと言ってハヤシライスを食べる。
「その子の親は、見つかったのか?」
「えぇ、見つけたわ。」
「なら、帰ってきてくれるのか?」
私は視線を少しだけ下げた。私はどうしたら良いのだろうか。私はどう足掻いてもアフトクラトルに行く。それは決まっている事だ。でも、
「えぇ、アフトクラトルには必ず戻るわ。」
私の帰りたい場所は、もうあそこでは無いのだろう。
「恩返し、出来てないもの。大丈夫、ちゃんと貴方をあの人の所に帰してあげる。私に出来る事は全部やるわ。」
私は胸に手を当ててそう言った。
「ありがとう、姉さん。」
そう言う彼の言葉に私は笑みを浮かべる。
「あの人は元気?会った時からお人好しで少し心配になる人だったけど。」
「ああ、元気だ。姉さんも、元気だったか?」
「えぇ、勿論。あれ以来大きな怪我もしていないし。まぁ、お師匠様に斬られてまたお腹に穴が開いてしまったけど。」
そう言うと彼は眉を顰めた。私は彼を怪訝な表情で見つめた。
「姉さんはどうして玄界の味方をするんだ?今は彼らに雇われているのか?」
「玄界は私の故郷でもあるからね。」
「ここが、姉さんの故郷。」
「そう。此処が私の生まれた故郷よ。」
「でも、姉さんとは何だか顔立ちはここの奴らとは違う。」
「ここは日本って言う国でね、私はロシアって言う国に生まれたの。日本人は黄色人種って言って肌色が黄色いの。ロシア人は白色人種って言って肌の色が白いのよ。顔立ちも少し違うわ。」
そう言うと彼は怪訝な表情でこちらを見上げてきた。
「なら、どうして姉さんは日本にいるんだ?」
「私の生みの親はロシア人だけど、育ての親が日本人なの。ヒュースだって生みの親はあの人じゃないでしょう?それと同じ様な物よ。」
「そうか、なら。姉さんは、アフトクラトルに帰る事は無いんだな。」
「えっと、ごめんね。そう、約束したのに。」
「いや、主のもとで仕えられるという事は幸せな事だ。」
「あの人と貴方との関係とは少し違うんだけどね。」
私は苦笑いを浮かべながらそう言った。ヒュースはハヤシライスを食べ終わって食器をテーブルに置いた。
「どう?美味しかったでしょう?」
「まあまあだな。」
「そう?」
負けず嫌いの為、そう言っている。私はティッシュを取って彼の口についているハヤシライスを拭いた。むっとした顔をしたが私は気にせず、顔を拭いた。私はそんな顔を見て笑みを浮かべ、それから彼が食べ終わった食器を持った。
「これ、片付けて来るわね。」
「ああ。」
「あぁ、それから。耳のそれ、ちゃんと隠しておきなさいよ。見られたら大変よ?」
ヒュースは驚いた顔をして何かを言いかけたが、その間抜け顔のまま何も言わなかった。私はそんな彼を見てクスクスと笑って部屋から出て行った。台所で食器を洗った。
「おお、きょうだいみずいらずどうだった?」
「楽しかったわ。ありがとう、陽太郎ちゃん。」
「ふむ、くるしゅうない。」
食器を洗いそれを拭いて食器棚に戻す。
「むかしにくらべて、だいぶんかみがのびたな。」
「ん?そうね。面倒だったから4年くらい切ってないし。前、包丁で切ろうとしたら怒られて以来切ってないわね。」
「びよういんとやらにはいかないのか?」
「髪を切るのにどうしてお金を払うのよ、勿体ない。」
「れなはけちなのか?」
「別に。どちらかと言うと浪費家よ、私。」
私は陽太郎を見下ろしながらそう言った。ガチャガチャと開け辛そうな音を立ててから三雲修が入ってきた。何時も一緒の他の2人はどうしたのだろうか。そう言えば、食事の席に彼はいなかった。今頃食べに来たのだろうか。
「あ、神崎先輩。」
「お疲れ様、今頃昼食かしら?」
「えぇ、まぁ。」
「そう、温めてあげるから座ってなさい。…随分とお疲れの様ね。何をそんなに悩んでるの?」
私は置いてあった鍋に火をかけ、ハヤシライスを温め始めた。鍋の中身をかき混ぜながら私は三雲に目を向けた。
「いえ、次のランク戦の作戦を考えていて。」
「次は、何処とやるの?」
「えっと、荒船隊と諏訪隊です。」
「あぁ、荒船ちゃんと諏訪ちゃんの所か。これは何とも遠距離重視と近距離重視で作戦が色々とたて辛いわね。」
私は帽子を被っている同級生といつも煙草を咥えている大学生を思い出してそう呟いた。
「知ってるんですか?」
「うん、まあ。私は本部所属だし。荒船ちゃんとは同級生だしね。で、何をそんなに苦労してるの?」
「どんなマップが自分たちに有利かって考えていて。」
私は彼の言葉を聞いて、鍋から顔を上げた。
「ふぅん、そっか。でも、難しいわよ。スナイパーを3人も封じるのわ。」
「それは、分かってるんですが。」
三雲は難しそうな顔をして言った。私はハヤシライスを皿に乗せて彼の前に置いた。
「有難うございます。」
「どういたしまして。」
私は彼の前の席に座った。
「あの、聞いて良いですか?」
「何が?」
「神崎先輩ならどんなマップを選ぶかって事です。」
「私?私はどんなマップでやっても荒船ちゃんや諏訪ちゃんに負ける気しないからなぁ。でも、そうね。選ぶんだったら、どちらかが極端に有利なマップかしら。」
「どちらかが極端に有利なマップ?」
「そう。荒船隊も諏訪隊も隊の編成に共通点は無いでしょう?だから、どうしたって片方の対策はもう片方には通用しない。なら、どうするべきか。」
私はそう言って三雲に指を刺した。三雲は食べようとしていたハヤシライスを置いて考えているようだ。
「えっと、相手に対策を限定させる、とかですか?」
「うーん、まあ。50点かな。いい?戦闘に置いて大切な事は相手の不意を突く事よ。」
「相手の不意?」
「そう、相手が想像するようなこと以上に突飛な事をする事が重要よ。そうね、最近私が練習していた凸砂なんかもそうね。」
「とつ、すなですか?」
「そう、突撃するスナイパー。略して凸砂。スナイパーは突撃するべきでは無いと言う概念を取っ払った戦い方ね。」
三雲は驚いたような目でこちらを見てきた。
「そんなの、無茶なんじゃ?」
「まぁ、無茶と言うより無謀ね。でも、至近距離でライトニングを撃たれてガードの間に会う人間がどれ程いるかしら?例えば剣を振る要領でライトニングを振ってトリオン供給器官を狙って撃ったとして、ガードできたとするわよね?」
「はい。」
「でも、ライトニングは他のスナイパーと違ってトリオン消費量が少ない分連射が効くし、何より位置がばれるとかを気にする事は無いんだから何発でも打つことが出来る。供給器官がだめでも、そのまま腕とか足とかを持って行くことが出来るかもしれない。それに何よりスナイパーが自分の方に走ってきたら驚くでしょう?」
「そうですね。何か仕掛けがあるんじゃないかってそう思います。」
「でしょ?それに別にスナイパーを撃たなくていい。バックワームが使えないけど、アステロイドとかメテオラとか色々攻めの幅が広がるし。まぁ、攻めてる時点でバックワームは邪魔なだけだら私は着ないと思うけど。そんな感じでね、相手の想像以上な事をするのが大切なのよ。」
私は人差し指を立てながらそう少し得意げに言った。
「話を戻すわね。私の作戦だと相手が極端に有利だと不利な方はまず間違いなく狙われるわよね。たとえば射線が通らない場所なら比較的近距離な諏訪隊が有利だわ。そうなると諏訪隊は自然とまず、荒船隊を倒そうとするでしょうね。取れる点は確実に取らないとだし。そうなると自然に三雲隊は相手の視線から外れることになるわ。自分達から目をそらす事で不意を打ちやすくなる。白髪ならともかく、三雲ちゃんと雨取ちゃんは戦闘において使えるような駒じゃないからまずは相手がどう出るかの対策より、相手がどう自分から目をそらしてくれるかを考える方がいいと思うけど。」
「そうですね。ありがとうございます。」
「他に考えられるのは…。そうね、あえて自分達を不利にして相手に自分達を探させて敵をかち合わせる。それで削れた所を横取りするって言う『漁夫の利』作戦もあるけど…。まあ、基本は自分達がどれほど利益があるかより、敵にどれ程の不利があるのかと言うことを重要視すればいいんじゃないかしら?」
私は首を捻りながら考えていた。
「あの、本当にありがとうございます。」
「私の言ったことはあくまで、私なら出来そうな事よ。戦場で自分のできる事出来ない事を見誤ると何も出来ずに死ぬわよ。気をつけなさい。」
私は食べ終わった三雲の皿を奪うとそれを洗うために台所に立った。
「三雲ちゃん。」
「はい。」
「ちゃんと、助けてあげてね。雨取ちゃんの友達とお兄さん。」
「はい!」
そう、大きな返事をする彼を見て私は恐らく安心した。
お疲れ様でした。
感想お待ちしております。