nameless   作:兎一号

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漸くボーダー隊員が出せた…。




如月結城は不本意ながら仮入隊します。

少女は眠そうな目を擦る。あれから一週間夜中探し回った。その為、寝不足だ。

 

「眠そうだね、如月さん。」

「えぇ、そうね。日本語は少し難しくて…。」

「そっか、外国にいたんだもんね。凄いね、如月さん。夜遅くまで勉強してるんだ。」

 

女生徒はしみじみと言った。

 

「あ、そうだ。如月さん、知ってる?ボーダーが人員募集を始めたんだって。入隊はまだ先みたいだけど、仮入隊できるんだって。」

 

女生徒は少し興奮気味に言った。少女は少し頭を抱えた。もしかしたら私はこの一週間無意味な事をに時間を割いていたのではないだろうか。

 

「えっと、刈谷さんは興味あるの?ボーダーとか、近界民とか。」

「興味っていうか、ボーダーに入るとお金貰えるんだって。私の家、壊されちゃったからお金なくて。」

「家が…。それは、大変ですね。ご両親はそれを知ってるんですか?刈谷さんがボーダーに入りたいって思ってる事。」

 

少女は心配そうに言った。実際心配をしていた。訓練をしていない兵士なんて役に立たないし。それに少女は目の前の刈谷裕子が戦えるような人間に見えない。

 

「うん、両親にはまだ言ってないんだ。きっと反対されるだろうし。」

「流石にご両親に言わずにボーダーに入るのはダメなんじゃないかな?」

「で、でも。見学だけなら!見学だけなら、大丈夫かなって。」

 

なんだか刈谷裕子は必死の様だ。まぁ、確かに。家が無いのは大変だ。少女自身、アパートの一部屋を不法占拠している。一般人は不法占拠なんて考えないだろう。刈谷さんは元々東三門にある中学校に通っていたが、学校が壊れてしまった為、こちらに引っ越してきたらしい。引っ越してきた、と言うよりは避難所に住んでいるらしい。そこから学校に通っているそうだ。避難所に住んでいる人にとって大変なのは仕事を探す事と、家を探す事。

 

「それで、良かったら如月さんも一緒にどうかなって…。」

「私も?」

「うん、その良かったら…。」

「見学なら…。」

「本当、ありがとう!」

 

それでボーダーの内部事情を知れるのなら、と思った。しかし、それは自身の姿を一度さらすことになる。それが良い事なのか。少女は少しだけ考えたが、人員募集を始めたという事は現在十分な人間を確保できていない。というか、元々のボーダーの人間は一体何人いるのだろうか。その事も含めて少女は知らなければならないと思った。

少女自身はボーダーに入り、トリオン兵をやっつけてこの街の平和を守ろうなんて気はさらさらなかった。そんな気が起こるほど人間にはいい思い出は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、少女は購買へと飲み物を買いに行っていた。今回は盗みはしない。購買はあくまで学生や教員しか使わず、限定されている。万が一にも備えなければならない。

と言う訳で、生徒の財布から数百円を貰い少女は飲み物を買うのであった。彼女がかったのはペットボトルの紅茶。もう眠くて眠くてかなわないのだ。取りあえずカフェインを摂取することとした。コーヒーを述べばいいと思うかもしれいが、舌が子供の少女には難しい話だ。

 

「おい、邪魔だ。」

 

少女にそう言い放ったのはクセッ毛で髪がぼさぼさの少年だ。

 

「そこどけ。」

「あ、ごめんなさい。今避けますね。」

 

真っ黒な髪の少年。少女は笑みを浮かべ、自動販売機の前から避けた。少女はもう一口紅茶に口を付けて目の前の少年を観察した。少年の真っ黒な髪が少し羨ましく思った。自身も生粋の日本人のはずだ。少なくとも、記憶の中にいる親は両方黒い髪をしていた。その記憶が必ずしも正しいとは限らない。記憶は時間が経つにつれ、美化してしまうらしい。

 

「おい、言いたい事があんなら言えよ。鬱陶しい。」

 

少女は首を傾げた。確かに彼をじっと見つめてはいたがそんな事を言われるほどの事だっただろうか?少年はガシガシと頭を掻いた。

 

「えっと…。」

 

少女は困惑していた。別段彼に話したって何の問題も無い事だ。彼の黒い髪が羨ましいと思った。それだけだ。それでも少女の口からその言葉が出て来ない。少女は長い間一人で過ごしてきた。黒い髪を羨ましいと思っているのは少女であって如月結城では無い。だから、如月結城から少女自身の言葉を語る訳にはいかないのだ。それが少女が如月結城を演じるにあたって徹底的にしていた事だ。

 

少女が出したことはその場からの逃走だった。面倒事にはこれが一番なのだ。背後から少年が追ってこない事を祈りながら彼女は教室に戻った。

 

「どうしたの?如月さん。なんか疲れてる?」

「あはは、少し疲れたかな。そうだ、仮入隊はいつ行くの?私、詳しいこと知らないんだけど。」

「えっと、実はね…。」

 

刈谷裕子から出てきた言葉に少女は素直に驚いた。そしてなんとも図々しいというか、ちゃっかりしていると思った。刈谷裕子は少女の許可を取らずに勝手に申し込みしていた。少女が良いと言わなかったらどうしていたつもりなのだろうか。

 

「お、怒った?」

「怒ると言うより、呆れているわ。もう少し物事の優先順位を守った方がいいわよ。私への説明もそうだし、ご両親への説明も。」

「う、うん。ごめんね。」

「そう思っているなら、ご両親にはきちんと話す事よ。私の事は取り敢えず、もう仕方ないから。いい、約束よ。」

「は、はい…。」

 

少女は強く念を押した。もしかしたら今度は少女の目的に少なからず沿ったものだったから良かったものの次がそうではないかもしれない。面倒な事に巻き込まれるのはごめんだ。

 

 

 

 

 

 

 

3日後の土曜日、少女は刈谷裕子と共にボーダーの施設に行くことになった。見飽きたあの大きな建物は私の目の前にある。少女の中には、いざとなればボーダーに入り合法?的に幼稚園を探し出すという手もある。それでも、少女は出来ればそれを避けたかった。少女の中にはもう戦争はこりごりだと思っている。少女は誘拐されてから十年間戦争にもまれ生きてきた。少しは平穏な中で生きた。そんな細やかな願いがあった。

 

「楽しみだね!」

 

なんて隣でワクワクしている刈谷裕子に多少の鬱陶しさを感じながら少女は笑みを浮かべる。演じる事には慣れた。

 

「仮入隊に行くんだよ。それに仮入隊に行く場所が人命救助を行っている場所。もう少し、こう緊張感を持った方が良いよ。」

「あはは、ごめんね。」

 

全く人の話を聞いているようには見えない刈谷裕子。少女は呆れたように溜息を付いた。思っていた以上に見学者は少ないようだ。少女は一人の少年に目がとまった。あの子と同じ、黒い髪。瞳は少し色素が薄い。

 

「あの子、年下かな?」

 

少女の呟きを刈谷裕子は拾った。刈谷裕子は少女の視線の方を向いた。そこには同年代っぽい少年がいた。

 

「うちの中学の制服じゃないね。」

「えぇ、何処の子かしら。」

「あの子、気になるの?」

 

刈谷裕子はニヤニヤしながら少女に訪ねた。少女はそのニヤニヤの意味が理解できなかった。

 

「そうね、とても暗い瞳をしてるわ。悲しい事があったのね。」

「そう、なの?」

「勘、だけどね。」

 

案内されたのは大きな教室のような場所。ボーダーのロゴだと思われるものが書かれた旗が掛かっている。内装は思った以上にきちっとしている。まぁ、きちっとしていないと世間体が悪いか。座っている人たちを確認しながら少女は辺りを見渡した。

 

「試験開始5分前です。受験者の皆さんは席についてください。」

 

そして何故か私の前には紙が配られた。席が指定されていた意味がようやく理解できた。

 

聞いてない。

仮入隊に筆記試験があるなんて聞いてない!

 

少女は思わず少し離れて隣に座っている刈谷裕子を見た。刈谷裕子はとても申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。

少女には諦める以外の選択肢はなかった。しかし、やはり日本語は面倒だ。こんな事になるなら日本語を使っている国にも多少立ち寄ればよかっただろうか。いや、それでも結果は変わらないだろう。少女は己を奮い立たせペーパー試験に挑んだ。

 

恐らく、トリガーというものの存在を外に漏らさないためだ。トリガーについての情報をボーダーだけが独占する。その為の適性試験といったところか。

 

 

 

 

 

 

疲れた。まさかこんな事になるなんて。少女の心はもはや落ち着きを忘れていた。少女にとってここは敵地に等しいのだ。そんな中数十分とはいえ、慣れないことをするのは精神をすり減らす。

 

「次は面接だね。」

「私、もう帰りたい…。」

 

少女の本音が口からこぼれるほどには、少女は憔悴していた。一人一人どこかの部屋に呼び出されるようだ。少女の隣には先程の黒髪の少年が座っている。刈谷裕子は先に呼ばれていった。

 

少女は横目でその少年を観察した。俯き気味なその視線。恐らく大規模侵攻で家族を殺されたのだろう。昔の少女にそっくりだった。あの子が死んだ時の、少女に。

 

「如月結城さん。」

「はい。」

 

少女の名前が呼ばれた。少女は案内役の男性に案内され面接室に入った。そこにはスーツを着ている一人の男性がいた。白髪混じりの男性だ。彼の後ろには大きな窓がある。外は晴れているようだ。

 

「どうぞ、着席してください。」

「はい、ありがとうございます。」

「まず、仮入隊への志望の動機を聞きたいのですが。」

「はい、えっと…。すみません、学校の友人が勝手に私の仮入隊希望を出してしまったようで…。なので、動機は無いんです。」

 

少女は申し訳なさそうに言った。面接官も流石に驚いたようだ。

 

「では、どうして試験を受けに来たのですか?」

「実は電話をかけようと思ったんですが、ボーダーの電話番号わからなくて…。友達も教えてくれませんでしたし。私の意思ではありませんが、受けると連絡してしまった以上来ないのは失礼な事だと思ったので…。」

「そうですか…。一応、貴女は試験には合格です。どうでしょう?今回の試験はあくまでも仮入隊です。この機会にボーダーについて触れてみるのはいかがですか?」

「そう、ですね。私、この街に引っ越してきたばかりなので…。お役に立てることは少ないかもしれませんが…。よろしくお願いします。」

 

少女は思った。私はあちらに誘拐されて重宝される程のトリオン量を持っている。ならばそれはボーダーにとっても同じこと。私を逃したく無いのだろう。

数回のノックの後、入ってきたのは案内役とは別の男性だった。どうやら私はこれから何かをされるらしい。

 

「如月さんはこれから開発室の方に向かってください。そこで仮入隊できた方への説明を行います。」

「わかりました。」

 

少女は男性に案内されるまま後ろについていった。開発室と書かれた扉の向こうは色々な機械のある広い場所だった。

 

「では、よろしくお願いします。」

「はい、えっと如月さんだね。」

「はい、そうです。」

「色々説明しなきゃいけないことがあるからついてきてくれ。」

「はい。」

 

少女はボーダー内部へと入る事が成功した。




お疲れ様でした。

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