nameless   作:兎一号

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後半流血注意。

前回ほどではないけど。


神崎蓮奈と少女願い

キィン、キィンと剣がぶつかる甲高い金属音が鳴り響く。緑が綺麗な中庭。そして弾かれる剣。私の手から弾かれた剣は地面に突き刺さった。私は剣を持っていたはずの手を見た。手には痛々しい豆が出来ている。

 

「大分上達されましたね。」

「まだ一回も勝ててない。」

「それでも、最初の頃より大分長く私に向かって来られるようになったではありませんか。」

 

私の目の前にいる老人はそう優しげに言われる。私は納得がいかないと言った表情をした。

 

「もう一回、お願いします。」

「えぇ、お付き合いしましょう。」

 

私は飛んでいってしまった剣を拾い上げ老人の方を見据えた。剣をしっかりと両手で持ち老人に向かっていった。そして、また剣は弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今の彼は昔と違って剣を受けることは出来ない。受ければ、彼はトリガーを失うことになる。私を斬るのは本体では無く、あの円の軌道を描くブレード。そしてトリオン体でそのブレードを抑え込むのは難しい。でも、彼に剣で戦わないのはそれだけで負けた気がする。

 

「昔と比べて背も高くなりましたね。」

「十年も経てば高くなりますよ。お師匠様は相変わらずですね。十年たったと感じさせない辺りが。」

 

私は剣を軽く払った。そして真っ直ぐ目の前の老人へと視線を向けた。

 

「今回の遠征にはヒュース殿も来ているんですよ。貴女に会えたのならどれ程喜ぶ事か。」

「ヒュース、懐かしい名前だわ。そう、あの子も来てるんですか。私の中では未だにこれ位の背丈の子供のままですね。」

 

私はそう言って昔の彼の背丈を現した。

 

「今では貴女よりも背が高くなっていますよ。」

「それは、久しぶりに会ってみたいものね。」

 

それにしても白いブレードに黒い何かが付いている。恐らく鉛弾の痕か。あれがあるから軌道が見えているのか。元々どんだけ早かったのだろうか。剣だけでも厄介なのに見えない速さで回転するブレードとか。

 

「貴女はどうして玄界にいるんですか?故郷には帰れましたか?」

「ここが、私の故郷ですよ。お師匠様。だから、なるべくなら今すぐ帰って欲しいんですよね。」

「そうですか、貴女は玄界の生まれでしたか。だから、ここに残っているのですか?」

「だからでは無いですね。私をここに引き留めた子がいるの。ここにいたいと思わせてくれた子が。」

 

私は彼に向かって走り出した。ブレードの速さは彼の剣を振う速さよりは遅い。だから見える。ブレードを躱しながら、老人の方へ真っ直ぐ向かう。二本の剣でブレードを上手く受け流しながら。ブレードの所々が黒く変色し始める。

 

「貴女のトリガーの性能は厄介ですね。」

「お師匠様がそのトリガー持っている方が百倍厄介です。」

「いやはや、貴女は相変わらず速いですね。」

 

剣が届く間合いに入った。体を捻り、それと一緒に剣を振ろうとした。

 

弾印(バウンド)。」

 

私の上からブレードが降ってきた。それを避けるためにあの白髪の印と言うのを使わせてもらった。一度、円の軌道外に出た。

 

「それは先ほどの方のトリガーの。そうですか、彼のブラックトリガーの性能を盗んだのですね。という事は彼とはあまり仲が良くなかったのでしょうか?」

「今もそれほど仲は良くありませんよ。」

「では、どうして貴女は手を貸しているんですか?貴女はそう言う性格の人間では無かったでしょう。」

「私は守れなかった。その辛さを知ってます。だから、他人にはそんな思いをして欲しくないんです。」

「それは違うでしょう。」

 

目の前の老人はそう断言した。私は困った様に頭に手を当てた。

 

「そうですね、それは建前です。でも、良いでしょう。それくらい?」

 

私は友達を守れなかった。同じ様に誰かを託されて守られなかった時が恐ろしいんだ。同じ様に死んでしまうのが、私は結局守れないのだと思い知らされるのが、嫌なんだ。

 

「貴女は相変わらず弱いですね。」

「か弱くて可愛い女の子ですから。」

 

さぁ、もう一回行こう。次は軌道の違うブレードにも気を付けなければならない。私は彼らの撤退まで彼と遊んでいればいい。はてさて、一体いつ退却してくれるのやら。一応足からトリオンが溢れている。この老人にはこれだけでは足りない。腕の一本位斬られる覚悟を持たないとダメか。腕が一本減ればライフルが撃ちづらくなるから嫌なんだが。それにトリオンを無駄に消費できるような相手では無い。そして斬られた腕を付けるだけの時間はまずないだろう。

私はもう一度、老人の方へ向かっていった。私は男性の様に力強くない。だから私は速さでどうにかするしかない。ブレードを躱しながら、彼にまっすぐ走る。

 

「貴女は相変わらず真っ直ぐな人だ。」

 

忘れてはいけない。剣の間合いは彼の間合いだという事を。目の前の視界が上下にずれる。彼が握ってるのは剣の鞘。それは人を斬る物では無いのだが。

 

「それは!?」

 

私の体は直ぐにくっ付いた。剣が老人の右わき腹から斜め上に切り傷を作る筈だった。それは右手で抑えられてしまった。左に持った剣も同じ様に切ろうとしたが、流石に鞘で抑えられた。抑えられれば力負けするのは私の方だ。直ぐに次につなげなければ。剣を一旦仕舞、直ぐに同じ剣を出す。しかし、剣は虚空を斬るだけだった。

 

私は老人が逃げた方へ目を向ける。切った右手は既に切り落とされていた。

 

「そうでしたか、貴女がエネドラ殿を倒されたのですね。今のはエネドラ殿の泥の王の能力。これはまた、たいそうな物を我々は盗まれた。そして、私の星の杖も盗まれようとしている。これはますます、貴女を玄界に留めて置く訳にはいかなくなりました。」

「私を捕獲する様にでも言われたのですか?」

「えぇ、まぁ。貴女を回収か排除しろと。」

「それはそれは。楽しくなってきましたね。」

 

ブラックトリガーを使うのには相性がある。私のトリガーはその性能を盗むが、その相性も盗んでくる。そして扱うのにはやはり相性のいい武器を使った方がトリオンの消費は少ない。相性ガン無視でトリガーを扱うと大量のトリオンを持ってかれる。そして泥の王と言うトリガーは私とは相性が本当に良くなかったらしい。これだからブラックトリガーは困る。ノーマルトリガーの様な素直さが欲しい所だ。

 

昔から、この老人の余裕の表情を崩せたことはなかった。それが年季の差なのだろうか。経験の差なのだろうか。でも、そんな事を言い訳にしていると私はこの先、誰も守れない。必要のない人間は探してもらえない。追い掛けてもらえない。私は人に必要とされていたい。彼らに手を伸ばされ続けたい。その為には何が必要か。ずっと私はそれを探しながら生きている。他人に求められる為に。愛されるために。

 

私は大きく深呼吸をした。まだ、あの老人を倒せるイメージがつかめない。そしてあの老人に殺されるイメージしかわかない。私は生きて帰らなくてはいけない。そう言う約束をしたから。約束を守っている内は必要とされている。さて、あの老人をどうやって殺そうか。

 

「では、こちらから行きますよ。」

 

星の杖のブレードは私に迫ってきた。なんとか避けながら後退する。先ほどよりブレードが速く見える。私が疲れているということもあるのだろうか。

 

−−−ガキンッ

 

躱しきれず剣でブレードをガードしようとしたが、流石に剣の方が持たなかった。右側の頬に一線傷ができた。そこからトリオンが漏れ出す。それでも彼の攻めは止まない。兎に角この円から出なければ。私はこのままここで斬り刻まれてしまう。あの白髪のトリガーもそこまで相性が良いわけではないのだが。

 

弾印(バウンド)。」

 

少し遅かった様だ。右足が持っていかれてしまった。溢れ出すトリオンを見て私は眉を顰める。足はあの円の中。まず回収は出なさそうだ。そしてもう一度足を生成する分のトリオンはあるが、控えたい。私は鎧のトリオンで傷をふさいだ。左足と右手のない目の前の老人は相変わらず、そこに立っている。飄々としてこちらを見ている。機動力は落ちた。さあ、どうしようか。

 

「それでも、行くしかない。」

 

足がやられた分、先程の様に真っ直ぐ向かう訳にはいかない。私は姿を消した。もしかしたら、老人は私のサイドエフェクトに気付いているかもしれない。それでも今は相手に少しでも私を探させなければならない。あれが動揺するとは思えないけど。右足を前に出すとき、体重を右側の剣に預ける。それでなるべく早く移動する。老人は辺りを斬り刻み始めた。

 

「くそっ。」

 

そう、悪態をつかずにはいられなかった。こっちは片足が無いって言うのに。なるべく早く動け。あれに掴まる訳にはいかない。あれの死角が使用者の真下だって事は分かっている。でも、私にはその真下まで行ける余裕はない。そして真下から攻撃する術もない。私は結局、彼に突っ込むしかない。あぁ、それとも剣だけと言うのを止めようか。剣以外を使ってもあの老人が怒る事は無いだろう。でも、何だか本当にすごく負けた気がする。私は老人の右斜め後方へと回り込んだ。走れ、立ち止まるな。近界民を、殺せ!

 

外側のブレードは真っ黒に染まり、もうのろのろとしか動いていない。でも中心の方のブレードはまだ健在だ。あれらさえ、突破できれば…。視野が狭くなっていた私の瞳に二本のブレードが映った。それは確実に私の首を斬れる位置にある。そして運の悪い私は左足を滑らせた。目の前の老人はこちらを見ていた。その老人は本当に嫌な笑みを浮かべている。初めから私がこのルートを来ることを知っていたかのように。ブレードが近づく。それでも、もう私にはそれを防ぐ術はなかった。

 

―――あぁ、これは死んだかな。また、勝てなかった。

 

そう思って、私は諦めた。静かに瞳を閉じコンマ数秒後来るはずの痛みを待った。そして痛みが来た。しかし、痛みは首では無く、私の右腕だった。何かが私の右腕を引っ張ったのだ。そしてそのまま力任せに後ろへ投げられた。閉じていた瞳を開いて見た。そこには何故かラービットがいる。真っ黒な私のトリガーで制御しているラービット。どうして、これがここにいる?私はこんな命令は出していない。

 

「あっ…。」

 

私はラービットの後ろに確かに見た。もう声も忘れてしまった。顔も朧げで覚えているのは黒い髪に黒い瞳だった事だけ。背中まで伸ばした黒い髪を何時も一つに結っていた。赤いリボンがお気に入りの女の子。私より3つ年下の女の子。まるでスローモーションの様だった。

 

―――今度は、私がお姉ちゃんを守ってあげる。

 

少しだけこちらを見た少女はそう言った。

 

少女はいつだって私を守っていた。本当は知っていた。神様はいつだって平等に私の命も奪おうとしていた。それでも私が今だに死ねないのは、貴女のせいだって。貴女がいつも沢山のトリオンを敵から盗んでくるから。貴女がいつも沢山の武器を敵から盗んでくるから。私は死なないんだって。死ねないんだって。

 

―――生きてよ。生きて、私に教えて。人生の幸福を。

 

これはもしかしたら私の都合のいい妄想なのかもしれない。本当は私が生き残りたくて見ている想像なのかもしれない。本当は私がラービットにそう命じていたのかもしれない。

 

―――お姉ちゃんの幸福の形を、教えて。

 

少女がそう言う。それでも、もう一度彼女に会えたことがどれ程嬉しいか。目の前の少女は知っているのだろうか。私がどれだけ彼女を恋しく思っていたのか。大切に思っているのか。

ラービットはブレードによって腹のあたりを斬られてしまった。そしてそれはそのまま地面に伏せた。私はそのまま瓦礫にたたきつけられ、彼の死角に入った。

 

二度、彼女に助けられた命だ。立ち止まるな。目の前の老人を殺せ。それが、私の目標への一歩だ。私は今と反対の方向に走った。大丈夫、あの子の声はまだ聞こえている。そして老人に走って向かう。

 

「貴女は、本当に真っ直ぐな人だ。しかし、それだけでは私を倒せませんよ。」

 

私は二本の剣を老人に向かって投げた。それはそれぞれ老人の左右に刺さる。そしてあと一歩の所で私の体が、真っ二つになる。トリオン体にひびが入る。ボフッと真っ白な煙が辺りを漂う。

 

でも、間に合った。私の勝ち。

 

あぁ、初めてではないか?こうやって誰かにトリオン体を壊されるのは。何時だって、私を敗北させたのはこの老人唯一人だ。大丈夫、あの子の声はまだ聞こええる。私はそのまま生身で彼の方へ走って行った。

 

「っは。」

 

私の腹には一本の剣が刺さっている。

 

「貴女らしくない事をしますね。」

 

私は大量の血を口から吐き出した。そして彼の左手を掴んだ。

 

「?」

「つか、まえた。」

 

そう言って私は笑みを浮かべえる。そして彼の体が三つに切り分けられる。先程投げた剣を持っていたのは斬られたはずのラービット。

 

「これは、やられましたね。」

 

老人のトリオン体が崩壊した。剣が私の体から抜ける。そして後ろに倒れそうな私を支えたのはもう一匹のラービット。

 

「はあ、は…。」

 

口の中が鉄の味しかしない。

 

「自分の傷を治さず、ラービットを治していたのですか。これはやられましたね。しかし、私も周りに目を配っていたはずなのですが。」

 

そう言う老人に私は力無い笑みを浮かべた。

 

「そういう、サイドエフェクトだもの。初めて、引き分けたわ。」

「えぇ、全く弟子の成長に末恐ろしいものを感じます。行きなさい。」

 

私の視界はぼやける。

 

「行きなさい、弟子の死は見たくない。彼女を、宜しく頼みますよ。」

 

私を支えていたラービットは私を抱えると基地の方角へと走って行く。それを老人は見送った。

 

「本当に、真っ直ぐで困った子だ。」




お疲れ様でした。

感想お待ちしております。

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