nameless   作:兎一号

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神崎蓮奈の帰りたい場所、帰るべき場所

急行するとは言ったもののトリオン供給器官の破損は痛い。これはついた時には終わっていそうだ。仕方ない。装甲の一部を穴を塞ぐのに回すか。今、私の横にはボーダーの基地がある。本当に私頑張って走ったと思う。

 

「はぁ、ダメ。疲れちゃった。」

 

私は有紀にそう話しかけた。そしてトボトボと歩き出した。崩壊した町の中を歩く。それは、昔を思い出す。戦争中の国の外壁はいつもどこかにひびが入っていた。酷い所は人が住めないほど崩壊していた。そんな家の中に一晩隠れながら生きていた。食べ物も飲み水も何時も夜に盗んでいた。だからいつの間にか夜型になってしまった。それでも朝になれば食料を食べ、ルークスの兵士達から逃げる。それも簡単では無かった。向うの国は地続きになっている訳では無い。別の国に行くには必ず船に乗らなければならない。船に乗らねば、私達は一生その国にいるしかない。私達はただ、故郷に帰ると言う願いの元、歩いていた。そしてそんな思わない事が当たり前の些細な事でさえ、思う事を禁じられてしまった。

 

「私、良く思うの。私じゃなくて貴女が生き残っていたら、って。そうしたらきっと、私なんかより人生を楽しめたと思うの。ねぇ、どう思う?」

 

しかし、有紀は答えない。両腕で抱える有紀は未だ生暖かい。私は愛おしそうに髪を撫でる。

 

「ふふ、どう思っても遅いんだって分かってるのよ。でも、思わずにはいられない。神様は未だに私の命をここから奪ってくれない。私はまだ生きている。」

「貴女の命をあそこで奪ったのに。」

 

私はギュッと顔を胸に押し付けた。もう、思い出せるのは白い灰になって風に吹かれて消えてしまった彼女だけ。どうして私を連れて行ってくれないの。あの子の命はあの時奪ったのに。

 

頬を伝った涙に触れた。

 

「仮面、あそこに置いて来てしまったわ。」

 

世界はまるで悲しみなど知らぬように、絶望など無いかのように明日が来る。私は今日のままでいたいのに。昨日のままでいたいのに。先に進みたくないのに。世界は私を置いて先に進む。空を見上げた。真っ黒な雲が漂っている。流れる事をせず、そこに留まっている。

 

「貴女の瞳を通して世界を見ている。そうしたら、貴方が世界を見ているんじゃないかって。私の体を使って貴女が生きているんじゃないかって。もし、そうならよかったのに。」

「行かなきゃ。世界は、待ってくれない。ねぇ、有紀。」

 

立ち止まっていた私はまた歩き出した。

 

「でも、ごめんなさい。有紀。私、貴女以外に大切なモノを作ってしまったの。本当に貴女以外にはどうでもよかったのよ。でも、どうしてだろう。出会って、1ヶ月もしていないのに私を気に掛けてくれたの。」

「嬉しかったの。人はとっても温かい。」

 

私は持っていた首を唇に近付けた。

 

「貴女は、もう温かさを感じる皮膚があればいいのに。彼らの手を取れる手があればいいのに。彼らに言葉を伝えられる口があればいいのに。」

 

そう、思わずにはいられない。切り替えの早さが大切だと、私は三輪に言った。でも、きっと。切り替えられていないのは私なんだと思う。私が一番、切り替えられていないんだと思う。

私は次の戦場に期待していた。次の戦場では、自分が死ねる事を期待していた。私はいつでも死を待っていた。そのはずなのに。

 

「どうして、躊躇うの。」

『蓮奈は、兄さんみたいに死なないよね。』

「そう言えば、約束したんだっけ。1時間も経っていないのに、忘れてたなんて言ったら怒るかしら。」

 

思い出せば、心が温かくなる。彼女の言葉。声が頭の中で再生される。優しい普通の少女の声。自分より3歳年下の黒い髪に黒い瞳の少女。

 

ごろっと、私は手に持っていた頭を落とした。

 

『俺も、お前を救えたらいいんだけどな。』

 

思い出せば、感情が溢れて来る。彼の言葉。声が頭の中で再生される。優しい普通の少年の声。自分よりも3歳年下の黒い髪に黄色い瞳の少年。

 

「貴女にも彼らの声が聞こえていればいいのに。早く終わらせて、帰りましょう。」

 

私はまた走り出した。あまり歩いていると色々と面倒そうだ。途中のトリオン兵をちょこちょこ切りながら先に進んでいた。損傷してしまったトリオン供給器官の修復にはまだまだ時間が掛かりそうだ。ピョンピョンと屋根の上に乗った。遠くで建物が切り落とされるのを見えた。

 

「うっわぁ。なんか嫌な予感がする。しかもあっちって市街地じゃない。危険区域の外で戦闘なんて、嫌だなぁ。」

 

ボーダーのトリガーでもあんな広範囲を斬るトリガーはない。白髪のトリガーの事は良く分からないが、あれには斬る事を得意としているようには見えなかった。もう、出し惜しみはしていられない。東側には太刀川がいるらしい。太刀川がいるならそこまでラービットをそこまで残しておく必要はないか。二体くらい残しておいて三体分のトリオンを回収しておこう。

 

「大分ましになったわね。」

 

それでもトリオンが完全に回復しないのは最初の砲撃と黒髪にトリオン供給器官を破損されたのが痛い。黒髪に関しては完全に私が遊んでしまったせいか。

 

「ん?あれは…。」

 

すごい勢いで何かが飛んでくるのが見える。

 

「あの浮遊物、あんなに急いで何処へ。」

 

その浮遊物を見送る。彼には私を気にしている時間が無いのか、それとも私に気付いていないのか。彼は私の来た方を戻っている。

 

「基地に何かあるかしら。忍田さん。」

『どうした、神崎?』

「白髪のトリオン兵が基地に向かって飛んでいったけど、何かあったの?」

『実は最初の爆撃型トリオン兵によって通信室の機材が一部故障したらしい。そのせいで通路が開かず、C級隊員が直接基地に向かっている。その中に三雲隊員がいる。そこをブラックトリガーに襲撃されているようだ。』

「大丈夫なの?そっちに向かった方がいい?」

『いや、出水隊員が足止めをしている。それに狙撃部隊ももうじき配置につく。神崎はそのままその先のブラックトリガーの相手を空閑隊員と協力して撃破してくれ。』

「神崎、了解。」

 

でも、あの白髪が態々トリオン兵の本体を向かわせるほど、あちらの状況は切迫しているのではないだろうか。唯の杞憂だろうか。

 

「あーあ、嫌な予感がする。」

 

大分近づいて来た。ビルの上に立つと見えたのは白髪と背の高い老人。懐かしい、後ろ姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大分、怪我も癒えてきたね。」

 

私にそう言うのは角の生えた人間。彼は私に微笑んで言う。彼らが私と同じ人間では無く、別の人種である事は分かっていた。アフトクラトルと言う国らしい。幼少の頃に角を植え付け、後天的にトリオンが多い人間を作り出しているらしい。

私は自分の腹を撫でた。最後に覚えているのはあの国の人間を全て殺してトリオンが切れて換装が解けた瞬間、後ろから撃ち抜かれた。私を後ろから撃ったのは恐らく彼の国なのだろう。そして私をどうして助けたのだろうか。私がブラックトリガーを持っているからだろうか。

 

 

 

「食事を、お持ちしました。」

 

ベッドの上に座ていると、お昼の時間になったらしい。そう言って何時も食事を運んできたのは小さな子供だった。有紀よりも幼い子供。その子には白い角が生えている。

 

「今日も持って来てくれたのね。」

 

食器を乗せたお盆の端には綺麗な黄蓮。そう言うと少年は照れたように頬を掻く。

 

「出来れば、花瓶があると良いわね。華は直ぐに枯れてしまうから。」

「花瓶?」

「そうお水を入れられるコップみたいな物よ。」

「わかった聞いてみる。」

 

蓮の花を撫でる。良く見ると少年の服はぬれていた。

 

「あなた、これを取ってくるのに水の中に入ったの?びしょ濡れよ。」

「べ、別にどうでも良いだろ!」

「風邪をひくと大変よ。着替えてきたらいいわ。」

 

ゆうきのような可愛げは無かった。生意気な男の子だった。それでも私の為に花を持って来てくれた。彼の頭に手を乗せると柔らかい、子供の髪を撫でる。

 

ある日の事だ。傷が塞がり、リハビリの為と言われ、広い中庭で少年の剣の稽古に付き合わされる日々が続いていた。

 

「今日は偉い人が来るんだって。」

「偉い人?」

「うん、国の中でとっても偉い人。」

「それ、私に言っていいの?」

「どうしてそんな事言うの?姉さんは俺達の国に住むんでしょ?」

 

剣を片手に首を傾げて少年は尋ねてきた。純粋な子供にどういっていいのか分からなかった。私には約束がある。だから、何時までもここには居られない。

 

「私は故郷に帰らなきゃいけないの。故郷に帰って、親を探してあげなきゃいけない子がいるから。」

「その子は何処にいるの?俺にも手伝える?」

「その子は死んでしまったわ。だから、もう私が探してあげるしかないの。いたっ。何するの。」

 

私が遠くを見つめながら言うと少年はムスッとした顔で私の足を棒でたたいて来た。

 

「何だか、姉さんが死んでるみたい。ねぇ、もっと稽古しよう。姉さんはいつかいなくなっちゃうかもしれないけど、故郷に帰ってその子の親が見つかったら姉さん、戻ってきてくれるでしょ?」

 

期待に満ちた目で少年は見上げて来る。私の答えをずっと待っている。

 

「そうね、やる事が終わったら。ここに()()()もいいかもしれないわ。」

「本当!?約束だよ。帰ってきたらまた稽古付けてね。姉さん。」

 

そう言うと少年は嬉しそうに剣を打ち込んできた。5、6歳の年の差があった。当時の私は11歳。そんな少年の剣など接近戦が得意で無かった私にも簡単に剣を飛ばす事が出来た。

 

「あ…。」

 

剣を飛ばした先には老人がいた。私は老人の方へ走った。

 

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりお嬢さん。剣の心得があるのですか?」

「いえ、心得なんて。唯の独学で。指導は受けた事はありません。」

 

顔に深い皺のある背の高い男の老人だった。背の低かった私はその老人を見上げた。余裕そうな笑みを浮かべる老人。うしろから少年が付いて来た。老人は剣を拾い上げ、私に剣を渡してくれた。

 

「行きましょう。次は気を付けます。」

「お嬢さん。」

「…、何ですか?」

「私も一緒に稽古をしても宜しいでしょうか。」

「失礼ですが、私達は貴方について行ける程の腕はありませんよ。」

「おや、私の腕をご存じなのですか?」

 

老人は飄々と尋ねて来る。私は首を振った。

 

「いいえ、しりません。でも、分かります。貴方は私が会った中で一番、強い人だ。」

 

目を細めていた老人は少しだけ瞳を開いて私を見降ろした。

 

「貴方の手の剣だこ。剣を拾ってくれた時見たわ。トリオン体じゃないのに、それだけのたこが付いてるって事は沢山練習してるって事。そんな人に勝てる程、私は戦闘になれている訳じゃない。」

「お嬢さんは、良い目を持っているようだ。」

「別にそうじゃないよ。ただ、自分を守れるのは自分だけって話だよ。他人は肝心な所で手を貸してはくれない。」

「俺はそんな事無い!」

「はいはい、そうですか。」

 

私は少年の頭に手を乗せながらそう言った。

 

「面白い。私が手を貸してあげましょう。感心な時にお嬢さんがお嬢さん自身を守れるように。私はヴィザ。お嬢さんの名前は、何というのですか?」

「私には、名前はないわ。だからこの子も姉さんって呼ぶし。あぁ、でも。そうね、namelessって呼ばれていた事があったわ。」

「nameless。名前が無い為に何物にもなれない者の名。だが、お嬢さん。きっと貴女にはそれが似合っている。名前が無いという事は、名前のある者の仮面を被れるという事なのだから。」

 

私には老人、ヴィザの言っている事が分からず首を傾げるばかりだった。

 

「あぁ、行きましょう。nameless。剣の稽古を付けて差し上げます。」

 

 

 

 

 

 

 

私はライフルを取り出した。あの老人には大きな弾より速い弾の方が良い。威力が少なくとも、彼にはトリオンを回復する術を持っていないのだから。しかし、あのマントが邪魔だな。それに周りをクルクル回っているトリガーも。

 

―――ズドンッ

 

重たい音が鳴る。

 

「これは…。」

 

足に命中した。ヴィザがこちらを振り返った。建物の屋上に立っている私を彼は見上げた。彼は素早く撃った足の上を斬り落とした。流石、私の事をよく知っている。

 

「そうでした、そうでした。貴女は元々、狙撃が得意でしたね。」

「神崎先輩。」

「カンザキ、センパイ。そうでしたか、今はそう名乗っているんですね。nameless。」

 

私は屋上から降り、ライフルから剣二本に持ち替えた。

 

「nameless。懐かしい名前だわ。お久しぶりですね、お師匠様。」

「えぇ、お久しぶりです。10年ぶりくらいですかね。玄界で可愛い弟子に会えるなんて。いやはや、運命とはなんとも気まぐれな事でしょうか。」

「師匠?弟子?神崎先輩。このブラックトリガーと知り合いなの?」

 

白髪がそう尋ねて来る。

 

「教えてあげてもいいけど、貴方はその前に助けなきゃいけない人がいるんじゃないの?」

 

そう言うと白髪は眉を顰めた。

 

「行きなよ。私のブラックトリガーは共闘には向いてない。それに守りたいものは自分の手で守らなきゃだめだ。友達が待ってるんでしょ?私は、守れなかった。誰にも同じ目には合って欲しくない。」

 

白髪はちらりとこちらに目を向ける。

 

「勝てる策でもあるの?」

「さぁ、分からないわ。昔から、一回も勝てた事無いもの。勝つところも想像できない。でも、足止めならできるわ。足止めには、足止めを当てる。それだけの事よ。」

「ありがとう、神崎先輩。」

「貸一つよ、白髪。」

 

白髪が私の横を抜けて基地の方へ走って行く。

 

「まだここにいてくれると助かったんですけどね。」

「久しぶりに、稽古を付けて下さいよ。お師匠様。」

「仕方ありませんね。えぇ、良いでしょう。しっかりと扱いて差し上げますよ。」




お疲れ様でした。

感想お待ちしております。

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