nameless   作:兎一号

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後半流血注意です。

苦手な方は気を付けて読んでください。


神崎蓮奈と黒い髪の幻覚

私はビルの屋上から下の階にいる真っ黒な髪の青年を見下ろした。

 

「外れかと思ってたが、当たりだったか。まさか戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)がこっちに来るなんてな。」

 

彼は嬉しそうな顔でこちらを見上げて来る。ふむ、彼はどうやらとても好戦的な性格らしい。

 

「私の事を戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)だって知ってて戦うのね。」

 

ライフルを取り出した。あぁ、何故だろうか。相手はブラックトリガーなのに負ける気がしない。負ける筈が無いとそう思わずにはいられない。久しぶりの高揚感。口元が上がってしまいそうだ。私は左手で口元を抑えた。昔は私だと知ると逃げてしまう兵士が多かった。そのせいだろうか。私を私と知っていて向かってくる彼と出会えたことがとても嬉しい。

 

私の心が叫ぶんだ。殺せ、殺せと。全てを殺せ、と。興奮からか手が震える。血が湧きたつような戦闘がこれから行われる。

 

「さぁ。」

 

興奮のあまり声が震える。

 

「遊びましょう。」

 

口角を上げて私は青年を見下ろした。仮面の左側にはきちんと気体化したトリガーが見えていた。さて、彼はどんな絶望を見るのだろう。私には彼の不意打ちは見えているし、彼の大切に隠している物もきちんと見えている。此処まで割れていると遊ぶのは少し詰まらない。しかし、これを倒すとあのラービットを飼う事を検討してくれるそうなのでほどほどに遊んで、倒してしまおうか。

 

下からブラックトリガーが迫ってくる。私は右足を一歩引いた。そこから相手のブレードが出てくる。擦れ擦れで私は躱す。相手は眉を顰める。風は上から彼の方へ流れ込んでいる。あの気化したトリガーが上がってくることはない。下からの攻撃を全て避ける。

 

ふむ、攻撃的な性格なのに接近系統の相手では無いから中途半端な距離で戦ってしまっている。あぁあ、中距離戦を得意としているブラックトリガーか。これは詰まらなくなりそうだ。

でも、彼の髪、綺麗な黒い髪をしている。あの子と同じ、綺麗な黒髪。あれ、欲しいなぁ。

 

ライフルを構えて撃ってみるが、彼の体に穴が開くだけでダメージが入っているようには見えない。

 

「ちょこちょこ逃げやがって!降りて来いよ!」

「ふむ、貴方の間合いは面倒ね。」

 

私は大げさに溜息を付いた。そう言うと彼は眉を顰めた。武器のネタが割れる。それはどんな戦況であっても避けたい事だ。ネタが分からないだけで風間がやられたみたいにどんな相手でも喰える可能性が出て来る。

 

「そう言えば、さっき風間ちゃんにこう言ったらしいわね。『俺はブラックトリガーなんだよ』って。その言葉、そっくりそのままお返しするわ。私もブラックトリガーよ。もっと楽しませてよ。」

「玄界の猿が!」

「女性に向かって猿なんて、まずは口の聞き方から叩き直してあげるわ。」

 

私は銃口を彼の方に向ける。沢山のトリオンが地面を這う。しかし、先ほどの屋内戦闘とは違い、私がいるのは屋外。来るとしたら下からしかない。

 

「上から見下ろしやがって!」

 

彼はそう言って私の立っていた場所を崩しにかかった。ぴょんっと後ろに下がる。彼は本当に見下ろされている状態が気に入らないらしい。私は下に降りた。天井には大きな穴が空いた。彼の上だけではなく、大きな穴だ。空気は上から入ってきてる。私の方に気体化させたトリガーを送るのは難しい。

 

『神崎。』

「はいはい、こちら神崎。」

『その人型近界民には物理攻撃は通用しない。気をつけろ。」

「……、なぁんだ。」

『神崎?』

「物理攻撃無効なら、詰まらないじゃない。」

 

相手が苦しむ様が見られない。1か0かしかないのならすぐ0にしてやろう。もう少し遊ぼうかと思ったが、こんな詰まらない相手ならさっさと殺してしまおう。私は彼にライフルを向けた。

 

「お、何だ?漸くやる気になったか!戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)!」

「いいえ、逆よ。やる気が完全にそがれたわ。」

 

私はそう言って彼の方へ走って行く。私は下や上から出て来るブレードを躱していく。見えていれば、何にも問題はない。問題なのは気体化したトリガーか。まぁ、戦争だ。多少の損傷は覚悟しようではないか。持っていた物をライフルから剣に変える。二本の剣でブレードを切りながら前に進む。

 

「何で止まらねぇ!」

「っ。」

 

私の胸から彼のトリガーが貫いて出て来る。流石に気化した全てのトリガーを侵食するのは難しいか。私のトリガーは私のトリガーに接触していなければ侵食することは出来ない。しかし、私に触れてしまえばその限りでは無い。トリガーも黒く染まって行く。それでもトリオン供給器官が損傷した。トリオンが勢いよく漏れる。それでも私は足を止めない。前に進め。敵は目の前だ。あと少しで

 

「殺せる。」

 

進め、あと一歩だ。あと一歩だ。殺せ、誰一人。自分の敵を、私達の敵を生かして帰すな。

 

剣が相手の体を掠める。しかし、彼は笑っている。どうして笑っていられるのだろうか。私の右手に握っている剣が彼の体をすり抜けたからだろうか。無意味だと嘲笑いたいのだろうか。それは何とも滑稽な事だ。我慢できなくなって、私の口角が上がる。瞳は相手の弱点をしっかり見ている。

 

「なにっ!?」

 

―――ズドンッと、重たい銃声がした。

相手のトリオン体が白煙を上げて解かれる。私の左手に持っていたのは剣では無くて先程仕舞ったはずライフルだった。

 

「くそぉっ。」

「ごめんなさいね。最近、凸砂にはまってるの。」

「さて、これからが楽しいわ。じっくりと嬲り殺してあげる。」

 

私は仮面を外した。彼はもうトリオン体では無い。あの仮面を通してみる必要はない。軽い音がして仮面が地面に落ちる。ライフルを仕舞い、先程の剣を取り出した。二本の剣を引き摺りながら地面に倒れている青年に近付いた。

 

「お前、まさか!?」

 

私は彼の体を踏み付ける。

 

「あら、私が戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)だって知ってるんでしょう?私の敵は全て死ぬの。さぁ、楽しみましょう。貴方はどんな声で鳴くのかしら。ねぇ、お猿さん?」

 

彼女の目がスッと細くなった。大きく振り上げた手がそのまま彼の体目掛けて振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤で、思い出されるのは二つ。守れなかった少女の血と、少女を殺した国の奴らの血。どちらも同じ赤なのに、同じに見えない。同じ赤色のはずなのに。恐らく、赤の意味が違うのだろう。敵と味方の赤。少女の血はあんなに鮮やかな赤だったのに、どうして彼らの血は濁っていた見えていたのだろうか。

 

グシャ、グシャと、肉を叩き潰す音が聞こえる。あちらこちらに肉片が飛び散っている。それを見降ろしている彼女の口角は常に上がっている。足元は一面が赤く染まっている。

 

彼女はポタ、ポタ、と流れ出る真っ赤な色を液体を見詰めながらそんな事を考えていた。その手には真っ黒な長い黒髪の頭。手の鎧についた血を口に含む。そう、この味だ。勝利の美酒とはこういう味がするものだ。

心にしみわたるこの暖かい何か。

 

「あぁ…。」

 

思わずこぼれた溜息。血の付いた手で自らの鎧を撫でた。二本の剣が突き刺さった人だった物を見る。首は支えるものを失い、今も絶えず真っ赤な液体を流し続けている。

 

「ふふ。」

 

彼女は最早息をする事さえ忘れてしまった頭を拾い上げた。真っ直ぐできれいなあの子と同じ黒髪。斜めに切られた前髪。瞳の色が黒で無い事が残念だ。彼女は流れるように顔の輪郭を撫でた。血の気が失せた顔は彼女の鎧のせいで新たに一線の傷を作った。彼女はその傷に舌を当て、流れてきた血を舐め上げた。

 

「ふふふ。あぁ、これで一歩目標に近付いたわ。」

 

彼女は口で大きく息を吸いこんだ。鉄分を多く含んだ空気が彼女の肺を満たす。この匂い。思い出す。今となっては懐かしい名前だ。nameless。名前を持たないが為に、何者とも別な存在。何者にもなれない彼女は人を殺す兵器になり下がった。

あの頃、誰も教えてくれなかった。人を殺すという事は、自分を殺すという事と同じなのだと。自らを殺し、namelessは生まれた。乾ききった彼女にせめてもの潤いを齎す為に。

 

「さぁ、次よ。次は、誰を殺そうかしら。」

「貴女を殺した悪い奴らはお姉ちゃんが、全員殺してあげるからね。」

 

彼女は大事そうに角のついた頭を抱え、それを撫でながらそう言う。ブゥン、と音が鳴って彼女の後ろに黒いゲートが開く。そして息を飲む音が聞こえた。ゲートの向うから見たのは首が無く体中に刺し傷のある元同僚。そしてその元同僚の首を大切そうに撫でる女。

 

「新しい子、かしら。」

「こちらが、エネドラを始末する手間が省けたわね。」

「エネドラ…。そう、この子はそう言う名前なのね。」

 

彼女は頭を優しく撫でる。そして頬をすり合わせた。角付きの彼女はなるべく動揺を悟られない様に気丈に振舞った。

 

「持って行きたいものを持って行ったら?私には、もう必要のないものだから。」

 

そう言うと角付きの女性は眉を顰めた。

 

「その代わり、貴女の頭も頂戴?貴女は赤い髪だから、この子みたいに大事にはしないけど。」

 

彼女はエネドラの髪に唇を触れながらそう話した。彼女は角付きの女性の方を向いた。整った顔には血が飛んでいる。唇の辺りは真っ赤に染まっている。良く見れば黒い鎧も赤い血がしたたり落ちている。滴る血がエネドラが死んで間もない事を示していた。青い瞳は真っ青で、奥に引きずり込まれそうになる。彼女から目を離せない。異様だった。彼女だけが現実から切り離された様な、そんな感じだった。

 

「怖いの?手が、震えてるわ。それとも、興奮しているのかしら。貴女も遊ぶのが好きな子?」

「ふざけてるの?」

「ふざけてな…。」

 

角付きの彼女の攻撃で彼女の頭と胸に何かが突き刺さっている。角付きの彼女は笑みを浮かべた。トリオン伝達脳とトリオン供給器官を破壊した。そう思った。しかし、彼女は動いた。角付きの彼女の攻撃をすり抜けるように。そう、泥の王を使っていたエネドラの様に。

 

「便利な能力ね、それは。でも、楽しくないわ。痛みも、何もあったもんじゃない。もう一生使わないかも。」

 

自分には必要ないもの。確かに、彼女には必要なさそうな物だ。自分の手を見詰めて詰まらなさそうな顔をしている。彼女は頭を抱えたまま剣二本を持った。

 

「どうしたの?来るの、来ないの?」

 

角付きの女性はちらっとエネドラの死体を見た。そして彼女はあぁ、と声を出した。そしてエネドラの死体を彼女の方へ蹴飛ばした。角付きの彼女はそれから素早くブラックトリガーを取ると何処かへ行ってしまった。

 

「あら、詰まらないわね。まぁいいわ。黒髪が手に入ったんだし。」

 

そう言って彼女はうっとりとした瞳でエネドラの顔を見た。今度は傷つけない様に頬を撫でる。未だにエネドラの頭から血が流れている。彼女の手を、腕を伝って地面に流れている。

 

『神崎!!』

 

耳を劈く様な大きな声が彼女の耳を刺激した。そのせいで折角浸っていた空間から意識が引き戻された。

 

「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。どうしたの、忍田本部長。」

『どうしたの、では無い!どうしてそいつを殺した!?そいつを捕虜にすれば、この戦いも終わっていたかもしてないんだぞ!』

「まさか、あり得ないわ。そんな事、あり得ない。忍田本部長、私はね戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)なのよ。私の敵は全員殺すの。そう、決まっている事なのよ。それに、ブラックトリガーを回収していった女が言ってたわ。『こちらが手を下すまでも無かったか。』って。それってこの子を私が殺さなくても死んでいたって事でしょう?どちらにしろ、使えなかった事には変わりないわね。」

『神崎。』

「はい。何でしょうか司令殿?」

『南西地区に人型近界民が二人いる。そいつらを片付けろ』

「南西地区、遠いなぁ。時間かかるわよ。」

 

私は耳に手を当てながらそう言った。

 

『かまわん。』

「トリオン供給器官が破損してるから、治すのにも時間が掛かるし。」

『いいから行け。』

「殺しても怒らない?」

『生かすも殺すも、お前の好きにしろ。ただし、敵のトリガーを奪うのを忘れるな。』

『城戸さん!?』

 

彼らには見えていないのだろうけど、私は笑みを浮かべた。

 

「神崎、了解。現場に急行します。」

 

私は首を大切に抱えて南西の方を向いた。

 

「さぁ、行こうか。沢山殺しましょう。可愛い可愛い、私の有紀。」

 

私はそう言ってエネドラの顔(有紀)に口づけをした。そして南西へと走って行った。




お疲れ様でした。

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