nameless   作:兎一号

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神崎蓮奈はペットを飼いたい

ラービットの肩のような部分に座り、私は家の屋上から辺りを見渡した。

 

「あれは、東さん?」

 

また、ラービットだ。私はラービットから降りた。

 

「行けるでしょう?」

 

ラービットは私の言葉を聞いて白いラービットの方へ走って行った。それはまるで獣の様だ。機械であるはずなのにそれは呻き声のようなものを上げている。そして東の近くにいたラービットに噛みついた。噛みつかれたラービットは激しく抵抗する。それでも組み付いたラービットは離さない。

『共食い』。私はこの光景をそう名付けた。的は射ていると思う。トリオン兵がトリオン兵を喰う。そして喰われたトリオン兵はまた、別のトリオン兵を喰う。戦争が終われば、トリオンを私に還元すればいい話だ。ネズミ算式に自分の仲間が増えて行く。ただ、増やし過ぎればコントロールするのは難しい。味方が私以外なら私以外を喰えと言えば済む話なのだが、今は味方が多い。それだけが少し厄介な所だ。

 

「東さん。」

「神崎。この状況を作ったのはお前か?」

「そうよ。あぁ、もう終わったか。私次の所行くね。東さん、気を付けてね。」

 

私は二体になったラービットを引き連れて、また家の上に飛んだ。新しく来たラービットはどうやら相当なダメージが入っていたらしい。

 

「安心して、治してあげるから。」

 

私がラービットの傷を撫でると傷は綺麗に塞がった。そしてそれは先程撃ち抜いたラービットにも行った。ラービットは私を持ち上げると肩に私を乗せた。

 

「さぁ、次は何処に行こうかしら。」

 

ラービットは屋根伝いにピョンピョンと跳ねながらライフルでトリオン兵を撃って行く。自分で走らなくていい分これは楽だ。

 

そんな様子をスクリーンで観ている存在達がいた。

 

「おいおい。こりゃ、どういう事だ?ラービットが盗まれてんじゃねぇか。」

 

真っ黒な髪の青年がそう言う。その声音に焦りはない。どこか楽しげだった。

 

「ミラ、これは。」

「トリオン反応からブラックトリガーだと思われます。」

 

ミラと呼ばれた女性に尋ねた男がそうかと答えた。。映像には次々とトリオン兵を撃ち落とす女性の姿が映し出されている。その狙撃は正確で今まで一発も外していない。それは最早作業と化していた。相手にもならないと言った感じの騎士の女性をそこにいる6人が観ていた。

 

「これは…。」

「お、ヴィザ翁。何かご存知か?」

「いやはや懐かしい。エリン公の屋敷で会ったのが最後でしたな。」

 

ヴィザ翁と呼ばれた老人がそう言った。その言葉に遠征の指揮官は表情は崩さずヴィザを見た。

 

「彼女は恐らく『戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)』でしょう。もう十年以上会っていませんが、立派な女性に成長したようですな。」

 

ヴィザは懐かしそうにそう言った。自分の二分の一の身長もなかった金色の髪の少女。瀕死の重傷だったが、何故か救われた少女。エリン公が何を考えていたのか、ヴィザが知る由もない。ヴィザの向かいに座っているヒュースも彼女を見ていた。

ヒュースは無自覚に眉を顰めた。彼には想像がつかなかった。目が覚めてからいつも泣いていた。飽きもせず一人の少女を守れなかった事を悔い、泣いていた少女が目の前の彼女なのだと。確かにあの少女がいなくなってから戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)の噂を聞く様になった。それでもあの優しく笑みを浮かべる少女がルークスの悲劇を起こしたなんて、考えられなかった。考えたくなかった。

 

戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)だと?あれは死んだんじゃなかったのか?」

 

確かに彼女は四年前から目撃証言が無くなり、死んだと思われていた。

 

「恐らく、玄界にいたのでしょう。これは、厄介な相手がいたものですねぇ。」

戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)が相手にいるとなればこちらも出し惜しみは出来まい。なあ、兄…隊長。」

「あぁ、『金の雛鳥』は必ず回収する。それから『戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)』は回収若しくは排除しろ。あれは、玄界には置いておけない。」

 

戦争に散々利用された彼女には大きな心の傷があった。泣くことしかしない彼女が嫌いだった。でも、本当は泣き止んで欲しかったんだ。幼かった彼にはいい方法が思いつかなかった。しかし、最後には結局彼が彼女の涙を止めたのだ。池に咲いていた黄蓮という花。彼女の金色の髪よりは淡いクリーム色だったが、それでも彼女の様な蓮の花を池に入りびしょ濡れになりながら摘み、彼女に渡すと彼女は笑ってくれた。

 

『ありがとう。』

 

綺麗な眉を八の字に曲げてお礼を言う彼女。姉と慕った彼女。彼は机の下でギュッと手を握った。彼女が戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)だと決まった訳ではないが、もし彼女なら彼女を戦争に利用する玄界を許せない。あの蓮の花の様な彼女を取り戻すのだ。この手で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「神崎、お前はこのまま東地区のトリオン兵を倒してくれ。」

「神崎、了解。」

 

詰まらないことになった。敵が弱すぎる。もう少し歯ごたえのある敵が欲しい。ラービットも大分増えてきた。しかし、B級のチームが合同で全員南地区に行ってくれたおかげで味方の心配をする必要がほとんどなくなった。こちらに残っているのは風間隊だったか。諏訪隊も南へ向かった事だろう。

 

「さて、本格的に遊びましょう?」

 

5体にまで増えたラービットが前方へと走って行った。その内の一体が空を見上げた。私も同じ様に空を見上げた。そして目を細めた。イルガーが3体。

 

「忍田さん、何とかなりそう?」

 

しかし、ノイズ音が鳴るだけで応答はない。私は大きな溜息を付いた。持っていたライフルを仕舞った。そして自分の身丈と同じくらいのアンチマテリアルライフルを取り出した。

 

「これ、結構トリオン持ってかれるのよね。」

 

私は家の上で寝そべった。バイポッドを立てスコープを覗いた。狙うのは相手の弱点。それを横から貫く。相手を一撃で無力化してこそのスナイパー。

 

「3、2、1…。目標、沈黙。」

 

ズドンッと重い音がした。イルガーはトリオンを漏らしながら地面に落ちていった。銃痕は雨取の様に大きくはない。そのかわり速度はアイビスの2倍はある。だいたい、敵を破壊するのにあそこまでデカい弾はいらない。確実に敵を無力化できる技量があれば。

 

「次、ターゲット視認。目標、射程範囲内に侵入。3、2、1…。目標沈黙。」

 

そしてもう一回、ズドンッと大きな音がした。先程と同じ様に敵を無力化できた。どうやら最後の一体も基地からの砲撃でどうにかなったらしい。

 

「追撃…。全く、休ませてくれないわね。」

 

7体。引き金の横にある摘みを回し、切り替えた。この銃は弾速と弾の威力は反比例する。弾速が無いと当てづらいのだが、全くさっきからノイズばかりでさっぱり忍田さんと連絡が取れない。

 

「電波障害みたいなのが起きてるのかしら。それとも、あれのせいかしら。」

 

私は誰かと通信しながら戦った事は無い。ボーダーに入ってからイルガーと接触したのはこれが初めてだ。私は大きく溜息を付いた。

 

「ジジ、ジ。かんざ、ぃ。」

「はい、こちら神崎。」

「済まない、通信が乱れた。」

「いえいえ、あの7体、基地は持ちそうですか?」

「2体までなら何とかなるが、それ以上は保証できん!」

 

そう、後ろで叫んでいる鬼怒田さんの声が聞こえて来る。大分聞きづらいが何とか聞こえて来る。2体までなら。なら2体は耐えてもらおう。残り五体。

 

「神崎、3体何とかなるか!?」

「3体ね。もう2体は?」

「1体は砲撃でどうにかする。もう1体は慶が行く」

「太刀川ちゃん、ね。2体くらいやってくれない?あんまり連発が利くような武器じゃないの。ここ、踏ん張り利かないし。」

「何とかしてくれ。」

「指示が適当すぎ。全く、3体ね。やればいいんでしょ。」

 

私はその場から立ち上がり、南側へ走った。このまま行っても撃てて2体。3体を確実に仕留められない。角度を変えなければ。

 

「間に合わないか、さっきとは比べ物にならないわよ。」

 

私はライフルを構えた。踏ん張りはきかない。確実に吹っ飛ぶ。でも、迷ってられない。ボーダーが無いと裕子は安心して生きて行けない。

 

「死ねえええぇ!」

 

放たれたのは巨大な弾。放った私は後ろへ吹っ飛んでいった。

 

「がっ。」

 

背中をビルにぶつけた。一瞬息がつまる。そしてそのまま地面にたたきつけられる。

 

「げほ、げほ。」

 

咳をしながら私が立ちあがった。どうやらきちんと仕留めきれたらしい。出していた武器を仕舞った。最初に切ったトリオン兵からトリオンを貰うか。まだ生きているラービットはあの5体に任せておけばいい。

 

「よくやった神崎。」

「でも、少しの間休憩させてくださいね。疲れました。東はラービット5体に任せています。まず、突破される事は無いと思いますが。東に戻ります。」

「宜しく頼む、神崎。」

 

光った粒子が体の中に入って行く。それでも先程失ったトリオンに比べれば微々たるものだ。ラービット1体位取り込まなければならないか。しかし、随分吹っ飛ばされた。戻るのは面倒そうだ。誰か一匹に迎えに来てもらおうか。私は大きな溜息を付いてから歩いて東側に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「今のは…。」

 

僕達が見たのは千佳の砲撃の様な最早レーザーと言うような砲撃だった。真っ黒な砲撃はイルガー3体を撃破し、もう1体の体を掠った。

 

「今のは、ブラックトリガーだな。」

 

そう言ったのは真っ黒な浮遊物、レプリカ。

 

「恐らく戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)の攻撃だろう。あれはルークスで開発段階にあった機関砲だろう。全てを貫通する物というコンセプトで作られていたらしい。しかし、あの威力。完成していればルークスは良い抑止力を手に入れていた事だろう。」

 

僕は眉を細めた。あの威力の武器が開発段階にあったとしても国力は相当あったはずだ。そんな国がどうしてたった一人のブラックトリガーに潰されてしまったのか。確かに神崎先輩はブラックトリガーは非常に特殊だ。烏丸先輩から聞いた神崎先輩のブラックトリガーの性能。空閑のブラックトリガーに似ている性能。相手のトリガーの性能を盗む。あの砲撃がルークスの武器ならあれはルークスを攻めている時には持っていなかったはずだ。空閑だって、ボーダーを落とすのは不可能だろう。それなのにどうして、神崎先輩は一国を落とす事が出来たのだろうか。トリオンを回復する術を持っているからか?

 

戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)…。」

戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)?何それ、三雲君。」

「神崎先輩が近界で呼ばれてる異名みたいなものだよ、キトラ。神崎先輩と対峙した敵は誰一人として生き残っていないんだ。だから『戦死者を選定する女』って呼ばれてる。戦場で『戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)』を見かけたらまず逃げろって教えて国があるくらい、恐怖されているんだ。トリガー使いは貴重なのに、神崎先輩に会うと殺される。それだけ国力が下がるって事だからな。」

 

僕の呟きを聞いて尋ねてきた木虎に、空閑がそう答えた。木虎は眉を顰めて基地の方を見た。

 

「ちょっと待って、それって神崎先輩はあっちで沢山の近界民を殺してるって事?」

「まぁ、そうだな。200万人以上は殺してるよ。」

「200、万人…。」

 

予想以上の数だ。たった一人で200万人以上の近界民を殺している。あの鎧は一体どれだけの血を吸ったのだろうか。

 

「っと、ここであんまり喋っている暇はなさそうだぞオサム。新しいのが来た。」

「ああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、数が減らないわ。イルガーを貰おうか。ラービットはまだ戦力になる。イルガーのトリオンを自分の中に戻した。

 

「大分戻ってきたわね。」

 

私は自分の手を持った。私は屋根の上からラービットが他のトリオン兵を倒しているのを見ながらそう言った。ラービットは相変わらず硬い拳で他のトリオン兵の弱点を潰していった。

 

「一匹くらい、飼っても怒られないかしら。」

 

耳をピコピコと動かすラービットが少し可愛く思えてきた私はそう呟いた。ラービット、兎。人参食べられるかしら。それとも干し草?いっその事5匹飼おうかしら。

 

「ん?緊急脱出?」

「神崎、風間が緊急脱出した。」

「風間ちゃんが?」

「あぁ、ブラックトリガー使いだ。やってくれるな。」

「良いけど、忍田本部長殿。その代わり、お願いがあるの。」

 

私が少し楽しげな声でそう言った。

 

「何だ、神崎?」

「ラービット、飼っていい?ちゃんとお世話するから。」

「なっ!?」

「何を言っとるんだ、神崎!」

 

そう後ろから叫んでいる鬼怒田さんがいる。

 

「あら、良いじゃない。ラービットの1匹や2匹や、5匹くらい。」

「おい、最後なんか増えたぞ!」

「神崎。」

 

私達ががやがやと言い争っていると城戸司令の声が聞こえてきた。

 

「風間を倒したブラックトリガーを倒せれば、考えてやる。」

「やった。城戸司令、話の分かる人。それじゃ、これよりブラックトリガー使いを倒しに行ってきます。」

 

私はそう言って風間が討ち取られたビル方へ向かった。




お疲れ様でした。

感想お待ちしております。

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