nameless   作:兎一号

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神崎蓮奈の侵食支配

学校の授業と言うのには大分慣れた。昔はこんな横に大きな窓が開いている事が落ち着かなかった。いつ狙撃が行われるか分からない。そんな不安で全然集中できなかった。今は学校いう空間にも慣れ、落ち着いて授業が受けられている。私の席は比較的前の方。同じクラスの裕子の席は後ろの方。高校に入ってからずっと同じクラスだが、席が隣になった事は無かった。

 

 

 

 

私は先日の事を思い出した。近界の惑星国家の軌道配置図。とても多くの国がそこには浮かび上がっていた。私はあの国の間を行ったり来たりしていたのか。そう思いながら配置図を見ていた。

 

「それだったら、確率が高いのはアフトクラトルかキオンだな。イルガー使う国ってあんまないし。」

「神崎の情報通りか。」

「アフト、クラトル。」

 

懐かしい名前だ。あの角付きのいる国。私はそっと自分の腹に手を当てた。私はアフトクラトルを撃てるだろうか。命の恩人のいる国を。撃ちとれるだろうか。いや、撃ちとらねばならない。そうで無ければ、私は大切なモノを守れない。自らの手を穢す覚悟。大丈夫、私の手はもう気にする事など何もないほど穢れている。

 

「っていうか、そう言うの迅さんサイドエフェクトで分からないの?どこが攻めてくれかとか?」

「俺はあった事も無い奴の未来は分からないよ。」

「ふむ、なるほど。」

「今は兎も角、その二国が相手だと仮定して話を進めよう。次に知りたいのは相手の戦力と戦術、特に重要なのはブラックトリガーがいるかどうかだ。」

 

城戸司令が尋ねるとレプリカと呼ばれた浮遊物が答えた。

 

「我々がその二国に滞在したのは7年以上前なので現在の状況とは異なるかもしれないが、私の記録では当時キオンには6個。アフトクラトルには13本のブラックトリガーが存在した。」

「じゅう、13本!?」

「神崎。」

「私はアフトクラトルに滞在したことはありますが、キオンには滞在した事はありません。それに滞在したのはもう10年以上前です。」

「構わん。」

「アフトクラトルのブラックトリガーは10本以上あった事は記憶しています。詳しい事はあまり…。」

「そうか。」

 

城戸さんは恐らくレプリカの言っている事と私の知っている事をすり合わせているのだろう。それからレプリカはブラックトリガーが遠征に来るかどうかなどを話した。

 

 

 

「蓮奈?」

「ん?何?」

「何?じゃなくて、もう。なんか学校始まってから呆けてること多いけど、何かあったの?」

「ボーダーの事でちょっとね。」

 

そう言うと刈谷裕子は不満げな顔をした。

 

「ボーダーかぁ。私じゃ話聞いてあげられないじゃない。」

「ありがとう、裕子。心配かけてごめんね。」

「良いのよ、親友の心配をするのは当たり前なんだから。私も早くボーダーに入りたいなぁ。」

 

私は思う。あそこには入らない方がいいと。でも、彼女には三輪と似たような信念がある。刈谷裕子は言わないが、近界民を恨んでいる。それに一度は殺されかけた。

現在、私達は屋上でお昼を食べている。中学校の時とは違い屋上への出入りは自由だ。

 

「あ、神崎さん。刈谷さん」

「犬飼ちゃん。何だか久しぶりだね。そんなに離れた所にいると寂しいなぁ、辻ちゃん。」

 

昨日、木崎が必死に餃子を作っていた。大きな机一面に餃子を。宇佐美が食べきれないからお弁当に入れてくれた。

 

「こんにちは、犬飼。辻君。」

 

刈谷裕子も彼らに挨拶をした。犬飼は手を振るが辻は相変わらず少し離れた場所でこちらを見ている。

 

「一緒に食べる?」

「じゃあ、お邪魔しようかな。ほら、辻ちゃんも早くおいでよ。」

「いや、俺は…。」

 

私が手招きをするので渋々と言った様子でこちらまで来てくれた。

 

「辻君って本当、残念なイケメンよね。」

「残念…。」

 

残念なイケメンと言う言葉は意外にも辻の中に響いてしまったらしい。

 

「うん、普通に女の子と話せたら絶対モテると思うんだけど。」

「と言うより、女の子と話せなくてどぎまぎしてる辻ちゃんが可愛い。」

「神崎さん、それ褒めてる?」

「勿論。」

 

私の可愛いは何だか最近生駒並みに疑われ始めてしまったらしい。可愛いものに可愛いと言っているだけなのだが。生駒並みに乱発しているつもりはない。恐らく私と生駒が同じ言葉をよく使うので皆混乱してしまっているんだ。と、勝手に思っている。

 

「神崎さんと刈谷さんは仲良いよね。何時も一緒に居るイメージ。」

「ふふふ。何?犬飼、羨ましいの?駄目よ。蓮奈は私のなんだから。」

 

お弁当を持った私に裕子が抱き付いて来た。

 

「うわ、もう。危ないじゃない。」

「お弁当なら、私が食べさせてあげる。あーん。」

 

と、刈谷裕子が私に自分のお弁当に入っていた卵焼きを差し出してきた。ここで私が何をしたって彼女は引かないのを知っている。なので口を開けて彼女の卵焼きを食べた。彼女の家の、と言うより彼女の手作りのお弁当は何時も美味しそうだ。

 

「どう?」

「今日も美味しい。」

「ふふ、愛情が詰まってるからね。」

 

刈谷裕子はそう得意げに言う。そしてそんな私達の様子を見て辻は顔を真っ赤にしていた。どうやら彼には刺激が強すぎたらしい。

 

「本当、君達って百合百合しいよね。そう言う関係じゃないよね。」

「ゆりゆりしい?あぁ、知ってる犬飼ちゃん。レズビアンと百合は違うのよ。」

「どういう意味?」

「『レズは一人でもレズだけど、百合は二人いるのを外から見て決めるもの。本人たちが如何思っているかはともかく、外から見て初めて百合は百合になる』らしいわよ。」

「つまり?」

「私達の行いが犬飼ちゃんから見ていくら百合に見えてもそこに私達の思っている事が含まれていない。私達にとってはただのスキンシップかもしれないでしょ?レズには愛情が必要。百合には不必要って事。」

 

私は刈谷裕子から貰った卵焼きを食べながらそう言った。刈谷裕子の作る卵焼きは甘い卵焼きだ。甘いものが好きな私には丁度いい甘さだ。嬉しそうな顔で私が卵焼きを食べているのをいつもニコニコしながら刈谷裕子が見つがる。

 

「今日はお弁当手作りじゃないのね。」

「うん、今日は一緒に住んでる木崎レイジっていう男の子が昨日、大きな机一面に餃子を作ってね、それの余りがお弁当に入ってるの。」

「木崎、レイジさん。ふぅん。」

「どうしたの?」

「うぅん、何でもない。」

 

犬飼が刈谷さんに何やらこそこそと話している。

 

 

「刈谷さんってさ、もしかしてさ。」

「まぁ、否定はしないわ。」

「あぁ、じゃあ片想いなんだ。」

「えぇ、長いこと片思いしてるわよ。私の親友は愛されることになれてないのよ。」

「付き合い長いの?」

「中学校二年生の後半からよ。」

 

「ねぇ、神崎さん。刈谷さんとの出会いってどんななの?」

 

こそこそ話をしていたと思ったら急に犬飼がそう尋ねてきた。

 

「裕子との出会い?入った中学校の席が隣同士だったのが出会いよ。」

「ふぅん。運命の出会いだ。」

「そうね、本当に裕子に出会えてよかったと思っているわ。」

 

私がそう言うと裕子がまた飛びついて来た。

 

「もう、だから危ないって言ってるじゃない。」

「だって嬉しいんだもん。愛してる!」

「はいはい、私も愛してる。」

「何か適当じゃない?」

「そんな事無い、そんな事無い。」

 

そう言うと刈谷裕子は少しむくれてしまった。私に抱き付いたまま裕子は私の胸に顔を埋めた。

 

「あ、ちょっともう。くすぐったいわ。」

 

昔と比べて髪を短く切った刈谷裕子。その髪が首筋を擽る。

 

「このこのぉ。」

「もう、止めて。本当に、くすぐったいの。」

 

到頭、辻君は首だけでは無く体ごと逸らされていた。

 

「俺もやってあげようか、辻ちゃん?」

「絶対、止めて下さい。」

「そこまで言わなくてもいいじゃん。」

 

そんな時だった。けたたましいサイレンが鳴った。私に抱き付いていた裕子が強く制服を握った。私は裕子の頭に手を置いた。そしてゆっくりと頭を撫でた。それでも裕子の制服を掴む手が緩むことはなかった。

 

「神崎さんはどうする?緊急招集みたいだけど。」

「私は直ぐに行くわ。犬飼ちゃんは二宮ちゃんの所に行くのかしら。」

「まぁ、そうだね。チームはそろった方がいいでしょ。」

「裕子、私行きたいんだけど。」

 

それでも刈谷裕子は離さなかった。

 

「蓮奈は、兄さんみたいに死なないよね。」

 

消えそうな声で刈谷裕子は尋ねてきた。

 

「大丈夫、私とっても強いのよ。」

 

刈谷裕子はそっと体を離した。刈谷裕子の手が私の頬を包む。

 

「ゆう、ん…。」

 

私の思考は完全に落ちた。キスした事もされた事もあった。それは異性であって同性にキスされたのは初めてだ。私は驚きのあまり大きく目を見開いた。そしてその様子を見ているであろう犬飼たちは何も言う事は無かった。刈谷裕子はゆっくりと離れるとお弁当を急いで片付けてそのまま屋上から出て行った。

 

「い、いいいいいいい犬飼先輩!お、おおおお女の子、同士で。」

 

辻はそれから先の言葉が出て来なかった。先程も顔を赤くしていたが今はそれ以上に真っ赤にしていた。耳まで染めた辻はもう、倒れるのではないかと言うくらい動揺していた。そして私にはそんな辻を宥められないほど混乱していた。

 

「犬飼ちゃん。」

「何?」

「私、女の子にキスされたの初めて。」

「俺も、女の子が女の子にキスするの初めて見た。」

 

私は顔を抑えた。完全なる不意打ちだ。これは今まであったどんな敵の攻撃より動揺し、混乱した。混乱が解けるにつれてブワッと顔に熱が上がる。ドキドキと心臓が激しく高鳴った。

 

これはきっとあれだ。これから戦地へ赴く者が戦いに興奮するてきな、吊り橋効果的な。

私はよろよろと立ちあがった。

 

「神崎さん、大丈夫?」

「まぁ、なんとか。私は取り敢えず警戒区域に行くよ。またね、犬飼ちゃん、辻ちゃん。」

 

そう言って私は屋上から出て行った。

 

「辻ちゃん、何時まで固まってるの?」

「……。」

「今日の辻ちゃん、使えないかも。二宮さんに言っとかないと。」

 

犬飼は辻を引っ張って屋上から出て行った。

 

 

 

 

 

 

屋上伝いにピョンピョンと飛び跳ねながら私は本部の方へ向かっていた。

 

「忍田さん、私はどうしたらいい?」

「神崎はこのまま東地区に向かってくれ。」

「神崎、了解。」

 

私は剣を一本取り出し、見えたトリオン兵から切って行った。切った場所から黒く変色する。そしてそれはやがて中枢にある命令が刷り込まれている器官を侵す。そうなれば、トリオン兵は使い物にならなくなる。動けなくなったトリオン兵はそのまま侵食され、私のトリオンとして還元される。

 

「忍田さん、一応、真っ黒くなって落ちているトリオン兵には触らない様に言っといてね。動かない事は保障するから。」

「分かった。伝えておこう。」

 

私は仮面の左側で辺りを見た。所々白い塊がある。さて、このまま本部の方へ向かってみるか。それにしても私のトリガーは確固撃破が得意であって数で押し切られても知らないぞ。私は大きな溜息を付いた。

 

「仕方ない、()()()()()で行こうか。」

 

私はそう言うともう一本剣を出した。さて、やろうか。この4年間、味わう機会が失われてしまった敵を倒した時の高揚感。敵が浮かべる絶望。私は大きく深呼吸をした。気持ちを落ち着けなくては。この高揚感は油断を生む。

 

「うわああああああ!」

 

と、誰かの叫び声が聞こえてきた。誰の叫び声だろうか。しかし、仕方ない。行くしかないだろう。叫びの現況を見に行くとぐったりとして担がれている笹森、それを支えている堤。そして兎の様なトリオン兵に掴まっている諏訪。

 

「ラービット?これは良いのを見つけた。」

 

私は仲間である諏訪が掴まっている事の焦りより、使えそうなトリオン兵を見つけた事の方が今の私にとって重要だった。折角出した剣を仕舞った。そして取り出したのは貫通力のあるライフル。ラービットの耳がピコピコと動いた。恐らく、私を感知したのだろう。

 

「でも、ダメね。」

 

ラービットは咄嗟に口を閉じた。しかし、口を貫通し弱点が破壊される。掴まっていた諏訪が放たれる。

 

「ダサいわね、諏訪ちゃん。」

「あぁ!?って、お前、神崎か?」

 

私は仮面を外した。

 

「はぁい。」

「神崎先輩!ありがとうございます。助かりました。」

 

そういうのは素直でかわいい笹森。

 

「良いのよ、笹森ちゃん。」

 

そう言う私の後ろでラービットが立ちあがった。

 

「なっ!?」

 

諏訪が急いでショットガンを構えた。私はラービットの方を向いてその未だ白いボディを撫でた。撫でた場所は黒ずむ。ラービットは次第に黒くなり、完全に真っ黒になった。私はその個体に短いキスをした。

 

「さぁ、始めましょう。楽しい、楽しい、()()()の時間よ。」

 

私はうっとりとそのラービットを見上げるのだった。




お疲れ様でした。

感想お待ちしております。

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