nameless   作:兎一号

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如月結城は幼稚園を探す

少女は早速自身の目的である幼稚園を探す為に情報収集にあたることにした。この近辺の幼稚園の位置を皆に聞いて回った。

 

「昔は三門市に住んでたの。それで会えるのなら幼稚園の頃の先生に会いたいなって。」

「え、如月さんここらに住んでたの?」

「えぇ。でも、4歳の頃だから全然何処に何があったなんて覚えてないの。」

 

席が隣になった女生徒に少女は色々と質問をした。その分質問もされてたが。

 

「幼稚園か…。まぁ、それなりにあると思うけど…。大規模侵攻の後だからやってるか分からないけど。」

 

女生徒は丁寧に知っている場所の地図を書いてくれた。少女はその地図を見た。決して上手だとは言えないが、それでもありがたいことにかわりはなかった。

 

「ありがとう、これで探しに行けるよ。」

「うん、でも本当に期待しないでね。大規模侵攻で東三門市は壊滅状態だし、ここを去った人は多いから。」

「えぇ、分かったわ。この中に、あってくれるといいんだけど…。」

 

少女は紙を見詰めた。そして授業の為に教師が入ってくる。クラスメートは前を向いた。少女も同じように前を向いた。

 

それから少女は毎日、幼稚園を探し回った。自分の足で歩き回った。図書館にも行き、あらゆる情報を集めていた。その姿は鬼気迫るものがあった。少女にとってそれ程大切な事だった。

 

「はあ。」

 

少女は小綺麗なカフェの席でため息をついた。シックで落ち着いた雰囲気のカフェでティーカップを片手に数日前に女生徒に書いてもらったメモ帳を見た。もう残ったのは東三門市の幼稚園だけだ。東三門市は立入禁止区域に指定されている。入っている所を見つかると面倒だ。見つかるとは思わないが…。念の為に変装した方が良いだろう。せめて特徴が分からない様に黒髪に黒い瞳にするべきだろう。少女はそう考えた。はてさて、髪を黒くするには染めれば良い。瞳を黒くするには?

 

インターネット、とやらで調べなくては。私は元々瞳が暗い色をしている。ギリギリ髪を染めるだけでいいか?少女はこれからの事を思案しながら自身の大嫌いな金色の髪を持ち上げた。他人とは違う金色の髪。あっちでも金色の髪の同郷の人はいなかった。その時から少女は異端児だった。それが、少女の意識の根幹を作り出している。少女はそんな事を知らない。そんな事を知れるほど、少女の人間関係は円満では無かった。

 

「髪、染めるか…。」

 

現代人としての知識が皆無な少女は思い立った様に席を立った。そして少女はそのまま自身の新たにできた目的の為に行動を開始した。少女のいた席に残されたのは少し冷めた紅茶だけだった。

 

「あれ、あそこにいた人…。」

 

アルバイトの一人がそう呟いた。その呟きを聞いて店長が端っこの目立たない席に目を向けた。そこには確かに誰かがいた証拠となるティーカップと少し減った紅茶が残っていた。

 

「片付け忘れただけじゃないか?今日あそこに誰かいたかな?」

「え、っと。どうでしたっけ?」

 

アルバイトと店長は互いに顔を見合わせた。

 

そこに何かがいると言うのは二人以上の認識が必要だ。

一人では見間違いの恐れがある。

誰も認識できなければ、それは存在しないのと何ら変わらない。

 

少女は同じ手口で髪を染める黒い染色剤を盗んだ。この手の事をやってばれた事は一度も無い。

それは何故か?

 

それは今の少女が知る由もない事だった。

 

少女は今、寝床としているアパートの一室に入ってきた。少女にはお金を稼ぐ手段はなかった。だから、少女は勝手にそのアパートを寝床としているのだ。そのアパートは大規模侵攻の前に開発されたアパートで、侵攻が起こり人口流出を懸念したのかアパートのオーナーは夜逃げしたらしい。家具が一切ない十畳ほどの部屋。大きな窓にはカーテンも無い。それでも少女がこの部屋がとても気に入っていた。彼女が生きてきた中で1番良い物件だ。そう思っている。

 

「…盗んでから気が付いたけど、これ洗い流さなきゃいけないのか。」

 

先ほど言ったがここはオーナーが夜逃げした物件だ。ガスも水道も電気も通ってない。少女にとってはそれが当たり前で寧ろここまで堅牢な建物に住めているだけで幸運だと少女は思っている。

 

「鬘なんて、何処に売ってるか分からないし…。帽子は不安だなぁ。いっそのこと、トリガーを使って…。」

 

日が沈み、外はもう真っ暗だ。少女は行動を夜に起こすべきだと考えた。それでも少女は行動を起こすのには少し早計だと思っていた。発足したばかりらしいが、夜の見回り位平和ボケした日本人も行うだろう。なんせ今は戦争中なのだから。見回りのシフトや経路を知らないまま友好的では無い組織の敷地内に入る事は賢い行いでは無いだろう。

 

「暫くは、ボーダーとか言う組織の出方を見るか…。そのついでに、探せれば万々歳。土地勘無いから少し厳しいか。」

「行こうか、ゆうき。」

 

少女はトリガーを起動した。少女の持っていたトリガーは西洋の女性用の甲冑。騎士のような格好だ。少女の甲冑の色は黒く、闇に溶けるようだった。金色の綺麗な髪は黒いリボンで一つに結われている。顔は黒い仮面で目元が隠れている。トリオン体と本体の容姿は同じままの物が多い。金髪と言うのは目立つから、好きでは無い。私のあのクラスにボーダー関係者がいるか分からないが、居たとしたら少し厄介だ。やはり、今日は行くのは良くないだろうか?

 

「これ、カチャカチャ音が鳴るんだよなぁ。」

 

少女が来ているのは甲冑だ。金属がぶつかる音が鳴ってしまう。

 

それでも少女は向かった。少女はそれ程焦っていたと言っていい。少女にとってはそれ程その幼稚園を探す事が重要だった。少女にとって、如月結城にとって命より重要な事だった。

 

トン、トンっと少女は屋根伝いにその場所に向かった。

 

「今の日本は、明るいのね。」

 

眠らない町、では無いが深夜11時でも車は行きかっている。少女が過ごしてきたあちら側は何時も夜は暗かった。それはそこに人間がいるという事を悟られない為の知恵だった。単純な事だが、そう言う事が重要だ。それに比べて、日本は何とものほほんとしている事か。少女はビルの屋上から少しだけその様子を眺めた後、再び目的の場所に向かった。

 

「この道路が、区切り。」

 

最初に降り立った道路の上に少女は立った。この道路の向う側では戦争が起きている。誰かがいつも命を張って守っている。それに同情はしない。寧ろ、ボーダーと言う組織には八つ当たり気味な遺恨が少女の中に存在している。それがいかに理不尽な事か、少女は理解しているつもりだ。少女自身も誘拐されるまで異世界なんてものが存在するなんて思わなかった。事が起こる前にそんな事を声を大きくして言えば、頭の可笑しい人間扱いを受ける事だろう。それが理解できるから、少女はそっと唇を噛んだ。やり場のない悔しさは、逃げ場の無い苦しさは、何時も少女を蝕んでいた。

 

「大丈夫、行こう。」

 

少女は呟いた。少女は自信を蝕むものを受け入れていた。それが自身の罪なのだと、罪を償う為の相応の罰なのだと。少女は先ほどと同じ様に屋根伝いに辺りを見渡した。一先ずは標的を見つけなければならい。その目標の動きから捜索範囲を決めるからだ。少女は仮面に手を当てた。

 

「ゆうき、お願い。」

 

少女がそう言うと少女が仮面越しに見えている景色が変わった。左側だけが真っ暗になったのだ。少女は首を動かして辺りを見渡した。しかし、仮面の左側は少女の探している物を一向に捉えない。少女は眉を寄せた。

 

「もしかして、見回りが無い?それ程自信があるの?それとも…。」

 

それが出来ないほど、人員がいないか。隠れる術をもう持っているのか。もし隠れる術を持ってるのなら中々厄介だ。ゆうきが見つけられないとなると暗闇から視覚だけで探し出さなければならない。それはとても難しい事だ。夜目が効く方ではあるが、それでもいつもゆうきに頼っていた節がある。こんな時期になって再確認させられるなんて思わなかった。

 

「流石、技術大国…、と言った所か。」

 

苦笑いしか込み上げて来ない。そして少女の中に必ず見つけてやると言う対抗心が芽生えた。それは何とも愚かな事だ。それでも一度も負けた事が無いと言うこれまでの実績が少女に必要以上の自信を付けさせてしまっていたのかもしれない。そううぬぼれる程少女は強かった。強かったと自負していた。

 

少女は大きな建物の方を向いた。やはり、そこには大きな建物があった。そして仮面の左側はその建物を真っ白にとらえていた。

 

「壊れたわけじゃないか。」

 

少女は行動を開始した。




お疲れ様です。

騎士風のトリガーのイメージはセイバーオルタを想像していただければと思います。

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