nameless   作:兎一号

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感謝感激雨霰です。


神崎蓮奈とムカつく眼鏡の戦闘訓練

入隊式の日、帰ってこなかった神崎先輩が帰ってきたのは次の日の午後の事だった。青ざめた顔は辛そうではあったが不機嫌そうでは無かった。

 

「顔色悪いですね、神崎先輩。」

「あぁ、烏丸ちゃん。うん、二日酔いで…。頭痛い。」

「水いりますか?」

「うん、欲しい。」

 

そんな神崎先輩達のやり取りを俺は少し離れた場所で見ていた。

 

「二日酔いですか?神崎先輩って高校生じゃなかったでしたっけ?」

 

神崎先輩と烏丸先輩の会話を聞いて休憩していた俺はレイジさんに質問をした。

 

「確かに神崎は高校生だが、あれで21歳だ。3月1日で22歳になる。玉狛にいる戦闘員の中では最年長だな。」

「レイジさんより年上なんですか?」

「まぁ、学年は一つ上になるか。」

「一つ上。」

 

ソファの上で顔色を悪くして横になっている神崎先輩を三雲は見詰めてきた。

 

「どうして高校に通っているんですか?」

「神崎は小学校に通っていないし、中学校も満足には通えていない。それに神崎は元々日本人じゃないからな。話すことは出来ても読むことも書くことも真面に出来なかった。だから年齢に合わない学校に通っているんだ。」

「神崎先輩は何処の人なんですか?」

「元の名前は、確か「レナ・クロイツェル。ロシア人よ。」だそうだ。」

 

水を貰ってそれを飲んでいた神崎先輩が答えた。

 

「どうして名字が違うの?」

 

空閑が神崎先輩を見上げて尋ねてきた。彼女はコップに口を付けて暫く黙っていた。

 

「神崎は私を養子に迎えてくれた人たちの名字よ。」

「養子?」

「私の両親は私が幼いころに亡くなったそうよ。神崎夫婦は私の両親の友人だったらしいわ。」

「何だかあやふやだな。」

「私には彼らとの思い出はないからね。あくまでも聞いた話よ。」

 

空閑は反応を示さない。神崎先輩の言っている事は本当なんだろうか。やがて水を飲み終えた神崎先輩は立ちあがった。薬を探してくると言って部屋を出て行った。

 

「修、修行を再開しようか。」

「はい。」

 

 

 

薬を飲み、頭を抑えた。そして昨日の事を思い出して、小さな舌打ちをした。それから彼女は地下の訓練場へと降りて行った。数台のディスプレイの前に座っていた宇佐美が私の存在に気が付いて顔を上げた。

 

「空いてるところある?」

「えっと、ごめんなさい。全部今使ってるんですよ。」

「そう、スナイパーの部屋は?」

「一番左の部屋です。」

「そう。」

 

私はそう言うとその部屋に入って行った。後ろで宇佐美の制止の声が聞こえるがそれは無視した。出た先は河川敷だった。対岸には浮いた赤い的が目に入る。

 

「神崎?」

「雨取ちゃん、今、時間あるかしら。」

「えっと、あの…。」

 

そう言って雨取は木崎を見上げた。木崎は私の方を見た。

 

「さっき休憩にしたばかりなんだがな。まあいい。外で待ってる。終わったら呼んでくれ。」

「分かったわ。」

 

木崎はそう言って出て行った。私は彼女の隣まで来てスナイパーを構えた。そして的へ撃った。近づいて来た的の中心には綺麗な穴が開いていた。

 

「すごい…。」

「私がこんな風に真ん中に当てられるようになったのはスナイパーライフルを渡されてから半年の頃だったわ。」

「でも、凄いですよ。今はちゃんと真ん中に当たるじゃないですか。」

 

私を褒める雨取の方を向いた。

 

()()じゃ、遅いのよ。」

 

雨取はどういっていいのか分からず視線を彷徨わせていた。

 

「貴女の友達とお兄さん、見つかると良いわね。」

「は、はい。」

 

私はまたスナイパーを構えた。そしてまた的へと撃った。

 

「あの、聞いて良いですか?先輩の事。」

「何が聞きたい?」

「先輩があっちでどう言う風に生きていたのか、とか。」

 

私は的から目を離し、雨取の方を向いた。

 

「あっちに連れていかれた時、最初に殴られたわ。」

「えっ!?」

 

私の一言で雨取は驚いた声を上げた。

 

「どうしてですか?」

「生きたいという思いが無い人にいくら武器を持たせても無駄だもの。だから、痛めつけて生きたいと言う意思が強い奴を選別する。」

「選ばれなかったら、どうなるんですか?」

「大抵は耐えられなくなってその国に従うわ。それでも使えない奴は必ずいる。そんな奴は生かしておくだけ時間の無駄だからトリオン器官を取られて死ぬわ。」

「そんな…。」

 

雨取の顔はすっかり青ざめてしまった。私は彼女の表情を見ていた。

 

「まぁ、私が連れていかれた国は敗戦まじかだったし、国自体が焦っていたという事もあったわね。自国民を守るので精いっぱい。使えない奴らの面倒を見ている暇はない。そんな感じだった。」

「私の友達も、そんなんだったらどうしよう。」

「もし、そんなんだったら…。諦めた方がいいわね。」

 

雨取は目を大きく見開いて私を見てきた。

 

「雨取ちゃん、あっちはね地獄なのよ。」

「地獄…。」

「そう、愛国心も無い、理由も無い。そんな戦争の中で戦争の駒として使われる。それがどれ程辛い事か、貴女にはわからないでしょう?」

「……。」

「諦めて自ら死を選ぶ人もいる。私の様に生き残って尚且つ、自力で帰ってこられたのは本当に奇跡よ。私のブラックトリガーだって元々はこっちから連れていかれた女の子がなったものよ。この子が帰りたいって言ったから、私はここに帰ってきたの。」

「先輩は帰りたいって思わなかったんですか?」

「私は、帰りたいって思うほどの理由が無かった。帰りたいって思うほどの思い出が無かったから。」

 

私はつまれていた土嚢に座った。雨取はずっと立ったままだった。私はポンポンと土嚢を叩いた。雨取は遠慮気味に座った。

 

「貴方達のやろうとしている事は間違っていないわ。貴女のお兄さんやお友達だけじゃない。あっちには沢山の人が助けを待ってる。助けてあげて。」

 

そう言って雨取の頭をポンポンと撫でた。

 

「はい!神崎先輩も力を貸してください。」

「あの眼鏡がもう少し使えるのになったら考えるわ。」

「眼鏡…、神崎先輩は修君の事、嫌いですか?」

「好きでは無いわね。人は身の丈にあった事しかできない。思うのも言うのも簡単よ。それにね、遠征に連れて行ってもらえるのはブラックトリガーとも戦えるであろう人達よ。貴方達は人を殺す覚悟はある?」

「えっ?」

「あっちにいって戦闘に巻き込まれれば、戦うのはあの白髪と同じ人よ。あっちのトリガーには緊急脱出みたいな便利な機能はないし、下手をするとトリガーを使っていた人が死んでしまうかもしれない。」

 

雨取は呆然と私の方を見ている。

 

「それ、は…。」

「あっちは本気で来るわよ。あっちは国の命運がかかっているんだから。」

 

私は座っていた土嚢から立ちあがった。そして上の服を捲り上げた。

 

「ひっ。」

「これが、私が生き残るのに払った代償よ。」

 

私の腹にあるのは穴が開いた時の痕だ。穴を縫われてくっついた痕が残っている。

 

「これ、は…。」

 

それを見た雨取は口元を抑えた。私は捲った上の服を下ろした。

 

「11年前、巻き込まれた戦争でポカやらかしたの。その時の傷よ。」

「あの、失礼ですけど…。良く生きていましたね。」

「えぇ、私も死んだと思ったわ。死ねたと思った。でもね、余計な事をしてくれた近界民がいたのよ。私は結局助かってしまったわ。一年、その近界民の所でお世話になったわ。私の何が気に入ったのか、剣術の指南もしてくれた。だから私は生き残ってしまった。沢山の争いに勝ち残ってしまった。」

「神崎先輩は、死にたいんですか?」

「昔はね。今は、探してくれる人がいるから。」

「探してくれる人?」

「そう、探してくれる人。」

 

私はきっと嬉しそうな笑みを浮かべているんだろう。雨取はパチパチと何回も瞬きをした。

 

「そろそろ木崎ちゃんを呼びに行こうかしら。あぁ、それから。この話は別にあの眼鏡や白髪に話してもいいけど、外では話さないでね。」

「わかりました。」

「じゃあね。」

 

私が訓練室を出ると宇佐美と木崎が何かを話していた。訓練室から出てきた私を見て木崎が入れ替わりに訓練室に入ってきた。私は宇佐美に近付いて行った。そしてディスプレイに映っている映像を見た。ブラックトリガーを使わずに小南と戦っていた。

 

「この近界民、小南が相手して何対何なの?」

「えっと、今の所最高で3対7です。」

「そう、3割しか生き残れてないの。まだまだ駄目ね。」

 

そして真ん中の訓練室から烏丸が出てきた。その後ろに続いて疲れた様子の眼鏡が出てきた。

 

「お疲れ様。」

「神崎先輩、二日酔いは良いんですか?」

「良くないわよ。頭がガンガンする。今、ディスプレイでその眼鏡の戦い見てたんだけど、彼攻撃手じゃなかったの?」

「はい、銃手になりたいそうです。」

「……。彼のトリオン量は銃手になれるほど無かったと思うけど。」

「それでも、本人がそう言っているんです。」

 

私は烏丸から眼鏡に視線を映した。眼鏡は一瞬身構えた。

 

「神崎先輩、俺、これからバイトがあるんですよ。」

「私は中間距離の戦闘は苦手よ。」

「お願いできませんか?」

「だから、中間距離は苦手だって言ってるでしょ。」

「あの、お願いします!」

 

そう言って眼鏡は頭を下げてきた。私は面倒そうに頭に手を当てた。

 

「貴方がやりたいのは銃手?射手?」

「えっと、射手です!」

「射手ね。アステロイド、とかだっけ。」

「はい、そうです。」

「使った事無いのよね。トリオンキューブって。」

「そうなんですか?意外です。」

 

私の呟いた声に烏丸がそう答えた。

 

「トリオンキューブみたいなのはまず見ないから。ボーダーオリジナルみたいなところあるし。宇佐美ちゃん、トリガーある?」

「え、はい。ありますけど。」

 

そう言って宇佐美はキーボードを打った。床から現れたのはいくつかのトリガー。

 

「射手は、アステロイドとバイパーとハウンドが基本だっけ?」

「はい、その他にも合成弾っていうのもあります。」

「それはいいや。眼鏡には扱えないだろうし。私も直ぐに扱える自信ないや。アステロイドは真っ直ぐ飛ぶ奴?」

「そうですけど…。神崎先輩、やる気になってくれたんですね。」

「なってないわよ。私が、この眼鏡で遊ぶだけ。眼鏡、先に訓練室に入りなさい。」

「は、はい。」

 

宇佐美はすごくうれしそうな顔でこちらを見上げてきた。それは何時も無表情な烏丸も一緒だった。

 

「宇佐美、取り敢えず私のトリオンは無限じゃなくてあの眼鏡と同じ量にして。」

 

そして私は訓練室の中に入って行った。眼鏡は直立不動で待っていた。

 

「まず。」

「はい!」

「遊ぼうか。」

「へ?」

「この武器がどんな使い方が出来るのか私は良く知らないもの。トリガー、起動!」

 

隊員服になり、私は右手を見た。

 

「アステロイド。」

 

そう言うとトリオンキューブが出てきた。そのトリオンキューブをどんどん分解していく。それはとても細かくなり、壁にぶつけた。

 

「ふむ、どんどん小さくなるのね。その分威力は弱くなるか。一先ず遊びましょう?眼鏡。ルールは簡単。相手を倒したら勝ち。それでいい?」

「はい!宜しくお願いします。」

「取り敢えず、貴方は貴方のトリガー構成で戦って。私は今アステロイドしかないからそれだけでやるわ。それからトリオン量は無限では無いわ。そこを注意して。」

「はい。」

「いい、この武器ど素人の私に一敗でもしてみなさい。ただの恥じよ。」

「はい…。」

 

眼鏡も戦闘態勢に入った。

 

「では、戦闘開始!」

 

私がそう言うと眼鏡はレイガストを出した。レイガストの盾を眼鏡のトリオン量で割れない。弾は真っ直ぐしか飛ばない。盾を交わして相手に当てる。そして私には盾はない。攻撃は弾をぶつけて相殺するしかない。

 

「アステロイド!」

 

彼のアステロイドは真っ直ぐ私に向かってくる。私はそれを右に走って避ける。今の状況、レイガストと恐らくシールドも持っているであろう彼をどうやって崩すか。右手に持っている盾がやはり邪魔か。一番いいのは置き撃ちか。相手を自分に集中させる。事が大事。

 

私はトリオンキューブを出した。もう少し大きいのがいいが、眼鏡と同量のトリオン量では叶いそうにない。それを眼鏡を中心に扇状に広げた。どんな相手でも攻撃が当たるのを嫌がる。特に最初はそうだ。

 

「アステロイド!」

 

盾だけでは防げない面積の攻撃。それはとても弱い。それでも、今の私には当てる事が重要。トリオン量は無限ルールではない。削れば削るほど意味が出て来る。眼鏡はレイガストとシールドを併用して弾を防いだ。私は眼鏡の後ろに回り込む。そしてトリオンキューブを出した。そしてそれをそのまま置いた。私は眼鏡に向かって走った。

 

「アステロイド!」

 

眼鏡が放ったアステロイドをジャンプして躱す。そのまま眼鏡の後ろを取る。眼鏡はアステロイドを防ぐためにレイガストかシールドをアステロイドの方に向けなければならない。相手に後ろを取られてそのままにしておくことはないだろう。しかし、彼はこちらを向かなかった。彼はシールドで相殺できないと思ったのかレイガストをアステロイドに向けたままだ。彼は体を90度こちらに向けた。左手にはアステロイドがある。私があのアステロイドを放つまで次のアステロイドを放てない。

 

「アステロイド!」

 

私はそのアステロイドを野球選手のホームベースに飛び込む時のように姿勢を低くして前に飛んだ。私の上すれすれをアステロイドが飛んでいく。背中を少し掠ってしまったようだ。背中からトリオンが溢れる。私はそのまま自分の体を眼鏡のレイガストへあてた。私の体重を支えられなかったレイガストは眼鏡の頭をカバーしきれなくなった。

 

「アステロイド!」

 

置いてあったアステロイドが眼鏡の顔面めがけて飛んでいく。眼鏡はシールドでそれをガードした。手をついて私は眼鏡の足を払った。

 

「うわ!」

 

私は素早く立ち上がりトリオンキューブを出した。仰向けに倒れた眼鏡はガードしようとレイガストを前に出した。私はそれを蹴り上げた。レイガストが衝撃で眼鏡の手から離れた。

 

「アステロイド!」

 

私は眼鏡の上半身を狙ってアステロイドを撃った。眼鏡はシールドで防御したがシールドは割れてしまった。私はそのまま眼鏡の首を力一杯踏みつけた。

 

『トリオン体活動限界。』

 

そう音声が流れる。私は眼鏡の首から足を離した。

 

「はあ、やっぱりダメね。最後は格闘みたくなっちゃった。」

 

眼鏡は何回も自分の首が繋がっている事を確認していた。

 

「大丈夫?」

「は、はい…。」

「私、貴方と同じトリオン量で戦闘してたんだけどね。」

「そうだったんですか?」

「うん、私が貴方に教えてあげられる事が一つだって事がよく分かったよ。」

「なんですか?」

「トリオン器官の鍛え方。まあ、一朝一夕でどうにかなるものじゃないからランク戦の時に結果が出てるとは思えないけど。戦闘はやっぱり烏丸ちゃんに教えてもらいなよ。私には中距離は向かないみたい。」

「は、はい。」

「それじゃあ、烏丸ちゃんからメニューもらってるんでしょ?取り敢えず、それやりなよ。」

 

私は訓練室から立ち去ろうとした。

 

「あの、ありがとうございました!」

 

眼鏡がそう言って頭を下げていた。

 

「お兄さんとお友達の事、本当に期待しない方がいいわ。どこの国に攫われたとか、探し出すのは至難の技よ。」

「でも、見つかるといいわね。」

「ありがとうございます!」

 

眼鏡はもう一度大きな声で礼を言ってきた。私はそれだけ言って訓練室を出た。

 

「お疲れ様です、神崎先輩。最後のえげつなかったですね。」

「宇佐美ちゃん、いくら私でもあれだけのハンデがあると手段を選んでられないわ。」

「神崎は本当にアステロイドを使うの初めてだったの?」

 

白髪が私にそう言った。どうやら私の戦闘を小南と一緒に見ていたみたいだ。

 

「初めてよ。銃なら使った事あるけど、ああいうのは初めてね。」

 

そう言うとふぅんとあまり興味がなさそうな返事が返ってくる。

 

「そうそう、その神崎っていうのやめてくれる?私、年上よ。」

「じゃあ、神崎先輩?」

「まあ、それでいいわ。」

「神崎先輩。」

「ん?」

「うちのオサムがお世話になります。」

「そんなに世話するつもりはないわ。ただ、私の時と違って探してくれる人がいるんだもの。お友達とお兄さんには助かって欲しいだけよ。」

 

私は目を伏せてそう言った。




お疲れ様です。

嬉しかったので急いで書き上げました。

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