nameless   作:兎一号

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三尾人さん、高評価ありがとうございます。

評価が変わってて驚きました。


神崎蓮奈の宿題と射撃

私は小学校に通っていない。中学校だって通ったのは二年生の後半からだ。まともな人生を送っていない私には漢字と言うのは天敵だった。元々日本人では無い事も影響しているのだろう。ロシア人の私には3種類の文字を使うのに言葉は一種類しかないなんてあまり意味が分からなかった。

 

玉狛支部を出て本部のラウンジで宿題をしていた。ペンをくるくる回しながら宿題を見詰める。

 

「あ、神崎先輩!」

「緑川ちゃん。丁度良い所に来たわね。これ、何て読むか知ってる?」

 

食事でもしに来たのかA級の中学生緑川駿に『案山子』と書かれた文字を見せた。緑川は唸った。

 

「うーん、分かんない。なんだろう『あんざんこ』?」

「では無いと思っているんだけど。そんな言葉聞いた事無いし。」

「うーん、ごめんね。神崎先輩。俺にはわかんないや。」

「そう、まぁ仕方ないわね。奈良坂ちゃんとかなら読めるかしら。」

「奈良坂先輩は読めそう。」

 

私は小さく溜息を付いた。国語辞典では無く、漢字辞典を持ってくるべきだったか。

 

「そんな事より、神崎先輩!ランク戦しようよ。」

「ランク戦って…。ただの模擬戦ね。でも駄目よ。宿題が終わるまでは相手はしてあげられない。」

「ちぇっ。そうだ、神崎先輩。迅さんがS級辞めたって本当?」

 

緑川駿は少し不満げに聞いて来た。私はペン回しを止め、緑川駿の方を見た。

 

「私はそう、太刀川ちゃんに聞いたわ。太刀川ちゃんはそう言った事で嘘つかない人だから本当だと思う。」

「そっか…。」

「でも、ほら。A級になったって事は普通にランク戦に出るって頃でしょ?貴方にとっても良い事じゃない。」

 

緑川駿はどうやら落ち込んでいるようだ。

 

「うう、やっぱり模擬戦しようよ!ね、良いでしょ。神崎先輩!」

「ダメって言ったでしょ。他を当たってちょうだい。」

 

そう言うと緑川はトボトボと歩いて何処かに行ってしまった。私はもう一度宿題に目を向けた。国語は止めよう。別な物をしよう。そう思い、数学の宿題を取り出した。大学は結局ボーダーから推薦が出たのであまり苦労する事も無く受かった。まぁ、それでも他の生徒と同じ様に授業は受けなければならないし、遠征の時は授業でやるところのプリントが配布される。今はそのプリントをやっている。別段、国語以外では苦労しないのだ。国語以外では。特別な環境下で育ってきた私には作者の心情など知る由もない。そう言った意味では英語の読解も苦手だ。

一方、数学などの計算は得意だ。あれには感情が関係なくどんな人間がやっても一つの答えにたどり着くようになっている。そう言う意味ではやればやるだけ出来るようになる。だから理系は好きだ。

 

「おう、神崎じゃないか。」

「うわ、使えないのが来た。」

 

手を振りながら近づいてくる大学生を見て思わず本音が出てしまった。学力的な事を言えば先程の緑川より確実に低いであろう使えない大学生、太刀川慶がいた。

 

「何やってんだ。」

 

と言いながら持ちを持って近づいてくる。そして許可なく同席してきた。

 

「宿題だよ。太刀川ちゃんだって出てるでしょ?」

「おう、どうだったかな。」

「どうせ忍田さんに見つかって焦ってやるはめになるんだったら、今やりなさいよ。」

 

しかし太刀川慶は笑うだけでやろうとはしない。後で忍田さんに教えてあげようかな。太刀川慶が宿題してないよーって。絶対言ってやろう。そして太刀川慶は私の前で餅を食べ始める。私は気にしない様にして宿題へと視線を落とした。

 

「なあ、神崎。」

 

数分後、前の男が話しかけてきた。私は無視して宿題に集中する。

 

「なあって、神崎。」

 

数分後、前の男が話しかけてきた。私は無視して宿題の紙を捲る。

 

「聞こえてるんだろ、神崎。」

 

一分もしないうちに前の男が話しかけてきた。こう言った時と言うのは絶対に模擬戦を申し込む気だ。太刀川慶との模擬戦は予想以上に時間を喰うので嫌いである。決着がつかない。いや、決着はつくのだ。私が大抵負ける。私のトリガーは純粋な剣術を鍛えるのには少し特性が邪魔だった。それでもある程度の剣術は使えると言っておこう。まぁ、負けるのは悔しいし、自分も勝つまでやりたくなるから時間が無くなるのだ。

 

「なあ、神崎。真面目な話しなんだって。」

「はあ。何なのよ、さっきから。しつこいわね。私は宿題で忙しいの。模擬戦はやらないわよ。」

「はあ?何でやらないんだよ。神崎本部で見つけるの難しいんだよ。お前、本部にいる時サイドエフェクト使ってるだろう!」

「やっぱり。私忙しいの。……これ読めたら、一回だけ付き合っても良いわ。」

 

私はそう言って先ほどの宿題の『案山子』を見せた。

 

「あぁ、『案山子(かかし)』だろ?」

「かかし?ふむ、ちょっとまって。」

 

私は国語辞典を開いてかかしを調べた。私は信じられず国語辞典をもう一度見た。

 

「嘘でしょ…。」

 

私の国語力、目の前の男以下…。ヤバイ、凄くショックだ。私は項垂れた。ゴンッと鈍い音を立てて頭を机に打ち付けた。

 

「おい、凄い音したぞ。大丈夫か。」

「今、自分の国語力に自信を無くした所。はぁ、一試合だけよ。」

「よし、早く行こうぜ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪、疲れた。」

「神崎、なんでライトニングで戦ってるんだ?弧月はどうした、弧月。」

「今、凸砂を練習してるのよ。」

「凸砂?なんだそりゃ。」

「突撃するスナイパー。略して凸砂。」

「スナイパーは突撃しちゃダメだろう。」

 

ディスプレイの向うからそんな事が聞こえて来る。

 

「でも、近くならライトニングの弾速より早くシールドを張る事の出来る瞬発力のある人はまずいないわ。実際、太刀川ちゃんの右足持っていけたし。」

 

私は飲み物を飲みながらそう言った。

 

「クイックショットも大分モノになってきたし、シールドと組み合わせれば使えると思うんだけど。」

「それは神崎の身軽さがあってこそだろ?普通の人間は剣筋を交わす為に捻った状態から獲物を見ずにスナイパー撃たねぇよ。」

「あら、褒めてくれてるの?」

「あぁ、お前は東さんに並ぶ変態だ。」

「なにそれ、嬉しくないわ。大体、狙撃手は一番簡単なポジションなんだからこれくらい出来ないと使い物にならないでしょ。」

「それ、狙撃手やってる奴に怒られるぞ?」

 

飲み物を飲んでいた私は太刀川慶の言葉にトンッと飲み物を置いた。

 

「太刀川ちゃん、どんな戦場だって基本は相手の不意を衝く事よ。そして何より難しいのは武器の有効射程距離まで相手に気付かれずに近づく事。射程が一番長い狙撃手が一番簡単なのは当たり前の事よ。その分、近づかなくていいんだから。リスクを最小限に、相手を倒せる術を持っている。そんなポジションがどうして簡単じゃないといえるの?」

「離れれば当てるの難しいだろ?」

「そんなのは唯の練習不足でしょ?当てなきゃ死ぬ。そんな環境に置かれたらみんな死ぬ気で当てに行くわよ。そんな甘えを言い訳に使うなら、狙撃手なんてやめた方がいいわ。スナイパーは敵を一発で無力化出来なきゃいる意味が無いのよ。」

「やっぱ、戦争を体験した人間の言葉は違うなぁ。」

「宿題あるからもう出るわよ。じゃあね、太刀川ちゃん。」

 

私はそう言ってC級の訓練スペースから出た。太刀川慶との模擬戦は疲れる。宿題、終わるだろうか。まぁ、直ぐに学校と言う訳では無い。どうにかなるだろう。そして私は自身が一番落ち着けるであろう場所へと向かった。行き慣れてしまったが為に、暗証番号が意味をなさなくなった作戦室。適当な番号を入れ、作戦室のドアを開ける。

 

「神崎先輩。」

「絵馬ちゃんだけ?」

「うん、そう。カゲさんに用事?」

 

可愛く首を傾げて聞いてくる絵馬ユズル。本人にはそんな事一ミリも思っていないのだろう。

 

「ううん、宿題をやりたいんだけどラウンジにいるといろんな人に絡まれて集中できないから。」

「玉狛でやればいいじゃん。」

「玉狛は今色々面倒事をしてるの。巻き込まれたら宿題どころじゃなくなるもの。と言う訳で作戦室貸して、お願い。」

 

私は手を合わせて絵馬ユズルにお願いしてみる。

 

「まぁ、俺は良いけど。」

「ありがとう、邪魔になりそうなら直ぐに出て行くから。」

「カゲさんはそんな事言わないよ。」

「そうかしら。」

 

私はソファに座って宿題を広げた。取りあえず、数学だけでも終わらせてしまわなければ。宿題をしていると前のソファに絵馬ユズルが座った。私は視線だけでそれを見た。そしてまた視線を宿題に戻した。前に座っている少年は先ほどの男とは違い一向に話しかけてくる気配はない。静かな空間が広がっていた。

 

「遠征に行ってきたんだけど…。」

 

言葉を先に発したのは私だった。そして鳩原未来がどうしてボーダーを辞めたのか、本当の理由を知らない絵馬ユズルに言っても仕方ない事を思い出した。

 

「?知ってるよ、それがどうかしたの?」

「何でもない。鳩原ちゃんの事、庇いきれなくてごめんね。」

 

私はシャーペンで答えを書きながらそう言った。鳩原未来のことはよく覚えている。同じクラスだった事もあった。

 

「良いよ。神崎先輩は本当に城戸さんに掛け合ってくれてたって、知ってるから。」

「そう…。」

 

引っ込み思案な彼女は人が撃てなかった。私からしたらそれは甘えだ。甘えだが、その甘えを突き通し相手の武器を確実に壊していた彼女の技術に私は惚れ惚れしていた。私は最初狙撃手をしていたから、その技術がどれ程素晴らしく、難しい事かよく知っていた。それを理解出来ないのは実際に戦った事が無いからだ。あれはヘッドショットするのと訳が違う。頭は首と言う軸がある。その軸を極端に動かすことは出来ない。だからある程度の鍛錬を積めば相手の行動の予測を付け、頭を撃ち抜くことが出来る。では武器はどうだろう。銃などの武器は走っている間勿論左右に振らさる。構えたとしても当然撃っている銃はリコイルのせいで常に動いている。銃を狙うくらいなら私は相手を見ていて動かない頭を狙う。剣を撃ち抜くなんて私にも出来るかどうかわからない。私から言わせれば、無駄なのだ。無駄な技術。あれで人を撃てるようになれば、途轍もない戦力になったのに。

無駄にすごい無駄な技術。それは恐らく私がやろうとしている凸砂のクイックショットも同じ事なのだろう。私も武器を撃ち抜くのをやりたくて前は練習していた。彼女を驚かせてやろうと思っていた。それも叶わなかったが。

そう言えば、鳩原未来と話していると刈谷裕子は良い顔をしなかった。

 

「神崎先輩はさ、人が撃てないのどう思ってたの?」

「勿体ないと思っていたわ。そしてどうしてボーダーに入ったのか、分からなかった。」

「それって、どういう意味?」

「理由をね、話してあげたいんだけど…。ごめんなさい、私の昔の事あまり話したくないの。」

 

私はそれしか言えなかった。玉狛の子達には何かめっちゃ喋ってたけど…。あの子達外で話さないわよね。後で釘刺しとかないと。

 

「カゲさんは知ってるの?」

「…詳しくは話した事無いの。と言うか、誰にも詳しく話した事無いわ。」

「どうして?」

「思い出したくない事だから。あの10年間はトラウマみたいな物かしら。」

「10年間…。」

「あの時の私と、今の私は違う人間。そう思わないと、私はきっと自分を見失う。」

 

絵馬は納得していない様な顔をした。絵馬はあまり表情は動かないが、案外分かりやすい。それは私が人間を演じることになれているからだろうか。

 

「それって神崎先輩のブラックトリガーが友達だったってのと関係あるの?」

「随分聞いてくるわね。興味あるの?」

「……言いたくなかったら、言わなくていい。」

「そうね、このブラックトリガーが私の友達だったって事とも関係あるわ。」

「そう、言い辛い事聞いてゴメン。」

 

絵馬は視線を少し下げてそう言った。私は彼の頭の上に手を置いた。そしてよしよしと頭を撫でた。彼は嫌がっていないようで暫くそのままにしていた。

 

「ふふ。」

「何?」

「ううん、可愛いなぁって思って。」

「カゲさんが言ってた。神崎先輩は何でもかんでも可愛いって言うって。可愛い以外の形容詞知らないんじゃないかって。」

「私は影浦君が形容詞って言葉を知っている事に驚きね。」

「流石にカゲさん怒ると思う。」

「ふふ、でも怒った影浦君も可愛いわよ。あのガオーって奴。やってって言ってもやってくれないのよ。」

 

絵馬は顔を上げたので私は彼の頭から手を離した。彼は暫く私を見詰めてきたので、私は首を傾げた。

 

「神崎先輩とカゲさんって…、仲良いよね。」

「そうね、私は彼の事を信頼しているわ。」

「神崎先輩は、カゲさんの事…その、好きなの?」

「…えっと、それはきっとあれよね。恋愛的な事よね。」

「うん。」

「そう、絵馬ちゃんもそう言うのに興味が出るお年頃なのね。」

「いや、別に。そうじゃなくて。」

「でも、そうね。私はきっと結婚とかそう言うのはしないかしら。」

 

私は遠くを見てそう言った。絵馬は私を見て少し不思議そうな表情をした。

 

「そうなの?女の人はそう言うのが夢って言う人が多いと思うんだけど。」

「そうね、でも私はきっとそう言う一生大切にするものを作る勇気が無いのよ。だから、影浦君とそう言うのにはならないかしら。」

「そっか。」

「そうよ。」




お疲れ様でした。

感想、お待ちしています。

ランク戦に入ると書く事無くてどうしようか今の悩みです。

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