nameless   作:兎一号

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神崎蓮奈は戦乙女

彼は暫く目を瞑っていた。そしてゆっくりと目を開けた。私は侵食していたトリオンを全て霧散させた。白髪がトリオン体でいられなくなったのだろう。ボフッと白い煙が辺りを包んだ。

 

「あ、れ?生きてる。」

 

彼は私の方を見た。私はブラックトリガーを解いている。彼は数回瞬きをした。そんな安心しきっている目の前の眼鏡にアッパーをした。

 

「グハァッ!」

 

眼鏡は数十センチ浮かび、眼鏡が外れ地面に倒れる。そして私は倒れた眼鏡の頭を踏み付けた。

 

「ねぇ、君。私の話を聞いていたかしら?トリガーを起動しろって言わなかったかしら?死にたいのかしら。」

 

私はグリグリと彼の頭を踏み付けた。

 

「全く、どうして迅ちゃんはこんなのを守ろうとしてるのかさっぱり分からないわ。あぁ、イライラする。」

「い、痛い痛いですよ。」

「痛くしてるのよ。」

 

そしてタイミングを計った様に端末が鳴った。私は端末に表示されている名前を見て眉を寄せた。

 

「もしもし。」

『もしもし、蓮奈さん?そっちの様子はどうかなって思って。連絡したんだけど。』

「そうね、眼鏡は私の足の下で踏まれて善がっているわ。白髪も、生きてるわよ。一応、誰も死んでないわよ。良かったわね。国語力の無い私が必死に話を伸ばしたお蔭よ。感謝してくれてもいいのよ、迅ちゃん。」

『あぁ、感謝してるよ。』

「……、私は疲れたから、もう寝るわ。おやすみなさい、迅ちゃん。」

『あ、うん。おやすみ。』

 

私は端末から耳を離した。そして立ちあがっている近界民の方を見た。

 

「じゃあ、私は寝るから。お休み。宇佐美ちゃんもごめんね。パソコン壊しちゃって。」

「あ、いえ…。大丈夫です。」

 

私は手を振りながらエレベーターに乗った。私は大きく溜息を付いた。どうも悪役を気取るのは疲れる。私は洗面道具を持って大浴場へ向かった。

 

体をきれいに洗ってからお湯につかった。

 

「はぁ…。」

 

気の抜けた声が漏れる。遠征から帰ってきた当日にブラックトリガーと戦わされるとは思わなかった。それにしても余計な事を口走った。あんなことを言うつもりはなかったのに。口まで湯船につけ、ブクブクと口から空気を出した。ムカついた。あの眼鏡がどうしようもなく、ムカついたのだ。

ただ泣き叫ぶ事しかできなかったあの時の私の様だと、無力だと嘆く事()()しなかった。無力をどうにかしようとしなかった私とどうしようもなく被ってしまった。

…何を被る事がある。私は初めからあの白髪を殺す気など無かったのだ。メガネは初めから何も失わない。それが決まっていただろう。

 

「はぁ、虚しいからやめよう。」

 

お風呂から出てネグリジェに着替えた。スリッパを履き、ペタペタと鳴らしながら廊下を歩く。自室に入り、私は端末にメールが来ていることに気がついた。メールの送り主は太刀川慶だった。

 

「まさか、明日もとか言わないわよね。」

 

私はメールの内容を見て、目を見開いた。そしてその端末を握り潰しそうな程、端末を握り締めた。私は端末をベッドの上に投げた。それから机に拳を叩きつけた。

 

「どうして、そんな事が出来るの。それ程までに守る価値のある者だったの。」

 

迅悠一が風刃を手放した。だから、ブラックトリガーの奪還命令は取り下げられた。

私は迅悠一の中に自分を見ていた。大切なものを守れず、ブラックトリガーにしてしまった。迅悠一は自分と同じなのだとそう思う目で彼に自分の理想を見ていた。

風刃の使用者を決めるあの争いの時、私は見ていた。迅悠一が何より風刃に執着し、誰よりも風刃を欲していたのを、私は見ていた。だから、迅悠一は私と同じなのだという理想を見ていた。

 

私は自分の部屋を出た。そして迅悠一の部屋へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、危なかったな。オサム。」

 

床に倒れていた三雲修は眼鏡をかけ直し立ち上がった。

 

「ああ、ありがとう。」

 

三雲修は先程の事を考えていた。怒りに満ちたあの碧い目を。三雲修はどうしてあんなに怒っているのかわからなかった。

 

『何時だって最後は唐突よ。奪われるのは一瞬。誰を責めても戻りはしない。』

「それにしても、相手が殺す気で来ていなくて助かったな。」

 

レプリカがニュルッと出て来てそう言った。

 

「どう言う意味だ、レプリカ?」

 

レプリカの言葉に空閑遊真は尋ねた。

 

「彼女は最初から色々なことに気を配っていた。特に宇佐美は攻撃を当てない事には細心の注意を払っていたように思える。」

「それは多分、神崎先輩のブラックトリガーは生身を傷つけるとトリオン器官に神崎先輩のブラックトリガーが侵食して最終的にはトリオン器官が無くなってしまうからだと思う。」

「つまり神崎先輩は宇佐美先輩を殺さないように立ち回っていたという事ですか?」

「レプリカ先生の言う事が本当ならそうだと思う。神崎先輩のブラックトリガーの特性は触れたトリオンを侵食し、自らの管理下におく。

遊真くんが神崎先輩の武器を蹴り上げた後足が動かせ無くなったでしょ?あれは足の裏のトリオンと床のトリオンを結合させたからだと思う。」

 

辺りを見渡しても侵食された箇所は何処にもない。

 

「それが神崎蓮奈のブラックトリガーの特性なら、彼女に勝つのは至難の技だ。彼女に触れる事をせず、彼女のトリオンを削るか、トリオン伝達脳を切り離すしかない。」

 

レプリカはそれから少し黙った。空閑遊真は自身のお目付役を見た。

 

「どうしたんだ?レプリカ。」

「彼女は恐らく戦乙女(ヴァルキュリア)かもしれない。」

「ゔぁる、ナニ?」

 

レプリカの言葉に空閑遊真は眉を顰めた。聞きなれない言葉に三雲修と宇佐美栞は首をかしげた。

 

「何なんだ、そのゔぁるきゅりあって?」

「十年ほど前から現れるようになった黒衣の女騎士の姿をしたブラックトリガー使いだ。彼女が加担した国が必ず戦争で勝つため、畏怖の念を込めて『戦死者を選定する女(ヴァルキュリア)』と言う名が広がった。丁度四年ほど前から噂を聞かなくなった。神崎蓮奈の話が本当なら、彼女がヴァルキュリアで間違いないだろう。」

「『戦死者を選定する女』…。」

「彼女の恐ろしいところは他人を殺す事を迷わない事だ。トリガー使いを倒すと大抵はそのまま生け捕りにして同じように捕まった味方の捕虜交換に使うんだが、彼女は彼女の敵を一人残らず殺している。」

「だから、『戦死者を選定する女』なのか。」

 

レプリカの言葉に三雲修はそう呟いた。彼女の敵となれば最後殺される。彼女を味方につければ戦争には絶対に勝てる。彼女が味方である内は何処の国も襲ってこない。

 

「あっちじゃ有名なのは『ルークスの悲劇』って奴だな。」

「『ルークスの悲劇』?」

「ヴァルキュリアが有名になった事件だ。」

「何があったんだ?」

「分からない。何もわかってないんだ。」

 

空閑遊真の言葉に三雲修は分からないと言った表情を浮かべた。

 

「昔、ルークスっていう国があったんだけどその国は三日で無くなったんだ。」

「無くなった?」

「あぁ、誰一人生き残ってなかったんだ。軍人も一般市民も誰も彼も生きていなかった。それでルークスと連絡が取れなくなった同盟国が様子を見に行ったら沢山の死体の上に真っ黒な鎧を着た女騎士が立ってた。だから何があったのか知ってるのは『ヴァルキュリア』だけなんだ。」

 

その話を聞いてそこにいた3人と一匹?は黙ってしまった。三雲修は眉を顰めた。

 

「次、神崎先輩が俺達を襲ってきたら…。」

「それは、どうだろうか。少なくとも神崎蓮奈は迅悠一と繋がっているようだ。今のところは彼女を信じるしかないな。彼女が襲ってきた場合は…、彼女と戦うしかないだろう。彼女は人を殺す事を厭わない。それに彼女の言葉とオサムを襲ったという行動から、必要なら今度こそオサムを殺すだろう。それはチカにも言える事だ。」

「大丈夫、心配しなくいいぞ。難しいかもしれないけど、神崎を止めるよ。」

「空閑…。僕も今度は役に立てるように強くなるよ。」

「あぁ、頼りにしてるよ。相棒。」

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗な部屋の中の扉が開かれ、外の廊下の光が漏れた。扉を開けたのはこの部屋の主、迅悠一だ。彼に背を向けて椅子に座っている神崎蓮奈を見て迅悠一は頭を掻いた。

 

「怒ってる?」

「別に、貴方に怒っても仕方ないでしょ?太刀川ちゃんから連絡があったわ。あの近界民のブラックトリガー奪取の命令は取り下げられた。貴方が風刃を手放したから。」

 

彼女は机の上に肘を付いた。組んでいた足を組み直し、不機嫌を顕わにしていた。

 

「蓮奈さんは、俺が許せない?」

「許せない?意味が分からないわ。貴方は、私に何か罪の意識を感じる様な事をしたのかしら。」

「はは、手厳しいな。」

 

迅悠一は私の隣を通って自分のベッドの上に腰かけた。

 

「本来なら、貴方の事殴ってるわ。」

「あぁ、その未来もあったよ。それ位は覚悟してたんだけどな。」

 

私は自身のブラックトリガーである逆十字に触れた。私がこれを手放す事が出来るだろうか。今、守りたいものの為に、私は有紀を捨てられる日が来るだろうか。私はきっと捨てられない。私は迅悠一の様には守れない。

 

「大丈夫だよ。蓮奈さんのブラックトリガーは大丈夫。」

「余計なお世話よ。これは、私にしか使えない。それは城戸さんも分かってるわ。私からこれを取り上げたって宝の持ち腐れだって。」

「俺の風刃も極端だけど、蓮奈さんのブラックトリガーも極端だよな。蓮奈さんしか使えないなんて。」

「そうね、お互い極端だわ。」

 

そう言うとお互いは黙ってしまった。私は立ちあがって部屋から出る為にドアノブに手をかけた。

 

「蓮奈さん、俺、本当に感謝してるんだよ。」

「そう。」

 

私は迅悠一の部屋を出て自分の部屋のベッドに倒れた。今日は疲れた。明日からは学校から出された課題を消化しないといけない。私は小さく溜息を付いて意識を闇の中に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、朝。私は眠たい目を擦ってリビングへ入った。そこにはあの3人組がいた。私は気にしないで席に座り、パンを口に含んだ。あぁ、視線がうるさい。私はサイドエフェクトを使った。

 

「はぁ!?」

 

私の姿を見える事が出来なくなった眼鏡が行き成り叫んだ。私はそんな事を気にしないでトーストを食べた。

 

「神崎先輩、サイドエフェクト使わないで下さい。」

「そこの眼鏡の視線がうるさい。」

 

烏丸が見えなくなった私にそう話しかけた。私はトーストを食べながらそう言った。

 

「あの、烏丸先輩。」

「神崎先輩のサイドエフェクトだ。名前は『視覚認識操作』。相手が自分をどう見えているかを操作できるんだ。」

「ほうほう。だからパンが宙に浮いているように見える訳か。」

「神崎先輩、それじゃ余計に怪しいです。」

 

私はサイドエフェクトを使うのを止めた。すると他の人間にも見えるようなったようだ。

 

「そう言えば…、城戸指令からの命令の撤回が指示されたわ。良かったわね、ボーダー隊員にはなれそうよ。」

「それ、どうして撤回されたの?」

「そんな事、知っていても答える義理はないわ。」

「それもそうだ。」

「神崎先輩、今日時間ありますか?」

 

私にそう話しかけてきたのは烏丸だった。

 

「時間かぁ、微妙な所ね。私、学校から出ている課題をしなきゃいけないから。何かあったの?」

「俺がバイトに行っている間、三雲の面倒を見て欲しいんです。」

「……、嫌だ。」

「お願いしますよ、先輩。」

「彼のポジションは?」

「アタッカーです。」

「私の本職はアタッカーじゃないんだけど。私の本職はスナイパー。」

「でも、強いじゃないですか。」

「唯の経験の差でしょ?兎も角、私は宿題をしなくてはいけないの。」

 

私はそう言ってトーストを口の中にいれると席を立った。

 

「三雲、神崎先輩に何かしたのか?」

「いえ、どちらかと言うとされたんですけど。」

「昨日、神崎に襲われた。」

「襲われた?」

「城戸司令の命令だそうで。」

 

その言葉を聞いて木崎は難しい顔をしていた。

 

「神崎の目標は三雲たちに一番近いから、気が合うと思ったんだがな。」

「神崎先輩がボーダーにいる目的ですか?」

「あぁ、神崎は近界民に誘拐された全ての人を連れ戻す事を目標としてボーダーに所属している。」

 

三人はその言葉を聞いて目を見開いた。

 

「神崎は誘拐された人間の辛さを誰よりも知っている。神崎が毎回遠征について行っているのもそのためだ。」

「そう、なんですか。」

「まぁ、一度神崎とよく話してみる事だ。言葉はきついが自分が間違いだと思う事はしないし、言わない。そう言う奴だ。」

「はい。」

 

三雲修は一抹の不安を覚えながら彼らの話を聞いていた。




お疲れ様です。

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