「烏丸ちゃん、まだいたの?」
お土産に買ってきたお好み焼きを冷蔵庫に仕舞おうと居間に立ち寄った。夜、もうすぐ9時を回ろうとしてる。彼がこんな夜遅くまでいるのは珍しい。それとも最近はそうなのだろうか。
そして直ぐに小南の姿も確認できた。
「あぁ、お帰りなさい。神崎先輩。随分長い散歩でしたね。」
「えぇ、まぁ。美味しかったわ。」
「影浦先輩の家に行ってたんですか?」
「うん、お好み焼き食べてきた。お土産にテイクアウトしてきたんだけど。あの子達、もう帰っちゃったかしら?」
「蓮奈、あんたね。あんな事言って出てった後でよくそんな事出来るわね。」
小南が嫌味を言う。
「そうね、でも。仲直りは早くしないと。後からだと色々と面倒でしょ?」
私は笑みを浮かべてそう言った。あまり納得してい無さそうな小南と無表情で何を考えているのかあまりわからない烏丸がこちらを見ている。冷蔵庫にお好み焼きを仕舞、私はコップ一杯の水を飲んだ。
「木崎ちゃんは?防衛任務だったかしら?」
「いいえ、レイジさんはまだ雨取と下で訓練中です。」
「そう言えば、結局あの子達どうしてボーダーに入ったの?お兄さんとお友達を助けるため?」
私はもう一杯水をコップに注ぎながら尋ねた。
「えぇ、そうです。」
「ふぅん。そう。」
私は水を飲み干してコップをシンクの上に置いた。
「だから、私に手を貸して欲しいって木崎ちゃんが言ってたの?」
「俺からも宜しくお願いします。神崎先輩。」
「あまり、思い出したくないのだけれど。」
私はそう言って部屋から出る為に出口へと歩き始めた。きっと、私にとってあの十年間は何時まで経っても過去にはなってくれないのだろう。
「さて、やるべき事をやるか。」
私はそう呟いて下へと向かった。恐らく太刀川たちは迅に足止めを食らう事だろう。そして玉狛に辿り着けたとして、木崎達に敵うだろうか。難しいのではないか。
「よう、蓮奈さん。調子はどうだ?」
「どうも、迅ちゃん。調子はいいわよ。」
私が地下へ向かおうとしているとその前に迅悠一が立ちはだかった。
「迅ちゃんもこれから地下に行くのかしら?」
「いや、俺はちょっと用事が出来てね。」
「こちらに向かって来ている太刀川ちゃん達の足止めかしら?」
私が知っていた事に驚いた様子はない。恐らく分かっていたのだろう。
「蓮奈さんにお願いしたい事があるんだけど。」
「お願いの内容を聞いてからでないと何とも言えないけど、十中八九聞き入れてあげられないと思うわよ。」
私達は互いにニコニコしながら話している。
「俺の後輩に手を出さないでほしいんだ。」
「そのお願いの為に、君は私に何をするの?」
「お好み焼き奢るとかじゃ、ダメかな。」
その言葉を聞いて私は深い笑みを浮かべた。
「駄目よ。それでは城戸さんとの信頼関係を捨てるには安すぎるわね。」
「その代わり、俺達からの信用は得られるよ?」
「…、そうね。そうかもしれないわね。でも、そんな主を次々に変えるような人信じられないでしょ?それにこういっちゃなんだけど私は貴方達の事、信用してるのよ。信頼も、まぁ、あの子達よりはしてるわ。なのに、今は信頼されていないみたいな言い方。寂しいなぁ。」
「ははは。」
「迅ちゃん。守りたいものは誰かに守って貰うんじゃなくて自分が守らなきゃダメなんだよ。そうじゃないと絶対後悔するよ。」
「それは経験談?」
迅はそう意地悪に聞いて来た。私は少しだけ沈黙した。どう言おうか私は迷った。それから少しだけ、笑みがこぼれる。
「そうね、経験談よ。先輩の言葉はきちんと聞きなさい。人間なんてコロッと簡単に死んじゃうんだから。守りたいものをきちんと選びなさい。人は自分の両手に余る物を守れないわ。」
「それでも、守らなきゃいけないんだよ。これからの為に。」
迅悠一はどこか覚悟を決めた様にそう言っていた。彼の苦しさは私には理解できない事だ。守る事を強いられて、本来彼が本当に守りたいものを彼は守れているのだろうか。逃げる事
人はなりたいものにはなれない。理想とは、理解に目を瞑る事。人々の理想は一体どれだけ彼を理解されているんだろうか。
「貴方はヒーローには向かないわね。ヒーローは『これから』の為なんて
「手厳しいなぁ。」
と、言いながら迅悠一は困った様に頭に手を置いた。
「まあ、でも私に下された命令は『玉狛にいる近界民のブラックトリガーの回収』。玉狛にいる近界民が強くて手こずってしまうかもしれないわ。」
そう言うと彼は少しだけ驚いた顔をした。彼が驚いた顔をする事に驚いた。
「確率の低い未来だったかしら?」
「まぁ、そうだね。そこまで高くなかったかな。」
「そう。なら、その低い確率に行く貴方の未来に、幸運が溢れている事を祈っているわ。」
私はそう言って彼の横を抜けてエレベーターのボタンを押した。
「何か、蓮奈さん。見ないうちにイイ女になった?」
「あら、失礼ね。私は最初から良い女でしょ?」
「さらにイイ女になったって事。」
「そう言う事にしておいてあげる。頑張ってね。」
私はそう言ってエレベーターの中に入って行った。
「蓮奈さん、ありがとう。」
迅はエレベーターのドアが閉まるときにそう言ったのが聞こえた。彼もなかなかつらい立場にいる。同情をしてしまう。それでも、彼の守りたいものと私の守りたいものは違う。私の守りたいものは私にしか守れない。それを私は良く知っている。
エレベーターから降りるとそこには宇佐美と眼鏡と白髪がいた。木崎とあの女の子はいないようだ。見ず知らずとはいえ少女を争いに巻き込むのは忍びない事だ。それに烏丸と小南は上にいる。木崎は恐らく、3つのエレベータのうちのどれかにいる。三つとも動かない様にしてしまえばいい。そうすれば、一番厄介な木崎の介入は無くなる。上の二人はいずれ降りて来るだろうが、木崎がいない分幾分か楽だ。
「神崎先輩。練習しに来たんですか?」
私に気付いた宇佐美がそう尋ねて来た。
「うーん、ちょっとね違うわね。仲直りかしら。」
「仲直り?」
私は白髪の前に立った。
「さっきはごめんなさい。八つ当たりをしてしまったわ。」
「別に気にしてないよ。」
「そう、それは良かったわ。今は、トリガーの説明を受けていたのかしら?」
私はテーブルの上に3つ置かれたボーダーのトリガーを見て尋ねた。
「そうだよ。」
「ブラックトリガーじゃ、隊は組めないからね。でも、ダメかもね。」
私はそう言ってトリガーのうちの一つを手に取った。
「どういうこと?」
「その前に貴方が死んでしまうという事よ。」
私は服の袖から果物ナイフを取り出し、それを彼の喉元へ向けた。そして私は彼の喉元を斬り裂こうとした。しかし、それは避けられてしまう。彼の反応は速かった。私は欠けてしまった果物ナイフを見た。そして眉を寄せた。ナイフを捨て、首元の逆十字に手を当てた。
「どうしてこんな事するんですか!?」
「城戸司令のからの命令よ。玉狛にいる近界民のブラックトリガーの回収。その生死は問わない。そういう命令がきてる。」
「空閑はボーダーの隊員になりました!模擬戦以外の隊員同士の戦闘は固く禁じられています”」
私は眼鏡の方を見た。
「三雲ちゃん、だったわね。貴方はルールの上ではできない事だからと、危険を放置できる?私には出来ないわ。私の人生に色をくれた人達に何かあってからじゃ遅いのよ。貴方が、c級隊員でありながら外でトリガーを使ったのと同じ事よ。彼がボーダー隊員で私に厳罰が下されるのなら、それを甘んじて受け入れるわ。組織には必ず、汚れ仕事をする人間が必要なのよ。」
「人が何かを失う時はほんの一瞬よ。何を責めてももう元には戻らない。」
「行こうか、ゆうき。」
真っ黒な鎧を着た私を3人は見上げた。私はまずコンピューターに剣を投げた。あれで木崎達と連絡を取られては困る。
「きゃ!」
「宇佐美先輩!」
コンピューターの近くにいた宇佐美が悲鳴をあげる。
「神崎にとって玉狛は大切じゃないの?」
白髪は静かに怒った様に私に尋ねて来た。
「私にとって一番大切なモノは玉狛じゃない。」
★
数時間前
「蓮奈!」
私に元気よく飛びついて来たのは四年前から比べれば大人になった刈谷裕子だった。身長も少し伸びた。それでも私よりは5cmほど小さい。
「帰って来てたのね。」
「ええ。ただいま。」
「お帰りなさい。怪我はない?」
「大丈夫よ。」
刈谷裕子は私の体をペタペタと触りながら確認した。
「それにしても、どうしたの?いきなり呼び出して。」
「特に、何かあった訳じゃないの。でも、これから少し大きな事をしなきゃいけなくて。それまで時間が出来たから、会いたかったんだけど…。迷惑だったかしら。」
私がそう尋ねると刈谷裕子は首を大きく左右に振った。
「そんな事ない!嬉しい。」
刈谷裕子は言葉通り嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑みにつられて私も笑みがこぼれる。
「でも、次からは出来れば早めに連絡が欲しいかな。身嗜みきちんと整えたいし。」
刈谷裕子は髪型を気にするように手で弄っていた。私達は今、影浦雅人の実家のお好み焼き屋へ来ている。刈谷裕子は店の中を見渡した。
「今日、影浦はいないのね。」
「ええ、午後は防衛任務らしいわ。」
「そう、じゃあ今日は二人か。やった。」
「えっと、豚玉と海鮮玉を一つずつお願いします。」
刈谷裕子は何やら嬉しそうに頬に手を当て顔を左右に振っている。
「裕子?」
「はっ、何でもないわ。」
「そう?大学受験の方はどう?もう直ぐテストがあるんでしょ?」
「私は特に心配は要らないわ。ちゃんと貴女と同じ大学に行けるわ。問題は影浦の方なのよね。あいつ、大学行けるのかしら。」
刈谷裕子は腕を組んで難しい顔をした。私はそんな彼女の言葉に苦笑いをして勉強している影浦雅人の姿を思い浮かべた。テストの時などは3人で集まる事があるが彼が真面に勉強しているところを見見た事はない。
「まあ、ボーダー関係で推薦が出るから大学には行けるんじゃないかしら。」
「出るの?あいつ、ボーダーでなんかやらかしたんじゃなかったっけ?犬飼が何か言ってた気がする。」
「根付メディア対策室長にアッパーしたわね。あの話を聞いた時、私笑っちゃった。」
思い出して思わず笑ってしまった。
「豚玉と海鮮玉です。」
「ありがとうございます。」
私達はお好み焼きを焼き始めた。
「ねえ、裕子。」
「なぁに?」
「私が近界で行方不明になったら探してくれる?」
私の問いに刈谷裕子は数回瞬きをした。
「勿論よ!絶対、ボーダーや影浦より先に見つけるわ。そして貴女を攫った奴をボッコボコしてやるんだから。」
「そう、ありがとう。私も貴女がいなくなったら全力で探すわ。」
「大丈夫、心配しないで。私はずっと蓮奈と一緒よ。」
★
「私にとって一番大切なのは、私を探してくれる人達だけよ。」
剣を二本出し、彼に斬りかかった。なるべく近くの二人には当てないようにしなければ。メガネはわからないけど、宇佐美は確実に生身だ。剣の切っ先が掠っただけでも危うい。何回も剣を振るう。
「逃げてたって仕方ないのよ?それとも、犠牲が必要かしら。」
私はそう言って眼鏡の方に剣を向けた。私は戦闘の邪魔にならない様にと壁に近付いていた眼鏡の方へ走った。白髪は私の行動を見て焦ったような顔をした。
「
私は白髪が飛んできた方を横目で見た。そこには見た事のない印があった。あの白髪のブラックトリガーの性能だろうか。三輪からの報告によるとあれは私のトリガーと似ているらしい。私が盗むのなら、白髪は学習するそうだ。あれは何かを学習した結果なのだろうか。
そんな事を考えながら剣を振り下ろした。私と眼鏡の間に入ってきた白髪。
―――ガキンっ
盾とかかれた何かに阻まれた。しかし、触れている部分は段々黒く染まって行く。先程までのボーダーの隊員服とは違い、真っ黒なバトルドレスのような物を着ている。
はてさて、こうしてみると本当に後ろの二人が邪魔だ。
私はもう一度腕を振り上げた。そして手に持っていたのは先ほどの両刃の剣とは違う。大きなハンマーだ。
「
大きな衝撃が走った。ピキピキと盾にひびが入る。彼は、ここから動くことは出来ない。彼に確かめる術はない。私の意識がどちら殺そうとしているかなんて。この盾が邪魔だな。私の場合は相手に攻撃を少しだけでも当てただけで勝確だ。
「ぶち抜いてやる。」
私はハンマーからアイアンサイトのスナイパーライフルを取り出した。一発、盾に銃口を押しつけて撃てば盾は割れた。割れた欠片は黒く変色し、床に落ちる。床に落ちた黒いのは沁み込む様に広がって行く。面倒なのは沁み込む物を後ろの二人が触れない様にコントロールしなくてはいけないという事。この部屋は全てがトリオンで出来ている。私がただ立っているだけでこの部屋は侵食され続ける。
私はライフルを白髪に向ける。撃とうとしたがライフルを蹴りあげられた。私は笑みを浮かべた。私のトリオンに触れた。彼はもうこちらの物だ。私は彼から離れた。武器はそのまま、彼の方へ構えた。彼は私がどうして私が離れたのか、分かっていないだろう。
「今度はこっちから行くよ。」
「来れるんならね。」
足を踏み出そうとした白髪は前に進まない、足が床から離れない事に気が付いたらしい。彼の足元は黒く侵食している。
「何だ?」
侵食したトリオンは私の支配下にある。支配が出来るという事は、トリオン同士の結合させることも出来る。私は彼に向かってライフルを構える。彼はあそこから動くことは出来ない。動けば彼は後ろの眼鏡を失うことになる。というか、あの眼鏡。トリガー起動しろよ。そうすれば緊急脱出させられるのに。それともそれが目的だとでもいうのだろうか。あり得ない。
「終わりよ。近界民。」
「空閑!!」
後ろの眼鏡が叫ぶ。私の銃口を近界民から後ろの眼鏡に向ける。
「やっぱり、君。嫌いだよ。」
私は弾を放った。白髪は同じ様に盾を展開したが、銃弾は盾を貫通して眼鏡の数センチ横の壁に銃痕を作る。銃痕は次第に侵食を始める。
「ひっ。」
「あんたの目的は俺だろ?」
「そうね、そうだけど。その間に誰を殺そうと、私の勝手でしょ?」
「どうして、オサムを狙うの?」
私は腰が抜けて尻餅をついた彼を見た。
「気に入らないから。」
そう言うと白髪はピクッと眉を寄せた。
「貴方はどうしてトリガーを起動しないの?貴方はそこの近界民を守りたくないの?そこの近界民は私に大切なモノを聞いて来たけど、貴方にはそこの近界民は大切じゃないの?」
「空閑は大切な友達だ!」
「嘘ね。」
「っ、嘘じゃない!」
「嘘よ。今の貴方にとって一番大切なのは宇佐美でもそこの近界民でもない。貴方自身よ。貴方はそこの近界民が絶対勝てるとでも思っていたの?彼の強さが絶対だと信じる訳は何?」
私はもう一度彼に銃を撃った。それはやはり盾に阻まれる。
「
彼の印から銃弾のような物が出て来る。私は身丈を超える程の大きな盾を取り出した。
―――ズシンッ
と重そうな音を立てて床に立てた。その攻撃は三輪から報告を受けている。
「いつまでも、彼に攻撃させて。自分が敵う筈が無いと最初からあきらめる。彼の足が動かない事を知っていて。彼の足を切る事も私の目を自分に引き付けさせ彼をフリーにする事もしない。大切な友達が殺されようとしている前で、ただ見てるだけ。それで彼が殺されたら私を責めるの?」
白髪も辛いだろう。近界民のトリオンの半分近くはこちらの管理下にある。私は近界民の侵食したトリオンを霧散させた。盾を戻し、私は再びライフルを取り出した。下半身が霧散した近界民は地面に体を預けた。そして近界民が起き上がらない様に両手に先程盗んだ鉛球を撃ち込む。近界民の手を黒いのが侵食していく。
「空閑!」
「これが、三雲修。貴方の選んだ結末よ。敵を前に戸惑うから。こういうことになるのよ。何時だって最後は唐突よ。奪われるのは一瞬。誰を責めても戻りはしない。」
私は剣を手に持ち、近界民に近付いた。両手を広げて眼鏡は私の前に立ちふさがった。両手は震えている。足もすごく震えている。
「空閑は殺させない!殺すなら僕を殺してからにしろ!」
私はスッと目を細めた。まぁ、仮面に隠れてそれを彼らが知る事は無いのだろう。
「えぇ、そうさせてもらうわ。」
私は眼鏡の首筋に当たらないように剣を近づけた。
「やめろぉ!!」
「じゃあね、三雲ちゃん。」
私はそのまま剣を眼鏡に向かって振った。
お疲れ様です。
うーん、全体的に宇佐美は空気だった。