nameless   作:兎一号

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神崎蓮奈の嫉妬と自己嫌悪

あぁ、最悪な気分だ。未だにこの遠征艇にはなれない。最近、車にはようやく慣れてきた。

 

「おいおい、神崎は毎回遠征について来てるだろ。いい加減慣れろよな。」

「煩いわね、太刀川ちゃん。仕方ないでしょ。」

「出来れば太刀川ちゃんはやめてほしいな。」

 

遠征艇の中で顔を青くした私にニヤニヤしながら話しかけて来たのは現在A級トップの太刀川慶だ。

 

「私は私より背の小さい子と年下にはちゃん付けするって決めたの。」

「高校生だろ?」

「後二ヶ月もしたら22歳よ。高校は15歳から18歳までしか通えないなんてルールないもの。さあ、歳上を敬ってもいいのよ。」

「はっはっは。」

 

ムカつく、この男。ガタンッと大きく揺れた。漸くついたみたいだ。私はフラフラしながら外に出た。そして新鮮な空気を取り込んだ。

 

「毎度の事だけど、報告は俺達で行ってくるぞ。神崎。」

「はいはい、宜しくね。当真ちゃん。私は帰るから。」

 

そう言って私は出口へと歩いて行った。基地を出た所で私はトリガーを起動した。こういうのは良くないのだろうけど、地味に玉狛から本部は遠い。私は結局あれからずっと玉狛に住んでいる。住んでいるだけだが。決して玉狛派では無い。どちらかと言えば、自由派だ。『好意には好意を、敵意には敵意を』。それが私のモットーだ。ピョンピョンっと屋根伝いに飛んでいった。そこで彼女は二つのトリオンを見た。人型のそれは玉狛から隠れるように存在している。右目で確認するとそこには米屋洋介と古寺章平がいた。バックワームを付けて何をしているのだろうか。

 

「お、神崎さんじゃないっすか。遠征、お疲れ様っす。」

「どうも、米屋ちゃん。こんな所で何してるの?」

 

そう言うと少し言い辛そうに視線を逸らされた。

 

「言っていいと思うか?」

「一応、神崎先輩は本部所属って事になってますし…。」

「ほらほら、言わないと皆に米屋ちゃんと古寺ちゃんが隠れて小南ちゃんを盗撮してたって言っちゃうよ。」

 

なんて二人のひそひそ話が聞こえて来る。私は首を傾げるしかなかった。そう言うと彼らはものすごく嫌な顔をした。

 

「ああ…。取りあえず、トリオン体、やめてもらえますか?」

「まぁ、良いけど。」

 

私はトリガーをオフにした。そんで米屋が姿勢を低くしろと言う様に手を上下するので私は屋上でしゃがんだ。

 

「実は玉狛が近界民を庇っていて…。」

「そんなの今更でしょ?だってエンジニア、カナダ人設定の近界民だよ?」

 

私は思いだしたように人差し指をたてて言った。

 

「その近界民がブラックトリガー持ちなんですよ。」

 

私はその場で思わず固まった。

 

「それ、本当?見間違いとかじゃないの?」

 

私は彼らを疑わずにはいられなかった。まず、ブラックトリガー持ちは貴重だ。所有している人間を国が好き勝手に行動させる筈が無い。そしてそう言う貴重な人材はそのまま国の警護に当たらせる。まず、外に出す事は無い。国の扱いに嫌気でもさしたのだろうか。しかし、そんな事が起こらないようにブラックトリガー持ちは優遇される筈だ。

 

「それが本当なんすよ。この前は迅さんに邪魔されたし。」

「迅ちゃんが?」

 

迅悠一が出張ってきたって事は絶対面倒なことになるじゃないか。

 

「あぁあ、面倒だなぁ。こんなの絶対私駆り出されるじゃない。今日じゃなきゃいいなぁ。」

「今日なんかあるんすか?」

「休日でしょ?影浦君の家のお好み焼き食べに行こうと思って。」

 

私は彼の焼いたお好み焼きを思い出して笑みを浮かべた。

 

「相変わらずっすね。神崎さん。」

「まぁ、米屋ちゃんと古寺ちゃんがここにいた事黙っててあげるわ。監視、頑張ってね。」

 

私はそう言うと立ちあがって下に向かう為に出口の方へ行く。

 

「これ終わったら何か奢ってくださいよ。」

 

そう言う米屋の方を向いた。

 

「お好み焼きでいいかしら?」

「ブレないっすね、神崎さん。」

「ふふ、じゃあ。頑張って。」

 

後ろ手に手を振りながら階段を下りる。近界民、しかもブラックトリガー持ち。このまま行くとブラックトリガーは玉狛が得ることになるのだろう。ブラックトリガー使いと戦うのは本当に久しぶりだ。私達S級はランク戦に参加できないから戦う機会が必然的に失われてしまう。私はボーダーで配られたスマホで影浦雅人へ連絡を取った。

 

『今日は非番か』と。非番なら彼にお好み焼きを焼いてもらおう。そうで無いのなら、巻き込まれるであろう作戦が終わるまでは暫く食べに行けないだろう。全く、玉狛はどうしてこう大人しくしてくれないのだろうか。玉狛のドアを開けて中に入って行った。私は私に宛がわれた部屋に入り、ボーダー隊員の服から私服へと着替えた。そして私は居間として使われている部屋に入った。

 

「騙したわねぇ!」

 

中には小南に首を絞められている見た事のない眼鏡がいた。見た事のない人間は3人。女の子と、眼鏡と、白髪。米屋に近界民の特徴でも聞いてくればよかったかな。

 

「ん?神崎、帰ってきてたのか。」

「木崎ちゃん、ただいま。小南ちゃん、今度は何言われたの?」

 

私はそう言って彼らに接近した。彼らの手元にはサンドウィッチがあった。

 

「聞いてよ、蓮奈!この眼鏡が、私の事揶揄ったの!」

「僕じゃないです!」

 

そう言って眼鏡は抵抗を続けていた。私は烏丸の方へ視線を向けた。

 

「三雲が小南先輩の事を可愛いって言ったって嘘ついただけですよ。」

「ねえ!酷いでしょ!」

「それはきっと、あれよ。あれ。」

「あれって何!」

「烏丸ちゃんは思春期でしょ?小南ちゃんの事を素直に可愛いって言えなくて…えっと、三雲?ちゃんが言ったって事にしたけど、三雲ちゃんに照れた小南ちゃんを見て三雲ちゃんに嫉妬したのよ。だから、嘘なんて嘘、付いたんじゃないかな?」

 

なんて、適当な脚色をしてみた。そしてそれを真に受ける小南は烏丸をポカポカと叩き始める。

 

「って事が本当だと、私の中で烏丸ちゃんの可愛さがアップするんだけど。」

 

私は首を傾げて尋ねてみた。

 

「残念ながらアップしないようです。」

「あら、残念。」

「騙したな!!」

 

と言って小南は私の方へ向かってきた。私はそれを軽く避けてテーブルに置いてあったサンドイッチを一つ口に入れた。

 

「ふむ、ハムレタスか。ベーコンレタスの方が好きなんだけど…。」

「神崎、座って食べろ。行儀悪いぞ。」

「はいはい、座りますよ。座りますったら。」

 

私は眼鏡の隣に座り、もう一口サンドウィッチを食べた。

 

「あの…。」

「ああ、彼女は神崎蓮奈(かんざきれな)。迅と同じS級隊員だ。」

 

木崎が私の事を紹介した。一応それに乗っかった。

 

「どうも、神崎蓮奈よ。」

「迅さんと同じ…。」

「迅ちゃんと一括りにされるのは嫌ね。天羽ちゃんならまだしも。」

 

私は口にサンドウィッチを含みながらそう言った。

 

「えっと、三雲修です。」

「雨取千佳です。」

「空閑遊真です、宜しく神崎。」

「……。」

 

身長が150cmも無い様な少年に呼び捨てにされたのは初めてだ。

 

「すみません。空閑は外国育ちで、その、日本にはまだ慣れてなくて。」

「ふむ、懐かしい言い訳ね。私も昔近界から来た時同じ言い訳を使ったわ。」

「えっ!?神崎さんも近界民なんですか!?」

 

三雲修が驚いて尋ねて来る。それに私は笑みを浮かべる。そして足を組んだ。

 

「そう、空閑ちゃん。君が噂のブラックトリガー持ちの近界民か。」

 

私はそう言って空閑遊真を見下ろした。その眼には表情はないだろう。誰もが私に視線を向ける。恐らく私のサイドエフェクトが作用しているのだろう。『視覚認識操作』。それが私のサイドエフェクトだ。相手に強烈な印象を与えるのに認識を強めたりする。

 

「先に行っておくけど、私は玉狛に住んでるけど玉狛派って訳じゃ無いわ。ここにいるのは学校に通うのに本部よりも近いから。それだけよ。私は近界民は嫌いだから。」

「待って下さい。空閑は他の近界民とは違います。こいつはただ、親父さんを助けるためにボーダーに来たんです!」

 

私の隣で必死に空閑について訴えて来る三雲。私は彼の方を見た。

 

「父親を救う?」

「はい、ブラックトリガーになった親父を元に戻す為にここに来たんです。」

「その目的が果たせないと知ったんでしょう?どうしてまだここにいるの?ブラックトリガー持ちだからって引き留めてるわけじゃないでしょうね?」

「違うよ。俺は俺の意思でここに残ったんだ。オサムとチカと一緒に近界に連れて行かれたチカの友達と兄さんを助けるために遠征部隊を目指すんだ。」

 

私は彼らの言った事に目を細めた。ブラックトリガーを元に戻す。そんな事を考えた事は無かった。『一度壊れたものは二度と元には戻らない』。人として一度壊れた如月有紀を元に戻せるわけがない。私は初めからその可能性を捨てていた。多分、あの頃の私はブラックトリガーを使い続ける事が罪なのだと思っていた。その心は今でも変わらない。その罪から逃げる事は許されない。そう、思って生きてきた。

そして私の心に何より刺さったのはトリオン兵に誘拐された友達と兄を助けるという事だ。これは嫉妬だ。私にはそんな事をしてくれる人がいなかったという。そんな人がいたらきっと如月有紀は死なずに済んだという嫉妬だ。

 

「神崎にも力を貸して欲しいんだ。ボーダー内で唯一トリオン兵に誘拐され、自力で地球に帰ってきた神崎に。」

 

木崎が私にそう言うと三人は驚いた顔をしてこちらを向いて来た。

 

「本当なんですか!?」

「まぁ、本当よ。誘拐されたのは14年前。帰ってきたのは4年前くらいかしら。私は近界で10年近く生活していたわ。」

「あの、誘拐された人が生きてるかもしれないって言うのは、本当ですか?」

「本当よ。その国の状況にもよるけど。まぁ、あまり期待しない方がいいわよ。あっちは戦争中の国が結構あるから、戦死者なんてバタバタ出るし。自国民を殺さない為のトリオン兵による誘拐だもの。」

 

雨取千佳は大きく目を見開いた。そして下を向き、手をぎゅっと握った。

 

「そんないい方しなくたっていいじゃないですか!」

「私、貴方嫌いね。生きているという希望だけを彼女に与えて、死んでいるかもしれないという絶望を遠ざける。私には彼女にそんな優しさを振りまく理由はないもの。私が貴方達に優しくして、貴方達は代わりに何をくれるの?私に何をあげられるの?聞けば何でも教えてくれる程、世の中そんな甘くないわ。」

 

私は最後のサンドウィッチを口に食べ、立ちあがった。

あぁ、狂おしいほど嫉妬してしまいそうだ。その友達と兄に。

演じろ。無感情な人形を。演じる事は得意でしょう。貴女はそうやって生きてきたんだから。最近、それはなかったけどせめてこの部屋を出るまでは演じなさい。namelessを。

 

「何処に行くんだ、神崎。」

「散歩に行ってくる。」

 

私はそうして部屋を出て行こうとして、ドアノブに手をかけた。私は振り返って空閑遊真の方を見た。

 

「最初に言っておくわ、近界民。私に幸福をくれた人達に手を出してみなさい。貴方を死ぬより辛い目にあわせてあげる。」

 

私はそう言って出て行った。

 

「あの…。」

「あくまで聞いた話だが。近界に神崎ともう一人連れていかれたらしいんだ。その子と地球に向かってる途中で近界民に殺されて神崎のブラックトリガーになったらしい。だから、神崎は近界民を恨んでいるという話を聞いた事がある。」

「そう、なんですか。」

「でもまぁ、本当はいい奴なんだよ。面倒見も良いし、お節介焼きだからな。それでいて甘えん坊な所もある。できれば仲良くしてやってくれ。」

 

木崎の言葉に3人はあまり良い返事を返さなかった。返せなかったと言った方が正しい。彼らのイメージの中には無表情の彼女が一番にある。木崎達の時とは違うのだ。

 

「…、休憩はここまでだ。訓練に行くぞ。雨取。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

「はあ…。」

 

あれから少し経って警戒区域内をブラブラと散歩していた私は大きなため息をついた。

大人気ないことをしてしまった。もう、どうしようもないことなのに。

それでも羨ましいと思う。誰かが迎えに来てくれるなんて。

 

―――ピロリン。

 

と、可愛らしい音が鳴った。端末を見ると影浦雅人からの連絡だった。どうやら非番ではないらしい。どうやら作戦室でゴロゴロしているらしい。『私も行く』と連絡し、私はとぼとぼ歩いて先程出てきたはずのボーダー本部へと向かっていた。本部に着き、中に入る。そして私は迷わず影浦隊の作戦室に入って行った。行き慣れてしまった作戦室。暗証番号はもう覚えてしまった。

 

「ん~、あ。レナ。」

「こんにちは、光ちゃん。」

 

光ちゃん専用のこたつの中でぬくぬくしていた彼女は私に気付いたようだ。軽く手を振って返すと彼女はこたつの中から出てきた。

 

「遠征から帰ってきたのか?」

「えぇ、ついさっきね。北添ちゃんと絵馬ちゃんは?」

「まだ、来てないな。」

「影浦君は?」

「カゲか?さっきまではいたんだけど…。」

「そう…。」

 

私は作戦室の奥を見た。やはり人のいる気配は感じない。

 

「レナ、私ちょっと小腹がすいたからラウンジ行ってくるからレナはここで好きにしてていいよ。」

「いいの?私一応部外者よ。」

「いいのいいの。こたつの中でぬくぬくしても良いぞ。」

 

そう言って仁礼は作戦室から出て行った。置いて行かれた私は作戦室に一人ぽつんと佇んだ。私はこたつの方へ目を向けた。そこには物が散乱していた。剥いて食べかけのみかんも置いてあった。私は小さくため息をつくと散乱した本を一つずつ拾い上げ、それをコタツの上に置いた。

 

「気を、使わせてしまったかしら。」

 

作戦室の扉を開いた。影浦雅人が入って来た。

 

「よう。」

「久しぶりだね、影浦君。」

「光の奴、どこ行きやがった?」

「小腹が空いたって、ラウンジに行くって言ってたわ。」

 

そういうと彼は舌打ちをして漫画を取りソファに座った。ペラペラとページをめくる音が聞こえてくる。

 

「おい、何考えてる。」

 

影浦雅人は私にそう尋ねた。思わず笑みがこぼれた。私は影浦雅人の後ろで膝をついて彼の首に腕を回した。

 

「…何かあったのか。」

「うん、ちょっとね。八つ当たりしちゃった。可哀想なこと、しちゃったなあ。」

「そうか。」

 

そう言って影浦雅人は持っていた漫画を閉じた。

 

「おい。」

「何?」

「本当に言いたい事、早く言えよ。」

 

私は数回瞬きをすると体重をかけるように前に少しだけ体を預けた。

 

「影浦君は、私が近界でいなくなったら探してくれる?」

「はあ?何だそれ?」

 

私は何も言わずに彼の首筋に顔を近づけた。

 

「お前が本気で探して欲しくねぇって思ってんなら探さねぇよ。」

「でも、そうじゃねぇんなら。最果てまで探しに行ってやるよ。」

 

私は何かに耐えるように瞳を閉じた。嬉しさが溢れ出してしまいそうだ。それは隠しても、腕の中の彼には全く意味のない事なのだろう。それに気恥ずかしさを感じる。

 

「うん、ありがとう。」

 

私は小さな声で彼にそう告げた。

 

「…、おう。」

 

そして、この時間の終わりを告げる音が端末から流れた。

 




お疲れ様でした。
私もお疲れ様。

感想などお待ちしています。


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