nameless   作:兎一号

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ブラックトリガーはチートです。

「さて、君の話を聞きたい。如月結城君。」

「私は()()如月結城ではありませんよ。」

 

私の前には顔に一線の傷のある中年の男がいた。他にも小太りの男やメガネをかけた男。早死しそうな男。男しかいないな。花がない…。

 

「では、君の名前は何と言うのかね?」

「ありません。あったとしても忘れました。だから、ここではnamelessと呼んでください。」

「では、nameless君。君にいくつか聞きたい事がある。」

 

 

 

 

 

 

 

「な、何しやがる!」

「ふふ、ごめんね。可愛くて。」

「可愛いだぁ?」

 

あぁ、感情が高ぶっている。もうこれがどんな感情なのか分からない。

私は心臓の上を抑えた。興奮のせいか鼓動が激しい。私は深呼吸をした。

 

「さて、貴方を家に送り届けないとね。」

「お前は、結局どうするんだよ。」

「そうね、少なくとも貴方や刈谷さんに恩を返すまではここにいるわ。その為に…。」

「そのために?」

「ちょっと界境防衛機関さんにちょっとお話に行こうかしら。きっとバムスターを倒した人を探すだろうし、こそこそするのは好きじゃないし。」

「ばむすたー?」

「ボーダーに入ったら分かるわよ。まぁ、おすすめはしないけど。」

 

そう言いながら私は立ちあがった。影浦雅人はあまり納得していないと言った表情だったけど深くは突っ込んでこなかった。

 

 

 

「さて、一体どう言って説得しようかしら。」

 

私に必要な物はひとまずはお金だ。このまま盗みを働き続ける訳にはいかない。しかし、ここは内戦状態でも分かりやすい戦争状態でもない。私を戦力としてみてくれてお金をくれるのは今の所ボーダーのみである。

 

脅しって言うのも好きじゃないんだけど。彼らは門が開いたのは知っている。そしてそこから出てきたトリオン兵が殺されているのも知っている。そのトリオン兵がゆうきのブラックトリガーに侵されて消失したのを知っているのか分からない。それでも、回収班が回収できていない事は知っているだろう。

 

まずは私に敵意が無い事を示さなくてはいけない。何とも面倒な事だ。私の信条は『好意には好意を、敵意には敵意を』。あくまで自分から行動を起こす事はしない。その筈なんだけどな。

 

「好意の安売りは、嫌いなのよね。あの迅悠一が何考えてるのかわからないし。」

 

それでも、行くなら早い方がいいだろう。

大きなため息をついてから私は本部基地に向かって歩き出した。

 

「如月?」

「東さん?お久しぶりですね。二週間ぶりくらいですか?」

 

本部に行く途中に懐かしい顔を見た。懐かしいと言うほど親しかったわけでも、時間が経っている訳でもない。

 

「如月、お前を捕獲するよう本部から命令が来ている。」

「捕獲?」

 

私がブラックトリガーを使ってバムスターを倒したことがばれているんだろうか。そんな事がある筈が無い。そんな事が出来る程ボーダーに技術力はない。それは確認済みだ。それより気になる事がある。私がブラックトリガーを持っていることがばれていないのならば、どうして命令が捕獲なのか。私を捕獲するくらいなら、殺せばいいのに。中途半端な采配だ。

 

「まぁ、直接聞けば良いか。着いて行きますよ、東さん。私にも言わなきゃいけない事が沢山出来たんです。」

「言わなきゃいけない、事?」

「はい、迅悠一にも感謝しなくてはいけないし。」

「迅に会ったのか?」

「えぇ、何がしたかったのか分からなかったけど。」

 

あの顔を思い出しただけでもイライラしてきた。あの髪型はない。男が額を見せているあの髪型嫌い。前髪を上げている意味って何?

 

「あぁ、感情の制御が付かない。凄く不安定。嫌だな。」

「如月?」

「あぁ、気にしないで下さい。少し、嬉しい事があったんです。そのせいで感情が高ぶっててうまく制御出来ないんです。だから、あんまり気にしないでください。」

 

私の頬は緩み切っているだろう。両手を頬に当てて頬を上げた。

 

「ねぇ、東さん。」

「なんだ?」

「キスって、レモンの味しないんですね。」

「……えっと、すまない。なんて言っていいのか。」

「ふふふ。」

 

久しぶりにボーダー本部内に入った。中は白を基調としている。東さんは恐らく、私に声をかける前に通信をして私を見つけた事を報告しているのだろう。会議室の前に付いた。

 

「東春秋です。如月結城を連れてきました。」

「どうも。」

 

笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「では、聞こう。nameless君。君はどうしてボーダーに入った?」

 

 

手を組み、顔に傷のある男が私にそう言った。暗い部屋の中、テーブルの端が光っているだけ。

 

「私にはボーダーに入るつもりなんて一ミリもありませんでした。刈谷裕子が勝手にボーダーの仮入隊の申し込みを行い、私を引っ張って連れてきた結果、合格してしまっただけです。私の目的を果たす為には確かにボーダーに入れば都合がよかったけど、入らなくてはいけないと言った状況では無かったわ。」

「君の、目的とは?」

 

そう、口を開いたのは赤茶けた髪の男だ。

 

「私の目的は如月有紀を親の元に還す事。あの子はずっと家に帰りたがっていたので。でも、目的は完遂された。もうここにいる意味は無くなった。」

「なら、君はこれからどうする。」

「近界へ戻り、傭兵生活をしようかと思っていました。」

「思っていた?」

 

私の言葉を傷のある男が復唱した。

 

「はい、思っていました。でも、引き留められてしまったし、借りを返さなくてはいけない相手が出来たので。」

「……君は、我々の敵か?」

「貴方方が私の敵にならない限り、私は敵にはなりません。私の信条は『好意には好意を、敵意には敵意を』です。そして『敵には二度と私に攻撃を仕掛ける気を起こさないよう、徹底的に叩く事』です。あくまでも、私は専守防衛をモットーとしています。ご安心を。」

 

私は笑みを浮かべて首を少し傾けた。

 

「私を敵にするかどうかは、貴方方次第、という事ですね。」

「君は、こちらに向かって来ていたのはどうしてだ?東の報告では君は基地に向かって歩いていたそうじゃないか。」

 

私にそう尋ねてきたのは早死にしそうな男だ。

 

「門から出てきたバムスターを倒したのは、私です。貴方方はその職務上、どうしてもトリオン兵を倒した何かを探さなくてはいけないでしょ?隠れてこそこそするのは嫌いだし、私の事を調べられるのも嫌い。だから正直に言いに来たのよ。私はブラックトリガーを持ってますってね。」

 

そこにいた男全員が私を見詰めた。

 

「ブラックトリガー、だと?」

 

傷の男がそう言った。

 

「ブラックトリガーはとても貴重。私は良い戦力になるわよ。」

 

と先程の赤茶の髪の男が尋ねてきた。

 

「君は、自分を売り込みに来たのかい?」

「うーん、まぁ、間違いじゃないわ。私にとっていま必要なのはお金。食糧費を稼ぐのに私を雇ってくれそうな場所が一箇所しかなくて。それに、私強いわよ。ボーダーにいる誰にも負けないわ。」

「城戸司令…。」

「小南を呼べ。彼女の相手をさせてみる。林道支部長。」

「はいはい。わかりましたよ。連絡を取ってみます。」

「一つ、良いですか。」

 

彼らの会話を私は止めた。私は何処で戦闘をしようと構わない。それでも、このボーダー基地内で戦闘をするのはフェアでは無い。

 

「何かな?」

「戦闘を行う場所をこの基地内では無く、基地外、危険区域内で行いたいんです。」

「それは、どうしてだ?」

「私のブラックトリガーの特性上、この基地内で戦闘を行えば、基地を壊してしまいます。」

「その特性、とは?」

「私のブラックトリガーは相手のトリオンを侵し、自らのトリオンとして還元するという特性を持っている。そこで思い出してほしいのが、この基地は一体何で出来ていたかという事です。」

「…トリオンだ。」

「そうです。私がブラックトリガーを起動したまま、この基地にいるといずれはこの基地全てが私のトリガーに侵され、私のトリオンとして供給されます。そうなれば、困ってしまうでしょう?申し訳ないですけど、侵食の速度をコントロールできても、侵食の有無はコントロールできないんです。」

「分かった。場所を、用意しよう。一先ずは小南が来るまで解散だ。」

 

さて、私はこれからどうしたら良いのだろうか。まぁ、案内くらいつくだろう。私は手持無沙汰に立っていると私に早死にしそうな男が近づいて来た。

 

「私は本部長の忍田だ。」

「忍田さん、どうも。」

「先程の会話から、君は今まで近界で生活してきたんだね。」

「そうですよ。」

「君は、近界民を恨んでないのかい?近界でお金を稼ぐといっていた。普通はあまりあちらには行きたくないだろう。」

「恨み、ですか…。私の場合、敵討ちはもう済んでいるので大した恨みはないですかね。」

「もう済んでいる。」

「えぇ、誰一人として生きてないです。」

 

私は笑みを浮かべてそう言った。忍田本部長は苦々しい顔をした。

 

「それは、一般市民も殺したという事か?」

「えぇ、勿論。言ったでしょう?『敵が二度と攻撃してこない様に徹底的に叩く』って。私を殺そうとして、私の友達をブラックトリガーにしたんです。同じことをされても仕方ないでしょ。」

 

私は可愛らしく首を傾げて微笑んだ。忍田本部長は大きな溜息を付いた。私に何を言っても無駄だと思われたのだろうか。

 

「その友達が、先ほど言っていた如月有紀さんだな。」

「えぇ、そうです。」

「小南と連絡が付いた。もう少しで来るそうだ。初めまして、玉狛支部の林藤だ。」

「本部と仲の悪い玉狛支部の支部長さんですか。どうも。」

「ははは。まぁ、取り敢えずロビーに行こうか。」

 

私は林道支部長の後ろについて歩いた。本部の出口から出て砂っぽい風が私の髪を靡かせる。今日はどうやら風が強いらしい。良い風だ。心地よい、風だ。

あの子が死んだ時もこんな空風が吹いていた。乾いた、乾いた、あの風によく似ている。私の心を乾かした、あの風に。

あぁ、心が乾いて行く。私はこれから戦場に行く。一度大きく息を吐き、吸い込んだ。私の心は乾いて行く。あぁ、私は戦える。

 

「それで、何処で戦いますか?」

 

林道支部長は私の顔を見て眼鏡の奥で目を細めた。私の表情が消えた事が気に入らないのだろうか。車の音がする。ジープの様な車が私達の前に止まった。

 

「ちょっと、私と戦いたいって子ってどの子?」

「戦いたいとは言ってないんですけど。」

「この女の子?私、弱い奴嫌いよ。」

「あら、気が合うわね。私も弱い子は嫌いよ。」

「あんた、ねぇ。」

 

肩程までしかない短い髪の女の子だ。そして負けん気が強いらしい。

 

「場所まではこの車で移動する。」

 

そう言ったのは車を運転してきた男が言った。私達は車に乗った。そして適当な所で降ろされた。

 

「トリガー起動!」

 

小南と呼ばれていた少女はトリガーを発動させた。私はそんな彼女を様子を見て眉を顰めた。

 

「あの。」

 

私は一緒に来ていた林道支部長の方を向いた。

 

「ん?どうした?」

「彼女、ノーマルトリガーです。ブラックトリガーの相手が出来るんですか?」

「はぁ!?」

「小南の戦闘力は今うちで1、2を争う実力者だ。ブラックトリガーにも引けを取らないよ。」

 

私は改めて彼女の方を向いた。私は逆十字に手を当てた。

 

「いこう、ゆうき。」

 

私もトリガーを起動した。カチャ、と音を鳴らし鎧が音を立てる。

 

「はじめて見るタイプのブラックトリガーだな。」

「行くわよ!」

「えぇ。何時でもどうぞ。」

「ムカつくわね、その余裕。」

 

剣のトリガーを一本私は出した。そして左側の仮面を触った。左半分の視界が待っ暗くなり、トリオンだけが見えるようになった。

 

「やあ、ボス。」

「迅か。」

「まだ始まってなかったか。」

「お前的にはどっちが勝ちそうなんだ。」

「そうですね、言ったら小南が怒りそうなので止めておこうかな。」

 

私は途中で入ってきた迅悠一の方を見た。

 

―――ガキンッ。

 

金属の音が響いた。私が視線を逸らした時に彼女は一気に間合いを詰めてきた。そして弧月を振り下ろしてきた。私はそれを受け止める。ガチガチと金属が鳴る。彼女は女性にしては力が強い方なのか、力の入れ方を知っているのか。

 

「私はちゃんと行くわよって言ったわ。」

「えぇ、卑怯だなんて言わないわ。戦場では、開始の合図なんて無いもの。」

 

ズズッと、彼女のトリガーに私のブラックトリガーを侵食し始めた。私のトリガーに受け止められれば最後だ。そして進行速度はこちらの自由。彼女は自らの武器の不自然さに気付いたらしい。私から離れた。

 

「何よ、これ!?」

 

カチャ、カチャと音を立てて彼女に近付いて行った。

 

「貴女はもうおしまい。貴女の全ては、私の物よ。」

「何よ、それ。意味わかんない!」

 

彼女はもう一度こちらに向かってきた。そして私に向かってもう一度斧を振り下ろそうとした。しかし、私には届かなかった。振り上げた右腕はそのままの勢いで後ろに吹っ飛んだ。進行速度は私の自由。なにも、馬鹿正直に全てを侵食する必要な無い。武器から手に、手の表面から骨を通って適当なところで腕を侵食し、その部分のトリオンを霧散させ、吸収すればいい。そして残った腕を一気に侵食し、吸収する。そうすれば、簡単に腕を吹っ飛ばせる。私に攻撃をした時点で、私に倒される事が約束されている。そして、少しでも相手のトリオン体に侵食部分が残っていれば、更に敵の中を侵食し続ける。後はトリオン供給器官まで侵食を伸ばせばいい。

 

私は彼女に剣を振り下ろした。彼女は残った左腕でガードした。私は左手にもう一本剣を出した。彼女はそれに気が付いて下がろうとした。私は更にもう一歩前に出た。二本の黒い剣で彼女を追い詰めて行く。その度に金属音が鳴り響く。私のトリガーの性質上、一撃で相手を仕留めるという事をついつい忘れがちになってしまう。でも、トリオン供給器官への侵食は完了した。私の左側には確かに彼女のトリオン供給器官を侵食した状態が見えている。

 

「なっ!?」

『トリオン体活動限界、緊急離脱!』

 

彼女は光となって何処かに飛んでいった。

 

「実は100%、小南が勝てないんだよね。」

「それは、それは。小南が怒るな。」

「それで?私は雇うに値する人間かしら?」

 




お疲れ様です。

感想、お待ちしています。

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