如月結城は金髪少女
昔、本当に昔の事だ。もう誰も覚えていないだろう。
彼女は黒い髪に黒い瞳の綺麗な子だった。
「如月結城です。最近まで外国で過ごしていたので皆さんに迷惑をかける事があるかもしれません。えっと、宜しくお願いします。」
少女は深々と頭を下げた。金色の髪に蒼い瞳の日本人離れした容姿の少女。しかし、少女が話す日本語は外国語の訛りのない普通の日本語だった。少女は終始笑みを絶やさなかった。それでも少女の青い瞳は真っ暗だった。そう、感じた少年がいた。
少女の席は窓側の一番後ろの席だった。少女のクラスメートとなる彼らは少女を見詰めた。彼らは少女に対していくつかの疑問を持ったことだろう。今は10月。転校してくるにはおかしな時期だ。そしてつい最近近界民とか言う奴が攻めてきたばかりだ。転校する事はあっても転入してくることはないだろう。
「如月さんって、何処にいたの?」
「何処?そうね、色々な所に行ったわ。」
「ヨーロッパ?」
「どうして、三門市に来たの?」
少女は困った様に質問に答えている。それでも少女は困りながら笑みを浮かべる。授業が始まり少女は小さく息を吐いた。少女は教科書に視線を落とした。その少女の瞳はあまりに冷たかった。
学校が終わり、誰もが帰路についた午後6時。少女は未だ中学校の中にいた。少女は立ち入り禁止のはずの屋上からじっと外を見詰めていた。少女の青い瞳は壊れてしまった家々が並ぶ方を見ている。その方には大きな四角い建物が立っている。
少女は思った。
幼いころあれがあったなら、と。そうすれば、沢山の人が故郷を失わずにすんだのに。少女は沢山、見てきたのだ。希望を無くした多くの人々を。それは絶望だった。沢山のトリオンだけが持ち帰られ、少女は幼いながらに悟ってしまった。あの光る立方体の数だけ人が死んだのだと。少女の隣にいた彼女は光る直方体を見ていつも泣いていた。もしかしたらあの中に自分の知っている人がいるかもしれない。彼女は自分が生きている事を苦痛に感じていた。
「帰りたい。」
と、何時も彼女は言っていた。少女にはそんな心理は無かった。家に帰ったところで何が待っているのだろうか?ネグレクトを起こしていた少女の親は少女がいなくなったことで精々している事だろう。家にいるより良いご飯が出る。家にいるより良い寝床がある。それにどうして不満を持つのか、少女にはわからなかった。
「帰りたい」と思える関係こそ、本来の親子の関係だったのだろう。当時の少女にはそれが理解できなかった。理解できるだけの人間関係はなかった。
過去の出来事に暫く耽っていたが、少女の思考は現実に帰ってきた。少女は手に握りしめていた物を見詰めた。首から下げるタイプの名札。そこには可愛らしい丸い文字で『きさらぎゆうき』と書かれている。幼稚園のネームプレートだ。土埃や所々焼けたような跡が見られる。
「漸く帰ってきたね、日本だよ。ここが私達の故郷。少しだけ壊れちゃってるけど、直ぐに元通りになるよ。貴女は何時も言ってたもんね。日本は凄い技術大国なんだって。」
手を首元のチョーカーに持って行った。まだ10月。されど10月。夜が来る。少女は寒さに身震いをした。
「寒いなんて、久しぶり。これから少し忙しいわね。まずは幼稚園探さないと。貴女の帰るべき場所…。ちゃんと返してあげるわ。」
そう言う約束だから。少女は小さく呟いた。改めて自分に言い聞かす様に。自分が迷わない様に。少女はすっかり暗くなってしまった空を見上げた。ネームプレートを胸に持って行き、瞳を瞑った。
大丈夫、まだ思い出せる。彼女の笑顔も彼女の笑い声も。
少女は手に持っていたネームプレートを強く握った。
「私はまだ
少女はそう呟くと青い瞳で真っ直ぐと先を見詰めるのだった。
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