風呂の短編集   作:風呂

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タバコについて書こうと思ったら何故かこうなった。


彼女の平常運転(仮)

 授業中、人気のない部室棟、その文芸部部室。

 そこは悪ぶりたい子供にとって格好のたまり場だった。

「ぷはー、だっりぃー」

 一人が煙草の煙を吐き出しながら言うと、

「だよなー。なんか面白い事ねえかな」

「そう言うなよ。真面目に授業受けるよか、ここで駄弁ってた方がマシだろ?」

「そうだけどよー」

 彼らは毎日こうして、ダラダラしながら漫画やゲームを持ち込んでは遊び耽っていた。

 三人はこう見えて、文芸部に所属している部員である。

 とはいえ、何時でもサボれて好き勝手出来る部室が手に入るから所属しているにすぎないが。

 勿論彼らの他にもまともな部員は何人かいるが、恐れをなして何も言えない状態である。

「そういやよ、今年から保健のセンセー変わったんだってな?」

「へー、そーなん」

「ああ、前のババアが定年だっつうんで、代わりに若いのが来たんだと」

「期待すんなよ。どうせブスなんだろ?」

「見たことないからわっかんねー」

 各々が寛いでいる時に、一人がふと出した話題。

 思春期の少年には気になる話題ではあるが、現実はそう甘いものではない。もう一人が、切って捨てる。

 だが、

「……いや、それがそうでもないだよ」

 最後の一人が発した言葉に、空気が俄かに色めき立つ。

「いやな、俺も遠くからちらっと見ただけなんだが、それでも分かるくらいに美人オーラ? みたいなの纏ってんだよ」

「へえ、そうなんか。そう言われるとなんか気になるな」

「ちょっと見に行ってみね? どうせ暇なんだしよ」

「そうだな。どうせ保健室にでもいんだろ」

 彼らは丁度良い暇潰しになると、腰を上げる。

 それぞれ口にはしないが、そんなに美人であるなら役得な事にでもならないかと、秘かに期待していた。

 それが表情に出ていたのだろう。三人はお互いの顔を見て、下卑た笑みを浮かべる。

 だが、次の瞬間には凍り付くことになった。

「――その必要はないぞ」

 何故なら部室の扉が開くと共に、女性の声が響いたからだ。

「うぉお!?」

 一斉に扉の方に振り向く。

 そこにいたのは妙齢の女性だ。

 まず目に付いたのは白衣。そしてその白とは対照的な黒い髪。かなり精悍な顔つきで不良生徒達を見渡す彼女は言葉を発した。

「私がその養護教諭だ。……サボりな上にタバコか。立場上、見過ごす訳にはいかんな」

 彼女は近づきながらそう言って、一番近い所で吸っていた少年からタバコを取り上げる。

「なっ!? 何しやがるテメェ!」

「何って、没収だ没収。酒やタバコは二十歳になってからだ。ほら、お前達も出せ」

 そう言って養護教諭はタバコを寄越せと、手招きする。

 しかし当然、三人は素直に従う筈もなく、

「はあ? 誰がンな事聞くかよ。馬鹿じゃねえのか?」

 と、聞く耳を一切持たなかった。

 その返答を聞いて、彼女は動きを止めた。

 少しの沈黙。そしてその後、酷くつまらなさそうな顔をしながら、言葉を放つ。

「……今素直に出して成人するまでは二度と吸わないと誓って真面目に授業を受けて生活態度を改める、というなら学校や親には黙っておいてやる」

 彼女が言い切った後、再び部屋に沈黙が下りる。

 それは、言われた彼らがその意味を理解するまでの時間だ。そして理解して直後に大笑いを上げた。

「ぶはははは! 何言ってんだアンタ? どれだけ俺らの事舐めてんだよ?」

「そうだな。……大した事もできない癖に変に悪ぶって、こんな誰も見てないところでタバコ吸うしか能のないクソガキ?」

 ――三度、文芸部部室に沈黙が訪れた。

 そして次の瞬間には、その反動か、少年三人が彼女に襲い掛かった。

 怒声を上げて殴り掛かる三人。

 しかし養護教諭は一切臆する事もなく、無言のまま淡々と、しかし的確に攻撃を捌いていった。

 それは素人目からしても荒事に慣れている、といった風だった。もしその光景を客観的に見る者がいたのなら、まるで予め決められた動きをする演武でも見ているような気分になっただろう。

 時間にして十秒にも満たない間に、全ては決着していた。

 自分の攻撃が避けられたと思った次の瞬間には、衝撃や痛みと共に地に伏していた三人は、呆気にとられた目で相手を見上げた。

「自分の意に添わなければすぐに暴力か。全く、程度が知れるぞ?」

 そこには何でもない風に手を払う、養護教諭の姿があった。

「大体年齢的に吸ってはいけないのもそうだが、吸うにしても他人の迷惑を考えろというんだ。吸ってはいけない所では吸わない。他人に煙がかからないように配慮する。灰や吸い殻はちゃんと処理する。これらが出来なければ、いくら格好つけようとしても無駄だぞ。はっきり言ってダサい。格好良く吸いたければ気配りのできる大人にならないと駄目だぞ? そもそも健康面で言えばだな……」

 そして唐突に始まった説教は、その後暫く続くことになった。

 不良生徒三人は辟易しながらそれを強制的に聞かされ、タバコやライターを没収された上に、文芸部部室を掃除させられた後に退去させられる事になった。

 文芸部部員としても除名させられたが、これを切っ掛けに彼らが更生するかどうかはまた別の話である。

「……ふぅ」

 静かになった文芸室。

 そこに一人残った養護教諭は、漸く問題が一つ片付いたかな、と一息ついた。

 今回の事は彼ら三人以外の文芸部部員から頼まれた事だったのだ。不良三人をどうにかしてほしいと。

 このままでは禄に入部希望者を探す事もできないと、相談を受けたのがつい先日の話だ。

「しかし久しぶりに喧嘩の真似事なんてしたが、あれくらいならどうにかなるものだな」

 彼女は昔からトラブルに引き寄せられる人生を送っており、暴力が必要な揉め事にもよく遭遇していたのだ。

 だから先程の事は、彼女にとって軽い運動といった風にどうとでもできたのであった。

 そんな養護教諭は、壁際に設置されていた、図書室のような簡易的な業務ラックではない立派な本棚へと近づき、中身を吟味する。

 純文学、恋愛、ファンタジー、SF、ミステリー等々、各ジャンルの有名どころは抑えてあり、ここ数年で話題になったものもいくつか見受けられた。中高生に人気のライトノベル等もいくつか揃っており、中々に退屈しなさそうなラインナップだ。

 そこでふと、彼女はあるものを見つけた。

 本棚の横に置かれた事務所等に置かれている業務用ラック、中が透けて見えるガラス張りの棚の中に、文芸誌を発見したのだ。

 文芸部が文化祭で毎年発行している部活動の成果だ。所謂コピー本と呼ばれるものだが、本の厚みは一冊でもそれなりにあり、十年分もまとめれば結構な分量があった。

 その中の一冊を手にする。

 いくつか紙を捲り、とあるページを開く。

「懐かしいな」

 言葉と共に、思わず顔がほころんだ。

 開かれたページの作品の作者名、そこには彼女の名前が載っていた。

 そう、彼女はこの学校の卒業生であり、元文芸部の部員だったのだ。

 あまり部室に顔を出すタイプではなかったが、それでも在籍中は毎年文芸誌に寄稿したり、ほかの部員とも仲良くしていたりしていたので、この場所にはそれなりに愛着があったのだ。

 だから、現在の文芸部の頼みを聞いたし、馬鹿共を追っ払いもしたのだ。

 文芸誌を開きながら近くの椅子に座り、中身を読んでいく。

 そして放課後になるまで、静かな時は続いた。

 新しい文芸部顧問の思い出と共に。


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