「本当に大丈夫なんですかぃ? お頭、もし九蛇に捕まったら……」
「ビビってんじゃねえよ。九蛇の女一人捕まえちまえば最低でも二千万だぜ! あのムカつく糞野郎だってこの前それでぼろ儲けだったじゃねえか」
「んなもん運が良かっただけでしょう…九蛇ってったら億越えの海賊や海軍中将が乗ってる軍艦も蹴散らすんですよ! リスクが高すぎます。やめましょうよぉ……」
「だったらお前らはもう帰れよ、俺ぁ一人でもやるぜ」
数人の男たちが九蛇海賊団の船の真下に潜水艦をつけて言い争っていた。
この男たちはシャボンディ諸島に拠点を持っている人攫いチームの一つである。
なぜこの男たちが九蛇をターゲットにしているかというと、先日、同業者がヒューマンオークションで売った九蛇の女戦士が高値で買われたからである。
戦闘民族九蛇の容姿の良い女戦士は最低落札価格が二千万ベリーだ。
「天竜人のボンボンたちは相場も知らずにいきなり一億だの二億だの出しやがるからなぁ。それで二週間前は九蛇の女を五億で買ってきやがった。貴族さまさまだぜ」
人攫いとは基本的には世界政府非加盟国の人間と海賊などの犯罪者を対象とした人身売買である。
世界政府にとって海賊や非加盟国の人間などは人権がないに等しいためこのような扱いが法的に認められ人攫いは一種の職業になっているのである。
賞金稼ぎはほとんどの場合強い海賊や犯罪者にしか賞金が掛けられていないため腕っぷしが強くないと賞金稼ぎでは食ってはいけない。
対して人攫いは世界政府非加盟国民と加盟国民の区別をつけるのが面倒だという理由で加盟国民をオークションに売ってもほぼ黙認される。また各国の貴族や富豪、天竜人からも圧力がかかるため海兵はこれらを見て見ぬ振りするしかないのだ。
男たちの口論が終わり頭目であろう男が意気揚々と外に出て九蛇の船に取りつきゆっくりと登っていくのを部下たちは黙ってみている。
そして船に上がる直前こちらを見て臆病者を嘲笑うように鼻を鳴らし船に乗り込んでいった。
「ぐぎぃやぁあぁぁああぁあぁ!!! ゆ、許してくれぇ!! もう知ってることは全部話しただろ!! もう解放してくれぇええぇええぇ!!」
今、九蛇海賊団の船員たちは捕まえた侵入者の男を尋問して情報を聞き出していた。
この男船に乗り込んで十秒も経たないうちにベルゼリスの『円』の探知に引っかかり取り押さえられたのだ。
ちなみにこの男の仲間達はベルゼリスと目が合うと一目散に逃げようとしたため自慢の武器を一振り。薙刀から飛んだ斬撃で潜水艦は木っ端みじんになってしまった。
侵入者の男だけを生け捕りにしたベルゼリスはすぐに船長グレイスに侵入者の報告を行い、グレイスとその他の船員たちを一か所に集め事の顛末を説明した。
「見聞色の覇気でこの男の侵入を察知したためすぐに取り押さえました。この男の仲間と思われるものたちも発見しましたが逃げようとしたため船ごと始末しました。もしかしたらユーリンの行方不明に関係があるかもしれないのでこの男から尋問をしようと思い皆を呼び出しました」
ベルゼリスの報告が終わるとすぐさまグレイスは船員たちに男の尋問を指示した。
そして男になぜ九蛇の海賊船に侵入したのか目的や男の仲間、拠点などを聞き最後はユーリンの情報を聞き出した。
最初は知らぬ存ぜぬで通していた男もベルゼリスが片手の爪をはぎ指を一本ずつ圧し折り、さらに一本ずつ引きちぎっていくと悲鳴を上げ自分たちが欲しがっていた情報のほとんどを吐いた。
ベルゼリスの拷問にもう男は逆らう気力もなく苦痛にゆがんだ表情でベルゼリスを見上げている。
船員たちもベルゼリスにドン引きである。
「グレイス様。必要な情報は手に入りました。ユーリンはすでに売られているようですがどうしますか?」
そうベルゼリスがグレイスに告げるとハッっとしたグレイスは船員たちに告げた。
「もちろんユーリンは取り返すのじゃ! じゃがまずは二度とこんなふざけた真似ができんように中枢のすぐそばにあるシャボンディ諸島で人買いや人攫いを皆殺しにしてくれようぞ!!」
そう告げたグレイスに船員たちが好戦的な目つきになり雄たけびを上げていく。
……まさか天竜人も殺すつもりじゃないだろうな……?
おそらく天竜人のことなんて知らないんだろうなぁ……と、ベルゼリスはグレイス達を冷めた目で見つめている。
絶対に自分以外の船員たちは『自分達が負けるはずがない』と思っているのだろう。
おそらく自分達以外にあまり興味がなく、自分達より強い敵と戦った経験が少ないため慢心しているのだとベルゼリスは考える。
もし天竜人を殺したら確実にやばい。全盛期のセンゴクに追いかけてこられたら確実に詰むだろう。
まだ海賊王の処刑から五年しかたっておらず、センゴク、ガープ、ゼファーは未だ全盛期のままだ。
自分が何を言ってもこの馬鹿たちは止まるわけないと確信しているのでベルゼリスは、せめて自分の姉妹達だけは守れるように予防策を考え始めるのだった。
シャボンディ諸島
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! く、九蛇海賊団だぁぁああ!!」
41番GRに船を停泊する直前九蛇の海賊旗を見た者たちが顔を真っ青にして悲鳴を上げる。その叫び声を皮切りに蜘蛛の子を散らすように海賊も賞金稼ぎも一般人も一目散に逃げていく。当然である。見つけた物はなんでも襲う九蛇海賊団だ。みんな関わりたくないのだろう。
そんなことを考えていると、グレイスが船に侵入してベルゼリスに拷問された男に「目的地まで道案内をしろ」と命令し男は勘弁してくれと蹲り泣きわめく。
ベルゼリスは男の前に来て指を引きちぎった時の動作をすると男は急いで立ち上がり道案内を始めその後ろを九蛇海賊団のグレイスと他戦闘員数十名が付いていく。ハンコックとベルゼリスはグレイスに付いていきソニアとマリーは他の船番と共に船に残る。
1番GRのヒューマンショップに行く途中騒ぎを聞きつけた海兵が部隊を展開し降伏勧告を出してきたが見ていて可哀そうなくらい腰が引けている。顔は全員真っ青になるか泣きそうである。
それでも勇気を出して降伏を進めてきた海軍将校は話の途中にグレイスが剣で切り捨てた。
そのあまりにもあっさりと将校を切り捨てたグレイスに恐怖を堪えきれなかった海兵が一人逃げ出しそれに続くように次々と逃げていく。
その様子を見た九蛇の船員たちは笑い出し、嘲笑い、海兵たちを軽蔑する。
戦わずして逃げるなど九蛇の戦士たちにとって死よりも勝る屈辱なのだから。
そのまま九蛇海賊団は邪魔をする海兵たちを蹴散らし目的地に突き進んでいった。
1番GR ヒューマンショップ
ここには奴隷を買いに来る各国の貴族、富豪、海賊、そして世界貴族の天竜人達が居た。
世界貴族 通称天竜人とは今この世界で最も力のある組織世界政府を過去に創設した二十人の王達の末裔である。自分達をこの世界の神だと自称しており一般人と同じ空気を吸いたくないために頭部をシャボンで常に覆っており自分たちが道を通るときは一般人は土下座の体勢をとることを強要する。
この世界貴族は世界政府の権威でありその権力はこの世で最も高いとされている。
この世のあらゆる場所で治外法権を認められており何をしても文句をつけてはいけない。
天竜人自身も何をしてもいいと幼き頃より教育されているのでそのことに疑問を持つ天竜人は一部の例外を除いて居ない。
もし天竜人を傷つけたら海軍大将が軍艦に乗って下手人をどこまでも追いかけ始末するため逆らうこともできない。
ただし、それは常識で考えた場合である。
今ヒューマンショップではオークションが終わり各国の富豪や貴族たちが楽しそうに談笑している。
「おお!そちらは今回手長族を落札したのですかな! 私は今回エビの魚人を買ったので予算が尽きてしまい見送りすることになったのですよ。いやあ~羨ましいですなぁ~」
こんな会話を貴族や富豪たちがしているなか天竜人達もまた談笑していた。
「お父上様~~わちし、九蛇の奴隷がほしいんだえ。先日のパーティーでジャルマックの奴がしつこく自慢してきてムカつくえ!! 今すぐほしいえ!!」
オークションが終わった後もそんなことを言う息子を父親の天竜人は優しく嗜める。
「お前のすぐ他人と同じ奴隷を欲しがる癖はどうにかならんのかえ? それと今日のオークションはもう終わったえ。次のオークションまで待つんだえ。欲しいものを待つのも競りの楽しみだえ」
父親はそう言うがほとんどの天竜人は我儘に育つ。この天竜人も例外ではない。
「嫌だえ!! お父上様! 今すぐ九蛇の奴隷が欲しいんだえ!! 家のライオンと戦わせて遊びたいんだえ!」
聞く耳を持たない息子にため息をつく父親。しょうがないので護衛を呼び息子に聞こえないよう指示を出す。
「適当に下自民から美人を取ってくるんだえ。 それを九蛇の奴隷と息子には言っておくんだえ。」
そのあと息子には九蛇の奴隷を何とかして連れてこれることを伝える。
息子はやったえ!! やったえ!! お父上様大好きだえ!!と飛び上がって喜んでいる。
そして護衛に行けと目配せし護衛が出て行くと……
ドガーーーーンッ!!!
大きな破壊音と共にオークションハウスの壁が粉砕した。
粉砕した壁の向こう側には怒りの表情を滲ませている武器を持った女たちが居た。
先頭に立っていた美しい女、グレイスが後ろにいる船員たちに向かって命令を下す。
「誇り高き我が九蛇海賊団よ!! この場にいる者たちを一人残らず討ち果たすのじゃ!!」
『うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ』
命令を下した瞬間後ろに控えていた九蛇の戦士たちがそれぞれ武器を持ちオークションハウスに残っている客たちに襲い掛かっていった。