アマゾンリリーにある闘技場。
そこでは今、二人の戦士が戦っていた。
片や身長三メートルはあろうかという大女。二振りの巨大な剣を両手に持ち戦っている相手へと嵐のような連撃を繰り出しこのまま倒してみせる、と鬼気迫る表情で相手に攻撃している。
片や相手の身長の半分にも満たない幼いともいえる少女。自分の背丈よりも大きい薙刀をまるで自分の手足のように使いこなし自分を襲う猛攻を平然と捌き、防ぎ、受け流していく。
自分が二十年の歳月を強くなることに費やしたというのにまだ十年も生きてないような小娘にあしらわれているという事実が大女ガルテアを激怒させる。連撃がますます激しくなるがその分剣技は荒くなり最早戦い始めの頃の技術は見る影もない。技術のない攻撃など捌くのはたやすいと言わんばかりに小さな少女、ベルゼリスはガルテアの攻撃の中から隙を見つけ出し石突で鳩尾を手加減した力で突いた。
「げふっ!!」
その一撃でガルテアは膝をつきそのまま崩れ落ちる。完全に気絶したと観客中が認識し審判がベルゼリスの名を呼ぶと観客席から歓声が巻き起こる。
その歓声を尻目にベルゼリスは皇帝の座っている席を見上げ皇帝の言葉を待つ。
「皆の者! よく聞くがいい! これで今回の九蛇海賊団への入団はベルゼリスに決まった! 異論があるものは名乗り出ろ!」
アマゾンリリーの皇帝の言葉を聞きみな静かにしている。この場で異論を唱える者はいない。皆がベルゼリスの強さを認めているからだ。異論なし、と、判断した皇帝は言葉を続ける。
「よし! では、これにて今回の入団試験は終わりじゃ! そして五十年ぶりに九蛇海賊団に史上最年少で入団したベルゼリスの強さを讃え、国一丸となって宴を開く。皆、宴の準備をせよ!」
『う、ぅおおおお!!』
皇帝のその言葉に国中が沸き立ち大急ぎで闘技場を出、宴の準備に取り掛かっていく。
「………」
ベルゼリスはその光景をどこか他人ごとのように見つめ自分も準備を手伝おうと闘技場から足を進め……
「──待たんか。ベルゼリスよ」
皇帝から呼び止められた。
「何でしょうかグレイス様」
ベルゼリスは感情を感じさせない声と表情のまま現皇帝グレイスに呼び止めたことを聞く。
「お主…もうちょっと嬉しそうにできんのか? お主の姉たちは入団が決まった時は、とても喜んでおったのだがのぅ」
「いえ…嬉しくないと言うわけではないんですが…なんと言うか…物足りないというか…なんかあっさり入団が決まって拍子抜けと言う気分なんですよ」
その余りにも入団を賭けて戦った相手であるガルテアに失礼極まりない言い草に思わずグレイスはため息をつく。
ベルゼリスは今までに見たことないほどの才能を持った九蛇の戦士である。わずか八歳で九蛇の海賊船に乗るなんて今までの九蛇の歴史でもそんな事はなかった。姉のハンコック達は十一歳での入団だった。当時はそれでもかなりの才能だったと国中がハンコック達に期待したものだ。
現在ハンコックは十二歳。サンダーソニア、マリーゴールドは十一歳である。この年齢での入団も早いほうであるというのに四女のベルゼリスは八歳で入団を決めた。
この子は異常だとグレイスは思う。
戦闘力もそうだが精神性も普通とはとても言えない。ベルゼリスと同い年の子どもはやはり純粋で鍛錬だけではなく子供らしく遊んでいる。しかしベルゼリスは誰に何と言われようとも過剰ともいえる修業を己に課している。理由を聞けば『誰にも負けたくないからです』という返事しかしない。
最初は求道者の類かと思ったがベルゼリスは、なんと言うか…自分のやりたいことをやるために強くなっている気がする。アマゾンリリーの皇帝になりたいというような感じでもないし全く理解できん。
こんな子供は初めてだとグレイスは思うが、これからは同じ船に乗るのだし見極めるのは後でもいいか、と、ベルゼリスについての思考を頭の隅に追いやる。
「あのう…グレイス様。私も宴の準備に行きたいのですが…もう行ってもいいですか?」
反応のないグレイスにベルゼリスは聞く。正直ベルゼリスはグレイスが苦手だ。自分を不審人物のようにジトッとした目で見つめてくるのだ。アマゾンリリーの皇帝はこの国で一番強き戦士が王になると決められているだけあって与えられた力を使っても勝てないかもしれない。
ただ単に自分より強いものが近くにいると警戒してしまう癖のせいかもしれないが。
「お主は準備に行かんでもよい。宴の主役はお前じゃ。妾と共に大人しく九蛇城でまっとれ」
そう言って九蛇城に向けて歩き始めるグレイスの後ろを、ベルゼリスはちょこちょことついていく。
「あ! ソニア! マリー! ベルが来たわよ!!」
九蛇城についたベルゼリスを待っていたのは自分の姉であるハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドである。自分の姿を見つけるとバタバタと走ってくる姉たちを無表情のまま見つめなおすベルゼリス。
「もう! こんな時くらい笑いなさいよ! ベル、これで私たちと同じ九蛇海賊団の一員になれたんだから!」
ハンコックは笑わない自分にそう言ってプリプリと怒っている。
「ベル! 入団おめでとう! 今度の遠征では経験がある私たちが色々教えてあげるからね。わからないことがあったら何でも聞いていいのよ」
ソニアは自分が航海の経験があるからと先輩風を吹かせている。わからない事があったら遠慮なく聞かせてもらおう。
「やっぱりベルの勝ちだったわね、今回の決闘。ベルは私よりも強いから、すぐに入団すると思ってたけど、まさか、八歳で入団するとはねぇ」
マリーは自分の入団が早かったことに多少も呆れが混じっているが嬉しそうだ。
三人は自分に近寄りきゃいきゃいと話し出す。一旦話し始めるとなかなか止まらないのである。
「マリー! 確かにベルのほうがマリーより強いけど、諦めちゃだめよ。一生勝てないって決まったわけじゃないんだから修業あるのみよ!」
ハンコックがマリーに発破をかけ三人でまた話し出す。ベルゼリスはその様子を尻目に自分の姉達の横を通り過ぎて行く。
そして暫く話し続けたハンコック達は自分たちの妹がいないことに気づいたのであった。
九蛇海賊団抜けてシャボンディ諸島行きたいなぁ…
ベルゼリスの心の声である。一人になれないと念能力の修業がしにくいのである。
シャボンディ諸島には世界一のDQNと名高い天竜人を筆頭に人攫い、海賊、賞金稼ぎ、海兵と色々な人間たちが集まっておりベルゼリスが今一番行きたい場所である。シャボンディ諸島を拠点にしコーティング待ちの海賊を狩り賞金稼ぎをするのが一番やりたいことだ。天竜人や人攫いなどは念能力の気配を断つ『絶』があるためあまり気にしなくていいだろう。
しかしこのままでは九蛇海賊団の一員として働かなければならない。ましてや九蛇の悪名は世界中に轟いているのである。海賊、海兵、商船見境なく襲うのでこのままじゃ賞金首になるのも時間の問題だ。
そうなったら、賞金稼ぎで儲けることができないし、正直念能力を使えば皇帝以外には勝てるので姉のハンコックを押しのけて王に祭り上げられるかもしれない。そんな面倒なことしたくないのである。
戦闘民族の九蛇に生まれたのは良かった。覇気や戦闘技術を良く鍛えることができた。
念能力も寝る前に念の応用技『円』や『流』、『硬』などを使いオーラを使い切ってオーラの絶対量を増やしているのだが本格的な修業は一人でしたいのである。
オーラは念能力者にしか見ることができないはずなのに覇気使いは感じることができるのである。
そのためあまり大っぴらに念の修業ができない現状に自分はストレスを感じているのだ。
さっさと自分の『発』も完成させたいのでどうにか九蛇では行方不明扱いになって自由に生きたいのである。
ベルゼリスはそこまで考えて自分を呼ぶ同胞たちの声に返事をし宴の会場に歩いて行った。