ポンコツ雪ノ下さんのモラルハザード   作:金木桂

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今回ポンコツ成分は控え目です。


雪ノ下雪乃は紛れもなく才女だ

 

 

「そうぶこうこうだーつぶ……?」

 

「ええ、そうよ。ダーツ部」

 

女は小さく呟いてみるが、どうやらしっくりと来ないらしい。当たり前だ、うちにそんな部活動は存在しないのだから。

 

「あたしは平塚先生からここに奉仕部?って部活があるって聞いたんだけど……」

 

「あら?何かの間違いじゃないかしら。ここは正真正銘、一点の曇りもなくダーツ部よ。奉仕部なんていかがわしい部活動は知らないわ」

 

雪ノ下は最後までこのスタンスで貫き通すつもりらしい。というか遂に自分の本来の部活動を貶し始めたぞコイツ。

 

「それよりも貴方の名前を教えてもらってもいいかしら?」

 

「うん……あたしは由比ヶ浜結衣、ここで会ったのも何かの縁だね!よろしく!」

 

うわまじか、結局信じちゃってるし……。

もしかすると由比ヶ浜はあまり頭がよろしくないのかもしれない。

 

由比ヶ浜はふとこちらの方を向くと、明らか様に驚いたような表情をした。

 

「アレ!?ヒッキーじゃん!何でここにいるの!」

 

ヒッキーって誰だ。もしかして俺のことか。まあどうでも良いんだが。

……そう言えば平塚先生がさっき同じクラスって言ってたな。俺は全く知らなかったんだけど。しかし知らなかったことにしても面倒だし一応知ってた体裁で行くか。

 

「えと、由比ヶ浜。さっきぶりだな」

 

「ヒッキー部活動に入ってたんだ……正直意外」

 

クラスで殆ど喋らないからからってか。うるせえよビッチ。

 

雪ノ下はダーツを見て何か閃いたかのような仕草をすると、それを由比ヶ浜に差し出した。

 

「えっと……雪ノ下さんどうしたの?」

 

「折角だから貴方も体験入部してみない?ダーツは意外と楽しいものよ」

 

「え。でもあたしこれから奉仕部に行かないと―――」

 

「さあ、ダーツを持って。まずは握り方から教えるわよ」

 

奉仕部に行こうとする由比ヶ浜に無理矢理ダーツの矢を持たせると、持ち方を指導し始める。多分由比ヶ浜が再度平塚先生に教室の場所聞いたらバレてしまうのでそれを懸念しての行動だろう。だがしかし、どうせ明日には全てが白日の下に晒されてしまうのだが果たしてそれを雪ノ下は理解しているのだろうか?

 

「そう、それで良いわ。そのままこんな感じのフォームで投擲してみて」

 

由比ヶ浜はそんな雪ノ下のフォームをじっくりと観察すると、数度空振りした後にダーツボードへと投げた。……もしかしてこいつ、奉仕部への要件忘れてないか?

 

由比ヶ浜の投擲した矢はダーツボードへと軽い音と共に突き刺さった。良く見ればそれは中心の赤い部分へと刺さっている。俗に言うブルとい呼ばれる箇所だ。

 

由比ヶ浜はそれを見て、雪ノ下へと弾んだ声で話しかけた。

 

「え!これもしかして凄くない?」

 

「そうね。私もまだ中心に当てたことは一度も無いわ」

 

「やったー嬉しい!あ、雪ノ下さんのことゆきのんって呼んでいい?てか呼んじゃうね」

 

「ええ構わないわ」

 

ゆきのん……どちらかと言えば(頭が)はるのんの方が似合っていると思うんだがなぁ。

 

由比ヶ浜はそれはもう嬉しそうな顔をしながら、意気込んで更に一本雪ノ下から受け取った矢で狙いを定めている。そこにはもう悩んでいる面持ちなど欠片も存在しない……うん、完全にコイツ奉仕部への要件を忘れてるな。バカヶ浜とアホノ下、そう考えると滅茶苦茶コンビ力はありそうだ。

 

「ねえゆきのん、あたしと勝負しようよ」

 

「ルーキーが何を言ってるのかしら……?ボコボコにしてあげるわ」

 

あーあ、何か少年ジャンプみたいなノリでバトル始めてるし……もう俺居なくていいんじゃないのこれ。

 

「貴方ダブルブル……!?本当に初心者なの!?」

 

「えへへ。でもゆきのんこそ流石ダーツ部長だし上手いね!」

 

駄目だコイツら、諦めよう。

 

無駄に白熱し始める勝負を尻目に、俺は読書を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、何が何だか俺にも分からないままに時間が過ぎて夕方。

夕暮れ空の境界から幻想的に月が浮かぶ頃合いになると雪ノ下と由比ヶ浜の勝負も着いたようで、二人は椅子居座って仲良く話していた。

 

「それでさ、こんな感じで投げたら良い感じに刺さるんだよね」

 

「私はいつもこう、投げてるのだけれどこれでも結構狙ったところあるわよ」

 

「でもゆきのん一回も中心当ててないけどね」

 

「そ、それは私は中心狙って投げてないし……そう、20のトリプルばかり投げてたわ」

 

因みにダーツで一番点数の高いポイントは中心ではなく、中心より少し上の所だ。中心が50点のなのに対して20のトリプル、そこは60点だ。

 

「ああそっか!確かにゆきのんの投げたの全部上の方に行ってたもんね」

 

「え、ええ。そうよ。一番点数の高い場所を狙うのが合理的だもの」

 

おい馬鹿信じるな由比ヶ浜、この天然アホが嘘を吐くときは大体どもって首筋に冷や汗を流しているんだ。

しかしそんな短い付き合いから得た経験則を由比ヶ浜が知るはずもなく感心したように雪ノ下の話にしきりに頷いている。

 

「……あっ。気付いたらこんな時間じゃん!今日はもう奉仕部は行けないし、お母さんにも何も言ってないから心配されちゃう……」

 

「そうね、今日はそろそろ帰った方が良いんじゃないかしら。それに私たちもゼンダに備えなきゃならないから」

 

「ゼンダ?」

 

「全国高校生ダーツ選手権よ、次の6月にあるの」

 

良くもそんなつらつらそれっぽい嘘を並べ始めるもんだ、逆に関心したわ。

雪ノ下はまるで昔から当然のようにやってきたように、矢を手拭いで拭き始める。

 

「じゃあゆきのん、あたしもう帰るね!またねー!」

 

「ええ」

 

由比ヶ浜はバックに付いた良く分からない生物のピンクのぬいぐるみを揺らしながら教室を出ようとすると思いきやこちらに振り向いた。

 

「あ、後ヒッキーは明日教室で」

 

「お、おう。また明日な」

 

その言葉を聞くと薄く微笑んで由比ヶ浜は今度こそ教室から出て行った。

しかし、これで明日教室で由比ヶ浜と会った時挨拶しなかったら変な感じになるし、絶妙に面倒くさい人間関係を持ってしまった。どうせ放課後に振り回されるんだし朝くらい穏やかに無言で切り抜けたいものである。……明日休むか。

 

そんな事を考えている内に雪ノ下は急いでダーツボードを片付け始めた。

 

「比企谷君も早く手伝いなさい、撤収するわよ」

 

「お、おう」

 

「早くして、さもないと平塚先生が来ちゃうわ」

 

 

と、そんな妙に忙しない雪ノ下に急かされて仕方なく俺もやんよやんよと手伝う。

苦労しながら半時間ほどで全てそれらを元のデカいバックに戻し終えると、雪ノ下はその大きなバックを掃除用ロッカーの中に入れて、一仕事やり遂げた表情で額の汗をハンカチで拭った。

 

「ふう……これで全部ね。じゃあ行きましょうか」

 

「はあ?行くってどこにだよ」

 

「適当な喫茶店よ」

 

そう言うと雪ノ下は普段使っているバックを肩に掛けた。ああ、まあ平塚先生が後から来ても面倒だからな。

大人しく雪ノ下の提案に便乗して、荷物を纏めると春風に吹かれながら教室を出る。後から雪ノ下が出てきて、教室の鍵を閉めるとその鍵をバックへと入れた。

 

「お前、いつも部室の鍵は職員室に返してなかったか?」

 

「別に鍵が一つくらい無くなっても誰も気づかないわ、先生に会うと厄介だし明日返しに行きましょう」

 

「……まあそれもそうだな」

 

あまりしたくはないのだが、由比ヶ浜結衣の依頼を架空部活を設立したのに乗じて適当に誤魔化してしまった以上、平塚先生からそこを追及されるのは目に見えている。雪ノ下が面妙な発想さえしなかったらこんなややこしい事態に発展せず済んだのに……まあそれを今更愚痴っても仕方ないな。俺も一切指摘しなかった時点で同罪なわけだし、明日大人しくお縄に付くことにしよう。

 

 

 

そうして無事に誰とも会うことなく学校を脱出すると、俺は雪ノ下に連れられて喫茶店に入った。

カランカランと軽快な鐘の音をバックに入店すると、通された席に俺たちは着いた。

 

ざっとメニューに目を通して財布と相談すること数秒、俺は店員を呼んでコーヒーを注文した。雪ノ下は何も見ずに紅茶と苺のショートケーキを頼んだことから、どうやら何度もこの喫茶店を訪れているらしい。

 

「んで、何で喫茶店に来たんだ?このまま帰りたかったんだが」

 

そんな疑問に雪ノ下はガッカリしたような、或いは軽蔑したようにも見える様相を見せた後に、やれやれと言いたいような仕草で溜息を吐いた。

 

「決まってるじゃない、そろそろ中間考査よ?試験勉強よ試験勉強」

 

「は、はあ……」

 

確か試験まではまだ三週間くらいはあったと記憶しているのだが、その辺りは流石学年主席なのかもしれない。雪ノ下が成績優秀なのは天才肌なのではなく、その勤勉さであるのは少し意外ではあったが。

 

雪ノ下は勉強道具一式を取り出すと、視線で「お前も早く出せ」とアイコンタクトしてきたので仕方なく机に教科書やノートを机に広げる。

 

「比企谷君。貴方には奉仕部としての面目を保つために学年上位の成績を取ってもらうわ。当然、全科目でよ」

 

「いやなんでだ」

 

「なんでもよ」

 

そう語調を強めて言うと、雪ノ下はとても真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。

 

と言ってもなぁ……。

あまり自慢のできることではないが、俺は国語が少々できるのと同じくらい数学が出来ない。国語ならば学年で三位なのだが、数学でなら恐らく学年最下位とほぼ近似していることだろう。それにその他数学以外の理系科目も全般的に出来が良くないこともあって、総合上位を狙うのは俺にはかなり厳しい。

 

「だが雪ノ下、俺の成績は知ってるよな?」

 

「ええ。国語はまあ、理系科目は崖っぷち、その他は平均並みね」

 

崖っぷちて……まああながち間違っては無いから否定できんのだが。

 

雪ノ下はその控えめな胸に手を当てながら。

 

「だからこその勉強会よ、実際は勉強会と言うよりセミナーと称する方がより正確なのだけれど。安心しなさい、私が必ず雑魚谷君の成績を改善させることを保証するわ」

 

雑魚谷言うなアホノ下。

まあそれは良いとして、この県内上位である総武高校でも学年トップの雪ノ下から勉強を教わるのは考えようによっては中々にラッキーだ。ただ雪ノ下自身が天然でポンコツであるという一筋の不安が脳裏を過るが―――多分大丈夫だろう。雪ノ下雪乃は勉学に関してだけは才女である。

 

「そうだな。じゃあ……普段の行いを考える何だか癪だが、お願いできるか」

 

「ええ、勿論よ。私が講師を務める以上は貴方には学年一位になることを約束するわ。一緒に頑張りましょう」

 

「あ、ああ……」

 

……この高校の学年一位はお前なんだけどな。

雪ノ下は早速とばかりに数学の教科書を開くと、こちらへと手渡ししてきた。受け取ると、例題や基本問題と言った箇所に丸で目立つようマークされているのが分かる。成程、ここやれってことか。

 

「分からないことがあれば適宜質問して頂戴、殊勉学に関して無知を抱えるのは罪よ。疑問は常に晴らされるべきだわ」

 

何故だろう。今の雪ノ下はカリスマ講師に見える。俺は歳早々に近眼にでもなってしまったのだろうか、非常に摩訶不思議な気分である。

 

雪ノ下は伝えたいことは全て言ったとばかりに、自分のノートを開いて問題を解き始めた。見ると、それは今から俺のやる教科と同じ数学であるようだ、恐らくそこは合わせてくれているのかもしれない。だが中身は本に異なるようで、解法なんて俺には1mmも分からない問題を解いている。……いつもはアレだが、こういう姿を見るともの物凄く錯誤を感じる。マジで何でこの天然アホがこんな頭良いんだろうか。

 

気を取り直して問題を解き始めると、俺がどうにかこうにか解けるギリギリのレベルの問題がそこには並んでいた。驚くことに雪ノ下は完全に俺の学力を理解しているようだ、雪ノ下とは勉学の話など数えるほども会話したこと無いというのにどういうことなのだろうか。

 

「ところで雪ノ下。何で俺の学力をこんな精確に分かってるんだ?」

 

雪ノ下は問題を解く手を止めずにそのままの状態で答えた。

 

「貴方の学力なんて大しては分からないわよ。ただ貴方の数学に限っては1から教える方が簡単で、そして理に叶ってる。だから貴方に渡した問題は全部基本的なものなの」

 

「な、なるほど……」

 

確かに。数学に関しては基礎すら大崩壊を起こしているのは自覚している。それなら初めからやった方が効率が良いのは決まっている。

 

 

それからは俺は雪ノ下に分からない所を尋ねながら、時期どうでもいい会話を挟みながら勉強を続けた。

そんなこんな、気付くと既に午後7時を軽く過ぎてしまっていた。夜の帳は降り切り、街の人間たちの喧騒も夜闇へと溶け込み撹拌されてしまったようで、雪ノ下と俺のみのこの小さな空間にも外から流れ込んできた静穏で満ちている。

聞こえるのは店内の長閑な田園を思い出させるようなクラッシック音楽と、シャーペンが走りページが捲れる音、そして互いの吐息のみ。そこには言葉は存在せずとも、互いの意思が空気に混じって滲みだし、呼吸するだけで共感できるような、経験したことの無い雰囲気が俺の肌を刺激していた。

 

雪ノ下はキリ良く問題解き終わったのか、シャーペンを丁寧に置くと欠伸をして、僅かに残った紅茶を静かに啜った。

 

「……そろそろ帰りましょう、時間も遅いわ」

 

「そうだな。数字の見過ぎで好い加減嫌になってきたしな」

 

「だからって継続を怠っては駄目よ、帰っても少しは復習するように。あ、後もし今回の定期試験で上位10位以内に入れなかったら罰ゲームだから」

 

「はあ」

 

唐突に罰ゲームって何だよ……、とても嫌な予感しかないんだが。

雪ノ下は尊大な態度を取りながら指を立てた。

 

「まあ貴方も罰ゲームは嫌よね。そこで提案があるのだけど、今度の週末に私の家で勉強合宿をさせてもいいわよ?」

 

「え……は!?」

 

その言葉を飲み込むのに少し時間がかかってしまった。勉強合宿?雪ノ下の家で?

 

「お前、その、両親とか諸々とか大丈夫なのか?」

 

「その点については心配は要らないわ。今は家族とは離れて暮らしているもの」

 

……こんな天然ポンコツが一人暮らし?ありえねえ……。

 

「別に今答えてもらわなくともいいわ、木曜くらいまでなら私も待つから」

 

「お、おう」

 

率直に言えば超迷う所ではある。女子の家とか一度も行ったこともないのに況してや宿泊するなんて、レベル1の冒険者が木の棒きれを持って魔王城に乗り込むようなもんだ。

 

そして会計を済ませて店を出ると、俺と雪ノ下は逆方向に別れた。

 

 

 

 

 

 

翌日、放課後。

 

「比企谷、雪ノ下……私が何が言いたいか分かるな?」

 

「睡眠不足は体に毒にですよ?しっかり睡眠は毎日7時間取った方が良いと思います」

 

「違う。お前たち、由比ヶ浜を煙に巻いた挙句学校でダーツしていたそうだな……?」

 

「えっと……それは由比ヶ浜さんの勘違いです。彼女は幻覚でも見ていたんじゃないですか」

 

「んな訳あるか!当然だがダーツは没収だからな。後奉仕部の活動自体も一か月停止処分だ」

 

「ええっ」

 

「何か不満があるか?ん?」

 

「い、いえ……」

 

……うん、これは是非もないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 





また筆が乗ったら書くと思います。

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