軋みをあげる体を折り曲げながら、ロディは前を見た。拳か蹴りか、戦闘を主眼としていないロディには判断出来ない。
だが、受け止めたハリガンツールから伝わる衝撃、大柄なロディを軽々と吹っ飛ばす力、それらは全て目の前で顔を伏せ、嗚咽の叫びを漏らし続ける少女が艦娘だと示していた。
「ロディ、動ける?」
「・・・動けなければ、死ぬだけだ」
言って身を起こす。まだ骨に痺れは残っているが、今はそんな事を言っていられる場合ではない。
「あ・・・!」
電と呼ばれた少女、バレッタで留めた髪が解け、両手で覆い隠した顔を更に隠す。
俯いたまま、その表情は伺い知る事は出来ず、耳に残る呟きに似た音が、両手の隙間から漏れ聞こえている。
「ヘイ、ムラ。アレどうしたのよ?」
「解んないわ。けど、コロニーの頃から狂っていたわ」
三人が見る先、電が顔を隠していた両手を外した。
顔を上げる事無く、俯いたまま髪で隠した顔はどこを見ているのか。ムラには確信がある。
「フィーリア!」
叫びと動きは同時だった。ムラが叫び、電が動いた。
艦娘という、人間を遥かに凌駕する膂力を用いた強引な接近、ムラが短槍で薙ぎ払おうにも瓦礫が邪魔をして振り抜けない。ロディは少し距離が空き過ぎている。
電は俯いたまま、緩い貫手を作り下から抉る様にして、フィーリアの腹部向けて撃ち込んだ。
普通ならばダメージにすらならないであろう攻撃だが、電は艦娘。人間を襤褸雑巾の如く引き裂ける膂力を持つ。元艦娘であり、人間よりも耐久力の高いフィーリアであってもまず耐えられない。腹部が貫かれるか、引き裂かれて二つに分かれるかだ。
フィーリアは元艦娘の反応速度を以て行動した。
まずは距離を取る。元戦艦娘の膂力は多少衰えたとは言え、人間のそれとは比べ物にならない。
大きく一歩分を確保、ライフルを持つ手とは逆、左手で腰から大型ナイフを逆手で抜き打つ。
狙うは電の右手、艦娘の艤装から削り出して作ったこのナイフなら、軽巡や重巡クラスは厳しくても駆逐艦クラスなら手首を刈れる。
そして、そのままの動きで側面に回り頭を撃ち抜けばいい。
フィーリアはその通りに動いた。
動き、一瞬で判断を変え、電の範囲内から飛び退いた。
「ひ、あ・・・」
「この・・・!」
飛び退いたフィーリアが逆手に構えるナイフが、俯いた電の右手首の形に丸く削れていた。
舌打ちと共に、フィーリアがライフルを電に向けると、小さななにかが二人の間に落ちた。
「フィーリア! ムラ! 離れろ!」
ロディが叫び、動きを止めた二人の間に投げ込んだ円筒状のものから、煙が吹き出し電から三人を隠した。
「は、ひ・・・」
辺り一面を満たす白煙に染み込む様に漏れ聞こえている嗚咽から、三人は一度退き体勢を立て直す為に、荒野に並ぶ廃墟へと走り抜けた。
「ムラ、なんだ奴は?」
「二度目ね。狂っていたけど、あんな訳の分からない状態じゃなかったわ。・・・私が知ってる限りではね」
言ってムラが背後に視線を送る。壊れた窓枠から窺える様子は、白煙が風によって消え、いまだに俯いたままの電が立ち尽くしていた。
「ムラ、あまり出ない方がいいわよ」
「そうね」
「だがしかし、どうする? 奴は異常だぞ」
ロディの言う通りに、ムラが拒絶の意思を叩き付けたのをスイッチに、電は突如と変貌した。
髪を解き、両手と髪で俯かせた顔を隠し、攻撃してきた。その攻撃力が異常だった。
「駆逐艦娘の力じゃなかったわよ」
元戦艦娘のフィーリアが、抉れたナイフを片手に窓から外を窺う。
フィーリアの膂力は艦娘には勝てない。だが、元戦艦娘の膂力は並の相手を圧倒出来る。彼女の使う大型ナイフも、彼女と同じ戦艦娘の艤装を削り出して作ったもので、電が艦娘と言えど駆逐艦娘の力では、この様に削る事は不可能な筈なのだ。
「割りと気に入ってたのに・・・」
フィーリアが切っ先に刃が残るナイフを眺めていると、切削跡に何かが付着している事に気付いた。
それは、赤黒いというよりも青黒い、半ば乾いた液体だった。
「・・・これって、深海棲艦の?」
「どういう事だ? 奴は艦娘の筈だろう」
「そうよ。だけど、これは深海棲艦の血の色よ。なんであいつから・・・」
三人で見るナイフの切削跡に、赤が混じった青黒い液体が貼り付く様に乾いていた。
艦娘や人間は赤、深海棲艦は青。ロディは詳しく知らないが、元艦娘であるムラとフィーリアは知っている。
これは奴等の血だと。
だがその場合、何故電からこの血液が付着したのか。
ロディとフィーリアは、眉をひそめるムラを見た。
「・・・噂は本当だったって事かしら」
「噂?」
「私が居たコロニーで、少しの間だけ流れていた噂よ。艦娘と要らなくなった艦娘や深海棲艦を混ぜて、更に強い艦娘を造り出そうとしてるってね」
ムラが語る噂、それは強い艦娘を更に強くする為に、強い艦娘に不要な艦娘や捕まえた強い深海棲艦を混ぜているというもの。
フィーリアも似た様な噂を聞いた事があるらしく、気味の悪そうな顔で頷いていた。
「私が知ってるのは、一部の性能が低い艦娘に、その性能が高い艦娘を混ぜて、性能の高い艦娘にしているって話ね」
「何処も似た様な話があるのね」
「だとするとだ。奴をどうやって仕留める? ただでさえ艦娘というだけで手を焼いているんだ。そこに混ぜ物をしているんだろう?」
ロディの言葉に、二人が頷く。
こちらの戦力は人間が一人に元艦娘が二人、あちらは艦娘が一人だが、その中身に問題がある。
一応、ウォルフに援軍を頼んではいるが、人間の援軍では犠牲者が増えるだけだ。
逃げようにも、ムラ達が逃げても、奴は追ってくる。
どうにもならない。
「あの様子だと、再生してるわね」
「深海混ぜてるなら、再生もするわね」
「・・・一つ聞きたい。コロニーで〝黒い雨〟が降った時、深海棲艦はどうしていた?」
ロディが周囲を警戒しつつ、簡単な地図を広げた。
地図には、今三人が隠れている廃墟とその周辺のシェルターの位置が記されていた。
「どうしていたって、奴等も〝黒い雨〟に長く打たれれば死ぬわ。それがどうかしたの?」
「いいか、ムラ。ここの近くには、水源に〝黒い雨〟が降った壊れた浄水施設がある。そこの貯水池には、降り積もった〝黒い雨〟が何年も貯まり続けている」
「そこに、奴を叩き落とすって訳ね」
「即死はしないだろうが、貯まった〝黒い雨〟は粘性を持つ。それも年月が経てば経つ程にだ。そして、あの貯水池は俺が知る限りで、二十年以上は排水されていない」
「落ちたら出られないわね」
三人は頷く。正面からでは勝てない。ならば、確実に殺せる方法で殺す。
方針を決めた三人が、浄水施設にある貯水池を目指して動き出し、
「ひ・・・いあ・・・」
それと同時に、三人の耳にくぐもった嗚咽が届いた。
次回
狂気の末路?