バンディットと呼ばれる者達がこの世界には居る。
無人となって久しい街や施設に潜り物資を拾い集め、〝シェルター〟に還元する。
そういった生き方を選んだ人々、それがバンディットだ。
そのバンディットになるのは簡単だ。
バンディットに資格は要らない。只、ほんの少しの戦闘技術とサバイバル能力、それと〝他人から奪っても良心の呵責が無い事〟。
これらだけが重要視される仕事だ。そこに人柄や人間性は求められない。どれだけ冷酷に確実に物資を獲得出来るか、それだけがバンディットに必要な資格だ。
「砂糖二㎏に煙草二箱分に銃と弾丸三セットでどう?」
「悪いが、その条件だと医薬品と包帯は一セットだな」
「二セットにはならない?」
「流石にな、こちらも医薬品が少ない。後の事を含めれば、値は上がる」
珍しい。ムラは見張りをしつつ思った。
あのロディが交渉で苦戦しているのだ。
何時もなら、バンディットとの交渉は直ぐに終わらせて、次へ向かう筈なのに今回は違う。
「水ボトルと集水器フィルター四セット」
「医薬品二セット、包帯無し」
フィーリアと名乗るバンディットの女が意外と粘る。
いや、女だてらにバンディットなんぞやっているのだ。
手強いのは当然か。はたまた、何か狙いがあるのか。分からないが、ムラはロディが交渉に手間取るのを見るのは初めての事だった。
「はぁ、どうしてもダメ?」
「ああ、これ以上はまからん」
「どうしても?」
「どうしても、だ」
妙に胸元を強調しつつ、ロディの顔を見上げる女。
色仕掛けでもするつもりなのだろう。ムラはフィーリアの襟元から覗く色白の谷を見て苛立った。
嫌味か、このアマ・・・!
だが、そんな色仕掛けが通用するロディではない。
口の端に噛んだ煙草を吹かし、フィーリアの色仕掛けを一蹴する。
「やるんなら、もう少し若い奴にやるんだな」
「あら、残念。でも安心したわ」
「・・・何がだ?」
ロディが一瞬で警戒を強めた。手は腰のハリガンツールに伸ばされている。ムラもロディから預かっていたハチェットに手を掛ける。
こういう、交渉の途中で妙な事を言い出す輩は大抵、腹に一物抱えていると決まっている。
しかも相手はバンディット、何処かに仲間が潜んでいるのではないかと、ムラは周囲を警戒する。
フィーリアの武器は銃身を切り詰めたライフル。あの手の銃は取り回しが容易で近接戦もしやすい。
まあ、あのロディの事だ。例え相手が、銃を構え様としても何とかするだろう。
「ああ、そんなに警戒しないでよ。ちょっと、頼み事があるだけだから」
「頼み事だと?」
「よく言えるものね」
そんな二人の警戒を他所に、フィーリアは諸手を上げて降伏の意を示す。
「話すだけは話すわね。この先のシェルターで問題が発生したの」
「なに?」
「この先のシェルターって」
「〝ボス〟の指示でね。貴方達を連れて来いってね」
「〝ボス〟?」
フィーリアの言葉、この先のシェルターで問題が起きた。
それはロディとムラにとって予想外であり認めたくない事実であった。
二人は先にあるシェルターに取引をする為に、ここまで来たのだ。
そのシェルターで問題が起きたとあれば、下手をすると取引どころの話ではないかもしれない。
死活問題。二人の手持ちの物資は残り少ない。取引に使う分を入れれば少しは保つだろうが、それでも次のシェルターへ辿り着くには心許ない。
それにフィーリアは二人がシェルターへ向かう事を知って、接触してきた。何が目的かは解らないが、〝ボス〟なる人物の指示の様だ。
「〝ボス〟の事なら、貴方達の知り合いよ? 私も本名かは知らないけど、〝ウォルフ〟って知ってるでしょ」
「〝ウォルフ〟?」
「ムラ、お前があのマーケットで一番最初に張り倒した奴だ」
「え? ・・・ああ!」
「ワォ! 貴女、ボスを張り倒したの?! やるじゃない!」
「ちょっ!? 離しなさいよ!」
ロディの言葉にフィーリアがムラに抱き着く。
ムラはそれに対してもがくが、体格差に技量差もあるのか、一向にフィーリアを引き剥がせる様子は無い。
その様子にロディは白髪頭からフケを掻き出し、溜め息を吐いた。
シャワーを使ったのは一体何時頃だったか、確か前のシェルターに滞在していた時以来約一週間。
トレーダーやバンディット、シェルターに住む人々なら一週間程度、入浴等をしなくても別段気に留めたりしない。毎日、入浴し体を洗浄出来るのは〝コロニー〟の住人位なものだから。
不潔とコロニーの住人は蔑むが、シェルターの住人からしてみれば、毎日入浴洗浄が出来る事自体がおかしい事である。
清潔な水がどれ程までに貴重なのか。シェルターの中には、コロニーと同じ様に大規模な湧水地や爆撃で破壊されず機能を残した浄水場を擁するシェルターもあるが、それでも安全の為には濾過と煮沸消毒は欠かせない。
その為、シェルターでは飲料用と医療用に使う事を優先し、入浴等の洗浄用に使う事はあまり無い。
フィーリアがボスと呼び、ロディの友人でもある〝ウォルフ〟が彼女を使い二人を捜させていた理由は解らないが、嘗てのムラの案件然り、絶対に録な事ではない。
あの時も違法マーケットの物資を好きに持っていって良いというウォルフの話に乗って、違法マーケットを物色していたら〝元〟艦娘という普通の人間には十分に驚異となる存在が襲い掛かってきたのだ。
さて、どうするべきか。
ロディは騒ぐフィーリアとムラを他所に思案する。
問題が何にせよ、ウォルフがこちらを連れて来いと彼女使ってきたのが問題だ。
ロディの目利きでは、フィーリアはかなり腕の良いバンディットだ。
先程の交渉での粘り方からトレーダーとしては一流とは言い難いが、バンディットと兼任しているなら上等と言える。
「ヘイ! Mr.ロディ! 早速行きましょう!」
「離せって、言ってるでしょ・・・!」
フィーリアの小脇に抱えられてぐったりとしたムラを見ながら、試してみるかと吸い口しか残っていない煙草を揉み消す。
そして、フィーリアに抱えられたままぐったりとうんざりした様子のムラに視線を合わせ、にやりと笑い
「よし、ムラ」
「なに? 今の私の状況分かるでしょ」
「お前、ウォルフと交渉してみろ」
言った。
ムラは開いた口が更に開いた。