更新は不定期。何故なら、こっからの内容まったく考えてないから!
南のシェルター
金糸銀糸が湯に漂い、湯気に手が泳ぐ。
「フィーリア、これって現実? それとも、夢?」
「ムラ、現実よ」
「マジか~」
だらりと体を温もりに投げ出し、柔らかな浮力に任せて身を浮かせる。
数多くの傷が刻まれた、均整の取れた肉体が僅かに濁った湯の海に露になる。
「あぁ、ヤバイ。ロディが言ってた意味が分かる・・・」
「Mr.ロディ?」
「南のシェルターに来た奴は、必ずここに住みたがる」
「OH! それ、ボスも言ってたわ」
フィーリアが水音を立て、空を見上げれば、北や西や東ではあまり見れない青空が広がっている。
身をずらし背後へ視線を落とせば、日光が降り注ぐ大地に、規則正しい緑の列が刻まれている。
「あれが、畑ってやつね」
「ムラは初めて?」
「個人でやってるのは見たわ。けど、あの広さは初めてよ」
「まあ、ちょっとしたマーケット並みだしね」
湯に浮かべていた桶から、丸みを帯びた金属を取り出す。
フィーリアは、それの蓋を捻ると、中身を一息に煽った。
「いい酒ね」
「私にも寄越しなさい」
「アァン、強引ね」
「いい酒を独り占めは許されないわ。それに、強引にされるの、嫌いじゃないでしょう?」
「ムラにだけよ。貴女、強引だけど上手いんだもの」
フィーリアがしなを作り艶のある視線を送れば、ムラは彼女から奪い取ったスキットルを煽る。
「煙草が吸えないのが、ただ残念ね」
「ムラもすっかりスモーカーね」
「私だった全部は終わったし、後は〝私〟の好きな様に生きるだけよ」
尖った八重歯を見せつける様にして、ケタケタと笑う。
何処か貼り付けた様な印象は消えていないが、過去にフィーリアが見た笑みとは違い、今は以前より人間らしい笑みを浮かべている。
「て言うか、ムラ飲み過ぎ」
「いいじゃない。どうせ、まだ桶に突っ込んでる癖に」
「それは取って置きよ。酔って味が解らなくなりたい?」
「あら、早く言いなさいよ」
フィーリアに軽くなったスキットルを返し、腹に溜まった熱を全身に巡らせる様に、細く長い均整の取れた肉体を伸ばす。
「Mr.ロディは?」
「北の総代と話中」
「ワオ、胃が痛くなりそうね」
「そう?」
ムラが首を傾げ、フィーリアを見る。
自分とは違う肉感的な体が、白く濁った湯に隠れている。
温泉と酒精により、白い肌には赤みが差しており、普段とは違う生きた柔らかさを、視覚に伝えてくる。
「ムラ、視線がやらしいわよ?」
「今日は、どう啼かすか考えてただけよ」
「私に啼かされるって、考えないのかしら?」
「はは、面白い冗談ね。・・・足腰立たなくなるまで啼かすわ」
ケタケタと笑うムラに釣られて、フィーリアも笑う。
一頻り笑った後、ムラが顔を変えた。
「んで、北の総代が真反対の南のシェルターになんの用事?」
「さあ? 使い走りはしても、私のボスはウォルフだからね」
「ボスなんて居ないから、よく解んないわー」
トレーダーとバンディット、二人が睨み付ける先、そこには物言わぬ楼閣が聳えていた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「さて、話をしよう」
「一介のトレーダーに聞ける話ならな」
静寂が包む酒場の隅、二人の男女が向かい合って座っていた。
一人は年季が刻まれた初老の男、一人は銀の髪に不敵な笑みの女。
トレーダーのロディと北のシェルター総代イヴェノヴァ、酒場には二人しか居ない。
「くくく、良いな。実に良い」
「ウォルフにしろお前にしろ、統治者というのは話がくどい」
「ビジネスパートナーと話をしたいというのは、当然の話だろう?」
琥珀色が満たされたグラスを傾け、イヴェノヴァがロディに視線を向ける。
傷と皺の刻まれた顔、最早灰色と言っていい頭、年齢を感じさせない体躯。トレーダーでなくとも、バンディットやバウンサーとしても、十分に通用するだろうと見てとれる。
「ビジネスパートナーねえ? ただのトレーダーに、北の総代が何を望む」
「君達の活躍」
「話が見えん」
ロディが紫煙を吐く。ロディはあまり長く商談を続けるタイプではない。
長く商談をしても、纏まらない話は纏まらないし、時には纏まる話も纏まらなくなる。勿論、その逆もあるが、ただのトレーダーでしかないロディには、応えられる依頼には限度がある。
「デカイ話なら、ウォルフに頼め。あんたの資本力とあいつの人脈があれば、キャラバンの一つや二つ運営するのは容易いだろう」
「いやいや、伝説級のトレーダーである君の名を借りたいのだよ」
「言った筈だ。ただの一介のトレーダーだと」
ロディはただの一介のトレーダーだと、自分を位置付けている。
ただ、誰よりも長く生き延び、誰よりも長くトレーダーを続けているだけのロートルに過ぎない。
何処かのシェルターに、隠居していてもおかしくない年齢なのだが、今も現役を続けている。
ただそれだけなのだ。
「謙遜する。その年齢まで、現役の人間がそう居るものか」
イヴェノヴァが唇を吊り上げ、紫煙を浮かべる。
「内容は簡単だ。飛行船を見ただろう?」
「ああ、作り話だとばかり思っていたがな」
「現実だ。その飛行船が、今回の仕事に関係する」
「なんだ?」
懐から数枚の資料を取り出し、ロディに向ける。
何やら戦力図らしきものが記されていたが、ロディにはらしきものとしか検討がつかない。
なので、これがどうかしたのかと、視線をイヴェノヴァに送る。
「どうやらな、向こうでは戦争は終わったらしい」
「ほう?」
「飛行船を使用した高高度からの大質量絨毯爆撃、これにより海域の深海棲艦を駆逐。くくく、海域の環境が変わるまで繰り返したらしいぞ?」
「で、それが何の関係がある」
「話は簡単、それだけの資本力を持つ相手、商売相手に欲しくないかね?」
イヴェノヴァの言葉に、ロディは溜め息を吐く。
「悪いが、他を当たってくれ」
そして席を立ち、酒場の扉へと歩みを進める。
ドアノブに手を掛け、捻る。外の明かりが酒場に漏れた時、イヴェノヴァの声が聞こえた。
「まあ、考えてくれ。君と、あの彼女とっても悪い話ではない筈だ」
「そうか」
「ああ、後、これはサービスだが、このシェルターで煙草を取り引きするなら、東側のマーケットは避けろ」
「そりゃ、なんでだ?」
「東側の畑、隠しているつもりだが、あれはクスリだ。艦娘にもガツンと効く、な」
ドアノブに手を掛けたまま、ロディは首だけイヴェノヴァに向く。
「忠告感謝する。だが、何故だ? 一介のトレーダーに、何故ここまで肩入れする?」
「簡単な話だ。私は欲しいものは必ず手に入れる。そして、サービス。そう、未来のパートナーに対するサーヴィスさ」
くぐもったイヴェノヴァの笑いを背に、ロディは酒場を後にする。
気のせいか、肩が重い。
温泉に浸かって休みたい。
「もう歳か?」
その前に、ムラとフィーリアに合流しなくては。
ロディは建ち並ぶ楼閣の、猥雑な呼び込みを無視しながら、湯気の森へと向かった。
イヴェノヴァ
北のシェルター総代で、元戦艦娘ガングート。
なのだが、本当に艦娘から引退しているのかは不明である。
彼女の最大の武器である情報力は、シュタ○ジを想像してください。あんな感じです。はい。