八月の夢見村   作:狼々

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隠したい

 今日も自然の香りを感じながら、家へ。

 私の右手に伝わる暖かな温度が、私をとても安心させてくれる。

 

 やはり感じるのは、私の手との大きさの違い。

 大きくて、私の手をまるまる包み込んでしまいそうだと思うほどだ。

 安堵感もそうだが……少しどころではなく、ドキドキしてしまう。

 

 異性との繋がりは、ほぼなかった。

 というのも、この村ではそういった交流自体が、殆どなかったからだ。

 

 胸の高鳴りを抑えきれないまま、玄関に着いた。

 隣を向いて、胸を少しだけ張る。

 

「ほうら、どうですか!」

「お、おぉ……! すげぇな」

 

 彼からの小さな称賛を得て、なんとはなしに喜んでしまう。

 本当にちょっとしたことなのに、心が暖かくなるほど、嬉しかった。

 つい笑顔が溢れたまま、扉を開ける。

 

「おかえりなさい。まだ夕飯はできていないのよ。もう少し、あの子の部屋で待っていてちょうだい?」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 

 彼がそう言って、私の手を離した。

 少し残念なような、切ないような、寂しいような気持ちだ。

 

 私も続いて部屋に戻ろうとしたとき、肩を掴まれた。

 彼はさっき部屋に行く足音が聞こえたので、彼ではない。

 じゃあ……

 

「……お母さん?」

「貴方、あの人に()()()、言ったの?」

「…………」

 

 ――答えられなかった。

 自分の欲を優先した結果のことだと、言えない。

 言えるわけがないんだ。あんなことを言ったら、絶対に……

 

「隠すのは、もう無理よ。今まで気付かれていないことが不思議なくらいよ。特に、今日の外出は」

「ご、ごめんなさい。でも……あの人には、バレたくない」

 

 どうしても、あの人だけにはバレたくない。

 ならば、私が取り得る選択肢は三つの内、たった一つしかないのだろう。

 

 一つ、このままやり過ごして、バレないように振る舞い、彼自身も気付かないことを祈る。

 一つ、自分の気持ちを抑えつけて、何も言わないまま彼に早々に帰ってもらう。

 一つ、言いたくなくても無理に伝えて、私の思う最悪な結末を迎える。

 

 正直、少しでも希望があるのならば、一番目を希望したい。

 それでも、三番目の選択肢は、拾いたくはなかった。

 自分の中に渦巻く気持ちの正体は、まだ明確にはわからない。

 

 こんな気持ちは、初めてなんだ。今までに感じたことがない。

 胸が張り裂けそうで、体が、頬が熱くなって、少しだけだが食事の量が減って。

 明確にはわからない。が、私は薄々気付いていた。

 この気持ちが(たち)の悪い、病気の一種であることに。

 

「貴方がそう思うのも、私は勿論のこと、父さんもわかっているはずよ。けれど……やっぱり、限界はあるわ」

 

 彼と入浴時間・食事時間をズラすのも、やはり無理がある。

 入浴は性別の違いで何とかなりそうだが、食事は――

 

 可能性を、否定したくなかった。

 そして、自分の過去の運命を恨んだ。

 

「でも……私、どうしたら……!」

「あの人に少しでも悪く思われたくないのなら、自分から言うことだよ。辛いことだけどね」

 

 自分の中で、薄弱な決意を固めた。

 固めた、とも言えない、薄弱な決意を。

 

 ――やっぱり、言えるはずがない。

 バレてしまうまで、隠し通そう。

 

 さっきまで香っていた自然の香り。

 木材の香り、外からの土の匂いや風に運ばれる草木の匂い。

 それらが全て淀んで、霞んで、遮断された。

 

 

 

 私も彼は今日も、夕食の時間を共にしなかった。

 最悪、食事は上手くいけばバレないのだが、やはり不安が残る。

 

 昨日と同じくして、隣り合わせで布団の中に入っている。

 縁側には寄らなかったので、今日は早めの布団入りだ。

 

 今の季節は、夏。それも「真」が付くほどの。

 定番としてはもう怪談しかない、ということを彼に言われた。

 彼の怪談話を聞いて、寒気のする夏の夜を過ごしている。

 

「――暗い裏路地を歩いていると、突然肩を叩かれたんだよ」

「う、うぅ……」

「そうしたらさぁ、そのままコンクリートの壁に勢い良く叩きつけられて、小さなナイフを首元に――」

「ひぃいい!」

「お、おう、大丈夫か……?」

 

 正直、大丈夫じゃない。

 今まで自分でもわからなかったが、私は相当に怖がりのようだ。

 

 ナイフを突きつけられるのは本当に恐怖だ。

 けれども、幽霊とか妖怪とか、そういった非科学な事象での恐怖とは違う。

 そういった意味では、怪談として怖がっているのではなく、単純な危険で怖がっているのだろう。

 

 そもそも、そんな機会は殆どない。

 ないからこそ、未知に存在する恐怖に一層身を震わせることになるのだ。

 

「じゃ、じゃあ、怪談は止めにしよう、うん。えぇと……何か、聞かせてもらえるか?」

「う、うぅ……夢見村のことで、いいですか?」

「あぁ、頼むよ」

 

 彼の声は、どこか柔らかい。

 声は触れるものじゃなく、聞くものだ。本当はそんなことはないのかもしれない。

 しかし、私の耳に届く彼の声が、柔らかく聞こえる。

 

 優しげな、思いやりに溢れた、すぐに笑顔を連想させる声。

 そんな暖かい声が、耳の中で反響した。

 その度に、私の心臓は早鐘を打って止まない。

 

 彼は、それを知っているのだろうか。

 

「ん~、そうですね~……」

 

 夢見村のいいところや、独特なところを探す。

 記憶の中を漂って、それらしく紹介できる要素を模索。

 

 そして、それらしい記憶の欠片を見つけた。

 

「――あっ、これにしましょう!」

「おっ、見つかったか」

 

 丁度いいだろう。彼はここに来たばかりだ。

 ちょっとばかりオカルトめいているが、本当に丁度いい。

 怪談でもなければ、面白話でもない。少しファンタジーに入るだろうか?

 

 私はこの村の住人で、真偽はわからない。

 悲しいような、微笑ましいような、そんなことを伝えよう。

 

「――貴方は、夢見村の()()()を知っていますか?」




次回、あらすじにもある言伝えが明らかに(´・ω・`)

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