八月の夢見村   作:狼々

29 / 31
すいません、ラストがいい感じなので、前書きに余談です。
飛ばして頂いても、一向に構いません。

私のクラスではかなり、コードブルー、という名のドラマを見ている人が多いんですよ。
異常な視聴率を誇っているらしいです。

それで、ある女子が言いました。
「コードブルー見てない奴は非国民だろ!」

は~い、非国民で~す(´・ω・`)
これから非国民らしい、どうも、狼々です。

では、そろそろ……どうぞ。


八月の夢見村

 早速ながら懐古の念を抱きつつ、微弱な列車の揺れを感じながら、手紙の封を切る。

 中には白の便箋が、二枚に重なっていて、彼女の思いがひしひしと感じられた。

 一枚ずつ丁寧に、個別に取り出して読んでいく。

 

 綴られた文字は想像よりも綺麗で、ところどころ高さがズレているところもある。

 彼女曰く、お母さんにも手伝ってもらったらしいので、そこまで大きいズレではない。

 見えないでも、正真正銘彼女自身が丹精を込めて書いてくれたことがわかり、嬉しくなる。

 

『前略 私はきっと、列車が発つギリギリまで、貴方にこの手紙を渡せなかったと思います』

 

 思わず、ふっと笑いが出てしまった。

 つい先程の別れ際。本当に、その通りだったのだから。

 彼女が何を渋ったのか、何を迷ったのかは、俺にはわからない。

 が、彼女らしい一面は、彼女自身もわかっているらしい。

 

『貴方の知っている通り、私は目が見えません。この手紙を書くことにも、きっと一苦労するでしょう。だって、今の文字の数だけでも苦労しているのですから。貴方に伝えたいことは、本当はたくさんありました。その中でも、伝えようか伝えないでおこうか、すごく迷うものもありました。でも、楽しかったという感情は、いっぱい伝えられたと思います』

 

 俺自身も、相当に楽しかった。その感情は、しっかりと表に出すことができたと信じたい。

 今年の夏にて彼女との会遇は、運命の巡り合わせだと、俺は本気に考えている。

 何かしらの縁があって、俺達は会うべくして出会ったのだと。

 

 大袈裟に言い過ぎているのかもしれない。

 誇張された事実なのかもしれない。

 しかし、俺にはこの出会いが大仰なものだとは到底思えなかった。

 

 何度でも思ってしまう。

 そして夢見村から去った今、その意識は胸の中で渦を巻く。

 村にいる時よりも、ずっと強く、まるで全身を縛りつけるかのように。

 

『私、一応光は感じられるんです。貴方も、目を瞑っても光っているかどうかはわかるかと。それで私、湖の蛍の光、見えたんですよ。綺れい、でした。貴方と同じ光景を見ていると思うと、涙が出そうなくらいに嬉しいです。人と同じ光景を見ることが、あんなにも幸せなことなのだと知りました』

 

 彼女の盲目は、光は感じ取られる。

 俺としても昨日の彼女の口振りから、少しは察していた。

 ただ、今を、息を呑みながら無言で、無上の幸福を噛みしめる。

 

『でもでも、それ以上にやっぱり、目が綺れいだと言われたときが嬉しかったです! 泣き虫だと思われていそうですが、あれでも家族以外の前で泣いたのは、初めてなんですからね?』

 

 かなりゆっくりと読んでいたためか、もう列車が駅に停車した。

 中に乗り込んでくる人達に気付きながらも、引き続き手紙を読んでいく。

 自分のいた夏のある意味での非日常が、元の日常に戻っていく倦怠感。

 

 高らかに発車を宣言する警笛が、耳に煩い。

 ドアが閉まるまで暫し待って、静かになってから次の便箋に書かれた文へと移る。

 

『貴方に優しくされた時は、とっても暖かかったです。できることなら、明日にでももう一度味わいたいな、なんて。すっかり、貴方に甘えてしまいました。思い出すと、恥ずかしさと申し訳ない気持ちが混ざっています。すみませんでした』

「……謝ることじゃ、ないだろ」

 

 俺は小さく、誰にも聞こえないくらいに呟いた。

 自分の意志に反して漏れ出した言葉は、少し乾いた笑顔と共に溢れる。

 やはり、彼女は彼女だ。謝ることじゃない。彼女に、何度そう言ったことだろう。

 回数としては少ないかもしれないが、印象としては随分と色濃く残っている。

 

「それにしても、これっていつ書いたんだ?」

 

 俺の素朴な疑問としては、そこだ。

 文章の内容を見る限り、昨日の夜以降ではある。

 湖や蛍のことが書かれてあるので、間違いないだろう。

 しかし、俺が寝るときは彼女は同じ布団の中にいたはず。

 

 そうなると、俺が寝てから翌朝起床するまでの間、というわけだ。

 昨夜の、突然に消失した手の温もりの寂しさをふと思い出す。

 この手紙を書くことが、彼女の手が離れたことを意味したと考えると、納得がいった。

 

 この手の別れ手紙は、相手に悟られないことが前提となることが多い。

 彼女もそれに沿って、俺にバレないようにわざわざ夜に書いたのだろう。

 そう考えると、悪いと思う気持ちと、手間をかけてもらえて幸せ者だと思う気持ちが入り混じる。

 

『本当に、幸せな気持ちでいっぱいだったのです。貴方と過ごした夏は、一生忘れられないでしょう。貴方が側にいてくれたお陰で、絶対にできないと割り切っていた手紙を書くことも、こうして挑戦できています。学んだことも多く、何だか貴方が先生に思えてきました』

「先生、ねぇ」

 

 彼女にこう書かれる俺も、色々なことを学んだ気がした。

 自然の風景の面白味であったり、人の精神の脆さ、それを救う人間の必要性であったり。

 俺から言わせてみれば、彼女の御蔭で学んだのだから、互いが互いの先生をやっていることになる。

 どちらかと言うと、それは先生ではなく、同じ生徒としての切磋琢磨のように思えた。

 

 俺に先生は、恐らくと言うこともなく、確実に向いていない。

 幼少期。それも小学生くらいに、学校の先生になることが将来の夢だった気がしなくもないのだが。

 今思うと、その幼い頃の夢が小さく叶った、というわけか。

 

『もし目が見えるようになって、また貴方に会えたならば、字を教えてください。手紙を書く途中に、わからない漢字は母と一緒に別の紙に書いて、感覚だけを覚えてこの手紙に書きました。どうしてそんな面倒なことを、と思われるかもしれませんが、私が私の字で手紙を完成させたかったからなのです。なので、綺れいの「れい」や、お陰の「お」は、あまり感覚が掴めずに書けませんでした。ご容赦ください』

「すげぇな……よくやるよ、本当に」

 

 彼女の行動力は、思いの外あるのかもしれない。

 これだけの字を書くのに、時間がどれだけかかったことだろうか、見当もつかない。

 その分、俺の感謝の念は強まる一方だ。

 

『長くなりましたが、本当にありがとうございました。最後に、一番書きたかったことを書きました。どういう意味で取るのかは、貴方に任せることにしますね』

「ん? いや、でも――」

 

 二枚目の便箋は、そこで文が終了していた。

 これだけの量でも途轍もなくすごいのだが、こんな前置きをして書き忘れだろうか。

 現に、まだ二枚目の便箋には余白が少しだが残っている。

 

 そして、不自然に思って封の中を確認したその時、気が付いた。

 二枚の組まれて折った手紙とは別にもう一枚、便箋が折ってあることに。

 別々に折る理由がいまいちわからないが、取り出して広げる。

 

 ――そこには、たった一文だけが書かれてあった。

 さっきまでの文字よりも、ほんの少しだけ大きめに書かれてある。

 彼女の想いが孕んでいるのか、それとも、ただ一文だけだから強調したかったのか。

 俺にはどうしてか予想もできないのだが、そんなことはどうでもよかった。

 

『大好きです』

 

 ――この一文だけが、堂々と、便箋の中央で佇んでいたのだから。

 

「う、あぁ、ぐぅっ……!」

 

 気がつくと、俺は嗚咽を漏らしていた。

 目からは大きな雫が、溢れ、消えてゆく。

 幾筋も引かれた涙の軌跡は、また次の涙が通る一方通行の道に。

 

 近くの席に座っていた乗客が、ある人は奇怪に、またある人は心配気に、こちらを控えめに覗いているのが見えた。

 しかし、俺の涙はそんな状況はお構いなしに、流れ続ける。

 さすがに気持ちが悪いのか、俺に話しかけようとする人物はいない。

 

 それもそうだろう。つい先程まで手紙を読んでいた赤の他人が、突然に泣き出すのだから。

 あぁ、俺は最後の最後、かっこ悪くなってしまった。

 そう思ったが、涙は一向に止まらない。止まる気配すら見えない。

 

 霞む視界で、滲んで潤む視界で、あの文字列を見る。

 たった五文字。この手紙に書かれた何百文字よりも、この五文字に、泣かされた。

 まだ涙が手紙にこぼれ落ちない内に、指で掬い取る。

 

 そしてまた、気付いた。

 手紙には既に、いくつかの点がついて、乾いた跡があることに。

 まるで、液体が数滴だけ、こぼれ落ちた跡のようだ。

 

 俺の涙はズボンに落ちるばかりで、手紙にはこぼれていない。

 その跡は誰が残したものなのか、何によるものなのか、考える必要もない。明白だった。

 

 友愛か、冗談か、願望か。それとも、恋愛か。

 俺には意味はともかく、あの言葉が書かれてあるという事実だけで、心が満たされた。

 彼女と過ごした日々が、脳裏を掠め続ける。

 様々な光景が次々にフラッシュバックして、全身に電流が走った。

 

 俺は正体不明の何かに突き動かされるように、荷物を漁る。

 狂気的とも思える行動だが、俺はとにかく急ぎたかった。この『光景』を、一刻も早く形にしたかったのだ。

 

 原稿用紙と筆記具を荒く取り出して、テーブルの上に載せる。

 列車が揺れて文字がブレようが、関係ない。

 数秒前まで、タイトルさえ未設定だった新作。どんな内容にしようか、ずっと迷っていた新作。

 

 本格的な執筆の前に、明確な軸となる題名を書く。

 半ば書きなぐるようにして、白紙の原稿用紙に筆を入れた。

 涙で原稿用紙が汚れないように、袖で強引に涙を拭い去り、泣き止む。

 逆立つ気分を落ち着けるため、背もたれに深く座り、顔だけ動かして車窓を覗く。

 

 黄色の花の持つ黄金比は、ここでも太陽に向かってアピールを続けていた。

 数日前に見たはずの景色が、その時よりもずっと鮮明に見える。

 もう、口が裂けても「ただ花が同じ方角向いて並んで見えただけだった」なんて、言えそうにもない。

 優雅に咲き誇る向日葵を見ただけでも、感動で身が震えるのだから。言えと強制されるのが無理な話だ。

 

 題名だけが書かれた原稿用紙を手に取り、見直す。

 安直すぎるタイトルだが、俺にとってはそれくらいが丁度良い。

 

「……よし、タイトル、これでいくか」

 

 俺は意思を固め、内容の執筆に入る。

 新作を――『()()()()()()』を、書こうじゃないか。




まだ、最終回ではない。
自分の中では、上手く決められているつもり。
本当はどうなのか、わからないけども。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。