八月の夢見村   作:狼々

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伝う涙

「ま、まあ可哀想どうこうは置いておいて、何か楽しみにしていることとかはあるのか?」

 

 食事の話題から転換して、趣味系へと。

 あまり同じ話を続けると、どうしてもつまらなく感じてしまう。

 と考えつつも、これ以上に食べ物についての話が浮かばないことも理由の一つではあるのだが。

 

 女性との交流に、手間取ったり苦戦する大きな原因だ。

 気が合う合わない以前よりも、共通の話題が何かわからない。

 趣味や好きなことなんて人それぞれで、何を題材として話を膨らませるべきなのか、悩みどころでもある。

 

「少し前から、この夢見村に訪れた方を迎えに行くのが楽しみなんです」

 

 彼女が、淡く告げる。

 そこで、縁側から風鈴の音色が届いた。

 鮮やかで烈々とした光を背中に携えた鐘は、人に涼を憶えさせることが得意らしい。

 

 まだまだ昼はこれからだと言っているように、風は強くそれを揺らす。

 その度に冷涼感に溢れた音を奏でる。衰えることなく、俺達の耳にまで届いた。

 

 万古不易な音楽が、夏の全盛期を届けて、踊り、波として伝播。

 誰も彼もが等閑視する季節の流れに、彩りを齎している姿は、実に素晴らしく、綺麗であった。

 

「とは言っても、今まで女性の方しか迎えに行っていないんですがね」

「え? じゃ、じゃあ……」

「ええ、その通りです。貴方が、初の男性客なんですよ?」

 

 悪戯の含まれた笑顔が、俺の頭に焼き付く。

 鮮烈な刺激が頭の中を、さらには心臓までも駆け巡る。

 俺は思わず口を閉じてしまう。

 辺り一帯に流れたのは、やはり沈黙だった。

 

「ふふっ、そんなに固くならなくてもいいでしょうに」

「い、いやでも、何で俺なんだ?」

「そうですね……まあ、信じていただけるかどうかもわかりませんが、話してみましょうか」

 

 少々の軽い咳払いの後に、再び静けさは訪れた。

 彼女曰く、信じられるかどうかはわからない。

 その言葉の意味と空間が互いに作用して、新鮮味のある緊迫感が流れる。

 

 当然に見えない空画は、彼女の言葉でなぞられる。

 

「私は、来訪者がこの村に来る前日の夜に、特別な『夢』を見るんです。訪れる人の姿という、特別な夢です」

「……それで?」

「大抵、そこには女性の方しか見えないんです。どうしてかは、自分にもわからないのですが」

 

 正直、嘘とも真実とも言い難い。

 そんなことはあるわけない、と言うのも彼女の夢を俺が覗くことは不可能なわけだ。

 ただ、彼女の言う特別な『夢』は、完全に未来予知のそれだ。

 

 予知夢、という言葉はある。

 ただ、彼女の今までの発言からして、複数の訪問者を泊めたことに間違いはあるまい。

 そうなると、その予知夢が何度も起きた上に全て的中している、ということになる。

 

 あまりにも、突飛すぎやしないか。

 頭を掠める疑問を、見逃すことはできなかった。

 

「信じたり、信じなかったりで何が変わるわけでもない。ただ、俺は君の言うことは嘘じゃないとは思うよ」

「どうして、そう思うのですか?」

「何となく、君は嘘を吐くような性格じゃないと思ったからさ」

 

 俺は控えめな笑いを示して、そう彼女に告げた。

 それでも、彼女の笑顔が見られることはない。

 疑問の次に、さらに質問。

 

「……どうしたんだ?」

「私は、貴方が思っているような人間じゃないです。嘘だって、吐きますよ」

 

 どこか、青色を孕んでいた。

 彼女の色は、白から青、灰色にも変化しているように思えるのだ。

 悲しげな色が、混ざる。

 

「あ、あ~……その、えっと――」

 

 俺が突然の展開に焦りつつ、謝罪の言葉を述べようとしたその時。

 彼女の純白のハットが、取られた。

 

 あまり見ない光景だ。

 見たのは、縁側での夜と、昨日の朝くらいなのだから。

 

 彼女の目は、閉じられている。

 その瞳は、ゆっくりと傘を持ち上げ、開かれる。

 

 奥の深い黒の目は、何でも吸い込んでしまいそうだった。

 深くはあっても、底深なわけではなく、侵入する光を閉じ込めた、煌めく黒星。

 大きい眸子は、さらに綺麗な黒を示していた。

 

「……どう、ですか?」

「どういう、意味だ?」

「何か、感じますか?」

 

 俺はその質問の意味が、わからなかった。

 思えば、彼女の開かれた瞳を見るのは、初めてだったのだ。

 いつもハットに隠れるか、閉じられていたかで、見たことはない。

 

 ただ、今見た感想としては、一つしか相応しいと思えるものはなかった。

 小説家としては言うべきでないのだが、自分の語彙力をこれほど恨んだことはない。

 

「取り敢えず俺が言えることは……すごく、綺麗だ」

 

 俺が彼女へと、ゆっくり告げた。

 そして、彼女は同じく(おもむろ)に。

 

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 液体は、彼女の白い頬に軌跡を残して下った。

 伝う筋こそ一つだが、流れる涙は一つではなく、どんどんと溢れ出している。

 

「お、おい、どうした……?」

 

 俺が慌てながら、彼女の心配をする。

 こんな状況、慣れているはずもない。

 慣れるどころか、女性に目の前で泣かれるなんてことは初体験だ。

 

 当然、慌てふためく。

 それが間違いなく、自分に原因があるのだがら。

 

「い、いえ、違うんです……嬉しかったん、ですよ」

「嬉し、かった……?」

「はい。私、目を綺麗だと褒められたことは、初めてで……」

 

 彼女にとって、泣くほど嬉しいことなのか。

 それとも、彼女がただ涙もろいだけなのか。

 俺には、それはわかりかねる。

 

 が、せめて淡白な答えであってほしくないと、そう思った。


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