「そういえば、貴方は本当はどこの駅で降りるつもりだったんですか? 眠ってしまってこの村に来たんでしょう?」
「あぁ、終点で降りようと思っていたんだよ。どこの駅かも忘れた」
「えぇ……それって大丈夫なんですか?」
「いや、大丈夫じゃないだろうけど、元々目的地らしい場所もなかったからな」
小説に使えそうな要素を見つけるプチ旅行。
思わぬ形で、プチではなく普通の旅行となったものだ。
終点で降りようという考え自体は事実。
しかし、彼女に告げた駅の名前を忘れたということは、嘘。
切符に書いてある駅名は、どれだけ確認しようとも夢見村前ではない。
されど、買った切符で行ける先が、終点の駅であることは確か。
そうなると、この夢見村前は終点の駅のさらに一つ先の駅。
どういう、ことなのだろうか。見当もつかない。
そもそも、開通している列車が夢見村に辿り着く頻度が、一日一回というのも怪しいところだ。
本当にここまで列車が通るのならば、夢見村前だけが異常な頻度の少なさ。
夢見村がいくら村だからといって、ここまで激しく運行ダイヤに差があるものなのだろうか。
「だったら、ここが終点なので丁度よかったんですね?」
「あ~、そういうことになるな」
列車の中に響いた、車掌のアナウンス。
あれは間違いなく、終点と告げていた。
俺が買った切符での終点、実際に運行された列車の終点。
食い違う現実と夢が交錯し、俺を狂わせる。
カバンの中のそれか、それとも車掌と彼女の言葉か。
真実として確定されてあるのは、どちらなのだろうか。
俺には、いくら考えても答えが出さなかった。
出せるはずがないのだ。絶対に。
二つの真実が選択肢になって、どちらかが不正解。
けれども、俺にとっては両方が経験した現実で、決して否定できるものではない。
不正解がある時点で、俺の見たものは現実ではないと、真っ向から拒絶されることになる。
そんなことが、あり得るのだろうか。
「ということは、私達が会えたのも何かの縁なのかもしれないですね。そうだと、私は嬉しいです」
「そうだな。本当に」
会うべき運命を辿っているのか、本当は確信が持てなかった。
自分とその周囲の成したことを全て運命だとするならば、この瞬間は運命だと言えるのだろうか。
無軌道な弾道が、空回りした結果なのではないか。
この結ばれた縁は、絡まっているのかもしれない。
それとも、その線は不可視状態にあるのか。
その判断さえも、俺にはできなかった。
「……なあ。君ってさ――」
「はい。え、っと……どうしました?」
「――いや、何でもない」
言えるはずもない。
この村が、俺にとって嘘なのかもしれないと。
それはつまり、彼女の存在自体も嘘だということになる。
告げてはならないことは、真実だろうと予測だろうと、可能性だろうとも同じだ。
さらに言えば、俺の恋も嘘になる。
自分自身で、それを否定したくはなかった。
「もう、そうやってするのが一番気になるんですよ? 何ですか?」
「本当に何でもないんだって」
「嘘ですよ! 何もなかったら、あんな言い出しはしません」
妙なところで勘がいいのか悪いのか。
強い口調で、やや不満げに言われた。
ただ、そんな彼女さえも可愛く見えて仕方がない。
思えば、まだ恋の行方は決まったわけではない。
巻き返し、というのも変だが十分に可能だろう。
諦めが付かないなら、それでいいんじゃないかとも思う。
勿論、彼女に包み隠さず言うわけにもいかない。
突然に存在否定されても、訳がわからない上に単純に失礼だ。
適当に誤魔化す選択肢を取ろうか。
「あ~、じゃあ、君は都会は好きなのか?」
「え……」
末、訪れたのは会話の応酬ではなかった。
ただ、一瞬の静寂。瞬く間の、静けさ。
モノクロの世界に飛ばされたような、色素の抜けきった景色は、殆ど映らない。
意味成す物は、片っ端から消え去るように。
恐れた感情は、溢れる。
俺の口からではなく、彼女の口から。
口調こそ普通のそれだったが、不安の色がついた揺れる声にはどうしても気付いてしまった。
「わた、しは……都会は、嫌いなんです」
「そうだったのか? でも――」
「はい。祖父母と都会には出かけたことはあります。正確に言うと、車が嫌いなんでしょうね」
「車……?」
彼女の言葉に、オウム返しによる疑問しかできなかった。
楽しげに、そして寂しげに祖父母との都会への外出を、夜に話してくれた。
だから、俺はてっきり好きなものかと思っていた。
その分、重圧を含む雰囲気が流れたことに、俺はひどく狼狽えたのだろう。
「この村に、車という移動手段は必要ないですからね。この村の中で暮らすならば、徒歩でどこでも行けてしまいますから」
「普段見ないってのはわかったけど、どうして車なんだ? 他の見ない物じゃなくて」
「単純に危険だからですよ。信号は、ただの電気暗号です。守らない人は、少なくないでしょうから」
車を見ない、即ち信号も少ないということだ。歩行者用・車両用関係なく。
この村の住人には、信号という存在は理解していても、それに判断を依存することは危ないことに思えるだろう。
警察をないものと考えたとき、言い方は悪いがいくらでも信号無視はできる。
しかし、警察のある現在でも信号無視は多発してしまった。
都会では、車両は特に多く見られる。
事故の危険は、常に正面にも背後にもつきまとわれることになるのだ。
「まあ、わからないでもない。俺も、あまり運転はしない方だ」
「へえ、意外と車に乗っていそうですけどね」
「通勤に使うくらいさ。プライベートは殆ど乗った覚えはない。こうして夏休みに出かけようと考えて列車を使ったのも、それが影響しているのかもな」
列車を使うという判断は、ほぼ無意識だった。
ドライブしようという考え自体、既に消去されていたのかもしれない。
「ただ、運転は慣れてきたときが一番危険だ。中途半端な技術で余裕を感じてしまうからな」
「何となく、わかる気はします」
「乗る必要がないのなら、乗らないに越したことはないさ。環境にも、安全にも悪い面が増えるだけだ」
車に乗ることが悪いこと、とまでは言わない。
だが、よく考えずとも少しでも乗る必要がないならば、やはり乗らないべきだ。
「貴方は――」
彼女がそこまで呟いて、口を閉じた。
俺が続きを促そうとしたときに、彼女の声が重なる。
「あっ、もう昼ですね。昼食を軽く食べてしまいましょう」
「え? あ、ああ、そうだな」
まるで、その先を隠すかのような被せ方だった。
俺の勘違いかもしれない。
が、どちらにせよ俺には、その先の答えが何なのかは、わかるはずもなかった。