「血の盟約に従い、この世を闇に染めるとしよう(よーし、今日もお仕事がんばるぞ!)」
みなさん初めまして。私の名前は神崎蘭子。大手芸能事務所からもうじきデビューする予定の新米アイドルです。最近決まったばかりで、まだ心がフワフワしてる感じだけど、今日からデビューソングの打ち合わせが始まるので、いつまでも浮かれてはいられません。
近場にある女子寮から出社して来た私は、目の前にそびえ立つ巨大なビルを前に気合いを入れます。
「ついに我が宿願を果たす時が来た! この身体に宿りし魔力を以て新たな歴史を刻んでみせよう!(念願だったアイドルにようやくなれるのね! これまでの努力を信じて、デビューを成功させてみせます!)」
緊張感に包まれながらも私は笑みを浮かべます。何故ならこれは、大切な夢を叶えるための第一歩なのだから。
そう、ここからがアイドルとしての本当の始まりなのです。華やかな舞踏会を夢みるだけだったシンデレラが、本当の幸せを手に入れるために与えられた魔法の時間。そのチャンスに挑戦する時が、とうとうやって来たのです……。
「我が魂を天上へと導いてくれた友の想いに報いるためにも、その先にある栄光をこの手で掴むとここに誓う!(私をスカウトしてくれたプロデューサーのためにも、トップアイドルになってみせます!)」
改めて誓いを立てた私は、ここに来るきっかけとなった出来事を思い出した。
運命の分岐点となったあの日。夢の中で目覚めの時を待っていた私の元に彼が現れた瞬間に、この素晴らしい世界が始まりを告げました。私をスカウトしてくれた【若本P】のおかげで、神崎蘭子というアイドルはこの世に誕生したのです……。
◇◆◇◆◇◆
ビルに入って上階に昇り、若本Pのいるオフィスのドアを開けた私は朝の挨拶をします。
「我が友よ、煩わしい太陽ね(プロデューサーさん、おはようございます)」
すると間もなく、若本Pの力強い声が返ってきます。
「おぉ、神崎るるるるるるるるぁん子よぉ! グッモーニン、エブリニャアアアアアン!」
相変わらずものすごい巻き舌で、ソファーに座っていた渋谷さんが思わず吹き出してしまいます。
「ぷぷっ!」
「ん~? なぁにがおかしいのだ、渋谷るるるるるるぃんよぉ? 神崎るるるるるるぁん子の熊本弁がぁ、ツボにヒイィットしちまったのかぁい?」
「ぶふーっ!? あなたの喋り方の方がおかしいし、そもそも熊本弁ですらないんだけど!?」
クールな印象の渋谷さんが笑いながらツッコミを入れている。彼女はまだここに来て間もないから、若本Pのキャラクターに慣れていないみたい。私は出会った瞬間から相性抜群だと感じたけれど。
「ところで、るるるるるぁん子よぉ。昨日伝えた通りぃ、今日はお前さんのデビュー曲について打ち合わせをするのでぇ、いつものトルルルルルェイィィニングはお休みだぁよ」
「ふっ、新たな力に覚醒するため、我が身をかけて死力を尽くさん(はい、分かりました! 私らしい曲になるように精一杯協力させていただきます!)」
「ほぉう。良い覚悟だぁ、我が友よぉ! デビュー曲に懸けたるるるるるぁん子の想いを、まるっと私にぶつけて来いやぁあああああああああああっ!!!!!」
「あーもう、いちいち暑苦しいなぁ!? まだあたしが寝てるでしょーが!」
「もう杏ちゃんったら、そんなに怒っちゃダメダメだにぃ~♪」
熱の入った若本Pをうるさく思ったのか、大きなクッションに埋もれて寝ていた双葉さんが噛みついてきます。隣にいる諸星さんが即座にアメをあげて宥めることに成功しましたが、不機嫌な気分は収まりきっていないようです。
でも逆に、私の幸福感は高まるばかりです。これまでは歌のレッスンやダンスのトレーニングばかりだったけど、今日からは自分の曲作りが出来るのですから。先にデビューしてる【ニュージェネレーション】や【ラブライカ】に負けないくらいがんばらなくちゃ。
「あう~、蘭子ちゃんが羨ましいにゃ~。みくも早く、歌の打ち合わせとかしてみたいにゃ~!」
前川さんが私の巻き髪をバネのようにいじりながら不満を漏らします。どうやら、デビューが決まっていないみんなはかなりイライラしているようです。見ると、彼女だけでなく多田さんや城ヶ崎さんたちまで集まって、若本Pに詰め寄り始めました。
「ねぇ若本チャン! みくたちはいつになったらデビュー出来るのにゃー?」
「そーだ、そーだ! いつなんだー? アタシも早くデビューして、お姉ちゃんとお仕事したいぞー!」
「私も同じ意見だね。このままくすぶってるだけじゃ、ロックなハートが満たされないよ」
やっぱりみんなも不安に思ってたんだ。私も少し前までは同じ気持ちだったからよく分かる。
でも、それは若本Pだって当然理解しているはずです。
「シァアアアアアラララララララップッ!! 黙って聞いてりゃあ、好き勝手言いくさってからに、こんちくしょうのこんこんちきめ! いっぺんにデビューさせたら尺が足りなくなるというぅ、大人の事情も分かろうとせぬワガママな小童(こわっぱ)共がぁ、ウダウダアフアフ言ってんじゃねええええええええ!!」
「一切の迷いなく堂々とキレられたにゃーっ!? っていうか、尺っていったい何なのにゃ!? みくたちは、アニメの話数稼ぎ的な犠牲を強いられてるのかにゃーっ!?」
えっと……どうやら、思っていたほど理解していたわけではなかったようです。
で、でも。やり手な若本Pのことだから、ちゃんとした意図も裏にあるはず……。
「大体、心配する必要なんざ元からねぇっつーのぅ! お前たちがラブライブプロジェクトに選ばれた時点でぇ、全員のデビューは約束されているんだからよぉう?」
「いや、ラブライブじゃなくてシンデレラプロジェクトなんですけど!?」
「細けぇこたぁ、どーでもいいっちどんぱっち! 今お前たちがすべきことはぁ、オジサン相手にギャーギャー喚くことじゃあねぇ。ライバルひしめく芸能界でぇ満足いくまで生き抜くためにぃ、まだまだ未熟な己の武器を鍛え上げることだろがぁあああああああああ!?」
「「「っ!?」」」
急にまともなことを言い出した若本Pの熱弁に前川さんたちがハッとなる。あの人の言葉は不思議と説得力があるような気持ちになるんですよね……。
「悔しいけど、若本チャンの言う通りにゃ……。最近は、歌もダンスも自信が付いてきたから、つい調子に乗っちゃったにゃ」
「やっぱり【すべらなーいプロデューサー】の名は伊達じゃないってことか」
「も、もちろんアタシもPくんのことを信じてたよ?」
良かった、前川さんたちは素直に聞き入れてくれたようです。一見すると滅茶苦茶な若本Pだけど、ちゃんとみんなのことを考えながら育成スケジュールを組んで、実際に良い結果を出し続けているからみんなも彼を認めています。たぶん、私たちの調子を見ながらデビューのタイミングを決めているのでしょう。その証拠に、デビューを果たした二組は好調なスタートを切れているし、今も順調に人気を伸ばしています。
「流石は『瞳』を持つ者。混沌なる現世に埋もれた可能性の原石を見い出し、ミスリルへと練金するか(やっぱり若本さんはすごいですね! みんなの魅力を理解して、更にそれを伸ばせるなんて!)」
「なぁに、これでもれっきとしたプロデューサーであるからなぁ。お前たちの魅力はもとより、スタミナ・攻撃・守備といった各種ステータスまで把握済みだぁ!」
「って、スタミナはともかく、攻撃とか守備ってのはいったいなんにゃ!?」
なるほど……【表側の人間】である前川さんには意味が分からないようですね。でも、彼と同じく裏側の存在である私には分かります。恐らく、若本Pはこう伝えたかったのでしょう。私たちアイドルは、芸能界という戦場に己がすべてを懸けて生きる孤高のデュエリストなのだと。だから、レッスンなどでも私たちだけの武器(魅力)を磨くことに力を注いでいたのですね!
「深淵に隠されし真理は解き放たれたぞ、我が友よ!(さきほどの言葉はそういう意味ですよね、プロデューサー!)」
「ん? ああ、まあ……大体そんなとこじゃぁあない?」
私の答えを聞いた若本Pはニヒルな笑顔で肯定しました。やはり思った通りです。世界観がまるで違う若本Pは、私たちシンデレラをハッピーエンドへと導いてくれる魔法使いだったのですね!
「それにしても、プロデューサーは何でもありだよねー。蘭子ちゃんの特殊な口調を直訳出来るんだからさー」
何やら本田さんが、感動した体を装いながら私をディスってきました。もちろん、悪意が無いことは分かっていますし、私の言葉が普通の人に理解されないことも自覚していますけど……。それでも、若本Pを始めとした一部の人たちには意味が通じるようで、その一人である赤城さんが可愛らしくアピールします。
「はいはーい! みりあも蘭子ちゃんの言ってることがちゃんと分かるよー?」
「うん、まあ、みりあちゃんが分かるってのは何となく納得出来るけど、やたらとダンディーなプロデューサーは意外かなって思ってね」
本田さんは天真爛漫な赤城さんの反応に苦笑する。でも、本田さんの意見に賛同する人は多くて、緒方さんや島村さんまでうんうんと頷いている。
「な、なにか法則でもあるのかな?」
「う~ん、私は勘だと思うけどなー」
「ふっ。それは違うぞ、お二人さぁん。るるるるるぁん子の会話を理解するのにぃ、法則も勘も必要はナッスィイイイング! これはただの慣れだよ諸君」
「慣れ、ですか?」
これまで静かに耳を傾けていた新田さんが質問します。彼女はプロジェクトメンバーの中で一番のお姉さんだから、みんなとのコミュニケーションに気を使っているみたいです。
そして、彼女とユニットを組んでいるアナスタシアさんも、謎の多い若本Pに興味津々な様子で話しかけます。
「プロデューサー。ルルァンコさんの言葉使いは、どのようにすれば、慣れるのですか?」
「はっはっは、改まって聞かなくともぉ、その方法はいたってシンプルルルルルゥ! 自分自身も中二病になっちまえばいいだけだっち! 何を隠そうこの私もぉ、かつては中二病だったのよん」
「えっ……チューニビョウ、ですか?」
残念ながら、アナスタシアさんはそっち方面の知識に詳しくないようで首を傾げています。
さらに、みんなも若本Pが中二病だった事実を受け止められないようで、微妙な表情をしています。
「Pくんが中二病って……」
「あまりに痛くてクールじゃないね……」
「かぁあーっ! 美少女の冷めた視線が心に刺さってアンハッピィイイイイイッ! だがしかぁあああし! 元中二病だからこそ、るるるるるぁん子の力になれたのだからぁ、それはそれで超ハッピィイイイイイアッ!」
「ダイナミックに前向き過ぎてイラッと来るにゃ!?」
前川さんは本気でイラッとしているようで、毛を逆立てた猫のように威嚇します。でも、私は……若本Pとの距離が縮まったように感じられてとても嬉しいです。
「あはは……何かおかしな展開になってきちゃったけど、プロデューサーが元中二病だったなんてビックリしました」
「まあ、それも学生時代の話だからぁ、しまむーが想像出来ないのも無理はなかろうぅ。あの頃は私もかなりヤンチャをしていてなぁ、中二病をこじらせた末に威主狩悪掌(イスカリオテ)なる組織を立ち上げぇ、同胞らと共に単車を乗り回してはぁ、地獄真愚(ヘルシング)や魅零仁亞無(ミレニアム)の連中と果てしない闘争を繰り広げていたっけなぁー!」
「それって中二病じゃなくて、痛い感じの暴走族じゃないですかーっ!?」
「ハラショー! 素晴らしいです! プロデューサーは、あの絶滅したと言われている【バンチョー】だったのですね!」
「それは違うからねアーニャちゃん……」
若本Pの無茶苦茶な過去が発覚して大騒ぎになります。もちろん、いつもの冗談だとは思いますが……若本Pならやりかねない気もします。
少なくとも、素直な赤城さんは疑っていないようで、気になったことを直球で聞きました。
「えっとぉ……『ぼーそーぞく』っていうことはー、プロデューサーってわるい子だったの?」
「ノンノンノン、それは違うぞ、みりあちゃん。私たちイスカリオテはぁ、我らが神の下に集いて正義を執行していたのだよ」
「ん~? それじゃあ、せいぎの味方ってこと?」
「そう! 我らは神の代理人! 神罰の地上代行者! 我らが使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅することぉ! エェエエエエエイィメェエエエエエエエエンッッッ!!!!!!」
「怖っ!? セリフも顔も怖過ぎて、ちっとも正義に見えないにゃ!?」
「なぁにをおしゃる子猫ちゃん! 今までの話すべてぇ、私を狂信者に見立てて作った中二病の産物だからぁ、そう見えるのが自然であぁーる!」
「えぇええええええ!? あんだけ設定盛り込んどいて全部ウソだったのぉおおおおおおお!?」
見事に騙されました……。まさか、あそこまで作り込まれた思い出話がすべてフェイクだったとは。素人離れしたアドリブ力には関心せずにいられません。
でも、他のみんなは普通にムカッとしたらしく、新田さんと前川さんが次々と文句を言います。
「プロデューサー。私たちが真面目に聞いている時にあんなウソをつくなんて酷いですよ」
「まったくにゃ! あれだけみくにツッコミさせといて、こんなオチはあんまりにゃ!」
「おっと、そいつぁあ済まねぇこったいぃ! ちょいと、はしゃぎ過ぎましたぁ! だが、これだけは分かってくれぃ。私はただぁ、中二病が楽しいものだと君たちに知って欲しくてぇ、イカした狂信者をスタイリリリィイイイッシュに演じただけだということぉを」
「あ、あの……。もしかして、私たちの方が誤解していたのですか?」
若本Pの真意を聞いて新田さんはハッとします。どうやら、中二病を理解してもらいたくてあんな作り話をしたようです。ただ残念なことに、あまりに唐突だったので、みんなに意図を伝えることは出来ませんでしたけど……。
「いいか、よく聞けお前たちぃ。中二病とはぁ、空想世界の偶像をリアルで表現してみせるエンターティンメントの一種でありぃ、るるるるるぁん子はそれをプロレベルで通用するまで極めてしまった達人なのだぁ! つまりはぁ、中二病を受け入れ、中二病を楽しむことこそぉ、るるるるるぁん子を理解するための道となるぅうううっ! しかも、その効果はぁ、るるるぁん子と仲良しになれるだけではなぁい! 相手の好みを知り価値観を分かちあうことはぁ、ファンの心を掴まなくてはならないアイドルにとっても非常に大事な要素であるからぁ、るるるぁん子を理解することはぁ、君たちのアイカツにとっても十分プラスになるはずだぁよ?」
長い解説を一気に言い切った若本Pは、爽やかな笑みを浮かべながらサムズアップしました。『エイメン!』からのギャップがあまりに大きくてみんなはポカンとしているけれど、私には彼の姿が無性にかっこよく見えます。
「な、なるほど……確かに、プロデューサーの言葉には説得力がありますね。私たちにはまだ、中二病に対する偏見があったのかもしれません。アイドルのジャンルとしても成り立っているのに……」
「ダー。ミナミの言う通りですね。私もチューニビョウを勉強して、ルルァンコのことを、もっと理解したいです」
「闇に染まる覚悟があらば、我が洗礼を受け入れよ(興味があるなら、いつでも教えてあげますよ)」
若本Pのおかげで、みんなとの距離がまた一歩縮まりました。これはあくまで私の都合なので無理に合わせてもらうのは心苦しいところだったのですが、これを期に楽しんでもらえるようになれば、とても望ましい状況になります。
もしかすると、若本Pはこうなることを見越していたのでしょうか?
「汝の『瞳』は、闇と交わりし我が精神の根幹までをも見通すか!(やっぱりプロデューサーは、私にとって一番の理解者ですね)」
「改めて言わなくとも当然だぁ。なにせ、私は神の代理人であるからなぁ。私と共に命を懸けるぅ同胞の育成にはぁ、手抜きはおろか一分の隙すらぁ……一切合切、存在せんわぁあああああああああっ!!!!!」
「うきゃあああああああああああ!?」
若本Pのシャウトと同時に双葉さんが飛び起きます。彼女は、あの騒ぎの中でもマイペースにだらけていましたが、無防備な首元に冷たいジュースの缶を押し当てられては一溜まりもありません。
「にょわー☆ 隙を突かれた杏ちゃんが、ドキドキぴょ~んでキャワワだにぃ~♪」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ!? か弱いニートになにすんだよ!?」
「何がニートだぁ、芸能人っ! もうじきルルルェッスンが始まるからぁ、ビシッと目ん玉覚まして来いやぁああああああああ!」
若本Pは、ポコポコと殴りかかってくる双葉さんのダブルパンチを受け止めながら時計を指差しました。さっきの攻撃は嫌がらせでやったわけではなくて、仕事の時間を知らせるためのものでした。それに気づいた他のみんなもすぐに準備を始めます。
「昨日も言ったようにぃ、ニュージェネは雑誌の取材、ラブルルルァイカは写真撮影となっとりますがぁ、お前ら準備はオッケィかぁい?」
「もっちろん! 三人でお泊まりしながら完璧に仕上げて来たよ!」
「私たちも問題ありません。体調も体型もちゃんと管理出来ています」
「はっ、こいつぁ愉快だぁ! 私が感じていた不安も焦燥もぉ、お前らのおかげですべて台無しだぁ! 指導者としては認め難いがぁ、あの吸血鬼ならばこう言うだろうぅ……パーフェクトだウォルタァアアアアアア!!」
「いや、ウォルターっていったい誰さ!?」
若本Pの問いかけに、それぞれのユニットでリーダーをやっている本田さんと新田さんが答えます。二人の様子からも順調さが伺えるので、仲間の私も嬉しくなります。それと同時に、次は私の番なのだというプレッシャーが心に重圧をかけてきますが、決してくじけたりはしません。だって私は、頼もしい魔法使いに素敵で無敵な魔法をかけてもらったシンデレラなのだから!
「さぁ友よ! 世界の覇者となるために、今こそ秘術を編み出そうぞ!(プロデューサーさん。人気アイドルになれるように、最高のデビュー曲を作りましょうね)」
「望むところだ、べらんめぇえ! ……と、言いたいところだがぁ。その前にちょいといいかな、かな子さん」
「ふぁい、なんれひょうは?(はい、なんでしょうか)」
「お前さんも少しぐらいはトークに参加しろってばぁ。ノーワークキングの杏ですらピーチク喋ってたってぇのによぉ? これまでひたすら菓子食うだけでガッツリムッツリダンマリなのはぁ、オジサンどうかと思ぉうよ?」
私との打ち合わせを始める前に、これまでずっとお菓子を食べていた三村さんが注意されてしまいました。確かに、それは良くないです。
「七つの大罪である『暴食』にその身を任せば、汝の運命に影を落とすぞ、我が友よ(お菓子の食べ過ぎは体に良くないですよ、三村さん)」
「ぼ、暴食!?」
及ばずながら、私も助言をさせていただきました。言葉の意味がちゃんと伝わっていればいいのですが、何やらショックを受けているような三村さんを見るに、私もみんなに合わせる努力が必要なのかもしれません……。
「闇なる力も罪なる欲も、制御出来ねば滅びを招く(中二病も間食もほどほどにしなくちゃね)」
◇◆◇◆◇◆
「フフーン! 大変長らくお待たせしました! カワイイボクこと、メインヒロインの登場ですよ!」
やたらと長いオープニングもようやく終わり、ついに出番がやってきました。カワイイボクをこんなに待たせるなんて、なかなか憎い演出ですね。
えっ? お前はいったいなんて名前の美少女かって? ちょー有名なこのボクに名前を聞くなんて失礼もいいところですが、どーしてもと言うのなら大サービスで名乗ってあげます。
「なにを隠そうこのボクは、ただ今絶賛活躍中の超絶人気カワイイアイドル、輿水幸子ちゃんなのだー!」
誰もいない事務所の廊下でちょっぴりふざけるお茶目なボク。
「……さて、掴みもバッチリ決めたところで本題に入るとしましょう」
冷静になったボクは、手に持った水筒を掲げてニヤリとします。そうです。ボクは今、これをあの人に届けるためにここへやって来たのですよ!
「くふふ~! この、カワイイボク特製スペシャルスタミナドリンクを渡せば、若本プロデューサーもイチコロです!」
イチコロと言っても毒殺するって意味じゃありません。ボクの魅力で若本Pをフニャっとさせる作戦なのです。
「そんでもって、頭をナデナデしてもらったりギュッとハグしてもらったり……って、そんな一昔前に流行ったツンデレをボクがやるわけないでしょーが!」
これはアレです! ボクをこんなにカワイイアイドルへと育ててくれたあの人に対する感謝の気持ちであって、べべべべ、別に好きになっちゃったとか、奥様はアイドルしたいとか、そんなこっ恥ずかしい話ではないですからね!
「ごめんなさい! 幸子はウソをつきました! この際、全部ぶっちゃけると、ボクは恋をしてるんです!」
恥ずかしいけど認めなくてはなりません。ボク自身も意外だったのですが、ダンディーで頼り甲斐があってちょっぴり言動がおかしくていろんな意味で危険な匂いがする年上の男性が好みだったみたいです。
「だからといって、ボクはマゾではありませんよ? ネットで噂されてるように腹パンされたいとか思ったことは一度だってありませんから! いやマジで!」
まったくもって失礼な話ですが、カワイイボクは年相応にカワイイ恋をしているのです。
「シンデレラプロジェクトが始まってしまう前……。やたらと男らしくボクのプロデュースをしてくれたあの人がとても素敵に思えるようになって、いつしか本気で惚れちゃっていたのですよ……」
変な趣味だと思うなら、腹を抱えて笑えばいいさ。それでもボクは、誰に何と言われようともあの人が好きなんだ!
「念のために言っておきますが、他にも数人ライバルがいるくらいですから、ボクの趣味が特別おかしいってわけじゃありませんよ?」
さりげなく若本Pをディスってしまった気もしますが、目的地のオフィスに到着したのでスパッと気持ちを切り替えます。
「行くわよ幸子。カワイイボクが差し入れを持ってきたという体で、ごく自然に……」
入ろうとしたら、中から楽しそうな声が聞こえてきました。タイミング的に入りづらくなったため、とりあえずドアの隙間から偵察します。
「ぐぬぬ~、ボクの若本プロデューサーとあんなにイチャイチャするなんてぇ!」
オフィスの中では、若本Pを中心に後輩たちが集まっています。その中でも三人ほどがボクの恋愛センサーを刺激しました。
「アナスタシアさんもかなり好感度が高いみたいですし、前川さんなんか、ツッコミしている時の顔が完全にメス猫ですね!」
そして、もっとも危険なのは……神崎蘭子(中二)!
「お、おのれー! 同い年のボクより胸が大きいからって、調子に乗りやがってぇええええええ!」
そう、彼女こそボクが一番危険視している最大のライバルであり、もっとも若本Pとキャラが合う最強の中二病!
「いいでしょう! 相手にとって不足はないです! こうなったら、正々堂々とガチンコ勝負で……」
えっ、なんですか? もう尺が無いですって?
「えっ、ちょっ、待って!? 尺っていったい何っていうか、ようやくカワイイボクが活躍するってとこで、こんな中途半端に終わr
こうして、私……神崎蘭子のシンデレラストーリーは始まりを告げました。仕事と恋の両方にライバルだらけのこの業界で、私は幸せを掴むことが果たして出来るでしょうか?
とりあえず短編として作りましたが、もし希望が多ければ続きを作りたいと考えております。
ちなみに、私は幸子が好きです。