鉄血のオルフェンズ 雷光《完結》   作:suz.

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CASE-07 きみが蘇ることのないように

 ボードウィン家の墓のかたわらに、アイン・ダルトンの墓はある。

 歴代セブンスターズが眠る墓地だ。いくつかの家は取り潰しになったため七家ぶんの墓はないが、歴代ボードウィン公が眠る墓に寄り添うように、小さな墓が作られた。

 墓標に名前はない。火星人との混血児が地球に降り立っただけでもギャラルホルンの歴史に傷がつくのだ。彼を地球に連れてきたガエリオが責を負うことはないが、ギャラルホルンの理念を辱めたグレイズ・アインには数々の批判が降り注いだ。

 アインを眠らせてやることはエゴだと感じたのは、そのせいだ。このまま『ギャラルホルンの忌むべき恥部』でいさせていいのかとガエリオは自問した。アイン・ダルトン三尉は、戦犯であるため二階級特進もできなかった。悲願であった上官クランク・ゼント二尉の仇討ちもかなわなかった。

 名誉回復のために今一度、戦わせてやりたい――! ガエリオの切なる願いをアリアンロッドは叶えてくれた。

 肉体はなくなってしまったが、焼き切れた臓器のかけらだけでもやっと眠らせてやることができた。

 

「終わったぞ、アイン。お前のおかげだ」

 

 車いすのブレーキを引いて立ち止まると、ガエリオは部下を懐かしむ。ジュリエッタが進み出て、膝の上から花束をとりあげると、墓標に捧げた。大輪のアングレカムを惜しみなく使った花束だ。純白の岩百合はガエリオの愛のように大きく清らかに、墓標をいろどった。

 鉄華団に復讐を遂げたかったアインの願い通り、宇宙ネズミは滅んだ。仇であるガンダムバルバトスの首は全宇宙に晒された。残党がギャラルホルンに牙を剥くことはもうないだろう。経済圏と結託して地球にやってくるなどという暴挙も、今後はアリアンロッドが徹底的に阻止するはずだ。腐敗していた火星支部も縮小された。

 

「平和な世界を今度こそ守ってみせると約束しよう」

 

 悲しみを乗り越えるように、ガエリオは宣言する。

 事の始まりは、ギャラルホルン火星支部が任務に失敗したことだった。ちょうどガエリオがマクギリスとともに火星を訪ねたから、当時の本部長コーラル・コンラッドは事実を隠蔽しようと功を焦った。

 その結果、クーデリア・藍那・バーンスタインを地球にたどりつかせてしまった。アフリカンユニオンのコロニーに武器を送り、アーブラウと交渉して軍事力を持たせた、死神のような女だ。経済圏が武装などしたらいつか大きな戦争になる、だからギャラルホルンが軍備を占有し、争いが起こらないよう見張っているというのに。クーデリアは宇宙ネズミを使い、火種を全世界にふりまいた。

 世界は、とても平和だったのに。

 圏外圏の有象無象どもがギャラルホルンの許可なく地球の青を穢し、ギャラルホルンの威光を曇らせた。

 こんなことがなければアインの上官が尊い命を奪われることもなかっただろう。カルタだって生きていてくれたはずだ。マクギリスだって馬鹿なことは考えず、セブンスターズの一員として誇り高く生きていてくれた。そうすればアルミリアだってしあわせになれたろうに。

 人にはみな、それぞれ生きるべき場所があるのだ。暴力によって境界を踏み越え、他者の領域を侵すなどあってはならない。

 大義も理想もなく、ただ金のために動くだなんて汚いやつらだと、ガエリオは今も苦々しく思う。金さえあれば何でもできるという幻想にとらわれた亡者の姿が、ただただおぞましく見えてならないのだ。

 だからこそ誇りのために戦ったアイン・ダルトンの生き様が、ことさらまぶしくうつった。

 

(お前の名誉はおれが守る。だからゆっくり休んでくれ、アイン)

 

 目を閉じて、祈りを捧げる。同伴するジュリエッタには聞かせられない願いだった。

 真実を知ったガエリオは、戦わず生きると決意した。それは脊髄に埋め込んだインプラントを切除し、阿頼耶識システムによる歩行補助を捨てるということだ。アインとともに戦うためだけにあったプラグであるから、アインの臓器がひとつ残らず焼けてしまった今、切除そのものに思い入れはない。

 ガエリオはこれから百年、二百年という長い時間をかけて、グレイズ・アインのテストパイロットであったダルトン三尉が『禁断に手を染めた事実』がよみがえらないための余生を送る。

 セブンスターズはそうした『失伝』を守るための番人なのだ。

 あるいは忘却、風化。伝説の機体ガンダムバエルがふたたび稼働することのないように仕向けることこそがギャラルホルンの存在意義だ。冷たい土の下で眠る MA(モビルアーマー)が二度と目覚めることのないよう、火星を貧しく保つこともまた、ギャラルホルンが果たすべき義務なのだ。

 

 戦争を知らない人々を守るために。

 

 忘れさせなければならない。記憶から消し去って、二度と蘇ることのないように。

 阿頼耶識システムもそのひとつだった。あれは、まやかしの夢を安易に叶えてしまう悪魔の力だ。だから意図して失伝させたはずだった。

 パイロットになりたいという夢を、文字が読めない子供にまで与えてしまう。操縦技術が拙くとも凄腕のパイロットになれてしまう。ガエリオが真っ向から勝負を挑んだところでマクギリスには到底かなわないが、阿頼耶識タイプEとなったアインがガエリオのために力を尽くし、勝利をもぎとってくれた。

 己が生まれ持つ役割を忘れ、見果てぬ理想を追い求めようとする亡者に、おそろしいほど都合のいいシステムだろう。

 ガエリオはだから、もう戦わないと決めた。戦場を捨てる決意を胸に抱き、今後百年以上にもわたってギャラルホルンによる阿頼耶識システムの運用を隠蔽するためだけに生きる。風化させ続けることによってアイン・ダルトンの名誉を守る。

 そうすれば、カルタにも報いることができるだろう。今はアインの故郷に留学しているアルミリアにも。

【忘却の番人】ガエリオ・ボードウィンは愛する人々との絆のために、永く永い余生を生きていく。

 

 

 

 透明な涙をひとすじ落とした男の横顔を、女騎士は静かに見つめる。

 

(……わたしは、幸運だったのでしょうね)

 

 諦観のため息をひっそりと落として、ジュリエッタは目を逸らした。

 芝生の青のまぶしさに、ブルーグレイの双眸を眇める。閑静な墓地は広々としてうつくしく、遠い潮騒が静謐な空気をあたたかく保っている。

 アフリカンユニオンの片隅に生まれたジュリエッタがここにいるのは奇跡のようなものだ。貧しい労働者の家に生まれ育った、あのころの姿ならば、足を踏み入れただけで海に放り捨てられていたに違いない。

 ところがラスタル・エリオンの私兵となって戦い、ガエリオ・ボードウィンにとっての「有象無象」とやらとは違う存在だと認識されている。

 ついには『凛々しき女騎士』だ。

 ギャラルホルンの大義とは一体なんなのか、いくばくかの疑問がくすぶりはじめていた。


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