重苦しい話が多くなると思いますが、よろしければまたお付き合いください。
CASE-01 祈る言葉も知らないけもの
おれの仇を取ってくれと言ってほしい。
地下通路を越えてたどり着いてくる仲間を待つ間じゅう、ライドの脳裏をよぎるのはそんな血なまぐさい願望だった。
団長が目の前で撃たれ、ほどなく死亡が確認された。遺体は奥の一室に安置されている。チャドは右肩を負傷し、ククビータによる手当を受けているところだ。応急処置しかできないから、できる限り早く医者に診せるようにとのことだった。
無傷で済んだライドは伝令として、鉄華団本部基地からクリュセの発電施設へ続く地下通路のほとりで仲間の合流を待っている。
トンネルの向こう側では今も開通作業が進められている最中だという。こちら側から確認した行き止まり地点の座標を知らせれば、何時間もしないうちに風穴を開けられるとの返事があった。歩いて二時間ほどの距離だというが、――二時間は、長い。
待っている時間は、ただでさえ長く感じられるのだ。胸郭に鉄球を詰め込まれたような重みを感じ、ライドは血に汚れたジャケットの合わせをつかんで、握る。
一刻も早い合流を待つライドの胸に傷はなく、残されたものは何もないのだと実感させられてしまう。
鉄華団が大きくなって外回りの仕事が増えたオルガは、団員からの説得を受けて防弾インナーを着るようになってくれた。当初は筋が通らないだの、家族が頑張ってる中でおれだけ着るわけにいかないだの言って拒んでいたオルガも再三の要請を呑んで、スーツの下には防弾インナーを着用していた。
ところが弾丸は無慈悲にもオルガを貫き、守られたのはライドだけだった。
団長を失えば鉄華団は総崩れになるからと説得して説得してやっと着せた団員の願いの結果だというのに。オルガは防弾インナーを着ている自分自身を楯として使ってしまった。
CGSでそうだった癖が今になって現れたかもしれない。全身に根を張った自己犠牲精神がそうさせたのかもしれない。広い背中に浴びせられた銃弾は内臓を手ひどく傷つけ、いくら止血したところで体内での出血までは止められなかった。メディカルナノマシンのあてもない。とうに人気払いが済んでいたという市街地のど真ん中、また撃ってくるやつらがいないとも限らない。基地はギャラルホルンに包囲されていて救援など呼べる状況ではない。マクギリスの協力があってどうにか包囲網を突破してきたのだ。
メリビットを同伴していればオルガは助かったかもしれない、と願ってしまう心を、握りつぶすようにジャケットの胸元を握りしめる。
医者はとっくに全員辞職していて、唯一医療行為ができるメリビットは本部にいる。先日の戦いで多くの怪我人が出たから、そいつらを基地から運び出す態勢を整える役目があるからだ。担架にも人員にも限りがある中で、全員どうにか担ぎ出して地球まで連れて行けるようにギプスをあて、包帯をまいて、ライドの待つクリュセ側まで逃げ出してきてもらわねばならない。全員で生き残るというオルガ・イツカの遺志を継ぐためには、まずメリビットに無事でいてもらう必要があった。
今ごろは傷に適切な処置を施し、怪我の具合によって移送の役目を割り振るという最後の仕事をこなしているはずだ。
意識が戻らない団員もいる。脚を失って動けない団員もいる。眼球が傷つき、目が見えなくなった団員もいる。
担架が必要か、無事なやつが背負っても大丈夫か――といった繊細な判断は、医療に通じているメリビットにしかできない。
もしも彼女をこっちに連れてきていれば、怪我人たちは助からないだろう。動けないやつらは爆破する本部基地に置き去りだなんてCGSの一軍みたいな判断を、鉄華団が許すわけがない。
だけどオルガ・イツカが死んでしまったら、団員が何人生き残れたって一緒じゃないかと、思ってしまう。
胸郭の中身をごっそり抜かれたように呼吸ひとつが重苦しい。喉が閊える。知らず涙があふれてくる。顔ごと袖でぐいぐい拭って、息を吐く。鼻水をすすった。
(……もしも団長が弔い合戦を望んでくれたら、おれたちは戦うのに)
最後のひとりになるまで、ギャラルホルンの喉笛を食い破ろうとあがいてやれるのに。
なのに、記憶の中のオルガ・イツカの声をどのようにつぎはぎしても、自身の仇討ちなど命じてくれそうにないから感情の置き場がなくて、憎しみのやり場がなくて、苦しい。
あの声が命じてくれるなら多くの団員が命を捨てる覚悟で、最後まで戦う用意があるだろう。報復を許してくれるなら全員で討って出て、全滅したって本望だ。あの黒服の連中がギャラルホルンの手先だったかどうかはわからないが、違ったっていい。みんなで戦ってみんなで死ねば、そんなことはどうでもよくなる。オルガ・イツカの手の中には、団長のためなら命など惜しくない兵隊たちがこんなにも多くあふれている。
戦って戦って、やれるだけのことはやったと胸を張って鉄華団が潰えるなら、それはそれで悪くないはずだ――と、ライドはそう思うのに。
あの人が戦え、仇を討てとけしかけるビジョンが浮かばなくて、余計に泣きたくなってくる。
危険な仕事をしているという自覚のもとでも、団員が生き伸び、生き残る未来しか願ってくれない。そんな団長のもとだから命をかけて戦えるという矛盾が、彼をひとりで死なせてしまった。
団長。――ライドは目を閉じて呼びかける。
(あんたがいなくなった世界で、おれたちは何のために生きていけばいいんですか)